お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

荒木田みつ殺法帳 2

2022年03月01日 | 霊感少女 さとみ 外伝 2
「……と言う訳でございます」
 朝、出稽古の帰りに遭遇した一件を、父、自身も剣術道場を営む荒木田三衛門に話すみつは、両拳を畳に付き、頭を軽く下げている。その傍らには先程の娘が座って、深々と頭を下げている。みつの雨に濡れた着物はすでに生乾きとなり、娘の跳ね上げた泥は乾いて白くなっていた。
「全く、お前と言う娘は……」三衛門はため息をつく。「で、相手はどこの藩の者だ?」
「さあ……?」起き上がったみつは腕組みをする。「向こうが名乗らなかったので訊いておりません」
「お前は名乗ったのか?」
「それは当然でございます、父上」みつは平然と答える。「何も隠す事など致しておりませぬ故」
「何と言う……」三衛門はぴしゃりと己が額を叩く。「それでは、相手がこちらへと来るではないか! そこの娘を取り返そうとして!」
 言われた娘は全身をびくっとさせて不安そうな眼差しをみつに向ける。
「心配を致すな」みつが娘に言う。「ただ、あれから口をきいてくれないな。お前の素性やあやつらの事などを教えてもらいたいのだが……」
「なんと、みつ! まだ何も訊いてはおらなんだのか!」
「がたがたと震えっぱなしでしたので」
「それはお前の剣が乱暴だったので怖がったおるのだろう」
「向こうは大人数。わたしはこの娘を守りながらの応戦。多少は荒くもなりましょう」
「まさか、何人か斬り伏せたのではあるまいな?」
「此度は峰討ちに致しました」
「それでも骨は折れようが! 当たり所が悪ければ落命も有り得る!」三衛門はまた額を叩く。「高名な藩であれば、謝るだけでは許されぬぞ……」
「その時は、共に合戦を致しましょう」
「戯け! 何故お前の不始末をわしまで被らねばならんのだ!」
「ご当主は父上。ならば致し方ないかと……」
「ああっ、もうっ!」三衛門は立ち上がると、同じ部屋の仏壇の前に座り直す。妻のしのの位牌を見つめ、手を合わせる。「しのよ…… わしはお前のような淑やかで慎ましい女になってほしかったのだ。昨今の娘の着るような着物を着せて、良い婿を取って、荒木田の家を恙なく繁栄させたかったのだ。それが、それが…… わしが剣の手ほどきなどをしたばかりに、娘はこんな事になってしまった…… しのよ、わしはどうすれば良いのだ……」
「亡き母に申し上げても埒が明きますまい」みつは呆れた顔をする。「これは何時も申し上げておりますぞ」
「何時も斯様な難儀を持ち込むお前のせいじゃ!」三衛門は立ち上がって地団太を踏む。「この…… この、親不孝娘が!」
「父上、見っとも無いですぞ」みつが薄ら笑いを浮かべる。「それに、何時も申し上げておりますが、わたしは間違ったことはしておりません」
「間違っていない事と、正しい事とは違うのだ! それが世の習いだ!」
「ならば、世の習いがおかしい」
「ええいっ! ああ言えばこう言う!」
 父と娘が睨み合っていると、みつの隣の娘が顔を上げた。
「……お話しいたします」


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 荒木田みつ殺法帳 1 | トップ | 荒木田みつ殺法帳 3 »

コメントを投稿

霊感少女 さとみ 外伝 2」カテゴリの最新記事