吹く風ネット

訪問販売(前編)

2002年05月23日
 ぼくは最初に勤めた会社に11年いたのだが、そのほとんどを楽器やレコードの販売に費やした。入社当初はビデオ部門を担当していた。約半年そこにいたが、楽器部門に欠員が出て、ぼくに白羽の矢が立ったのだ。理由はギターが弾けるから、という安易なものだった。その後、楽器業界にどっぷりと浸かってしまい、結局会社を辞めるまでこの部門にいた。

 さて、その間一度も異動がなかったわけではなかった。都合1年、ぼくは楽器部門を離れている。
 その間何をやっていたのかと言うと、訪問販売である。
 最初の訪問販売は、昭和62年2月から3月にかけての2ヶ月間だった。この時は精鋭部隊として、訪問販売に借り出された。

 販売する商品は、当時の花形であったテレビとビデオである。自分の売場のことは一切考えなくてもいいから、とにかくテレビとビデオを売ってこい、というものだった。
 その時の店長は、「売り上げさえ上げてくれれば、あとは喫茶店にこもっていようが、パチンコをやろうが、何をやってもかまわない」という思想の持ち主で、そのことをよく朝礼で言っていた。

 お言葉に甘えて、ぼくたちはいつも朝礼が終わると同時に、ある喫茶店に向かっていた。
 その喫茶店は、マンガ喫茶とまでは行かないが、かなりの量のコミックを置いていた。ぼくたちは、そこで午前中を過ごした。
 その後、行く宛てのある人はそこに向かい、行く宛てのない人はそこに留まり、あいかわらずマンガを読んでいた。
 お出かけ組も用が済むと、またこの喫茶店に戻って来る。そしてマンガの続きを読んでいる。この喫茶店は、まさにわが社の出張所だったわけだ。

 もちろん、店に来るのはぼくたちだけではなかった。時々ではあるが商売敵も現れた。こういう場合、お互いに見て見ぬ振りをするのが暗黙のルールなのだが、彼らはそのルールを無視し、卑怯なことをした。ぼくたちの会社に電話して、
「お宅の社員が、毎日喫茶店でサボっていますよ」
 とチクったのだ。当然そのことは店長の耳にも入った。
 ところが、店長はそのことを咎めなかった。
「喫茶店、けっこうじゃないか。息抜きなしに訪販なんかやっとれるか。売上げも上がってるんだから、いいじゃないか」と店長は言っていたという。

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「リライト」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事