ジェシルとメギドベレンカの笑顔の見つめ合いが続く。
さすがにジェシルは頬に痛みを感じ始めた。額にうっすらと汗が噴き出る。
「……ジャン」ジェシルは笑顔のままで小声で傍に立っているジャンセンに声をかける。「そろそろ限界なんだけど……」
「頑張れジェシル、君なら出来る!」
ジャンセンはきっぱりと言う。しかし、ジェシルには思い切り無責任な発言にしか思えなかった。
「何よ、他人事だと思ってさ」ジェシルはジャンセンを見る。笑顔だが、目は笑っていなかった。「元々笑顔なんて作らない方だから、もうダメだわ……」
「それは相手のメギドベレンカも同じみたいだぜ」
ジャンセンがそう言って、メギドベレンカを指差す。
ジェシルはメギドベレンカに向き直る。メギドベレンカの頬がひくひくとし始めていた。額から汗が伝っているのが見える。……わたしよりバテているみたいだわ! ジェシルは思った。途端に強気になる。今以上の笑みを作った。長が感嘆の吐息を漏らし、ケルパムは「アーロンテイシア!」と声を上げた。まじない師の二人の老婆は心配そうな表情でメギドベレンカを見た。
ジェシルは一歩前に出た。メギドベレンカは一歩下がった。互いに笑顔のままだったが、明らかにジェシルが優位だ。まじない師の老婆たちが何かを唱え始めた。
「ジャン、おばあちゃんたち、何を言っているの?」
ジェシルは笑顔のままでジャンセンに訊く。
「彼女たちは、いわゆるまじないをしているのさ」ジャンセンが答える。「メギドベレンカの神通力を高めるためのまじないだね。より笑顔になれるようにって言うまじないだ」
「そんなのあるの?」
「あると思っているから唱えているんだろう」
「ふ~ん……」
ジェシルはメギドベレンカに向き直った。老婆たちの唱えるまじないで気が落ち着いて来たのか、下がった足を再び前に出した。老婆たちが歓声を上げる。しかし、ジェシルは下がらない。ジェシルの笑みに不敵さが加わる。その様子を見て、老婆たちはさらに声を張り上げてまじないを唱え出した。
突然、ジェシルは両腕を振り上げた。笑顔のままだったが、殺気を帯びた眼差しをメギドベレンカに注ぐ。
恐怖に襲われたメギドベレンカは悲鳴を上げ、その場にうずくまり、両目をしっかりと閉じて頭を抱えた。ジェシルの勝ちだ。
「懲らしめを受けたのは彼女の方ね」
ジェシルは言うと、さらに前へ進み出る。まじないを唱えていた老婆たちを見つめる。老婆たちは口を大きく開けたまま固まった。ジャンセンが老婆たちに何か言っている。老婆の一人がその場に膝を突き、神を讃えるように両の手の平を上に向けて頭を下げた。ジェシルをアーロンテイシアと認め、敬意を示したのだ。だが、もう一人の老婆は突っ立ったままでジェシルを睨み付けている。
「あのおばあちゃん、頑固なのねぇ……」ジェシルはつぶやき、ため息をつく。「まあ、正直な話、わたしはアーロンテイシアじゃないからなぁ……」
と、ジェシルを睨み付けている老婆が、右腕を高く差し上げた。握っていた拳を広げる。広げながら何やら小声で唱えている。ジェシルはそんな老婆の仕草を追うとも無く見ている。
「あれは……」ジャンセンが老婆の唱える言葉に聞き耳を立てた。突然、ジャンセンはジェシルに向き直った。「ジェシル! そこから離れろ!」
「え?」
ジェシルは驚いた顔でジャンセンを見る。小声で唱えていた老婆がいきなり大きな声を出した。裂帛の気合いのようだった。差し上げた右腕を振り下ろした。五フィートほどの長さの炎がその手から生じ、勢いを付けてジェシル目がけて放たれた。だが、ジェシルは立っていた場所から飛び退いた。炎はジェシルの背後に立っていた樹に燃え移り、めらめらと音を立てた。
「ジャン!」ジェシルはジャンセンを見る。助かったと言うより、ジャンセンの言う通りにしてしまった事が不満そうだ。「一体何なのよう!」
