茨城の山紀行(日記版)ー四国遍路の旅特別版

四国八十八か所霊場をめぐる歩き遍路版を、「茨城の山紀行(特別版)」としてブログを立ち上げました。

阿波の国ー発心の道場(六日目)

2015年01月15日 | 日記
11月23日、いよいよ「阿波の国、最後のの札所-薬王寺」へ向かう、23kmの道を歩き始めた。宿、山茶花を出て間もなく、みかん・チョコレートなどのお接待をいただき、気持ちの良い最終日のスタートとなった。



阿波の国「発心の道場」最後の札所-薬王寺にて
朝6時30分に宿「山茶花」を出て、薬王寺へと向かう。
薬王寺へは、トンネルは多いが国道を通るコースと、海岸線を歩くコースがあるが、私たちは、四国に来て初めて見る海岸線を歩くこととした。四国の海は、関東地域の海とは海の色が違う感じがする。遍路道は海岸線に沿って歩くが、思ったよりもアップダウンがあった。

遍路で歩いた最初のトンネルと「カニに注意」の標識


海岸線の遍路道

11月18日から歩き始めた、初めての四国遍路の旅は、第1弾の「阿波の国-発心の道場」を無事に歩きとおす事が出来た。北茨城市からの往復を加えると、七泊八日の旅となった。この間、天気に恵まれて雨粒一粒もなかったのは、本当にラッキーだった。
次回は、土佐の国「修行の道場」を1月に歩く予定である。距離が長い土佐の国は、公共交通機関との組み合わせで計画しようと思っている。

阿波の国ー発心の道場(五日目)

2015年01月15日 | 日記
四国遍路五日目の今日は、「1に焼山、2にお鶴、3に太龍寺」といわれる、歩き遍路の難所(遍路転がし)の鶴林寺と太龍寺を周り平等寺までで歩くコースだ

鶴林寺に向かう途中の藁ぶきの遍路小屋

水呑大師の像
鶴林寺へは、標高差500mの遍路転がしを歩くということで、日の出前に昨夜の宿泊所(金子や)を出る。すぐに細い山道の遍路道に入ると、歴史を感じさせる「藁ぶきの遍路小屋」に出会う。さらに、弘法大師が水を出したといわれる水場に「水呑大師像」が設置されている。

太龍寺へ向かう途中の那珂川

遍路身に設置されている道標

太龍寺の山門

太龍寺にて
鶴林寺の山を下り太龍寺へ向かう遍路道は、那珂川の永井橋を渡ってから、再度500mの標高の道を歩く。先日の焼山寺ほどではないが五日目の疲れのせいか、厳しさを感じる。次の札所まで〇〇里〇〇丁の石塚が遍路道に設置されているが、ここ太龍寺への遍路道には「舟形丁石」がある。この目印は、疲れた身体に頑張りを貰いながら歩く。

平等寺への遍路道

やっと平等寺が見えてきた

平等寺に設置されてる六地蔵

平等寺の前で
太龍寺へのお参りを済ませたら、再度、急坂を下り11km先の「22番札所-平等寺」へ向かう。舗装された道路から入り、竹藪の中を歩く遍路道は、足にやさしく気持ちよく平等寺へと案内してくれ、門前の「山茶花」に宿をとった。
いよいよ、明日は、発心の道場を歩く最後の日となる。幸いにも、この間、1日も雨に降られず歩く事が出来た。明日も、天気は良いようだ・・・

「阿波の国」-発心の道場(四日目)

2015年01月13日 | 日記
阿波の国を歩く遍路も四日目となり、札所の数では「発心の道場の終盤」に近づいてきた。今日は、徳島市の市街地を歩くか街中を避けて「地蔵越」という峠を越えるかの選択が求められる日となった。私たちは、街中を避けて地蔵院を経由し地蔵越を超え園瀬川沿いに歩き国道55号に出て、徳島市街を通りコースと合流する道を歩いた。
遍路で歩いた札所は、18番「恩山寺」と19番「立江寺」の二つではあったが、峠道・国道と厳しい歩きが求められた一日であった。


