ボブ・ディランに、『イッツ・オールライト・マ』という歌がある。ディランが、フォークからロックに音楽スタイルを変えた頃の歌だが、ぼくはこの曲を長い間好きになれなかった。
その原因は曲や歌詞にあるのではなく、レコードについている歌詞ブックの訳詞にあった。
だいたいディランの詩の和訳は、わけのわからないものが多いのだが、それなりに格調はある。ところがこの「IT'S ALRAIGHT MA」の訳だけは違った。
全体的には、いつもながらの格調あるわけのわからない訳なのだが、歌詞の中にある「IT'S ALRAIGHT MA」という言葉の訳が、その格調を台無しにしてしまっているのだ。
その訳が、
「それでいいんだ、おっかさん」である。
たしかに間違った訳ではない。が、アメリカの大統領まで登場するこの詩のイメージに、「おっかさん」は合わない。
もしかしたら、訳者はウケを狙ったのかもしれないが、ディランの詩でウケを狙おうなんて、もってのほかである。
その「おっかさん」一言のために、長い間、ぼくはこの曲が好きになれなかった。
2,
ビートルズの『ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!(A HARD DAY'S NIGHT)」でも、気に入らぬ訳詞を、何かの本で見たことがある。
元々この曲名を『ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!』としていること自体気に入らないのだが、それにもましてその訳はひどかった。細かい訳は忘れたが、冒頭の「It's been a hard day's night」の訳だけはしっかりと覚えている。
「我本日疲れたり」である。
勘弁してほしい。あの曲を聴いて、訳者以外の誰が「我本日疲れたり」という言葉を思い浮かべるだろうか?そう、イメージが合わないのだ。
しかもこういう文語で始めるのなら、ずっと文語で通せばいいものを、その後は安易な口語に変わっているのだ。それも低俗な流行り言葉まで使っていた。
全世界を魅了したビートルズも、これでは台無しである。
おそらく訳者は、「我本日疲れたり」を考えついた時、「やったー!」と小躍りしたに違いない。しかし、こういう表現は一歩間違えると、センスや教養を疑われる結果となる。
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