「あっ、嬢様……」
「さとみ殿……」
呼びかける豆蔵とみつの間を通り抜けて、さとみは、みつと豆蔵に近づいているにやにやしている男の子たちの前に立った。
「こらあ!」
さとみは腰に手を当て、からだを前屈みにし、頬をぷっと膨らませて怒った顔をしながら、男の子たちを叱った。
男の子たちは足を止め、驚いた顔をしてさとみを見上げた。しかし、突然笑い出した。
「きゃはははは! おねえちゃん、ちっともこわくないよう!」
「わはははは! おねえちゃん、ポコちゃんみたいだ!」
男の子たちの笑いは止まらない。さとみはさらに頬を膨らませる。
「君たち! 見えていないと思っていたようだけど、もう丸見えだからね!」さとみが勝ち誇ったように言う。「もう、いたずらは出来ないわよ!」
「いたずらなんかしてないよう! なあ、まさき?」
「そうだよ、いたずらじゃなくってマジだもんな、なあ、きりと?」
二人は言うと、また笑う。
「この前、わたしとあそこにいる二人にもいたずらしたじゃない?」さとみは言って朱音としのぶを示す。「お尻を触るなんて、男の子のする事じゃないわよ」
「でもさ、パパなんかいっつもママのおしりをさってたぞ?」ちょっと大柄なまさきが言う。「ママだって、パパのおしりをさわってた」
「オレんとこなんか」小柄だが生意気そうな顔をしたきりとが言う。「パパはママのおしり、ママはパパのおしりじゃないほうを……」
「わあっ!」さとみは大きな声を出してきりとを止めた。「何て事を言っているの! 良い? とにかく、他の人を脅かしたり困らせたりしちゃ、ダメよ」
「じゃあさ、なにをすればいいんだよう?」きりとがさとみを見上げて言う。「だって、もうオレもまさきも、あそこにいるみきだって、かえるところがないんだぞ」
……この子たち、自分が霊体だって分かっているんだわ。さとみは思った。そう思うと、可哀想になって来る。
「……さとみ殿」みつが声をかけてきた。「……この子供たちは……?」
「嬢様」豆蔵も言う。「このガキどもが、百合恵姐さんの言っていた体育館の……?」
「ええ、そう……」さとみは二人に振り返る。「見えているんだ……」
「ええ、先ほど急に……」
「いきなり、ぱあって金色に光りやしてね。それから見えるようになりやした」
さとみは出入り口で半紙を広げてぽうっとした顔で立っている自分を見た。半紙の上に立っている、何となく偉そうにふんぞり返っている文字列からの金色の光りが、体育館全体を照らしている。百合恵がこちらを見ている。百合恵も見えるようになったようだ。
「おい、ガキども!」豆蔵が子供たち前に立ち、怒った顔で見下ろして、叱りつける。「悪さしようなんてのは、子供でも大人でも許される事じゃねぇぞ!」
大人の豆蔵に面と向かって叱られたまさきときりとは、驚いたような顔で豆蔵を見上げ、立ちすくんでいる。
「まあまあ、豆蔵さん、そんなに怒っては喋れないでしょう……」みつは豆蔵を制すると、子供たちの前に立って腕組みをする。「お前たち、どうしてここに居るのだ? 帰る所はないのか? 黙っていないではっきりと言うのだ」
詰問するみつを、まさきときりとは見上げている。みつも豆蔵と大して変わらない。共に子供には不慣れなようだ。
まさきときりとは顔を見合わせる。と、突然、笑い出した。
「きゃははは! ちょんまげだあ! じだいげきだあ!」
「こっちはおんなのさむらいだあ! へんなのぉぉぉ!」
豆蔵とみつはむっとした顔で、笑い転げる二人を睨み付けている。
「きゃああっ! また笑い声が聞こえるぅぅぅ!」
体育館の出入り口で朱音が悲鳴を上げた。松原先生は直立したまま動かない。
「何だ、今のガキどもの笑い声は!」
アイは常夜灯だけの薄暗い体育館を睨み付けて怒鳴る。
「出ているんですね。今、会長がぽうっとしているって言う事は、その霊体さんと話中って事ですね?」
しのぶが百合恵に訊いている。
「そうね……」百合恵が、みつと豆蔵の成り行きを見ながら、しのぶに答える。「ちょっと大変そうねぇ……」
「そんなに強力な霊体さんなんですか? 子供のような笑い声ですけど……」
「ええ、ある意味ね……」
「こらあ、二人とも! 大人をからかうものじゃないわ!」
さとみが笑い続けているまさきときりとを叱る。
「おねえさん」さとみは後ろからの声に振り返る。声をかけてきたのは腕組みしたままのみきだった。「そんなポコちゃんみたいじゃ、おこってもこわくないわ」
「なっ……」
さとみは言葉に詰まる。
「だって、あのふたりはじだいげきだし、おねえさんはポコちゃんだし。どこをどうみたって、へんだわ」
みきはませた口調で言う。さとみはやれやれと言った表情だ。
「でもね、あなたたちは、あの世に行かなきゃダメなのよ。こんな所にいつまでもいると、外にいる怖~いおじさんたちみたいになっちゃうわ」さとみは所々に居た凶悪な霊体を思い出していた。「だから、もう、いたずらはやめて、あの世に行かなきゃ。そして、また幸せに産まれて来るの」
「そのつもりでうまれたのに、こうなっちゃったのよ」みきが言う。「ようちえんのバスがじこにあって、それでこうなっちゃのよ。わたしもまさきもきりともわるくないのに」
「それは分かるけど……」
「だったら、ほうっておいて」
大人顔負けのみきの態度に、さとみの方が圧倒されている。
つづく
「さとみ殿……」
