「あら、『姫様』って、静養中だったんじゃないの?」
「気分が良くなったとかで、今朝急遽決まったんです。もう、みんな、てんてこ舞いで……」
「『姫様』が来るって誰が言ったの? 本人?」
「お世話係のミュウミュウさんからです。まず、今日来るお客さんたちに、『姫様』がお見えになるって配信したんです」
「まあ、ずいぶんと大胆な事をしたわねぇ……」ジェシルは感心したような顔をする。「で、ジョウンズにはその後に伝えたって事?」
「と言うか、お客さんたちから問い合わせが殺到して、それで知ったみたいです。『勝手な事をして!』って怒ってたそうです」
「でも、『姫様』が元気になったんなら、それはそれで喜ばしいんじゃないの?」
「わたしはそう思うんですけど、何しろ、準備が増えちゃったんで……」
「あなたも駆り出されたの?」
「いえ、わたしは、ここの係のまんまなんですけど」ノラは少し不満そうだ。「忙しそうなみんなを見ていると、申し訳なくって…… かと言って、何か出来るわけじゃないんですけど……」
……ミュウミュウって、なかなかやるわねぇ。ジェシルは内心でにやりと笑んでいた。ミュウミュウの行動にどう言う意図があるのかは、まだ分からない。だが、先回りして手を打たれたのでは、ジョウンズと言えども拒否はできないだろう。なにしろ、『姫様』の信奉者が集まるような催しなのだし……
「きっと大騒ぎになるわねぇ……」
ジェシルはつぶやく。
ジェシルとしては、大騒ぎになれば、その隙に二人を救出できるのではないかと考えていたのだ。その方法は…… いつものように、出たとこ勝負だわ。ジェシルは笑む。
「そうですね。大熱狂ですよ!」
ノラは興奮気味に答える。ノラはジェシルの笑みを、『姫様』歓迎と捉えているようだった。
「……じゃあ、行くわね」
ジェシルは言うと、ドアへ向かう。
「あっ! 待ってください!」ノラが声をかける。ジェシルは何事と言う顔で振り返る。視線が会ったノラは顔を赤くして下を向く。「……あの、着替えを……」
「あ、そうだったわね。わざわざ持って来てくれたんですものね」ジェシルは笑む。「ちょっと待ってね」
ジェシルは胸に手をやった。ノラは慌てて背を向けた。が、目の前の壁に小さな鏡が掛かっていた。ジェシルの後ろ姿が映っている。ノラは鏡から目を逸らそうとするが、出来なかった。ジェシルの黒い艶やかな長い髪を真ん中にして、滑らかな背中が見えている。次いで、少し背を丸め、右脚を、それから左脚を曲げた。ノラの前の鏡にはジェシルの背中しか映ってはいなかったが、下を脱いだのだろう事は分かった。ジェシルはちょっとよろけて一歩前に踏み出した。途端に、ノラの見ている鏡に、ジェシルの引き締まった形の良いお尻が映った。ノラは、その姿に大人の女性を感じ取ってどきりとした。
ジェシルは全く気が付いていないようで、床に置いた布袋を取り上げると、中から新しいユニホームを出した。それを着終わると、姿見の前で微調整をする。
「はい、終わったわよ」
ジェシルの声にノラが振り返る。ノラは真っ赤になっていた。……あら、ユニホーム姿には無反応だったのに。ジェシルは不思議そうな顔をする。さらに、ノラの眼元がぼうっと熱っぽい事にも気が付いた。
「……どうかしたの?」ジェシルは心配そうにノラを見る。「大丈夫?」
「はい…… 大丈夫です……」ノラは答えるが、どう見ても大丈夫そうには見えなかった。「ただ、ちょっと……」
「朝からのてんてこ舞いで、ノラも疲れたのね」ジェシルはうなずく。「じゃあ、この部屋で休んでいると良いわ」
「でも……」
「良くなってから会場に来てくれれば良いわ。大会会場への行き方は分かっているから平気よ」
「でも……」
「でもでもって言ってないで、しっかりとしてちょうだい」ジェシルは優しい笑みを浮かべる。「何たって、ノラは公認のわたしの専属マネージャーなんだから」
「……はい……」
ジェシルはぽんぽんとノラの頭を軽く叩くと、部屋を出て行った。ジェシルが出て行ったと同時に、ノラは床に座り込んでしまった。
「……ジェシルさん……」ノラはドアを見ながら溜め息をつく。そして、火照っている自分の両頬を両手で挟む。「ダメよ! エインドンマルシアーナビラントンヌール…… じゃなかった、ノラ!」
ノラは思わず自分の本名を言って、慌てて訂正した。それから、ぴしゃぴしゃと自分の頬を何度も叩く。
「さあ、しっかりしなきゃ!」ノラは言いながら立ち上がる。それから室内を見回す。床の上のきちんと畳まれたユニホームに目を留める。「……ジェシルさん……」
ノラはつぶやいた自分を否定するように頭を大きく左右に振り、ふうと大きく息をついた。そして、何事も無かったかの様にそれらを拾い上げて布袋に入れた。クロークにあるガウンと宇宙パトロール制服を抱え、それから、バスルームを覗く。ジェシルの下着がバスタブの縁に並んで下がっていた。ノラはそれも袋に入れると、しっかりと抱え込んで部屋を出た。
つづく
