「え?」
ジェシルは驚いたまま動けない。
「え?」
転がり出てきた少女もジェシルを見たまま動けない。
少女は小柄で可愛らしい娘だ。ピンクのTシャツにオーバーオール、イチゴのアップリケのあるポシェットをたすき掛けにしていた。所々泥汚れが付いている。
「わああああっ!」
悲鳴を上げたのは少女だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」少女は言うと何度も頭を下げる。「わたし、迷子になっちゃったみたいで、うろうろしていたらこんな所に出てしまって……」
「そうなの……」
ジェシルは日本語で言う。以前に来た時に既にマスターしていた。そうでなかったとしても、辺境惑星の言葉など数分で覚えられる。
ジェシルは自分の姿に気がついて湯舟にからだを沈めた。これが男性だったら、たとえ少年であっても命は無かっただろう。湯舟の縁の手の届くところに愛用のメルカトール熱線銃が置かれている。
「まあ、そう謝らなくっても良いわ」ジェシルはちょっといたずらっぽい表情をした。「……なんだったら一緒にオンセンに入る?」
「いえ、大丈夫です!」少女は、とんでもないとばかりに両手を振る。それから、ぼそりと呟く。「……どうして女の人はわたしにそう言う事を言うんだろう……」呟いてからはっと我に返る。「それよりも、ここはどこなんですか? なんて言う温泉なんですか?」
ころころ変わる少女をジェシルは物珍しそうに見ている。
「ここは、那野那加温泉って言うのよ」
「那野那加温泉ですか……」少女は寄り目になっておでこをぴしゃぴしゃと叩き始め、ぶつぶつと呟き出した。「……と言う事は、目的地は近いんだわ。竜二って意外と方向は確かだったのねぇ、他は全くダメなくせに……」
ジェシルはぶつぶつ言い続けている少女に興味が湧いた。
「……で、お嬢ちゃんは、その竜二って人とはぐれちゃったのかしら?」
「とんでもない!」少女は憤慨している。「あんなヤツ、もう知りません! 先へ行き過ぎって文句を言ったら、ふてくされてどこかへ行っちゃって!」
ジェシルはまったく事情がつかめない。さすが辺境惑星人ね。取り扱いが難しいわ。ジェシルはそう思う事にした。
「……ところで、お嬢ちゃんのお名前は?」ジェシルは訊く。「わたしは、川村ひろみ」
「え? あ、そうでした。まだ言っていませんでした、ごめんなさい、ひろみさん!」少女はまた頭を下げる。頭を下げるのが好きなようね。ジェシルは楽しくなった。「わたし、綾部さとみと言います。こう見えて高校二年生です」
さとみは言うと胸を張る。しかし、反り返っているようにしか見えない。
つづく
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