18番札所「恩山寺」

19番札所「立江寺」
立江寺の門前には、歴史を感じさせるお餅屋さんの店がある。懐かしさを感じ名物のお餅をほおばった。

朝霧の立つ鮎喰川を渡る。遠くに見えるのが地蔵越

地蔵越の遍路道と峠に立つ像

立江寺の門前に立つお餅屋さん
ここからは、約10km離れた今晩の宿「金子や」まで歩く。金子やは、遍路道の難所といわれている「鶴林寺・太龍寺」へのコーズの麓にある。

「阿波の国」-発心の道場(三日目)

2015年01月10日 | 日記
歩き遍路の三日目は、山間の「植村旅館」から、鮎喰川沿いを下り、国府町にある十三番札所「大日寺」から十七番札所「井戸寺」までの五つの札所を一気に回るコースである。そして、今日の宿泊は、十七番札所の門前にある「おんやど松本屋」だ。

常楽寺で金を突く
山間の植村旅館を出てからは、鮎喰川沿いの静かな風景、畑の中に残されている昔の遍路石と思われる物などをを楽しみながら歩く。途中には、お茶屋果物までが置かれている「遍路休憩小屋」がある。疲れた身体には本当に癒される。

鮎喰川に沿った風景

遍路の名残と思われる

お茶屋果物までが置かれている遍路小屋
第十三番札所「大日寺」からは、それぞれ2km~3km間隔で、次の札所に着く。一つ一つの札所が特徴のある建物で、それらを楽しみながらのお参りとなった。今晩の宿は、井戸寺の門のすぐ横にある宿で、ゆっくり疲れを取る事が出来た。

第十三番札所「大日寺」

第十四番札所「常楽寺」

第十五番札所「国分寺」

第十六番札所「観音寺」

第十七番札所「井戸寺」

「阿波の国」-発心の道場(二日目)

2015年01月09日 | 日記

第十一番札所「藤井寺」

第十二番札所「焼山寺」の参道
11月19日、歩き遍路の二日目だ。今日は、第十一番札所「藤井寺」と第十二番札所「焼山寺」を歩く予定を組んだ。


藤井寺から焼山寺の間は「遍路転がし」とも言われる、13kmの山道を越えなければならない。そのために、藤井寺の麓に宿をとり、朝早くに焼山寺へ向かう遍路が多い中、私たちは、藤井寺まで8km歩く「旅館八幡」に宿泊し、さらに焼山寺を超えて10km歩く「植村旅館」への宿泊を計画してしまっていた。焼山寺への「遍路転がし」を少し甘く評価してしまっていたようだった。
旅館八幡を6時30分頃に出て、吉野川にかかる「浮沈橋-川島橋」を渡り、藤井寺に着き、お参りを済ませて遍路転がしの道に入った時には、9時30分を過ぎていた。5時間以上はかかるといわれている遍路道、このペースで歩けると思っていたが、朝の、藤井寺までの歩きでエネルギーを使っていたためか、普段の山歩きのペースがなかなか出てこない。
焼山寺の参道に着いたのは、午後3時を超えていて、宿泊予定の「植村旅館」に電話をしたら、焼山寺を下ったところの「鍋岩」まで迎えに来てくれるという。秋の夕暮だ。日が落ち始めたら、あっという間に夕闇が迫る。焼山寺へおお参りを済ませて、鍋岩までの道路約4㎞を下る。鍋岩集落に着いた頃には、周りは暗くなっていた。人影もないところで迎えの車を待った。迎えがなければ、ここから約6kmの道を歩かねばならなかったところであった。
植村旅館に着くと、洗濯を宿の方がしてくれるという「お接待」があり、心が温まった。




 
吉野川の浮沈橋を渡る
 
焼山寺に向かう入り口と遍路転がしの案内看板
 
焼山寺への道と長戸庵
  
遍路道に掲げられている看板と焼山寺途中の浄蓮庵近くの大師像

二日目にして、苦戦した「歩き遍路」であったが、遍路途中でも「お菓子や果物を貰うお接待」を受け、元気を出して三日目に向かおう!と元気を出して眠りに着いた。