ジェシルは傭兵たちのロープを切った。傭兵たちは後ろ手に拘束されていた両手首を軽く振ったり揉んだりしている。首のロープが切られた事で、大きく深呼吸している者もいる。
「ジェシル、感謝するぜ」ベリアンテが礼を言う。ベリアンテが傭兵部隊の隊長のようで、ベリアンテに倣って皆も口々に礼を言った。「オレたちは金さえもらえりゃ、どんな任務でも引き受ける。特にお得意さんのマージフラット社からの依頼は断れねぇ。だが、今回で懲りたよ。金より命だな」
「あなたたちが改心するなら、宇宙パトロールからの依頼もあるかもしれないわ」ジェシルは言って、少し顔を曇らせる。「でも、凶悪犯やシンジケート潰しなんかが中心だから、そんなに払えないかもしれないわねぇ……」
「構わねぇよ。こんな訳の分からねぇ事はもうたくさんだ!」ベリアンテは座り込んでいるコルンディを見下ろす。「他の傭兵部隊にも話しておくぜ。マージフラット社の依頼は断れってな」
コルンディはベリアンテを睨む。しかし、実戦経験の豊富な本物の戦士に逆に睨み返され、その無言の威圧感に怖じ気づき、再び視線を地面に落とした。ベリアンテは鼻を鳴らして苦笑する。
「さあ、傭兵のみんな!」
ジェシルが声をかける。輸兵たちは一斉にジェシルに向き直る。……やっぱり訓練の行き届いた兵士たちは違うわ。ジェシルは満足そうにうなずく。……宇宙パトロールの機動部隊もこれくらいになってくれなくちゃね、そうよ、彼らを新たに特別機動隊って事にして宇宙パトロールに組み込むようにビョンドル長官に申請しようかしら。
「武器の類を撤収するわ」ジェシルは傭兵たちに言い、顔をコルンディに向ける。「……コルンディ、ゲートは機能しているんでしょ?」
「さあな、どうだったかな?」
コルンでは悪態をつく。トランが不安そうな表情を浮かべる。
「大丈夫だ」ベリアンテが答える。「コルンディは生来の弱虫野郎だから、常に必ず逃げ道は確保している。何かあったら真っ先に逃げ出せるようにしてあるはずだから、ゲートは作動中だ」
「ちっ!」
コルンディは忌々しそうに舌打ちをする。トランが安堵のため息を漏らす。
「コルンディ、あなた、弱虫なんだ。それなのに意気がっちゃって…… やっぱりあなたはここに置き去り決定ね」ジェシルは言うと傭兵たちに顔を向ける。「さあ、兵器をゲートに通して! 危険な物は取り除きましょう!」
傭兵たちは即座に行動する。兵器の積み込まれた木箱を楽々と抱え上げ、ゲートの前に積み上げる。積み上がった木箱に反応したのか、ゲートの枠の中に黒い雲の様なものが現われ始めた。
「ゲート前距離二十インチ、高さ四フィート以上の物があるとゲートが作動する」ベリアンテが言う。「こんな風に雲みたいなのが出れば使える」
「わたしたちの時は物凄い風に吸い込まれたわ」ジェシルが言う。「有無を言わせなかった……」
「それはわざとそう言う仕様にコルンディがしていたのさ」ベリアンテが苦笑する。「勘付いて逃げ出されたら困るからって事だそうだ。弱虫野郎の発想だ」
「ふ~ん……」ジェシルはコルンディを見つめる。「完全無欠の弱虫野郎なのね」
コルンディはそっぽを向く。ジェシルは「弱虫コルンディ」と唇だけを動かして罵った。
傭兵たちは慣れたものと言った感じで、こちら側から木箱を次々と抛り込むように投げ出す。木箱は黒雲の中に消えて行く。
「……そんなに乱暴に扱って大丈夫なの?」マーベラが心配そうに言う。「わたしたちは自分がケガをしても発掘品は壊すなって教わったけど……」
「こんな扱いで壊れる様じゃ兵器にはならないわよ」ジェシルが答える。「でも最近じゃ、精密なのも増えて来ているから、いずれはそうなるかもね」
「そうなりゃ兵器の方が兵隊より割高になるかもしれないな……」ジャンセンがつぶやく。「そして争いも無くなるかも……」
「でもね、ジャン。そうはうまくは行かないのよ」ジェシルがため息をつく。「精密な兵器なんてなくったって、これで(ジェシルは右手で拳を作り撃ち出す。風を切る音が凄まじい)済んじゃうんだから。まだまだ兵士は重要よ」
「ジェシル、兵器の移動は終わった」ベリアンテが言う。地面には何も残って(コルンディは不貞腐れたように座り込んでいるが)いなかった。「オレたちも戻ろう」
「そうね」ジェシルは答える。「傭兵のみんなと博士たちは先に行って。わたしは最終点検をしてから行くわ」
博士と傭兵たちはゲートの前に立ち、次々と入って行く。ジャンセンは洞窟の出入り口を見返した。名残惜しそうなジャンセンの表情を見たトランとマーベラが、じれったそうな顔をして右腕をトランが、左腕をマーベラが引っ張ってゲートの中へ入って行った。
「もう何も残っていないわね」ジェシルはしんとなった洞窟内を見回す。「投光器もゲートも長い年月が化石のようにしちゃうでしょうから……」それから今気がついたような顔をコルンディに向ける。「あ、あなたもね」
「おい、ジェシル! 冗談だろ? 本当にオレをここに置いて行くのかぁ!」コルンディは叫び、立ち上がる。「ふざけるな! オレはこのままゲートに飛び込んでやる!」
コルンディが駈け出そうとした時、ジェシルの右拳がコルンディの鳩尾を撃った。宇宙一不細工な声で鳴くデラス蛙並みの呻き声を上げてコルンディは地面に転がった。
「コルンディ、向こうに戻ったら装置を切っちゃうから、ここでお別れね」
「く…… おい、ジェシル……」当人は叫んでいるつもりだが、かすれた声でコルンディは言う。「悪かった…… 心を入れ替えるから……」
ジェシルはにこりと笑ってゲートの中へと消えた。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます