老婆たちが放った炎が消えた。消えたというよりも、消し飛ばされた。腕を振り下ろした老婆たちが互いに顔を見合う。二人とも怪訝な表情をしている。その表情のままで、二人はジェシルに振り返った。
ジェシルは笑顔を湛えたままで静かに立っている。
ジャンセンは呆気にとられた表情で立っていた。
「ジェシル……」ジャンセンが声をかける。「今、熱線銃を撃ったよな?」
「あら、そうだったかしら?」ジェシルは笑顔のままで答える。「とにかく、炎が消えて何よりね」
老婆たちが互いに炎を放ち合った時、ジェシルが素早く腰の背の方に手を廻し、挟んでいた熱線銃を取って炎に向かって熱線を撃ったのだ。炎よりも高温だったため、放ち合った炎を消し飛ばした。それから銃を腰に戻し、何も無かったように笑みを湛えた。一瞬の出来事だった。
ジャンセンはその動きを見ていたのだった。
「ジェシルが……」ジャンセンがつぶやく。「宇宙パトロールの捜査官って言うのは本当だったんだ……」
「何よ? 信じていなかったの?」笑顔のジェシルの眼差しがきつくなる。「さらに付け加えるなら、優秀な捜査官、よ」
「なるほどねぇ……」
ジャンセンは理解したのかどうなのか、分からない返事をすると、一歩前に出た。皆がジャンセンを見た。ジャンセンは軽く咳払いをすると、話し始めた。ジェシルには意味が分からなかったが、ジャンセンが話を進めるにつれて、皆がジェシルを見る眼差しが変わって行くのは分かった。話し終わると、皆が膝を突いて両の手の平を上に向け頭を下げた。そして、口々に「アーロンテイシア!」と繰り返し始めた。
「……ジャン、何をしたの?」ジェシルの笑顔が消え、薄気味悪そうな表情になった。「余計な事を言ったんじゃないの?」
「いや、そんな事はないよ」ジャンセンは平然と答える。「炎を消したのはアーロンテイシアのなす業だ。アーロンテイシアはどんな些細な争いをも憎む。炎を放ち合うような争いをアーロンテイシアの前で行なう事は万死に値する。しかし、アーロンテイシアは慈悲深い神だ。下らぬ争いをやめるならこれ以上の罰は与えない、って感じの事を言ったんだよ」
「……信じちゃったの?」
「だから、皆、頭を下げちゃったんだよ」ジャンセンが胸を張る。「さあ、笑顔、笑顔!」
「何を仕切ってんのよう!」ジェシルは不満そうな表情だ。「ジャンセンのくせに!」
ジャンセンが皆に声をかけた。皆は顔を上げ、ジェシルを見る。ジェシルは慌てて笑顔を作る。先程まで敵意をむき出しにしていた老婆とメギドベレンカの眼差しにも畏怖の念が窺えた。
村の長が立ち上がり、ジャンセンに話しかけた。ジャンセンがうなずく。長はケルパムに声をかけた。ケルパムは立ち上がるとにこりと笑み、そのまま茂みの方へ駈け出した。メギドベレンカと老婆たちも立ち上がり、ジェシルの前に道を作るように脇へと下がり、頭を軽く垂れて何か唱え続けている。ジェシルのから笑みが消えた。
「……どうしたの?」ジェシルはジャンセンに訊く。「ジャン、あなた、また余計な事をしたんじゃないの?」
「余計な事なんかしていないよ」心外だと言う顔でジャンセンは答える。「ぼくは彼らとジェシルをつなぐ架け橋のつもりだよ」
「どうだか……」ジェシルは疑り深そうな眼差しをジャンセンに向ける。「わたしが言葉が分からないからって、勝手にあれこれ決めているんじゃないの?」
「そうじゃないよ。長のドルウィン氏が村へ招待したいって言ってくれたんだ。ほら、お腹が空いたって話をしただろう? それで、ケルパムが村に戻って食事の準備を村の人たちに告げに戻って行ったんだ。まじない師のみんなは、アーロンテイシアの栄光を讃えているんだよ」
「あのさぁ、ジャン……」ジェシルはため息をつく。「わたしはジェシルで、アーロンテイシアじゃないわ。あなただって神のメッセンジャーではないわ。だから、わたしたちは彼らを騙している事になるのよ? その事は分かっているの?」