呼びかける豆蔵とみつの間を通り抜けて、さとみは、みつと豆蔵に近づいているにやにやしている男の子たちの前に立った。
「こらあ!」
さとみは腰に手を当て、からだを前屈みにし、頬をぷっと膨らませて怒った顔をしながら、男の子たちを叱った。
男の子たちは足を止め、驚いた顔をしてさとみを見上げた。しかし、突然笑い出した。
「きゃはははは! おねえちゃん、ちっともこわくないよう!」
「わはははは! おねえちゃん、ポコちゃんみたいだ!」
男の子たちの笑いは止まらない。さとみはさらに頬を膨らませる。
「君たち! 見えていないと思っていたようだけど、もう丸見えだからね!」さとみが勝ち誇ったように言う。「もう、いたずらは出来ないわよ!」
「いたずらなんかしてないよう! なあ、まさき?」
「そうだよ、いたずらじゃなくってマジだもんな、なあ、きりと?」
二人は言うと、また笑う。
「この前、わたしとあそこにいる二人にもいたずらしたじゃない?」さとみは言って朱音としのぶを示す。「お尻を触るなんて、男の子のする事じゃないわよ」
「でもさ、パパなんかいっつもママのおしりをさってたぞ?」ちょっと大柄なまさきが言う。「ママだって、パパのおしりをさわってた」
「オレんとこなんか」小柄だが生意気そうな顔をしたきりとが言う。「パパはママのおしり、ママはパパのおしりじゃないほうを……」
「わあっ!」さとみは大きな声を出してきりとを止めた。「何て事を言っているの! 良い? とにかく、他の人を脅かしたり困らせたりしちゃ、ダメよ」
「じゃあさ、なにをすればいいんだよう?」きりとがさとみを見上げて言う。「だって、もうオレもまさきも、あそこにいるみきだって、かえるところがないんだぞ」
……この子たち、自分が霊体だって分かっているんだわ。さとみは思った。そう思うと、可哀想になって来る。
「……さとみ殿」みつが声をかけてきた。「……この子供たちは……?」
「嬢様」豆蔵も言う。「このガキどもが、百合恵姐さんの言っていた体育館の……?」
「ええ、そう……」さとみは二人に振り返る。「見えているんだ……」
「ええ、先ほど急に……」
「いきなり、ぱあって金色に光りやしてね。それから見えるようになりやした」
さとみは出入り口で半紙を広げてぽうっとした顔で立っている自分を見た。半紙の上に立っている、何となく偉そうにふんぞり返っている文字列からの金色の光りが、体育館全体を照らしている。百合恵がこちらを見ている。百合恵も見えるようになったようだ。
「おい、ガキども!」豆蔵が子供たち前に立ち、怒った顔で見下ろして、叱りつける。「悪さしようなんてのは、子供でも大人でも許される事じゃねぇぞ!」
大人の豆蔵に面と向かって叱られたまさきときりとは、驚いたような顔で豆蔵を見上げ、立ちすくんでいる。
「まあまあ、豆蔵さん、そんなに怒っては喋れないでしょう……」みつは豆蔵を制すると、子供たちの前に立って腕組みをする。「お前たち、どうしてここに居るのだ? 帰る所はないのか? 黙っていないではっきりと言うのだ」
詰問するみつを、まさきときりとは見上げている。みつも豆蔵と大して変わらない。共に子供には不慣れなようだ。
まさきときりとは顔を見合わせる。と、突然、笑い出した。
「きゃははは! ちょんまげだあ! じだいげきだあ!」
「こっちはおんなのさむらいだあ! へんなのぉぉぉ!」
豆蔵とみつはむっとした顔で、笑い転げる二人を睨み付けている。
「きゃああっ! また笑い声が聞こえるぅぅぅ!」
体育館の出入り口で朱音が悲鳴を上げた。松原先生は直立したまま動かない。
「何だ、今のガキどもの笑い声は!」
アイは常夜灯だけの薄暗い体育館を睨み付けて怒鳴る。
「出ているんですね。今、会長がぽうっとしているって言う事は、その霊体さんと話中って事ですね?」
しのぶが百合恵に訊いている。
「そうね……」百合恵が、みつと豆蔵の成り行きを見ながら、しのぶに答える。「ちょっと大変そうねぇ……」
「そんなに強力な霊体さんなんですか? 子供のような笑い声ですけど……」
「ええ、ある意味ね……」
「こらあ、二人とも! 大人をからかうものじゃないわ!」
さとみが笑い続けているまさきときりとを叱る。
「おねえさん」さとみは後ろからの声に振り返る。声をかけてきたのは腕組みしたままのみきだった。「そんなポコちゃんみたいじゃ、おこってもこわくないわ」
「なっ……」
さとみは言葉に詰まる。
「だって、あのふたりはじだいげきだし、おねえさんはポコちゃんだし。どこをどうみたって、へんだわ」
みきはませた口調で言う。さとみはやれやれと言った表情だ。
「でもね、あなたたちは、あの世に行かなきゃダメなのよ。こんな所にいつまでもいると、外にいる怖~いおじさんたちみたいになっちゃうわ」さとみは所々に居た凶悪な霊体を思い出していた。「だから、もう、いたずらはやめて、あの世に行かなきゃ。そして、また幸せに産まれて来るの」
「そのつもりでうまれたのに、こうなっちゃったのよ」みきが言う。「ようちえんのバスがじこにあって、それでこうなっちゃのよ。わたしもまさきもきりともわるくないのに」
「それは分かるけど……」
「だったら、ほうっておいて」
大人顔負けのみきの態度に、さとみの方が圧倒されている。
つづく
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