ご報告も今回で3回目。
今回、どうしてここまで詳細にご報告するかと言うと、あの台風接近で、来たくても来れなかった申込者の方が
多くいらっしゃったので、せめて講演内容だけでも知っていただこうとの思いからです。
ですから、次回から行かなくても報告でいいや・・・って思われた方が もしいらっしゃったら、
「それは甘い!」やっぱりあの臨場感は実際に 足を運んで生で感じていただくにかぎります。
と余談はこのくらいにして、話を進めましょう・・・
『最大のタブーに迫る! 戦後史の正体』 ご報告 -その3-
私は一度も小沢さんという政治家に会ったことがないんです。だけど、あれだっておかしいんですよね。
あの追い詰め方って滅茶苦茶だ。そして見てみると同じようなことが実は歴史で起こってる。
小沢事件の一番の問題はどこにあるか・・・、それは今まで使ってない司法、行政の在り方で検察審査会というもので
裁こうとしている。今まではそんな事はなかった。今まででも検察審査会で政治家に対してみてるっていうならともかく
小沢さんだけに使ってる。
こんなことは許されるべきではない。
しかし、一方特定の政治家を落とすために、検察が特別な運用の仕方をするやり方を使ったのは小沢さんが初めてじゃない。
田中角栄も同じようなもの。田中角栄の時も証拠はアメリカ人で、アメリカ人は喋らないから、それに対してどうするかと
いうと、それまでなかった日米の司法関係の取り決めというものをわざわざ作った。そして日本の検察の方が行って外国人に
やってもらいながら嘱託尋問をというのをやった。喋ってる者はどれだけ喋ってもその人の罪にはしない、と。
これは米国でマフィアの摘発の時に使ってる手口。子分が親分の悪口を言ったら、子分がいろいろと悪いことをやっていても
それには目をつむって親分だけを捕まえる。 こんな事日本でやってないんですよ。
そういうようなシステムをわざわざ作って田中角栄という政治家を追い落とした。脅しですよ。
じゃぁ・・・この検察って何者なのか・・・
調べていくと、日本の政治家では実はいろんなことが過去にも起こっている。
さきほど鳩山さんが普天間の基地を変えようとして日米関係が崩れると言った。じゃぁ、日米関係で今まで日本の政治家で
米軍撤退と言った人間はいなかったのか・・・。多分、多くの方はご存知ないと思います。
しかし、一番最初に言った人間は芦田均(あしだ ひとし)。芦田均というのは、昭和22年の外務大臣の時に、「有事駐留」
という言葉を使った。「有事駐留」というのは普通は米軍はいない。何か事があったら米軍が来てよろしい、と。
普段はいらないんだ、と外務大臣の時に言ったわけです。
その時の社会党の首相が潰されて、芦田均が首相になる。
その時に何が起こったか・・・。
「昭和電工事件」というのが起こります。昭和電工事件というのは、経済を復興しないといけない時に特別な融資を昭和電工が
もらう為に汚職をした、といった事件です。
芦田均というのは比較的身辺がキレイな人だったから、お金はもらってなかった。
でも、この内閣は潰された。
しかし、芦田均自身は別におかしな人間ではないから政治家としてまた復活する可能性がある。
で、何をやったかというと、彼がその後の米軍に対する支払いが滞っていた。その支払いを迅速にしろという事件でもって、
芦田均にお金が渡っていたという事件を検察が作った。もちろんこれは無罪です。
その時に検察が言った台詞
「政治家を辞めたら無罪にする」
日本の行政機関ですよ、検察っていうのは! 日本の行政機関が政治家に向かって「政治家を辞めたら無罪にする」と・・・。
このモノの考え方は小沢事件そのものですよ。
問題は政治家を辞めさせることにあって、罪を調べることじゃないんです。
そして何故、芦田均は辞めなくてはいけないのか・・・「有事駐留」という考え方だから。
