お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

怪談 幽ヶ浜 1

2020年05月30日 | 怪談 幽ヶ浜(全29話完結)
「今日は時化るで、漁は止めといた方がええな……」
 村の長が雲の動きと風の流れとを見ながら言った。太吉は不満げに眉を顰(ひそ)めた。
「太吉よう、嫁をもらったばかりでよ、はりきらなきゃなんねぇのは分かるがよ、命は大切にせにゃあよう」
 仲間の漁師で兄貴分の鉄が、太吉の様子に気が付いて笑いながら言う。
「それによう、今日は一日中、子作りに励めるじゃねぇかよう」
 鉄の言葉に皆が笑った。太吉もつられて笑った。
 おさえを嫁にもらって、まだ二た月と経っていない。それに、太吉は自分よりも七つ年下のおさえが可愛くて仕方がない。太吉の話すどんな些細な事にもおさえは感心して頷く。魚を捌く手元が危なっかしいので手伝ってやると自分の不甲斐無さにわんわんと泣き出す。周りの女房達は自分の亭主の事を「あれ」とか「宿六」とか小馬鹿にした言い方をするが、おさえは必ず「太吉さん」と呼ぶ。
 そんなおさえは周りの女房達からも可愛がられていて、あれこれと面倒を見てもらっているようだ。家事全般のコツやら、夜の営みについてもだ。
 この若い二人は村でも大事にされていた。久しぶりの夫婦だったからだ。もちろんそれだけではない。太吉は漁については若い割には確かな腕前だが、まだ未熟な所も多い。うんと鍛え上げ、行く行くは村の中心となるように育て上げたいと、村の者たちは思っていた。太吉もその点は十分理解しており、得られる知識や知恵は全て得ようと常々心掛けていた。
「……ま、そう言うわけだで、今日は皆、帰っておくれ。明日は大丈夫だろうからの」
 長の言葉に、皆は三三五五に散って行く。
 ここは小さな漁村だ。村人は皆家族のような親密さがある。困った時は助け合い、得られる物は分かち合う。そんな土地柄だったので、若い太吉が所帯を持つことに不安は無かった。おさえにしても、その思いは同じだった。自分たちが大切にされている分、自分たちの出来る事で周りにお返しをしようと心掛けていた。


つづく

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