もう4年くらい前から、マスコミや政治家に直接会って話しあって欲しい、
というメールを送っています。
けれど返信すら送らずただただ無視して逃げるだけ。
これが今まで協力してきた人間に対する態度なのだろうか、とわが目を疑うばかり。
人の命を救って何が悪かったのだろうか、と毎日頭を悩ませています。
もう4年くらい前から、マスコミや政治家に直接会って話しあって欲しい、
というメールを送っています。
けれど返信すら送らずただただ無視して逃げるだけ。
これが今まで協力してきた人間に対する態度なのだろうか、とわが目を疑うばかり。
人の命を救って何が悪かったのだろうか、と毎日頭を悩ませています。
ずいぶん前ですが、大島が噴火しました。
その際、避難生活の様子がテレビで放映されていて、
被災者の方たちのつかれきった姿を毎日のように見ていました。
見かねて区役所の方に公聴はがきを使って、
被災者の人たちを受け入れてくれる家庭を募集したらどうか?
という意見を送りました。
それから、しばらくたって都庁の方で公社に受け入れることが発表されました。
私の意見を参考にしたのでは?と。区役所の方に先日問い合わせましたが、
古い資料は残ってないのでわからない。
ということでした。
でも、そんなに大きな問題なら、私なら覚えているだろうな、と思うのです。
いくら人助けしても、使い捨て??はつらいですね。
私の善意は、いつも誰かのボーナスに変化していき、
私はありがとうの一言も言ってもらえず、
過剰なストレスで働くこともできなくなりました。
人を助けてなんでこんな目にあわなきゃいけないのでしょうか・・・。
一方通行の砂時計
いつまでもいつまでも流れ続ける
逆さにならない砂時計
手で止めようとしても
指のすき間から落ちてしまう・・
元に戻そうとしても
入り口が見つからない
宇宙と宇宙の間から落ち
また、宇宙の谷間へと流れていく
止まることを知らない砂たち
古いスケッチブックを見つけ、ぱらぱらとめくっていたら
こんな詩を見つけました。
20歳台半ばくらいに描いたものだと思います。
でも、今も同じような心境かな??
あまり成長していないようです・・。