みきのさとみをつかむ手が離れた。離された右手はだらりと下がり、座り込んいる床に当たった。それすら気がついていないさとみは、じっと影の真っ黒な瞳を見つめている。
みきの全身から黒い霧のようなものが浸み出してきた。さとみはその様子に驚きもしない。ぽうっとした顔で成り行きを見ている。やがて霧のようなものはみきの全身を覆い、みきは見えなくなってしまった。霧の様なものはゆっくりと上って行く。霧の離れたみきは、元の幼い子供の顔に戻って立っていた。目を閉じていた。
さとみは上って行く霧を目で追う。それに連れてさとみの顔は上を向く。そして、誘われるように立ち上がった。みきには全く関心を持ってはないなかった。
霧はゆっくりと集まり始めた。霧は影へと姿を変えた。しかし、さとみは反応しない。相変わらず、ぽうっとした顔で影を見ている。
「さとみ殿!」
声が飛んできた。みつだった。それに続いて文子、虎之助、豆蔵、竜二、竜二にしがみついているまさきときりと、春美が現われた。皆驚きの表情だ。
傍から見れば、影に取り込まれそうになっているさとみと見えたからだ。
みつは素早く抜刀し、冨美代も薙刀を手にし、二人で影に突進する。だが、手応えはない。
豆蔵がさとみの前に立ち、影からの攻撃に備えて楯となる。右手には石礫を握っている。虎之助はさとみの腕をつかんで、その場から離そうとする。しかし、さとみは動かない。
まさきときりとは目の前の異様な光景に泣き出した。竜二は「大丈夫だ、大丈夫だ」と子供たちに言い続けている。春美はただその場に立っている。
「嬢様! しっかりしなせぇ!」豆蔵が、背後にいるさとみに、荒げた声をかける。「気をたしかに持つんだ!」
「ダメだわ、豆ちゃん!」虎之助はさとみの腕を引っ張りながら叫ぶ。「動かないわ! 根っこが生えちゃったみたいだわ!」
討ち込みが効かないと悟ったみつと冨美代は、虎之助の援護に回る。みつがさとみの胴に手を回し、持ち上げようとする。冨美代はさとみを挟んで虎之助と向かい合うように立ち、さとみを虎之助側に押している。それでもさとみは動かない。
「春美先生! 手を貸して!」虎之助が春美に声をかける。しかし、春美はすくんでいるのか、動かない。「もうっ! しょうがないわねぇ!」
虎の助は春美を一睨みする。
と、影が全身を小さく一揺らしした。途端に空間が激しく揺れた。豆蔵たちは、その衝撃で床に転がってしまった。豆蔵が顔を上げると、立っているのはさとみだけだった。
「嬢様!」
豆蔵が叫ぶ。さとみは反応しない。じっと影を見つめている。豆蔵は立ち上がろうとするが、何か強い力の抑えつけられでもしているかのように身を起こせない。それはみつや冨美代、虎之助も同じだった。竜二はぎゃんぎゃん泣いている子供たちに手を焼いている。まきは物のように床に転がっている。春美は座り込んで自身の両頬を押さえている。
「春美先生よう!」竜二が春美に言う。「まきちゃんを抱え起こしてやれよう! 可哀想じゃねぇかよう!」
「ダメよ、竜二ちゃん!」虎之助が言う。「その先生は先生をやめちゃっているんだから!」
「いや、春美様もわたくしたちと同様に動けないのですわ!」冨美代が言う。「あの影の力なのでしょうか……」
影がゆっくりとさとみに近づいてきた。さとみは動かない。
「さとみ殿!」みつが叫ぶ。両手を突っ張り、何とか起き上がろうとするが、さらに強い力を背に受けてみつは床に崩れる。「くっ! 無念!」
影はさとみの目の前に迫った。さとみは待ち受けているかのような笑みを浮かべる。
「嬢様! しっかりしなせぇ!」
豆蔵は握っていた石礫を、僅かに動く手首のスナップだけで放った。小石はさとみのお尻に当たった。途端にさとみは目をぱちくりとさせた。我に返ったようだ。
「うわああああああああっ!」
突然、さとみは叫んだ。すぐ目の前に影がいたからだ。その瞬間、さとみのからだが金色に光り始めた。
