お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 56

2020年05月29日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「やあ、ナナ……」
 運転席側のサイドガラスを下ろし、タケルが顔をのぞかせながら言った。青いタイトなシャツを着ている。相変わらず爽やかだ。
「タケル、ありがとう」ナナがぺこりと頭を下げる。「でも、その格好は?」
「ははは、夜勤明けさ。ちょっと後処理があってこんな時間になってしまったんだ。これから帰るところさ」タケルは言う。言われてみれば、少し眠そうだ。「どう? 乗るかい?」
「ええ、お願い」
 ナナが言うと、後部座席のドアが開いた。……あら、タクシーみたい。逸子は思った。ナナと逸子は後部座席に乗り込んだ。まだ車は動かない。
「ナナ、そちらは確か……」タケルがバックミラー越しに逸子を見る。「過去から来た、空手の達人さんだったね」
「逸子さんよ。とっても頼りになるお姉様よ」ナナが紹介する。「……それで、あのダメ長官は?」
「威張るしか能が無かったけど、逸子さんに机を粉砕されてからは、すっかり大人しくて弱腰になってしまった。ますます役立たずだな」
「それは困ったものねぇ……」
「それにさ、ナナを辞めさせた責任を追及されているんだ」
「でも、辞めたのはわたしの意思よ」
「……ナナはさ、自分で思っている以上に、注目の人物なんだぜ」
「どう言う事?」
「トキタニ博士の曾孫だろ? それがタイムパトロールになったんだ。良い宣伝になっていたんだよ。それにナナってそこそこ美人だろ?(そこそこなんてもんじゃないわ、とっても美人だわ、と逸子は思った) それに憧れてタイムパトロールに入って来る若い女子も多いんだ」
「……知らなかったわ……」
「ナナは世間の動きに無関心と言うか、疎いと言うか。(それだけ仕事熱心なのよ、と逸子は思った)……ほら、たまに写真を撮られたりしただろう? あれって、タイムパトロール募集のポスター用だったんだぜ」
「そうだったんだ……」
「ナナ、本当に気付いていなかったのか?」
「何かの特別任務だと思っていたわ」
「やれやれ、真面目も度を越すと笑えないもんだな……」タケルは振り返ってナナの顔を見た。その表情はどことなく優しい。「それでね、長官に対して国のお偉いさんたちが、何故辞めさせた? 何故説得しなかった? ってものすごい勢いで迫ってね。……特に官房長官が凄かったよ。あの様子じゃ、きっとナナの大ファンなんだろうねぇ」
「わたし、会った事ないわよ」
「だからさ、ナナは自分で思っている以上に注目の人なんだって!」タケルが力説する。「それでね、ダメ長官は更迭される。後任が決まれば即、これだ……」タケルは自分の首元に手を当て、斬るような仕草をしてみせる。「ま、誰も悲しんじゃいないけどね」
「そうでしょうね……」
 ナナとタケルは黙ってしまった。長官とのイヤな思い出が巡っているのだろう。
「……まあ、あんな長官の事はどうでも良いんだけどね」タケルが明るく言う。「実は、ナナにタイムパトロールに戻ってもらいたいって言うのが、上層部や国のお偉いさん方の意向なんだ。もちろん、ボク個人もタイムパトロール全員も、そう思っているんだけどね」
「そう……」ナナは考え込んだ。「……でも、やっぱりダメだわ。組織自体が変わってくれなくちゃ…… 今のままだと不満だらけだし……」
「言いたいことは良く分かるよ。ボクもこの組織には不満だらけだ。あまりにも縦割りで、責任の押し付け合いがひどいし。何よりも、権限が弱い。タイムマシンを明らかに間違った使い方をしていても、注意しかできないんだからね。こんなんじゃ、誰も聞いちゃくれないよ」
「そうよね、もっと強い権限が与えられて、そして、しっかりとした独立した組織になって欲しいわ」ナナもうなずく。「こんなんだから、『ブラックタイマー』なんてふざけた一団が生まれるのよ。しかも、タイムパトロール内に支持者までいるなんて話だし」
「……確か、ナナは、長官が支持者じゃないかって言ってたよな?」
「ええ。今でもそう思っているわ」
「じゃあ、その長官が更迭されるんだから、もう心配はいらないんじゃないか?」
「……そうかもしれないけど……」ナナは逸子を見た。「逸子さんの大事な人が『ブラックタイマー』に連れ去られているの。だから、何としても連れ戻さないと」
「そうか……」
「だから、もし、タイムパトロールに戻るとしても、この件がすっかり解決してからね。それまではお預け」
「……ナナは、子供の頃から、言いだしたら聞かなかったからなぁ……」タケルは遠くを見るような表情をする。「ま、出来るだけ協力するよ」
「ありがとう! 心強いわ!」
「ナナが復帰してくれれば、ナナを先頭に立てて、ボクたちで組織改革をやろう。……きっと官房長官は言う事を聞いてくれるだろう」
「また、そんな冗談を言う!」
 ナナは笑った。……幼馴染以上の関係がありそうね。逸子は思った。
「……そうだ、『ブラックタイマー』に関して新情報があるんだ……」タケル表情を改め、逸子を見た。「今まではリーダーはアツコだったんだけど、新しいリーダーを立てたようなんだ。男性のね……」


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 碧のカーテン | トップ | 怪談 幽ヶ浜 1 »

コメントを投稿

コーイチ物語 3(全222話完結)」カテゴリの最新記事