「『我が怒りを炎とし、偽りの神を滅ぼしたまえ』って唱えていたんだよ」ジャンセンが答える。「いやあ、本当に呪術が出来るなんて、これは大発見だよ! やっぱり実際を見ないといけないんだなぁ」
ジャンセンは言うと、腕組みをして何度も大きくうなずいていた。
「うわぁ、最低……」
ジェシルはつぶやく。老婆は小声で唱えながら再び右腕を差し上げ、ジェシルに向かって気合と共に振り下ろした。ジェシルは軽く身を引いて炎をよける。普段から銃撃戦で鍛えているため苦ではない。しかし、その様子を見た長とケルパムは膝を突いて両の手の平を上に向けて頭を下げた。ジェシルの動きが神の技として映っているのだろう。
跪いていた老婆が立ち上がった。腕を振り下ろす老婆に向かって何やら言っている。言われた老婆は激しい口調で言い返す。すると、言い返された老婆も右腕を差し上げた。先に振り上げていた老婆が憎々しげな表情で睨み付けた。二人の老婆は右腕を差し上げたままで向かい合った。互いに小声で唱え始めた。
「ジェシル、二人は果し合いをするようだぞ」ジャンセンが冷静な口調で言う。「ジェシルを襲った老婆を諌めようとしたけど言い返されて、争いになったようだ」
「うわぁ……」ジェシルは困惑する。「ジャン、元々わたしは女神じゃないんだから、この争いは不毛だわ。正直に話して争いを止めてよ」
「そりゃ無理だ。プライドの高いまじない師同士の争いだ。理由はどうあれ、決着がつくまで止めないよ」
「じゃあ、どうすれば良いのよう!」
「決着がつくのを待つしかない」
「だって、わたしは女神じゃないのよ!」
「もう、そんな事は関係ないんだよ……」
「最低!」
睨み合う老婆たちの差し上げた腕が互いに向けて振り下ろされた。互いに向かって炎が走る。
つづく
さすがにジェシルは頬に痛みを感じ始めた。額にうっすらと汗が噴き出る。
「……ジャン」ジェシルは笑顔のままで小声で傍に立っているジャンセンに声をかける。「そろそろ限界なんだけど……」
「頑張れジェシル、君なら出来る!」
ジャンセンはきっぱりと言う。しかし、ジェシルには思い切り無責任な発言にしか思えなかった。
「何よ、他人事だと思ってさ」ジェシルはジャンセンを見る。笑顔だが、目は笑っていなかった。「元々笑顔なんて作らない方だから、もうダメだわ……」
「それは相手のメギドベレンカも同じみたいだぜ」
ジャンセンがそう言って、メギドベレンカを指差す。
ジェシルはメギドベレンカに向き直る。メギドベレンカの頬がひくひくとし始めていた。額から汗が伝っているのが見える。……わたしよりバテているみたいだわ! ジェシルは思った。途端に強気になる。今以上の笑みを作った。長が感嘆の吐息を漏らし、ケルパムは「アーロンテイシア!」と声を上げた。まじない師の二人の老婆は心配そうな表情でメギドベレンカを見た。
ジェシルは一歩前に出た。メギドベレンカは一歩下がった。互いに笑顔のままだったが、明らかにジェシルが優位だ。まじない師の老婆たちが何かを唱え始めた。
「ジャン、おばあちゃんたち、何を言っているの?」
ジェシルは笑顔のままでジャンセンに訊く。
「彼女たちは、いわゆるまじないをしているのさ」ジャンセンが答える。「メギドベレンカの神通力を高めるためのまじないだね。より笑顔になれるようにって言うまじないだ」
「そんなのあるの?」
「あると思っているから唱えているんだろう」
「ふ~ん……」
ジェシルはメギドベレンカに向き直った。老婆たちの唱えるまじないで気が落ち着いて来たのか、下がった足を再び前に出した。老婆たちが歓声を上げる。しかし、ジェシルは下がらない。ジェシルの笑みに不敵さが加わる。その様子を見て、老婆たちはさらに声を張り上げてまじないを唱え出した。