小沢事件も出発点はびっくりする位、「第七艦隊だけでいい」という話と密接に関連してる。
一番最初に言ったのが芦田均、そしてその次に言ったのが重光葵(しげみつ まもる)なんです。
重光葵はまず陸場兵力を6年間で日本から出ていきなさい、その後、海空軍がその後の6年間で出ていきなさい。
これを米国側に突きつけているんです。
鳩山(一郎)政権がなくなった・・・そして重光さんですが、この重光さんって大変な文筆家なんですね。
大体、自分のやってきたことは克明に本にして記しています。
でも、彼が外務大臣の時のことは書いてないんです。本にしようなんて思ってませんから・・・。
だけど、外務大臣辞めた後、湯河原で牛肉食った後、夜中に死んでるんです。
そして、その次に多くの方のイメージと違うんですが、米軍基地に手をつけたのが岸信介なんです。
だけど、岸信介は結局デモで倒されました。
しかし、何故・・・あれだけのデモが組織されたのか・・・
その時、非常におもしろいのがお金を見ること。
どこから、お金が出てるのか・・・
その当時の全学連の人達の本を読むと、全学連の事務所にはお金がほとんどなかった。小石川という所に事務所があったが
電話は一つだけで、これも滞納してた。で、小石川の労働組合の人が「お前も俺も革命戦士じゃないか!だから滞納くらいは我慢しろ」
と言ってたくらいお金がなかった。
ところが、デモの時には早稲田の大学に20台、30台とバスが出る。そして学生を動員していく。
じゃぁ・・・このバスのチャーター代は誰が出していたんだろ・・・。
ブントは共産党から分かれていましたから共産党が支援することはない。
労働組合もそんなに支援することはない。
学生のお金は限られてる
財界から出ていたんです!お金は・・・
じゃぁ、財界は誰を潰そうとしていたのか・・・
それは多分米軍基地に手をつける岸というのは望ましくない・・・と考えたんだと思います。
続きは、-その4-で・・・
今回、どうしてここまで詳細にご報告するかと言うと、あの台風接近で、来たくても来れなかった申込者の方が
多くいらっしゃったので、せめて講演内容だけでも知っていただこうとの思いからです。
ですから、次回から行かなくても報告でいいや・・・って思われた方が もしいらっしゃったら、
「それは甘い!」やっぱりあの臨場感は実際に 足を運んで生で感じていただくにかぎります。
と余談はこのくらいにして、話を進めましょう・・・
『最大のタブーに迫る! 戦後史の正体』 ご報告 -その3-
私は一度も小沢さんという政治家に会ったことがないんです。だけど、あれだっておかしいんですよね。
あの追い詰め方って滅茶苦茶だ。そして見てみると同じようなことが実は歴史で起こってる。
小沢事件の一番の問題はどこにあるか・・・、それは今まで使ってない司法、行政の在り方で検察審査会というもので
裁こうとしている。今まではそんな事はなかった。今まででも検察審査会で政治家に対してみてるっていうならともかく
小沢さんだけに使ってる。
こんなことは許されるべきではない。
しかし、一方特定の政治家を落とすために、検察が特別な運用の仕方をするやり方を使ったのは小沢さんが初めてじゃない。
田中角栄も同じようなもの。田中角栄の時も証拠はアメリカ人で、アメリカ人は喋らないから、それに対してどうするかと
いうと、それまでなかった日米の司法関係の取り決めというものをわざわざ作った。そして日本の検察の方が行って外国人に
やってもらいながら嘱託尋問をというのをやった。喋ってる者はどれだけ喋ってもその人の罪にはしない、と。
これは米国でマフィアの摘発の時に使ってる手口。子分が親分の悪口を言ったら、子分がいろいろと悪いことをやっていても
それには目をつむって親分だけを捕まえる。 こんな事日本でやってないんですよ。
そういうようなシステムをわざわざ作って田中角栄という政治家を追い落とした。脅しですよ。