「分かっているさ……」ジャンセンは口籠る。「でもさ、こう言う信仰に関する事って、文献だけじゃ決して分からない体験じゃないか。ぼくたちは今、貴重な場面に遭遇しているんだよ」
「こんな場面でも研究者の方を優先するわけ?」ジェシルはジャンセンを睨み付ける。「……最低」
「いや、決してそうじゃないよ……」ジャンセンは両手を振って否定する。「ないけど…… 多少は……」
「あなた、わたしたちがどう言う状況に置かれているのか分かっている?」ジェシルの口調がきつくなる。「いきなり古代の、それも辺境の宙域に来ちゃったのよ? 戻れるかどうかもはっきりしていないのに、呑気に食事だなんて出来るわけないじゃない!」
「でもさ、腹は減っているだろう? さっき腹の虫が鳴いていたじゃないか。空腹じゃ、何もできないぜ。どこかの諺に『腹が減っては戦は出来ない』ってのがあるんだけどさ、ぼくたちに当てはまる諺じゃないか。ぼくとしては、彼らと友好的に接した後で、赤いゲートを探せばいいと思っているんだ」
「だからって……」
「それにさ、今さら、わたしはアーロンテイシアでもメッセンジャーでもない、未来から来た別宙域の者だ、って言ったとして、どうなるんだい? それこそとっ捕まって処刑されるのがオチだよ」
「その時は腕づくで……」
「みんなをぶちのめすのか? それとも、熱線銃をぶっ放すのか?」
「いや、それは出来ないわ……」
「だろう? だったら、ここは流れに身を任せるのが賢明だよ」
「……分かったわよう……」
「分かったら、笑顔だよ、ジェシル。みんな不安そうな表情になっているよ」
ジェシルは長とまじない師たちを見た。確かに、そんな表情をしている。ジェシルは笑顔を作った。
「アーロンテイシア!」
皆が感歎の声を発し、頭を下げた。
「……やれやれ」
ジェシルは笑顔のままでつぶやく。
つづく
ジェシルは笑顔を湛えたままで静かに立っている。
ジャンセンは呆気にとられた表情で立っていた。
「ジェシル……」ジャンセンが声をかける。「今、熱線銃を撃ったよな?」
「あら、そうだったかしら?」ジェシルは笑顔のままで答える。「とにかく、炎が消えて何よりね」
老婆たちが互いに炎を放ち合った時、ジェシルが素早く腰の背の方に手を廻し、挟んでいた熱線銃を取って炎に向かって熱線を撃ったのだ。炎よりも高温だったため、放ち合った炎を消し飛ばした。それから銃を腰に戻し、何も無かったように笑みを湛えた。一瞬の出来事だった。
ジャンセンはその動きを見ていたのだった。
「ジェシルが……」ジャンセンがつぶやく。「宇宙パトロールの捜査官って言うのは本当だったんだ……」
「何よ? 信じていなかったの?」笑顔のジェシルの眼差しがきつくなる。「さらに付け加えるなら、優秀な捜査官、よ」
「なるほどねぇ……」
ジャンセンは理解したのかどうなのか、分からない返事をすると、一歩前に出た。皆がジャンセンを見た。ジャンセンは軽く咳払いをすると、話し始めた。ジェシルには意味が分からなかったが、ジャンセンが話を進めるにつれて、皆がジェシルを見る眼差しが変わって行くのは分かった。話し終わると、皆が膝を突いて両の手の平を上に向け頭を下げた。そして、口々に「アーロンテイシア!」と繰り返し始めた。
「……ジャン、何をしたの?」ジェシルの笑顔が消え、薄気味悪そうな表情になった。「余計な事を言ったんじゃないの?」
「いや、そんな事はないよ」ジャンセンは平然と答える。「炎を消したのはアーロンテイシアのなす業だ。アーロンテイシアはどんな些細な争いをも憎む。炎を放ち合うような争いをアーロンテイシアの前で行なう事は万死に値する。しかし、アーロンテイシアは慈悲深い神だ。下らぬ争いをやめるならこれ以上の罰は与えない、って感じの事を言ったんだよ」
