
前々から取り組みたいと思っていたテーマ、それが拉致問題だった。
今年、文部科学省から拉致問題を扱ったDVD「めぐみ」を人権問題として授業で扱うことを推奨する旨の通達があった。
DVD「めぐみ」を見た。アニメーションで横田めぐみさんをめぐる拉致、ご両親の苦悩と娘を北朝鮮から取り戻す取組が紹介されていた。生徒にも取っつきやすい。しかもアニメーションそのものに力がある。
3年生の公民。基本的な人権の単元の最後にDVD「めぐみ」を使った授業をした。以下、実践である。
○画面「拉致問題」の文字
「拉致問題という言葉を1回でも聞いたことがある人?」
約半数が挙手した。
「では拉致問題とは簡単にいうと、どのような問題ですか?」
1人の生徒を指名した。
「北朝鮮が日本人を拉致する問題です。」
「その通りです。」
以下の画面を示した。
拉致問題
北朝鮮による日本人拉致問題は、1970年代から1980年代にかけて、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員などにより、多数の日本人が極秘裏に北朝鮮に拉致された問題。
「これから拉致問題についてのDVDを見ます。今から30年以上前、横田めぐみさんという中学生が拉致されました。」
DVDを見た。約25分間。最初は「居眠りタイムだ!」と言っていた生徒も食い入るようにDVDを見ていた。
「北朝鮮に拉致された人は17人います。そのうちの5人が日本に戻ってきました。」
○2002年10月15日、戻ってきた5人の写真
「この中に福井県出身の方がいます。地村保志さん、奥さんの富貴恵さんです。保志さんは拉致されていた24年間を振り返ってこう言っています。」
○資料 地村保志さんの手記
社会復帰を果たした今日、切実に感じる空白とは、ただ単純に24年間という長い年月の空白を意味するのではなく、その間における自分自身の社会的地位とか役割に関する空白を意味する。自分が今後日本社会においてどういう位置でどんな事ができるかといった解決しがたい問題である。同年代の人たちが今日に至るまで築き上げてきた人生経験とか社会経験、職場での地位とか役割というものは、到底取り戻すことができない。そこに24年の空白を実感するという意味である。
○2002年10月15日、戻ってきた5人の写真
「地村さんたちの胸に何かついています。何だと思いますか。
「バッジだと思います。」
「その通り。こんなバッジをつけていました。」
○北朝鮮のバッジの写真
「このバッジにはどのような意味があると思いますか。」
指名して聞いた。
「北朝鮮の国民だという意味があると思います。」
「いい線ですね。実はこんな意味があります。」
金正日総書記を中心とする独裁国家の北朝鮮。徹底した階級差別によって縦横に支配されるが、一定以上の国民には、職域や階級を示すバッジ与え、独裁者への忠誠を誓わせる。
「バッジは金正日総書記への服従を示す印なのです。では地村さんたちはなぜ日本に着いてからもバッジを外さなかったのでしょう。」
指名して聞いた。これは答えが出なかった。
○資料 地村保志さんの手記
<北朝鮮バッジを外すまでの葛藤>
当初、子供たちの今後の処遇を考えると多少の戸惑いがあった。しかし一方で胸にバッジを付けて共和国民になりすまし、一方で日本人として国民の支援に甘んじるという二重人格的な態度に自己矛盾を感じていた。時間が経(た)ち国民の支持、支援が高まるに連れ、この矛盾感は究極に達していた。この時点でバッジを外すことに何ら躊躇(ちゅうちょ)はなかった。子供たちの今後の処遇については、北朝鮮が子供の問題を外交カードに利用している以上、身の安全は保証されるものと確信していた。
「地村さんには子どもがいました。子どもたちの安全を考え、北朝鮮に服従していることを示す必要があったのです。」
○2004年5月25日の写真
「2年後に地村さんの子どもたちが日本に来ました。今は元気に福井で暮らしておられます。地村さんは拉致問題についてこう言っています。」
○地村保志さんの手記
そもそも北朝鮮による拉致事件はなぜ起きたかを考えると、そのひとつに戦後国交が正常化されていない日本との対立関係が背景にあるものと考えられる。そういった意味で拉致は戦争の延長、犠牲とも受け止められる。このように国家間或(ある)いは国内の内戦の犠牲になり生き別れになった人々にとっての唯一の願いは、家族の再会であると思う。しかし私自身、拉致問題は戦後に起きた国家犯罪であり北朝鮮が拉致事実を認めた以上、早期解決と謝罪があって当然だと思う。まして家族の帰国問題は、人道上の観点から考えても、無条件、即時実現されるべきである。
