伝統・文化が現代に息づくネワール族のつくった街
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今回の旅の目的は、ネワールの伝統的結婚式に参列すること。そこで見聞きしたネワールの街・伝統と文化を3回にわたってレポートする。
この手記は、私の体験と現地の方の話とで綴っているので、必ずしもすべてが正しいとは限らないことを先にお断りしておく。
2014年3月ネパールから結婚の招待状が届いた。
■ネワールの結婚式招待状
さっそく、出発の準備をする。
ネパールは、観光目的でもビザが必要なので、目黒の在日ネパール国大使館にビザ申請をする。
ネパールまでは、直行便がなく、乗り継ぎをして、だいたい15~6時間の旅となる。今回は、マレーシア航空でクアラルンプール経由で行くことにした。
《ブッダにつながる家系》
結婚をするのは、新郎、新婦ともシャキャ(Shakya)さんと言い、漢字で表すと“釈迦”さんとなる。仏教の開祖、ガウタマ・シッダールタ(ブッダ)の属する釈迦族につながる古い家系と聞いている。
以外と知られていないのが、ブッダの生誕の地「ルンビニ」がネパールにあり、世界遺産にも指定されているということである。そして、ルンビニ地区は、ルンビニ保護開発委員会により1978年に作成された丹下健三氏によるマスタープランに基づいて保全・整備が進められているという。※1
※1在日ネパール国大使館HPより
《ネワールについて》
ところで、ネパールでは、ネワール様式、ネワール族、・・・と“ネワール”という言葉をよく聞く。ネパールとは、少し違う。
そして、結婚式のある街「パタン」は、ネワール族がネパールのカトマンズ盆地につくった王国の一つがあったところである。つまり、“ネワール”とは、この王国をつくった“ネワール族”のことである。
調べてみるとネワール族は、3~4世紀頃からカトマンズ盆地に高度な都市文明を成立させ、カトマンズ王国、パタン王国、バクタプール王国と3つの王国を樹立して栄え、インドのムガル帝国の拡大により、押し出される形でネパールへ侵出したゴルカ王朝によって18世紀に王国が終えんするまで続いている。
現在、ネワール族の人口比率は5%程度であるが、カトマンズ、パタン、バクタプールの3つの都市の旧市街地にはネワール族の伝統的な建築や文化・習慣が残され、1979 年にユネスコの世界文化遺産にも登録されている。
シャキャ家は、このネワール族のカースト※2の一つになる。
ネーワール族に属するシャキャ家の伝統的な結婚式について書く前に、よりよく理解するためにネワール様式、ネワールの建築について考察してみる。
パタン旧市街地がいつごろ形成されたかについては明確ではないが、6世紀には市街地が形作られたと考えられている。日本では、古墳時代の後期に当たり、6世紀末は聖徳太子の時代に当たる。
※2 ネパールでは、カースト制が残っている
《ネワール建築》
ネワール建築は、組積レンガ造りの基本4階建てで、中庭を持っている。そして、窓の飾りとなる木彫が特徴的である。
■4階建てのネワール伝統的建物(中庭から)
(1階はトイレ・収納など、2階は寝室・接客室、3階は仕事場、4階は、台所、食事室、お祈り室に使われていたという)※3
※3 地上に近いところは“不浄”な場所であり、上階ほど神聖な場所と考えられていた
■美しい装飾がされたネワール伝統的建築の窓
■有名な孔雀窓の彫刻
■彫刻で飾られたネワールの建物
―建築様式にまつわるネワールの都市伝説―
ネワール建築の窓は小さく、格子がはまっており、暗い家の中は、外からは見えない。
これについて、地元に伝わる都市伝説ともいえる話を聞いた。
その一つは、背の高い骸骨人間が道を徘徊し、窓から手を入れて、捕まえた家人を連れ去るというもので、手が入らないよう細かい格子をし、また、捕まっても格子が邪魔をして外に連れ去られないようにしたというものである。
今ひとつは、昔、街を巡察し、若く美しい娘がいると後宮に連れ去る王がいたので、窓を小さくして、中を暗くし、外から中にいる人が見えないようにしたというものである。
このような話が伝わっているように、ネワール建築の窓は小さく、家の中は薄暗くなっている。
■格子窓を彫刻で飾ったネワール建築の家
《ネワール伝統的建築における中庭》
伝統的なネワールの建築では、道路に面して建物の入口はない。注)
建物の入口は、中庭に面してつくられていて、道路からは、トンネルのような通路により中庭にアクセスできるだけであり、外部からは容易に侵入できないような構造となっている。
■中庭に通じる通路
注)最近は、1階部分を改修して商店として利用している家が多く、このような建物は、道路に面して開かれている
中庭は、4~6軒の家が取り囲み、共同で管理し、共同の庭として使っており、お堂もある。中庭を囲む家は、かつては大家族が住んでいたと思われる。