「……信じちゃったの?」
「だから、皆、頭を下げちゃったんだよ」ジャンセンが胸を張る。「さあ、笑顔、笑顔!」
「何を仕切ってんのよう!」ジェシルは不満そうな表情だ。「ジャンセンのくせに!」
ジャンセンが皆に声をかけた。皆は顔を上げ、ジェシルを見る。ジェシルは慌てて笑顔を作る。先程まで敵意をむき出しにしていた老婆とメギドベレンカの眼差しにも畏怖の念が窺えた。
村の長が立ち上がり、ジャンセンに話しかけた。ジャンセンがうなずく。長はケルパムに声をかけた。ケルパムは立ち上がるとにこりと笑み、そのまま茂みの方へ駈け出した。メギドベレンカと老婆たちも立ち上がり、ジェシルの前に道を作るように脇へと下がり、頭を軽く垂れて何か唱え続けている。ジェシルのから笑みが消えた。
「……どうしたの?」ジェシルはジャンセンに訊く。「ジャン、あなた、また余計な事をしたんじゃないの?」
「余計な事なんかしていないよ」心外だと言う顔でジャンセンは答える。「ぼくは彼らとジェシルをつなぐ架け橋のつもりだよ」
「どうだか……」ジェシルは疑り深そうな眼差しをジャンセンに向ける。「わたしが言葉が分からないからって、勝手にあれこれ決めているんじゃないの?」
「そうじゃないよ。長のドルウィン氏が村へ招待したいって言ってくれたんだ。ほら、お腹が空いたって話をしただろう? それで、ケルパムが村に戻って食事の準備を村の人たちに告げに戻って行ったんだ。まじない師のみんなは、アーロンテイシアの栄光を讃えているんだよ」
「あのさぁ、ジャン……」ジェシルはため息をつく。「わたしはジェシルで、アーロンテイシアじゃないわ。あなただって神のメッセンジャーではないわ。だから、わたしたちは彼らを騙している事になるのよ? その事は分かっているの?」
「分かっているさ……」ジャンセンは口籠る。「でもさ、こう言う信仰に関する事って、文献だけじゃ決して分からない体験じゃないか。ぼくたちは今、貴重な場面に遭遇しているんだよ」
「こんな場面でも研究者の方を優先するわけ?」ジェシルはジャンセンを睨み付ける。「……最低」
「いや、決してそうじゃないよ……」ジャンセンは両手を振って否定する。「ないけど…… 多少は……」
「あなた、わたしたちがどう言う状況に置かれているのか分かっている?」ジェシルの口調がきつくなる。「いきなり古代の、それも辺境の宙域に来ちゃったのよ? 戻れるかどうかもはっきりしていないのに、呑気に食事だなんて出来るわけないじゃない!」
「でもさ、腹は減っているだろう? さっき腹の虫が鳴いていたじゃないか。空腹じゃ、何もできないぜ。どこかの諺に『腹が減っては戦は出来ない』ってのがあるんだけどさ、ぼくたちに当てはまる諺じゃないか。ぼくとしては、彼らと友好的に接した後で、赤いゲートを探せばいいと思っているんだ」
「だからって……」
「それにさ、今さら、わたしはアーロンテイシアでもメッセンジャーでもない、未来から来た別宙域の者だ、って言ったとして、どうなるんだい? それこそとっ捕まって処刑されるのがオチだよ」
「その時は腕づくで……」
「みんなをぶちのめすのか? それとも、熱線銃をぶっ放すのか?」
「いや、それは出来ないわ……」
「だろう? だったら、ここは流れに身を任せるのが賢明だよ」
「……分かったわよう……」
「分かったら、笑顔だよ、ジェシル。みんな不安そうな表情になっているよ」
ジェシルは長とまじない師たちを見た。確かに、そんな表情をしている。ジェシルは笑顔を作った。
「アーロンテイシア!」
皆が感歎の声を発し、頭を下げた。
「……やれやれ」
ジェシルは笑顔のままでつぶやく。
つづく
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