The Diary of Ka2104-2

小説「田崎と藤谷」第13最終章 ー 石川勝敏・著

 

 

第13最終章

 

 お祝いパーティーにやって来た車イスの藤谷とそれを押す田崎にあとを見守るように従いて来てる石川はデイの扉を開いて息を呑んだ。まばゆいばかりの景観がそこには広がっていた、どこもかしこも千羽鶴で彩られていたのだ。天井からは直線的に吊されたもの、半円状に架けられたもの、壁には建物緑化のため植物を敷き詰めるがよろしく中には剪定されず飛び出たものも箇所箇所にありこぞりて色のパレードだった。ある障害者が快気祝いと療養祈願を取り違え、誰にも言わず一人で寝ずの連夜を過ごし折りきった万の千羽鶴である。あちこちから二人をねぎらう言葉と拍手が湧き起こり紙吹雪が舞い上がった。「おめでとう藤谷さん」「田崎さん、ご苦労様でした」

 石川が前もって丹精込めた心尽くしの手料理を作っていて松井代表の運転により持ち運ばれテーブルいっぱいを華やがせている。鶏が丸ごと二羽照り焼きにて、鮮魚の入った大層太い太巻き、色味も味も申し分のないローストビーフ、緑黄色豊富な鯛のカルパッチョ、外はカリッと中はジューシーな唐揚げ、ローズマリー風味の大アサリの白ワイン蒸し、バターでソテーし水分と砂糖で煮詰めたニンジンも乙で・・・・。「病院食じゃ心が貧しくなってしまうわ」と言う石川の脇で田崎が藤谷のために丸鶏を取り分けていた。弱気になっていた藤谷はようやく心踊り出し「ありがとう、ありがとう、ほんとにありがとう。田崎さんと石川さんには言葉で尽くせない恩義を感じています」

 藤谷と田崎はそれぞれ別場所で歓迎を受けていた。中には冗談のつもりで藤谷に卑猥な言葉をかける者もいた。「3週間もの入院であれどうしてたの?」「馬鹿だなあ。この歳になると何もうずかないよ。だいたい妄想はもう利かないんでおかずが要るさ」軽くかわすと車イスを滑らすのだが全く不快にはならなかった。むしろ内心その陽気さを共有できた。なにしろ彼は九死に一生を得た奇跡の人なのだ。そして千羽鶴を折ってくれたという伏し目がちな西尾の真隣にピタッと車イスを折り目正しくつけた藤谷がその横の差し込み口に差していた松葉づえ1本を取り出しすぐ脇の下に支えとし立ち上がろうとしてよろけその片方の腕支えに両手をついて車イスがかしいだ。皆がどよめいた。西尾が心配そうに上目遣いで見守る。「おいおいまだ早すぎるやん」と松井代表が駆けつけ藤谷を元の座り姿勢へとそっと戻した。藤谷は隣に座る西尾の両手を両手で取り振りながら「ありがとう、西尾君」と言っては周りを見渡し「こんなにしてくれて本当に感謝するよ」「違います。飾り付けは僕がここに来たときには出来上がっていたよ」と不思議そうな顔をするので「そうだね、そうだね、みんなに感謝だね、とてもとてもうれしい俺」と言って大きく笑った。「ようやく精神衛生が配慮されますね」こういう転居を祝うメンバーには田崎は「ほんとはまだなんだ、お流れ続きでね、ありがとう」と本当のところをふれ回るのにやぶさかではなかったが、その度にほぞをかむ思いだったのも事実だ。こうして二人はそこかしこで集まってくれた10名を軽く超すメンバーさんたちと祝杯を交わしていった。ふと田崎の藤谷への意識が舞い戻ると、彼が奥の小テーブルのところで石川と一緒にいるのが見えた。石川がビール瓶を傾けマグカップにビールを注いでいるようだった。デイでアルコールは厳禁だ。

 「ちゃんと言えて?」と言う石川の言葉へのお返しのように藤谷はマグカップのビールをぐいぐい飲み干したかと思うと、車イスの電動を手で操ってターンし彼はまっしぐらに田崎の元へやって来た。たまたま皆静かに歓談しているばかりで視線は自然と車イスの藤谷に集まった。「僕と同居してくれませんか?一週間で松葉づえになりあともう一週間もすると自力での歩行になる、この二週間で君は荷物をまとめればいい」「今からでも」と言いながら田崎は藤谷の座り胸に抱きついた。周りから喝采の拍手が巻き起こった。

    おわり

         2023年5月23日   石川勝敏


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