「拉致問題は国家の問題だと言っています。」
○小泉首相と金正日総書記の握手をしている写真
「地村さんたちの帰国はこの2人の会談後に実現しました。しかし、残りの12人は今も戻っていません。生存しているかも分かっていません。」
生徒の表情が曇った。
「では私たちは拉致問題の解決のために何ができるでしょうか?」
解決を祈るという意見が出た。
「なるほどそれもいいですね。」
○2002年10月15日、戻ってきた5人の写真
「地村さんたちが日本に戻ってきたとき、胸にバッジと共に何かつけていますね。何でしょう?」
「青いリボンをつけています。」
「その通り。実はこの青いリボンにはこのような意味があります。」
○ブルーリボン運動
ブルーリボン運動は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に拉致された日本人(日本人拉致被害者)を救出するための団体である。日本の運動体。ブルーリボンは空と海の青い色=ブルーに由来し、近くて遠い国の関係である日本と北朝鮮の間で、空と海だけが国境無しに続き、拉致被害者とその家族や日本人が空と海を見上げて、同時に再会のときを想定していることを意味する。
団体関係者が公共場所で行う街頭署名活動や集会を行うとき、また、拉致議連に属する国会議員などが胸につけている。
「ブルーリボン運動にはだれでも参加できます。青いリボンのバッジを買ったお金が拉致問題の解決のために使われます。」
「拉致問題について思ったこと、考えたこと書きなさい。
生徒の感想の一部を紹介する。
■拉致について聞いたことはあったけれど、今日、くわしく知ってやっぱり恐いなと感じました。何もしていない人たちがなぜ自分たちの時間を奪われなければいけないのか。ぼくはそれがくやしくて仕方ないです。拉致をした国どうしの仲が悪くなるだけで、何もいいことなんてありません。二度とこんな拉致事件を起こしてはいけないと思いました。北朝鮮が早く本当のことを明かして拉致被害者の方が無事に帰ってきてほしいです。
■何の罪もない人がいきなり北朝鮮に連れて行かれて、何十年もの間、帰ってこれないなんて本人はもちろん、その家族もとてもかわいそうだと思いました。今現在、分かっているだけでも拉致被害者は17人いて、そのうち帰国できた人は5人しかいないということを知って驚きました。帰国できた人も日本にいなかった分、職場での地位や役割を取り戻すことができないと知って、かわいそうだと思いました。今、私にできるかそうか分からないけど、できることがあるなら小さなことでもいいからやっていきたいです。
■中学生の時に拉致された横田めぐみさんはとてもかわいそうだと思いました。また娘、姉を失った家族の人たちも本当に大変だったということがビデオを通して感じました。それに北朝鮮による拉致でとても多くの時間を失ってしまったことが気の毒に思いました。このように、たくさんの人々に苦しみや恐怖を与えた北朝鮮が許せません。これから、このようなことが起こることがないように願いたいです。
■絶対やってはいけないことだと思った。拉致された人の家族はどれだけ苦しかったかと思います。横田めぐみさんの家族はいろいろな運動をしてきて、つらかったこと、悲しかったこともあったと思うけど、今もずっとがんばって拉致問題を解決しようとしているなんてすごいと思いました。まだ、日本に全員帰ってきていないなんて北朝鮮はだめだと思いました。
■今日、拉致被害者である方のDVDを見て、私はとても悲しい気持ちになりました。どこにでもある普通の家族がそのできごとによって壊れてしまったからです。どうして日本人が拉致されなければならないのか不思議です。戦争によるものだと言われていますが、ほとんどが戦争に関係していない人です。だから私はとても腹が立ちました。北朝鮮のすべてが悪いわけではありません。しかし、日本だって悪いわけではないことを分かってほしいです。
■北朝鮮に拉致された人々は本当にかわいそうだと思いました。自分の大切な時間も、大切な人にも会えなくなることは本当に悲しいし、辛かっただろうなと思いました。横田めぐみさんの両親はすごく悲しく辛い思いの日々を送っていたんだと思うと胸が痛いです。私は拉致問題について、深く知ることができてよかったなと思いました。今までは知らなかった悲しい出来事も知ることができたし、これから何かその被害にあった人々のためにできるかも知れないので、自分から探していきたいと思います。