以下上記ウェブページより
さつま開教記念法要~浄土真宗の禁止が解かれた日~2022年9月5日(月) 14:00~
薩摩藩は、室町時代末期から明治初期までの約300年もの長きにわたり、浄土真宗の信仰を禁止し、 門徒に対して苛酷な弾圧を加えました。
しかし、先達念仏者その厳しい弾圧にも屈することなく、ご法義を伝えてくださいました。そして明治9年9月5日「信教の自由令」が布達され、長かった禁制の時代が終わり、京都本願寺からの開教使が派遣され、その後猛烈な勢いで鹿児島県に浄土真宗がひろまっていきました。
今、私たちがお念仏を称えることができるのも先達念仏者の命がけのご苦労があったからなのです。私たちはこの禁制の歴史を忘れないためにも、信教の自由令が布達された日を「さつま開教記念日」として法要をおつとめします。どうぞお参りください。
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中通専徳寺(明治に出来た時は説教所であった)の初代、順道師は、明治17年に長浜専徳寺第17世住職に就任後、在任中に、明治19年から鹿児島別院所長を10年間務められたそうです。上記の中にある開教使のお一人であったのではと思います。
順道師略歴
1843天保14/10/07 誕生
文久元年 豊膳へ遊学
明治19年 鹿児島別院所長
1894(明治 27)年から 95 年の日清戦争において従軍布教を展開させたことに始まる。『真宗本派本願寺台湾開教史』(台湾開教教務所臨時編輯部 1935 年、以下『台湾開教史』と記す)
明治 29 年 3 月に開教使として台北に赴いた紫雲玄範(6)は、駐在所選定のために奔走
明治 29 年 5 月、台北北門外「至道宮」を借り入れ、「真宗本願寺派巡教使駐在所」を開設
明治 30 年 11 月 布教局長武田篤初を台湾に派遣、併せて「布教監督職制章程」(7)を定めた。
第一条 台湾ニ布教監督一人ヲ置キ親授トス
第二条 監督ハ布教執行ノ命ヲ受ケ台湾駐在ノ各開教使ヲ監督シ兼テ之ヲ指揮ス
第三条 監督ハ毎年六月十二月ノ両度各開教使ノ考課ヲ具申ス
第四条 監督ハ開教使ノ転免処置ニ関シ具申ス
第五条 監督ハ開教使ノ願伺ヲ受ケ意見ヲ付シテ之ヲ進達ス
第六条 監督ハ台湾布教ノ計画ニ関シ意見ヲ具申ス
第七条 監督ハ事務ニ関シ臨時最寄ノ開教使ヲ使用スルコトヲ得
明治 34 年 4 月 「台北別院」が創設
今般台北別院設置ノ件ヲ允可シ其発布ヲ命ス
龍谷寺務印
執行長 梅上澤融
稟教執行 大洲順道
執行 松原深諦
教示第十号
寺法細則第一章第二条ニ依リ台北県太加蚋堡新起街ヘ別院ヲ設置シ台北別院ト称ス(8)
明治35年 中通説教所
明治 36 年 1 月 大谷光尊(明如上人)宗主の遷化
明治 39 年 2 月 大谷光尊(明如上人)宗主の尊骨を奉迎
大正11/02/16 往生
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参考資料
●博士論文 大谷光瑞の研究 -アジア広域における諸活動- 柴田 幹
博論目次 (hiroshima-u.ac.jp)
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