■美しい彫刻がされた中庭のお堂
―対等な共同生活を保証する垂直区分―
このような、外部からの侵入を防ぐつくりは、規模は違うが、ユネスコの世界遺産にも登録されている有名な「福建土楼」がある。福建土楼で特徴的なのは、生活と防衛を共同で行う建築であるということだが、その他に生活する世帯の対等な共同生活を保証するため、上下階に分かれて住むという形態ではなく、垂直区分で所有するという形態をとっていることがあげられる。
これは、ネワールの伝統的建築が垂直区分で所有しているのとも共通しているのではないだろうか。パタン旧市街地は土地が狭く、人口が多いため、古くから中庭を囲んで4~5階建ての建物を建てていたが、上階下階に分かれて共同生活を行うと、本来、対等であったはずの共同体の中での関係※4が崩れてくることも考えられることから、垂直区分は、これに至らない知恵だったのではないだろうか。
※4 中庭をはさんでの共同体は、同じカーストに属する家族によって営まれていたと考えられる
■垂直区分された住宅(中庭から)
*壁の色やファサードの違いにより世帯が分かれている
最近、共同で管理していた家の代が変わって、商店になったり、空き家となって、中庭の管理ができなくなるという問題が顕在化して、伝統的なネワールの街並みや生活が壊されてきているという。
■商店として利用され観光客で賑わう伝統的な街並み
*商店として利用されているところは、直接、道路に面して開かれている
《ネワールの街中の共有空間》
ネワール族は、まちづくりにおいて、地域で共同管理をする共有空間を多くつくりだしている。その理由についてはあとで考察するが、その一つに“水場”がある。
●“水場”
“水場”には、自然水道(ヒティと呼ばれる)と井戸(テゥと呼ばれる)とがあり、上水道の整備が遅れていることから、現在でも使われている光景を見ることができる。
■自然水道(ヒティ)
*どのヒティも精巧に彫刻された龍の頭から水が出されている
■井戸(テゥ)
*紐の先につけた桶を放り込んで汲み上げている
自然水道(ヒティ)の構造は明確ではないが、井戸水とは異なり、水源(ヒマラヤのどこからか?)から地下の道水管を通して運ばれており、浄水設備も備わっていることから、飲み水としての利用も可能という話を聞いた。
それが急激な都市化により、水源の枯渇か、建設工事による道水管の切断かは定かではないが、水の枯れた自然水道(ヒティ)も増えているとのことである。
井戸(テゥ)については、機械による汲み上げではなく、紐の先につけた桶を放り込んでは汲み上げるという気の遠くなるような作業を行っており、また、汲み上げた水を缶に入れて、家まで運ぶ重労働を行っている。そして、これが山の中ではなく、市街地の中の話である。
*水を運ぶ缶
―総量を一定限以下に抑える地域での管理ルール―
このような非効率的な井戸の利用について、想像ではあるが、単に機械設備を設ける資金的な問題ではなく、枯渇してきている井戸水が完全に枯れないよう、汲み上げる総量を一定限以下に抑える地域での管理ルールとしてあるのではないかと考える。
●“街角の休憩スポット”
いま一つ、ネワール都市の共通空間として興味深いのが「街角の休憩スポット(ファルチャと呼ぶ)」である。
旧市街地の分かれ道の角や広場などには、畳三畳ほどの屋根のあるテラスがあり、誰でもがここで、休める。東屋のような地域で共同して管理するこの空間をファルチャと呼ぶ。
■街角によく見られる東屋のようなファルチャ
*誰でも休憩でき、旅人が宿泊もできる
また、ファルチャは、旅人に提供されるだけでなく、地域の集会所としての機能も持っているということである。
■ホテルの中庭にもファルチャを模した休憩所がつくられている
最近は、このファルチャに住みつく人もいて、格子で囲んで使えないようにしているところもみられ、ここにもよき伝統が失われつつある姿がある。
―仏教思想がまちづくりに活かされている―
ネワール族において、なぜ、共有空間、共同管理という概念が生まれ、都市や住宅に活かされてきたかについては、不明な点が多いが、共同防衛や貧しい資源の活用といった実用的な理由だけでなく、この地に伝わる大乗仏教の教え「自分より、まず他人の幸せを考える※5」という仏教思想が強く関わっている考えられるのではないか。
つまり、ここに住む人々が他人への思いやりを強く持ち、その表れとして、持てる者が共有空間を提供し、それを共同で管理していると考えてみると、現代社会における伝統とか、文化の重要性が再認識されるのではないだろうか。
※5 自身の成仏を求めるにあたって、まず苦の中にあるすべての生き物たち(一切衆生)を救いたいという心(Wikipedia)
(つづく)
記:錦織英二郎
参考資料:「都市住宅学会ネパール住宅事情調査報告」―パタン伝統市街地を歩く―(サキャラタ)
井戸の水はピロリ菌がいそうで
なかなか飲む勇気は出ません!