吹く風ネット

事故を見た

 初めて交通事故を見たのは四十年以上前になる。道路に飛び出してきた女の人を乗用車がはねたのだ。
 女の人はまるで柔道一直線の二段投げのように、軽々と宙を飛んでいった。その人がどうなったのかはわからないが、その光景だけがぼくの心に焼き付いて、今なお心の中で再現する。
 時代は交通戦争真っ盛りで、ぼくはその後も何度かそういうシーンを目撃し、その都度その光景が心に焼き付いた。

 最近は安全に対する教育が徹底されたせいか、人をはねるシーンを見ることはなくなった。
 だけどそれに代わって、車同士の衝突シーンを見ることが多くなった。そりゃ車同士の衝突だから見た目も派手で、その損傷も酷いものだ。
 しかしそういう事故では人が見えないために、心に焼き付くことは滅多にない。とはいえ、
「何であそこでアクセルを踏んだんだ?」
「何であんなハンドルの切り方をしたんだ?」
 などと考えさせられることはよくある。
 おそらくは事故の当事者も、普通じゃ考えられない自分の行動に
「何で?」
 と首をかしげているに違いないが、いつまで経っても答は出てこないだろう。それは運命の範疇なんだからだ。

 あ、そうだ。「何で?」と思っても、首をかしげられない場合もあるな。
 ・・それもまた運命の範疇だ。

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