お話

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荒木田みつ殺法帳 6

2022年03月05日 | 霊感少女 さとみ 外伝 2
 三衛門がみおを連れ、さらに面倒くさがるおためを従えて、篠田の屋敷へと出掛けた。家が襲われた際、おためを巻き込まないための配慮だ。
 皆が出掛け、一人となったみつは、手拭いを使って庭に落ちた鉄の棒を拾い上げる。
「……毒は無しだな」みつはつぶやく。「と言う事は、これを撃ち込んで命を狙うと言う事か…… 変わった技を使うな。裏の世界とか言うヤツか……」
 裏の世界では、斯様な特殊と言うべき得物や技を持っての暗殺を生業とする者たちがいると言う。仕える主を定めず、金に応じて動く、そう言う輩だと聞く。 
 みつの口元がほころぶ。ぞっとするほどの美しい笑みだ。しかし、この笑みは未知の敵に対しての溢れかえるまでの闘争心がさせていた。
 みつは道場に移り、壁に掛けてある木刀を一本手にする。軽く一振りするが、風切音が鋭い。それから素振りを始めた。 
「……来たか……」
 木刀を振りながら、みつは全神経を外に注ぐ。先程庭で感じたのと同じ気配がしている。不意にみつは素振りをやめた。
「……おい、こそこそせず、堂々と姿を現わしてはどうだ? それとも、暗殺者と言うものは姿を見せてはならないものなのか?」
 みつの言葉が終わると、庭に面している障子戸の障子に穴が開き、鉄の棒が飛んできた。みつは難なくそれを木刀で叩き落とす。
「無駄だ! お前の手の内は読んでいる。どう攻めて来ても、わたしには勝てぬぞ!」みつは木刀を正眼に構える。「尻尾を巻いて逃げ帰るか、ここでわたしと勝負するか、選ぶが良かろう」
 しばしの沈黙の後、障子戸が開けられた。若い女が入って来た。身なりはそこいらの町娘だったが、勝ち気な表情があった。
「ふん、くノ一崩れか……」みつが、隙が無く、殺気を込めた女の身のこなしを見て言う。「お前もつまらぬ技を持ったが故に、暗殺者にまで堕ちたのか」
「言うな!」
 女は声を荒げ、右手を袂に引っこめると、素早く鉄の棒をつかみ、みつに向かって放った。が、みつはたやすく木刀で叩き落す。
「効かぬ!」みつが叱責する。「お前の暗殺は失敗したのだ。諦めて帰る事だ。それに父が幕閣の重鎮に会いに行っている。そこで調べが付けば、お前を雇った藩の事も知れるだろう。どうやっても詰んでいるのだ」
「雇い主などどうでも良い」女は言うと再び鉄の棒を取り出した。「わたしの技がここまで虚仮(こけ)にされたのは初めてだ……」
「それは今までの相手が良かったのだ」みつは平然と言う。「所詮、暗殺の技とは相手の隙をつくもの。それを封じられれば、児戯にも等しい」
 すっとみつの木刀が振られた。弾かれる音がして、鉄の棒は道場の床に転がった。いつの間にか放たれた棒をみつは払ったのだった。
「くっ……」女は唇を噛む。「おのれ……」
「もう止めろ」みつは静かに言う。「命を大切にする事だ」
「命か…… それは物でしかない。我が命とて同様」女は冷たい声で言うと両の手を袂に引っこめた。そして、手を出した時には指と指との間に左右で計八本の棒を挟んでいた。その手を甲をみつに向けて胸の前で交差させる。「……だが、今は、無性にその命を燃やしたい。習得した奥義でお前を倒したい。何やら喜びすら湧いている……」
「痴れた事を言うな!」みつが一喝する。「命の遣り取りを喜ぶとは、人の心が無いのか?」
「有れば、このような稼業に身を堕としはしなかった……」
 女は言うと、かっと眼を見開いた。女は胸の前で交差させていた手を振り払った。八本の鉄の棒がみつ目がけて勢い良く飛ぶ。二本は顔面に、別の二本は左右それぞれの腕へ、最後の二本は足へと、広がりながら飛んで来る。みつは構えた木刀をからだの前で大きく円を描くように回した。広がった棒が弾かれ散らばった。と、すぐ目の前に女が懐剣を振りかざして現われた。八本の棒は目くらましで、この懐剣の一撃が目的だったようだ。木刀を構え直せないみつのからだはがら空きだった。懐剣の切っ先がみつの胸に飛び込んだ。


つづく

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