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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 111

2020年08月21日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「アツコォォォォォ!」
 逸子は叫びながらアツコに向かって突進した。
 不意を突かれたアツコは目を丸くして驚きの表情をしている。一緒に居た男たちはちょんまげ頭で法被を着て、首に手拭いをかけている。それぞれが縦長な木箱を持っていた。大工の道具箱だった。男たちはアツコがどこかの時代から連れてきた大工たちなのだ。
 逸子から噴き出している赤いオーラに大工たちは弾き飛ばされ周りの茂みに転がった。
「ウァツコォォォォォォ!」
 逸子は雄叫び、その怒りに満ちた右拳をアツコに叩き込んだ。しかし、アツコも全身から赤いオーラを噴き上がらせ、逸子の右拳目がけて自身も右拳を繰り出した。爆弾が破裂するような音と共に地が揺れた。拳にまとわったオーラ同士のぶつかり合った際の衝撃だったのだ。逸子もアツコも各々が後方へと飛び去り、態勢を整える。
「あなたは逸子ね!」アツコは鋭い眼差しで言う。「危ないじゃない! それに、どっから湧いて出て来たのよ!」
「湧いて出たですってぇ……」逸子もにらみ返す。「人をボウフラみたいに言うつもりなの?」
「あら、ボウフラに失礼だったかしら?」
「何ですってぇぇぇ……」逸子のオーラが噴き上がる。「さっさとわたしのコーイチさんを返しなさいよ!」
「え? わたしのコーイチさんだってぇ?」アツコが鼻で笑う。「ふん! あなたみたいな野蛮な女に、あのか弱いコーイチさんを渡せるわけないじゃない!」
「あなたこそ、何よ! コーイチさんにでれでれしちゃってさ! コーイチさんはね、そんな媚び媚び女が大嫌いなのよ!」
「野蛮な女よりはマシよ!」
「それに、コーイチさんはタイムマシンには全く関わりが無いのよ! あなたが連れ去る理由なんて無いじゃない!」
「知ってるわよ。それでも、わたしはコーイチさんが良いの!」
「勝手な事を言わないでよ! コーイチさんはわたしだけを好きって言ってくれているわ! あなたは言われていないんでしょ?」
「だから何?」
「何って……」
「わたしはね、コーイチさんと、ここで二人っきりだったのよ。ずう~っとね」
「ふん! どうせ、コーイチさんに迷惑がられたんでしょ?」
「ははは、今回、家を建てるのだってね、コーイチさんが了承してくれているのよ!」
「脅したんでしょ? コーイチさんはそう言うのに、ちょっと弱いから。実際に野蛮なのはあなたの方じゃない!」
「ふん! 何と言われたって、コーイチさんは返さないわ! コーイチさんはわたしとここで一緒に住むのよ!」
「……大人しく言っているのに、分からないようね……」
「そっちもね……」
 逸子とアツコはにらみ合う。互いの噴き上がっている赤いオーラが揺らめく。
 逸子は右脚を少し後方へ流し、左半身を前にして腰を落とす。両肘を軽く曲げ、両の指を全てぴんと立てる。その構えを見て、アツコは少し両脚を左右に開き、腰を少し落とし、肩をそびやかして両肘を外に張り出し、手の平をゆっくりと合わせると、指先を逸子に向けた。
 二人は互いに構えたまま、微動もせず、にらみ合いを続ける。しんとした中に、耐えられないほどの緊張感が走り、溢れている。大工たちはもとより、ナナたちも動けない。
 不意に、逸子が構えを解いた。噴き上がっていたオーラもすうっと消えた。そして、不安そうにきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「何やってんのよ?」アツコは構えを解かずに逸子に言う。「負けを認めるのね?」
「……ねぇ……」逸子が弱々しい声でアツコに言う。「コーイチさん、どこ? 一緒に居るんじゃないの?」
「いいえ」アツコは頭を振る。「一緒じゃないわ」
「ええっ!」逸子は叫ぶ。「あなた、わたしのコーイチさんをどうしたのよ!」
「わたしの、わたしのって、うるさいわね! 名札でも付けてあるのかしら?」
「ふざけないで! ……ねぇ、どこに居るのよう!」
「わたしはコーイチさんと一緒に大工さんを捜しに行ったの」
「ふん! 無理やり連れだしたんでしょ?」
「おやあ?」アツコが意地悪そうな目つきをした。「そんな事言うんなら、もう話さないわよ!」
「……悪かったわよ」逸子は頭を下げた。コーイチの事になると、素直に謝る事の出来る逸子だった。「もう何にも言わないから、教えてよ」
「……」……わたしの勝ちね! アツコはにやにやして逸子を見ている。「コーイチさんは、今も大工さんを探してくれているわ」
「えっ!」逸子は愕然とする。「コーイチさんを一人、置き去りにしているって事? ……あなた、頭の中に何か変なものが湧いているんじゃない?」
「何て事を言うのよ!」
「右も左も分からない所にコーイチさんを一人置いて来るなんて、あなたの方がずうっと野蛮じゃない!」
「でもね、コーイチさんがそうして良いって言ったのよ」
「それは、あなたと一緒に居たくないからに決まっているじゃない!」
「ふざけた事を言わないでよね!」
「わたしには『逸子さん、ずっと一緒に居ようね』って、微笑んでくれるんだから!」
「それが偉いって言うの? 何よ、ちょっとコーイチさんと長く一緒だからって!」
「……コーイチさん、大丈夫かしら……」
 アツコのぎゃあぎゃあいう抗議を聞き流しながら、逸子はつぶやいた。


つづく
 


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