つづく
みきの全身から黒い霧のようなものが浸み出してきた。さとみはその様子に驚きもしない。ぽうっとした顔で成り行きを見ている。やがて霧のようなものはみきの全身を覆い、みきは見えなくなってしまった。霧の様なものはゆっくりと上って行く。霧の離れたみきは、元の幼い子供の顔に戻って立っていた。目を閉じていた。
さとみは上って行く霧を目で追う。それに連れてさとみの顔は上を向く。そして、誘われるように立ち上がった。みきには全く関心を持ってはないなかった。
霧はゆっくりと集まり始めた。霧は影へと姿を変えた。しかし、さとみは反応しない。相変わらず、ぽうっとした顔で影を見ている。
「さとみ殿!」
声が飛んできた。みつだった。それに続いて文子、虎之助、豆蔵、竜二、竜二にしがみついているまさきときりと、春美が現われた。皆驚きの表情だ。
傍から見れば、影に取り込まれそうになっているさとみと見えたからだ。
みつは素早く抜刀し、冨美代も薙刀を手にし、二人で影に突進する。だが、手応えはない。
豆蔵がさとみの前に立ち、影からの攻撃に備えて楯となる。右手には石礫を握っている。虎之助はさとみの腕をつかんで、その場から離そうとする。しかし、さとみは動かない。
まさきときりとは目の前の異様な光景に泣き出した。竜二は「大丈夫だ、大丈夫だ」と子供たちに言い続けている。春美はただその場に立っている。
「嬢様! しっかりしなせぇ!」豆蔵が、背後にいるさとみに、荒げた声をかける。「気をたしかに持つんだ!」
「ダメだわ、豆ちゃん!」虎之助はさとみの腕を引っ張りながら叫ぶ。「動かないわ! 根っこが生えちゃったみたいだわ!」
討ち込みが効かないと悟ったみつと冨美代は、虎之助の援護に回る。みつがさとみの胴に手を回し、持ち上げようとする。冨美代はさとみを挟んで虎之助と向かい合うように立ち、さとみを虎之助側に押している。それでもさとみは動かない。
「春美先生! 手を貸して!」虎之助が春美に声をかける。しかし、春美はすくんでいるのか、動かない。「もうっ! しょうがないわねぇ!」
虎の助は春美を一睨みする。
と、影が全身を小さく一揺らしした。途端に空間が激しく揺れた。豆蔵たちは、その衝撃で床に転がってしまった。豆蔵が顔を上げると、立っているのはさとみだけだった。
「嬢様!」
豆蔵が叫ぶ。さとみは反応しない。じっと影を見つめている。豆蔵は立ち上がろうとするが、何か強い力の抑えつけられでもしているかのように身を起こせない。それはみつや冨美代、虎之助も同じだった。竜二はぎゃんぎゃん泣いている子供たちに手を焼いている。まきは物のように床に転がっている。春美は座り込んで自身の両頬を押さえている。
「春美先生よう!」竜二が春美に言う。「まきちゃんを抱え起こしてやれよう! 可哀想じゃねぇかよう!」
「ダメよ、竜二ちゃん!」虎之助が言う。「その先生は先生をやめちゃっているんだから!」
「いや、春美様もわたくしたちと同様に動けないのですわ!」冨美代が言う。「あの影の力なのでしょうか……」
影がゆっくりとさとみに近づいてきた。さとみは動かない。
「さとみ殿!」みつが叫ぶ。両手を突っ張り、何とか起き上がろうとするが、さらに強い力を背に受けてみつは床に崩れる。「くっ! 無念!」
影はさとみの目の前に迫った。さとみは待ち受けているかのような笑みを浮かべる。
「嬢様! しっかりしなせぇ!」
豆蔵は握っていた石礫を、僅かに動く手首のスナップだけで放った。小石はさとみのお尻に当たった。途端にさとみは目をぱちくりとさせた。我に返ったようだ。
「うわああああああああっ!」
突然、さとみは叫んだ。すぐ目の前に影がいたからだ。その瞬間、さとみのからだが金色に光り始めた。
つづく
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