働き詰めだった周一が体調を崩し入院したのは六十歳を迎えた頃だった。すぐに退院したが、その後、静養を兼ねてかつて某大物議員の持ち物だった別荘を買い取り、移り住んだ。
その際、病院で看病に当たっていた二宮涼子を、専用の看護師として別荘へと迎え入れた。常に媚び諂いや駆け引きに身を投じている周一には、特別扱いせず、入院患者の一人として普段どおりの看護をする涼子が、新鮮なものに映ったのだ。また二十八歳と言う涼子の年齢も、それを強いものにした。
涼子には、絶えず来客があり、そのたびに厳しい表情で応対する、まだ完全には回復していない周一が、とても痛々しく見えていた。二人だけのときは楽しい会話や笑い声さえ立てるのに、仕事の事となると一変する。それが終わると、とても疲れた様子だった。しかし、涼子が心配そうにしていると、飾らない笑顔を向けてくれた。
涼子の中で次第に同情が愛情に変わって行った。周一も新鮮さ以上の親密さを感じ取っていた。
しばらくして、涼子は妊娠した。周一はまわりの反対を押し切り、涼子を妻とした。
周一は涼子の身を案じ、別荘で生活をさせた。さらに、鳴海征司を涼子の身辺に配した。
鳴海は、周一の若い時からの社員で、常に共に行動してきた男だった。今では身辺の世話をする執事のような形で仕えているが、周一を一番理解している男と言っても良かった。決して前には出ず、絶えず後ろで周一を支えた。言わば、周一の裏も表も知り尽くした、懐刀のような男だった。
鳴海は涼子に対する様々な出来事を、周一に命ぜられた通りに、未然に、または内々で処理に当たった。歳の離れた義娘達からの事には特に気を配っていた。
やがて涼子は出産した。それが博人だった。
博人は幼少より性格も良く、聡明だった。周囲も次第に見方を変え始め、博人が中学生になった頃には、周一の後継者に押すまでになっていた。
博人が産まれた翌年に、冴子が三鬼松の孫として生を受けた。成長するにつれ、その破天荒な性格は周囲の手を焼かせた。喜んでいるのは三鬼松ただ一人だった。
冴子が有名私立中学に入学した時、冴子の父の正二郎によって祝いの宴が催された。冴子の御披露目と同時に、もう子供ではないと釘を刺す機会ともしたかったようだ。
その席で博人に会った。
多くの人々で溢れかえったホテルの大広間に入って来た瞬間から、まだ、どこの誰とも分からないうちから、すっかり心を奪われてしまった。三鬼松に素性を尋ねると、すぐに呼んでくれた。
そのときの事を冴子は今でもはっきりと覚えている。
「こちらは、桜沢家の御曹司、桜沢博人様です」
博人の取り巻きのような連中の一人が、さも自分は全てを知っているといった風に喋りだした。冴子は眉間に皺を寄せた。こう言った、お零れに預かりたくて付いて回る連中を冴子はとても嫌っていた。・・・こんなヤツらを連れているなんて、最低だわ。冴子は自分の見る目のなさに腹を立てた。博人はすっと冴子の前に進み出て、爽やかな笑顔で会釈をし、耳元でささやいた。
「僕もこんな連中は嫌いだけど、全てを受け入れるだけの器を持てと父から言われているんです。彼らも彼らなりに生きるのに必死なんですよ・・・」
途端に冴子の機嫌が良くなった。・・・やっぱり、わたしの目は確かだわ! 一端下がった気持ちはその分急激に上がった。初めてにして、最高の恋が芽生えたのだ。
続く
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その際、病院で看病に当たっていた二宮涼子を、専用の看護師として別荘へと迎え入れた。常に媚び諂いや駆け引きに身を投じている周一には、特別扱いせず、入院患者の一人として普段どおりの看護をする涼子が、新鮮なものに映ったのだ。また二十八歳と言う涼子の年齢も、それを強いものにした。
涼子には、絶えず来客があり、そのたびに厳しい表情で応対する、まだ完全には回復していない周一が、とても痛々しく見えていた。二人だけのときは楽しい会話や笑い声さえ立てるのに、仕事の事となると一変する。それが終わると、とても疲れた様子だった。しかし、涼子が心配そうにしていると、飾らない笑顔を向けてくれた。
涼子の中で次第に同情が愛情に変わって行った。周一も新鮮さ以上の親密さを感じ取っていた。
しばらくして、涼子は妊娠した。周一はまわりの反対を押し切り、涼子を妻とした。
周一は涼子の身を案じ、別荘で生活をさせた。さらに、鳴海征司を涼子の身辺に配した。
鳴海は、周一の若い時からの社員で、常に共に行動してきた男だった。今では身辺の世話をする執事のような形で仕えているが、周一を一番理解している男と言っても良かった。決して前には出ず、絶えず後ろで周一を支えた。言わば、周一の裏も表も知り尽くした、懐刀のような男だった。
鳴海は涼子に対する様々な出来事を、周一に命ぜられた通りに、未然に、または内々で処理に当たった。歳の離れた義娘達からの事には特に気を配っていた。
やがて涼子は出産した。それが博人だった。
博人は幼少より性格も良く、聡明だった。周囲も次第に見方を変え始め、博人が中学生になった頃には、周一の後継者に押すまでになっていた。
博人が産まれた翌年に、冴子が三鬼松の孫として生を受けた。成長するにつれ、その破天荒な性格は周囲の手を焼かせた。喜んでいるのは三鬼松ただ一人だった。
冴子が有名私立中学に入学した時、冴子の父の正二郎によって祝いの宴が催された。冴子の御披露目と同時に、もう子供ではないと釘を刺す機会ともしたかったようだ。
その席で博人に会った。
多くの人々で溢れかえったホテルの大広間に入って来た瞬間から、まだ、どこの誰とも分からないうちから、すっかり心を奪われてしまった。三鬼松に素性を尋ねると、すぐに呼んでくれた。
そのときの事を冴子は今でもはっきりと覚えている。
「こちらは、桜沢家の御曹司、桜沢博人様です」
博人の取り巻きのような連中の一人が、さも自分は全てを知っているといった風に喋りだした。冴子は眉間に皺を寄せた。こう言った、お零れに預かりたくて付いて回る連中を冴子はとても嫌っていた。・・・こんなヤツらを連れているなんて、最低だわ。冴子は自分の見る目のなさに腹を立てた。博人はすっと冴子の前に進み出て、爽やかな笑顔で会釈をし、耳元でささやいた。
「僕もこんな連中は嫌いだけど、全てを受け入れるだけの器を持てと父から言われているんです。彼らも彼らなりに生きるのに必死なんですよ・・・」
途端に冴子の機嫌が良くなった。・・・やっぱり、わたしの目は確かだわ! 一端下がった気持ちはその分急激に上がった。初めてにして、最高の恋が芽生えたのだ。
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