どうもシンワ会計社の税理士I.Kです。
今日はクリスマスイブですね。
私は午後から外出があり、横浜駅に戻ってきたのが午後6時頃、クリスマスムード一色の横浜駅を横目に早歩きで事務所に戻りました。
コンビニではサンタクロースの衣装を着たスタッフさんが積まれたケーキを手際よくさばき、おしゃれなレストランを通り過ぎればそこはカップルのみなさんの幸せな気配を感じ、街中が普段とは違う雰囲気に包まれているようです。
くそっ、自分だって……とはいかず、今日は妻も職場の忘年会で帰りが遅いため、開き直って私も仕事ですが帰りに一人で飲み(カップルお断りのお店)にでも行こうかな……
多くの方も同じと思いますが、私は両親からサンタクロースの存在を信じ込まされてきました。
小学校2年生の頃までは本気でサンタクロースがいると思ってました。こんなかわいらしい時期もあったようですね。
フィンランドからソリにのって来てくれる、靴下にプレゼントを入れてくれる、煙突は……自宅にはなかったけど魔法の力でなんとかしてくれる、と本気で信じていました。こんなかわいらしい時期もあったようですね。
サンタクロースの姿を一目見たくて眠い目をこすりながら夜遅くまで起きていても…そこはやはり子供です、22時頃には完全に落ちてしまい翌朝目覚めると枕元にはプレゼントが置いてあります。
そんな少年が真実を知った日、忘れもしない1992年の12月17日です。
当時小学校低学年でしたが、その前々年にNINTENDOが発売したスーパーファミコン、どうしても欲しくて欲しくて、親にフィンランドのサンタクロースの住所を聞き、手紙も送りました。こんなかわいらしい時期もあったようですね。
それでも24日まで待てずに、12月に入ってからは毎日毎日両親にスーパーファミコンをねだっていたわけです。
『サンタさんが持ってきてくれるからもう少し待っててね。』
と言われても、サンタクロースなら先に買ったことを把握してソフトを持ってきてくれるんじゃないか、と斜め上の発言をして、とにかく毎日毎日両親(主に母親ですが…)を困らせていました。
そんなかわいくない息子に、ついに母親も堪忍袋の緒が切れたのでしょうか…
1992年12月17日、稽古事のレッスンのため家を出る前に、例のごとくスーパーファミコンの交渉(たしか、買ってくれるまでレッスンに行かないとか駄々をこねていた記憶があります。)をしていると母親が一閃!
『きーっ!!もうたくさんっ!これを見なさい!!』
と、両親の部屋の押し入れの奥底を見ると緑と赤に包装紙に包まれた明らかにスーパーファミコンの形態をした物質が!!
あ-…見ちゃったよ…、とサンタクロースがいないことを知ったことにショック…は受けませんでした。
それ以上に、喉から手が出るほど欲しかったスーパーファミコンが目の前にあることの喜びが勝ったようです。
『帰ってきたら遊ぶ!』
すると、母親が寂しげに
『あ、そう…クリスマスまで待たないのね。』
と一言。
そこはやはり子供です、ゲーム欲には勝てなかったのでしょう。
うわっ…全くかわいくないですね。母ちゃん、ごめんよ。
別のきっかけでサンタクロースがいないことを知ったら、もしかしたら泣いていたかもしれません。一週間くらい両親と口をきかなかったかもしれません。
ですがスーパーファミコンの取得という大きな喜びとの相殺でサンタクロースがいないことのショックが相殺され、あっさりと事実を受け入れることができたようです。
つまり1992年12月17日を忘れない理由は、サンタクロース不在のショックを受けたからではなく、スーパーファミコンを手に入れた喜びの日として記憶されているためです!
それから20年以上たってますが、今でもスーパーファミコンは実家にきれいにとってあり、帰省した時は必ずといっていいほど夢中になって遊びます。
仲のいい同世代と話をしていても、殆どの友人がスーパーファミコンファン派ですね。
現代のリアルすぎる次世代ゲームよりも、適度に鮮明でそれでいてアナログを感じられるスーパーファミコンの方が親しみやすいのでしょうか。
ちなみに、今年のクリスマスプレゼントは膨大な処理書類です!
たくさんの仕事を頂けることには本当に感謝です。
来週に気持ちよく仕事納めをするためにも、明日もしっかりと頑張らないと、ですね。
昨日は寒かったですが、今日は比較的過ごしやすく、でも明後日からまた冷えるみたいですね。
健康管理には気をつけて、それぞれが好いクリスマスを迎らますように。
シンワ会計社 税理士 I.K
ご相談はこちらのメールフォームからお気軽にお問い合わせください。