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怪談 青井の井戸 7

2021年09月15日 | 怪談 青井の井戸(全41話完結)
「でも、ばあや……」
「さあ、もう遅うございます、お休みくだされませ」
 ばあやはそう言うと障子戸を閉ざしてしまいました。こうなると、もう取りつく島がございません。わたくしは諦めて自分の部屋へと戻りました。行燈の灯は消えておりました。
 わたくしは行燈を灯す事なく、暗い部屋に座りました。お坊様のご様子、ばあやの態度、父の眼差し、それらがわたくしの頭の中を巡っておりました。正体の分からぬものが胸中に渦巻き、夜具は整うておりましたが、とても眠れるものではございませんでした。
 折から、外の風が強く吹き始め、草木を揺する音が激しゅうなってまいりました。何やら怖ろしげな気が致しまして、わたくしは両手で耳を覆いました。それでも草木が揺るぐ音、雨戸を鳴らす音が聞こえておりました。いつまで続くのかと案じておりましたら、不意に風が止みました。突然の静寂でございます。わたくしの耳が突然きんと耳鳴りを起こしました。激しい音を立てる風も怖ろしゅうございますが、耳鳴りがするほどの静寂も同様でございます。
 わたくしは、また、ばあやの部屋へ行こうと致しました。お恥ずかしい話ではございますが、慰めてもらおうと思ったのでございます。幼少より、怖ろしい事がございますといつもばあやの所に行き、頭や背中を撫でて慰めてもらっていたのでございます。
 再び暗い廊下に出ました。先程漂っていた花の香も感じられませぬ。少し歩き出しますと、雨戸に何かが当たる音が致しました。風も凪いでおりますのに、何事かと思い立ち止まり耳を欹てました。しばらくしても音は無く、甲虫でも雨戸に当たったのかと思ったのでございました。
 さて、先へ進もうと致しましたところ、再び音が聞こえてまいりました。何とも力の無い弱々しいもので、甲虫がぶつかった音と申しますよりは、手指の先を手首の返しだけで雨戸に打ち付けているような音でございました。賊が夜陰に乗じて来たのかと思い、背筋に悪寒が走りました。すると、その音は雨戸の別の所からもしてまいりました。そのうち音は雨戸のあちこちから聞こえ、それも、早打ちのようなものもあれば、間の開いたものなど、どれも不揃いなものでございました。同じなのは、どれも力なく打ちつけている事でございましょうか。
 わたくしは怖ろしくなり、急ぎ足で部屋へと取って返しました。はしたない事ではございましたが、立ったままで障子戸を開け、文机に向かいました。灯りはございませんでしたが、慣れた部屋でございます。そして、文机の上に置いた、お坊様から頂いた「護符」を手に致しました。
 すると、雨戸の音はぴたりと止みました。わたくしは安堵いたしましたとともに、ふと意識が遠のき、そのまま文机にうつ伏せてしまっておりました。


つづく

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