突然、ジェシルは両腕を振り上げた。笑顔のままだったが、殺気を帯びた眼差しをメギドベレンカに注ぐ。
恐怖に襲われたメギドベレンカは悲鳴を上げ、その場にうずくまり、両目をしっかりと閉じて頭を抱えた。ジェシルの勝ちだ。
「懲らしめを受けたのは彼女の方ね」
ジェシルは言うと、さらに前へ進み出る。まじないを唱えていた老婆たちを見つめる。老婆たちは口を大きく開けたまま固まった。ジャンセンが老婆たちに何か言っている。老婆の一人がその場に膝を突き、神を讃えるように両の手の平を上に向けて頭を下げた。ジェシルをアーロンテイシアと認め、敬意を示したのだ。だが、もう一人の老婆は突っ立ったままでジェシルを睨み付けている。
「あのおばあちゃん、頑固なのねぇ……」ジェシルはつぶやき、ため息をつく。「まあ、正直な話、わたしはアーロンテイシアじゃないからなぁ……」
と、ジェシルを睨み付けている老婆が、右腕を高く差し上げた。握っていた拳を広げる。広げながら何やら小声で唱えている。ジェシルはそんな老婆の仕草を追うとも無く見ている。
「あれは……」ジャンセンが老婆の唱える言葉に聞き耳を立てた。突然、ジャンセンはジェシルに向き直った。「ジェシル! そこから離れろ!」
「え?」
ジェシルは驚いた顔でジャンセンを見る。小声で唱えていた老婆がいきなり大きな声を出した。裂帛の気合いのようだった。差し上げた右腕を振り下ろした。五フィートほどの長さの炎がその手から生じ、勢いを付けてジェシル目がけて放たれた。だが、ジェシルは立っていた場所から飛び退いた。炎はジェシルの背後に立っていた樹に燃え移り、めらめらと音を立てた。
「ジャン!」ジェシルはジャンセンを見る。助かったと言うより、ジャンセンの言う通りにしてしまった事が不満そうだ。「一体何なのよう!」
「『我が怒りを炎とし、偽りの神を滅ぼしたまえ』って唱えていたんだよ」ジャンセンが答える。「いやあ、本当に呪術が出来るなんて、これは大発見だよ! やっぱり実際を見ないといけないんだなぁ」
ジャンセンは言うと、腕組みをして何度も大きくうなずいていた。
「うわぁ、最低……」
ジェシルはつぶやく。老婆は小声で唱えながら再び右腕を差し上げ、ジェシルに向かって気合と共に振り下ろした。ジェシルは軽く身を引いて炎をよける。普段から銃撃戦で鍛えているため苦ではない。しかし、その様子を見た長とケルパムは膝を突いて両の手の平を上に向けて頭を下げた。ジェシルの動きが神の技として映っているのだろう。
跪いていた老婆が立ち上がった。腕を振り下ろす老婆に向かって何やら言っている。言われた老婆は激しい口調で言い返す。すると、言い返された老婆も右腕を差し上げた。先に振り上げていた老婆が憎々しげな表情で睨み付けた。二人の老婆は右腕を差し上げたままで向かい合った。互いに小声で唱え始めた。
「ジェシル、二人は果し合いをするようだぞ」ジャンセンが冷静な口調で言う。「ジェシルを襲った老婆を諌めようとしたけど言い返されて、争いになったようだ」
「うわぁ……」ジェシルは困惑する。「ジャン、元々わたしは女神じゃないんだから、この争いは不毛だわ。正直に話して争いを止めてよ」
「そりゃ無理だ。プライドの高いまじない師同士の争いだ。理由はどうあれ、決着がつくまで止めないよ」
「じゃあ、どうすれば良いのよう!」
「決着がつくのを待つしかない」
「だって、わたしは女神じゃないのよ!」
「もう、そんな事は関係ないんだよ……」
「最低!」
睨み合う老婆たちの差し上げた腕が互いに向けて振り下ろされた。互いに向かって炎が走る。
つづく
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