じゃぁ・・・この検察って何者なのか・・・
調べていくと、日本の政治家では実はいろんなことが過去にも起こっている。
さきほど鳩山さんが普天間の基地を変えようとして日米関係が崩れると言った。じゃぁ、日米関係で今まで日本の政治家で
米軍撤退と言った人間はいなかったのか・・・。多分、多くの方はご存知ないと思います。
しかし、一番最初に言った人間は芦田均(あしだ ひとし)。芦田均というのは、昭和22年の外務大臣の時に、「有事駐留」
という言葉を使った。「有事駐留」というのは普通は米軍はいない。何か事があったら米軍が来てよろしい、と。
普段はいらないんだ、と外務大臣の時に言ったわけです。
その時の社会党の首相が潰されて、芦田均が首相になる。
その時に何が起こったか・・・。
「昭和電工事件」というのが起こります。昭和電工事件というのは、経済を復興しないといけない時に特別な融資を昭和電工が
もらう為に汚職をした、といった事件です。
芦田均というのは比較的身辺がキレイな人だったから、お金はもらってなかった。
でも、この内閣は潰された。
しかし、芦田均自身は別におかしな人間ではないから政治家としてまた復活する可能性がある。
で、何をやったかというと、彼がその後の米軍に対する支払いが滞っていた。その支払いを迅速にしろという事件でもって、
芦田均にお金が渡っていたという事件を検察が作った。もちろんこれは無罪です。
その時に検察が言った台詞
「政治家を辞めたら無罪にする」
日本の行政機関ですよ、検察っていうのは! 日本の行政機関が政治家に向かって「政治家を辞めたら無罪にする」と・・・。
このモノの考え方は小沢事件そのものですよ。
問題は政治家を辞めさせることにあって、罪を調べることじゃないんです。
そして何故、芦田均は辞めなくてはいけないのか・・・「有事駐留」という考え方だから。
小沢事件も出発点はびっくりする位、「第七艦隊だけでいい」という話と密接に関連してる。
一番最初に言ったのが芦田均、そしてその次に言ったのが重光葵(しげみつ まもる)なんです。
重光葵はまず陸場兵力を6年間で日本から出ていきなさい、その後、海空軍がその後の6年間で出ていきなさい。
これを米国側に突きつけているんです。
鳩山(一郎)政権がなくなった・・・そして重光さんですが、この重光さんって大変な文筆家なんですね。
大体、自分のやってきたことは克明に本にして記しています。
でも、彼が外務大臣の時のことは書いてないんです。本にしようなんて思ってませんから・・・。
だけど、外務大臣辞めた後、湯河原で牛肉食った後、夜中に死んでるんです。
そして、その次に多くの方のイメージと違うんですが、米軍基地に手をつけたのが岸信介なんです。
だけど、岸信介は結局デモで倒されました。
しかし、何故・・・あれだけのデモが組織されたのか・・・
その時、非常におもしろいのがお金を見ること。
どこから、お金が出てるのか・・・
その当時の全学連の人達の本を読むと、全学連の事務所にはお金がほとんどなかった。小石川という所に事務所があったが
電話は一つだけで、これも滞納してた。で、小石川の労働組合の人が「お前も俺も革命戦士じゃないか!だから滞納くらいは我慢しろ」
と言ってたくらいお金がなかった。
ところが、デモの時には早稲田の大学に20台、30台とバスが出る。そして学生を動員していく。
じゃぁ・・・このバスのチャーター代は誰が出していたんだろ・・・。
ブントは共産党から分かれていましたから共産党が支援することはない。
労働組合もそんなに支援することはない。
学生のお金は限られてる
財界から出ていたんです!お金は・・・
じゃぁ、財界は誰を潰そうとしていたのか・・・
それは多分米軍基地に手をつける岸というのは望ましくない・・・と考えたんだと思います。
続きは、-その4-で・・・