「気分が良くなったとかで、今朝急遽決まったんです。もう、みんな、てんてこ舞いで……」
「『姫様』が来るって誰が言ったの? 本人?」
「お世話係のミュウミュウさんからです。まず、今日来るお客さんたちに、『姫様』がお見えになるって配信したんです」
「まあ、ずいぶんと大胆な事をしたわねぇ……」ジェシルは感心したような顔をする。「で、ジョウンズにはその後に伝えたって事?」
「と言うか、お客さんたちから問い合わせが殺到して、それで知ったみたいです。『勝手な事をして!』って怒ってたそうです」
「でも、『姫様』が元気になったんなら、それはそれで喜ばしいんじゃないの?」
「わたしはそう思うんですけど、何しろ、準備が増えちゃったんで……」
「あなたも駆り出されたの?」
「いえ、わたしは、ここの係のまんまなんですけど」ノラは少し不満そうだ。「忙しそうなみんなを見ていると、申し訳なくって…… かと言って、何か出来るわけじゃないんですけど……」
……ミュウミュウって、なかなかやるわねぇ。ジェシルは内心でにやりと笑んでいた。ミュウミュウの行動にどう言う意図があるのかは、まだ分からない。だが、先回りして手を打たれたのでは、ジョウンズと言えども拒否はできないだろう。なにしろ、『姫様』の信奉者が集まるような催しなのだし……
「きっと大騒ぎになるわねぇ……」
ジェシルはつぶやく。
ジェシルとしては、大騒ぎになれば、その隙に二人を救出できるのではないかと考えていたのだ。その方法は…… いつものように、出たとこ勝負だわ。ジェシルは笑む。
「そうですね。大熱狂ですよ!」
ノラは興奮気味に答える。ノラはジェシルの笑みを、『姫様』歓迎と捉えているようだった。
「……じゃあ、行くわね」
ジェシルは言うと、ドアへ向かう。
「あっ! 待ってください!」ノラが声をかける。ジェシルは何事と言う顔で振り返る。視線が会ったノラは顔を赤くして下を向く。「……あの、着替えを……」
「あ、そうだったわね。わざわざ持って来てくれたんですものね」ジェシルは笑む。「ちょっと待ってね」
ジェシルは胸に手をやった。ノラは慌てて背を向けた。が、目の前の壁に小さな鏡が掛かっていた。ジェシルの後ろ姿が映っている。ノラは鏡から目を逸らそうとするが、出来なかった。ジェシルの黒い艶やかな長い髪を真ん中にして、滑らかな背中が見えている。次いで、少し背を丸め、右脚を、それから左脚を曲げた。ノラの前の鏡にはジェシルの背中しか映ってはいなかったが、下を脱いだのだろう事は分かった。ジェシルはちょっとよろけて一歩前に踏み出した。途端に、ノラの見ている鏡に、ジェシルの引き締まった形の良いお尻が映った。ノラは、その姿に大人の女性を感じ取ってどきりとした。
ジェシルは全く気が付いていないようで、床に置いた布袋を取り上げると、中から新しいユニホームを出した。それを着終わると、姿見の前で微調整をする。
「はい、終わったわよ」
ジェシルの声にノラが振り返る。ノラは真っ赤になっていた。……あら、ユニホーム姿には無反応だったのに。ジェシルは不思議そうな顔をする。さらに、ノラの眼元がぼうっと熱っぽい事にも気が付いた。
「……どうかしたの?」ジェシルは心配そうにノラを見る。「大丈夫?」
「はい…… 大丈夫です……」ノラは答えるが、どう見ても大丈夫そうには見えなかった。「ただ、ちょっと……」
「朝からのてんてこ舞いで、ノラも疲れたのね」ジェシルはうなずく。「じゃあ、この部屋で休んでいると良いわ」
「でも……」
「良くなってから会場に来てくれれば良いわ。大会会場への行き方は分かっているから平気よ」
「でも……」
「でもでもって言ってないで、しっかりとしてちょうだい」ジェシルは優しい笑みを浮かべる。「何たって、ノラは公認のわたしの専属マネージャーなんだから」
「……はい……」
ジェシルはぽんぽんとノラの頭を軽く叩くと、部屋を出て行った。ジェシルが出て行ったと同時に、ノラは床に座り込んでしまった。
「……ジェシルさん……」ノラはドアを見ながら溜め息をつく。そして、火照っている自分の両頬を両手で挟む。「ダメよ! エインドンマルシアーナビラントンヌール…… じゃなかった、ノラ!」
ノラは思わず自分の本名を言って、慌てて訂正した。それから、ぴしゃぴしゃと自分の頬を何度も叩く。
「さあ、しっかりしなきゃ!」ノラは言いながら立ち上がる。それから室内を見回す。床の上のきちんと畳まれたユニホームに目を留める。「……ジェシルさん……」
ノラはつぶやいた自分を否定するように頭を大きく左右に振り、ふうと大きく息をついた。そして、何事も無かったかの様にそれらを拾い上げて布袋に入れた。クロークにあるガウンと宇宙パトロール制服を抱え、それから、バスルームを覗く。ジェシルの下着がバスタブの縁に並んで下がっていた。ノラはそれも袋に入れると、しっかりと抱え込んで部屋を出た。
つづく
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