The Diary of Ka2104-2

小説「田崎と藤谷」第7章 ー 石川勝敏・著

 

第7章

   虚構という名のテント風にあおられるばかり

   どうして骨組みをちゃんと作っていてくれなかったんだい

   とテントが言わんとする間もなく

   風が逆巻きテントをおもしろおかしく追いかけていた女の子が一人

   テントに巻き込まれて死んだ

                          5月8日  田崎正明

田崎がこの日の晩に霊感を受け書いた一節のメモだ。霊感と言えばおどろおどろしくまた実際には彼にはない能力だ、能力という言葉がふさわしいのなら。インスピレーションだと彼は頭の中で言い直すがただちに思い付きと変転させた。思い付きには思想があった。彼はどうもインスピレーションだのその手の言葉を嫌っていた。嫌っていただけであって憎んではいないので、誰か他人がそれを使おうとも田崎の知るところではなかった。田崎の書くフィクションでは時折人が死ぬ。悲しいときは自殺であり腹立たしいときには殺人であるということだけは言えば大嘘になる。

 5月9日の朝は昨日までのぐずつきとはがらっと様変わりした陽気な日差しに恵まれた。日中は26度まで上るという。昨日の最高気温は冷たい雨が20度に留まらせていた。要するに気温のギャップだなと田崎はテレビの天気予報士と同じことを思う。つまり26度で最低はと思わずにはいられなかった。洗ったばかりの薄めの上掛けを田崎がすぐ取り出して袖を通したのは、朝起き抜けから間もない午前7時頃だった。まず用を足しそれからコーヒーをいれテレビを点けた。北向きの窓ガラスから入ってくる日差しは田崎の部屋では半減する。彼はそこから逆算して実際の光を目測する。もう慣れ親しんだ習慣だ。そうでもなければ、彼は精神障害だのに身がもたなかったであろうこの10年だ。そのワンルームはこうして納戸と居室が同居していた、きれいに二分割される広さもないので、最近の精神状態同様それらは前々から混濁していた。そしてこの日は都営住宅入居者抽選がありいつも通りだと午後2時過ぎにはまず1つ目の扉が開くかどうかがホームページでわかることになっている。もちろん1つ目の扉が開くのなら、2つ目の扉は閉まったままでいい。

 ひとまずの仕事は午後1時半に週一のヘルパーさんがやって来るのでその為のキッチン周りの片付けだ。キッチン周りの片付けにヘルパーさんはやって来るのにその為にキッチン周りを片付けるとはおかしな言い草だと田崎自身そう思うがそれは正当にそういうことだった。彼は伸びをするでもなく、最初は正座とコーヒーでニュースを見、今度はいつの間にやら横になっては時折り片肘をついて空いた右手でコーヒーをすすりながら同じくニュースを見る。しばらくすると時計仕掛けのようにフライパンでウィンナーを3本焼く。いつからかトーストが抜けて久しい。夕飯のご飯には刻んだ糸こんにゃくが幅を利かせている。こういった努力が功を奏して幸いにも彼は糖尿から免れるようになった。彼にはこれ以上の病気と治療は強迫めいて耐え難いものだった。どうせ生き続けるのならせめて身体の方はと思うし、どうせ精神疾患は続くだろうからせめて住居の方はと思うのだった。田崎は立ちながらフライパンの柄ごと手で持ちウィンナーをつつきながら藤谷を想った。明日はどうなるだろう。藤谷と会えるだろうか。会うとしたらデイになろうか。藤谷とは秘境の遊園地以来会っていなかった。会いたかった。とても会いたかった。ラインでのやり取りは友だち同士だけれど基本しないことに二人して決めていた。田崎の意向を藤谷がのんだかたちだ。田崎にしてみればチャットなんぞ青少年のすることに属していた。何か用があるなら会うに尽きるし、何も用がなくても会うに尽きるのだった。電話はあの件があって以来藤谷の方が繊細なことにあとずさりし基本断るのだった。

 ヘルパーさんがやって来てそつなく仕事をこなしている間、田崎は横長の事務テーブルの隅もいいところそのはしくれのわずかなスペースに置いているというより乗っかっているパソコンに面と向かっていた。テーブルの残りのスペースは大層な物置と化していたのだった。彼がそれでなくてもパイプでできているのに更に背当てが外れ骨組みだけになったような折り畳みパイプ椅子に座って見聞きしていたのはYoutubeのジャズだった。サキソホンは良かったのだが一枚絵がひどかった。上から下まで3分割でばらばらの絵が合成されていたのだが文字通りばらばらであった。彼は気分を害した。こういう類いのYoutube動画は環境ものといい優に10時間も再生時間がある。たったの一枚絵を何時間も何時間も流すには見るに忍びなく手を抜き過ぎだと彼の目には映じていた。彼は努めて神経を整えようと図ったつもりだ。彼は5分も経たぬ内にチャンネルを変えたかどうかともあれ作品自体を変えた。今度はピアノにてのジャズで一枚絵にコーヒーカップが揃いで描かれコーヒー色からドライアイスのような煙が周期的に中空へと昇っていた。前との比較においてただ単にまとまりはあったので、些末にとらわれる余裕もなくすぐに落ち着きたかった彼はこれで良しとし、パソコンの最下部右側に表示されているライブ時刻に目を移しつつそれを鑑賞していた。すると間もなく幻声が始まった。それは彼の心の流れを単純に読み取り単純にワァワァ騒いでいた、このあと来るネットでの都営当選番号発表を控えて。幻声は自他を区別しながらどちらのパートをもそれらにぴたりと合わせて彼の脳を動かすものだから言葉の内容うんぬんでなしに彼の神経を蝕み過労へと簡単に追いやる。言葉の内容とくればそれは他愛なくひとしきり誰か他人を穏便に言うと批判だが平たく言うとさんざんののしったあと部落や朝鮮人という言葉を挟んではまた元へと繰り返しを繰り返すのであった。こういう幻声が巷では知られずにあちらやそちらの日本中の幻声患者を苦しめていると思うと、彼は故知らず大阪弁でまた犠牲者が出るわと思うのであった。

 はたして当選番号が発表された。彼は我が目を疑った、えっ31?当選?、彼はジャズの視聴のため老眼鏡をかけるのを忘れていて、かけたならそれは81の間違いだった。彼はすぐ頭を切り替え、大家へとその報告と物件探しに動いてくれるよう電話を入れた。大家曰く、物件探しは大家からその後輩の不動産業者へと移すというもの、その彼には心当たりがどうやらあるらしいもの、その彼とコンタクト取るとええ生活保護?精神障害者?だと何も伝達がされていなかったのだと田崎を愕然とさせたもの、といずれも不自然で嫌気をさせたのでこのことを仕事が終わって書類書きをするヘルパーさんに打ち明けると、ふん~、とだけ身の上話に対してもまたそつがなかった。


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