ファンタジーノベル「ひまわり先生、事件です」

小さな街は宇宙にリンク、広い空間は故里の臍の緒に繋がっていた。生きることは時空を翔る冒険だ。知識は地球を駆巡る魔法の杖だ

第9章連載≪12≫「ひまわり先生、大人たちfまだ大陸の砂塵の中に彷徨をしているのでしょうか…」

2016年01月03日 | ファンタジーノベル


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★登場人物の紹介★富田工場長編★

多摩川商店街の裏話は、大抵トキ婆さんの「玉肌の湯」が噂の発生源であります。街に古くから住んでいる人間は、その親のまた爺さん婆さんの時代から、嫁がどこの村から来て、その親戚が何処に勤めているとか、その従妹がどこへ就職したとか、孫が何歳の時にどんな病気に罹ったとか、何世代の昔でも、村から街に変わったとしても、長い歴史の変遷はお互いに「ア~そうだったな…」と、うすら昔話のように記憶と伝説に残っているものでした。知らなくても忘れても、トキ婆さんに聞けばイイよーと、言って教えてくれた。淳子の叔父で、印刷会社「夏目印刷工房」の工場長を勤める富田は、以前から正体はどうもハッキリしない存在であったが、ある時のニュースをきっかけに話題が盛り上がったことがあります。6年2組の龍が登戸研究所に関係するネットニュースを淳子に話し始めた時でした。龍によると、

…静岡市の製紙工場で、孫文などのすかしが入った特殊な用紙が見つかった。明治大学の研究者が確認し、旧陸軍登戸研究所の発注で中華民国の紙幣を偽造するために作った用紙と判断した。明治大学平和教育登戸研究所資料館(川崎市多摩区)が昨年7月、「巴川(ともえがわ)製紙所」(本社・東京)の静岡市駿河区にある工場で確認。約30センチ四方279枚がつづられていた。資料館によると、用紙には中華民国建国の父・孫文の横顔のすかしがあり、絹の繊維がすき込まれていた。当時の中華民国で広く流通していた5円札の特徴だった。北京の歴史的建造物「天壇」のすかしが入った紙もつづられており、これも当時の別の5円札の特徴という。すかしの出来や絹の繊維の密度などを点検した形跡もあった。・・・という記事でした
(参考:http://www.asahi.com/articles/ASGDS4RTHGDSULOB00J.html)
その時、トキ婆さんが言うには、富田少佐はなー、その昔は陸軍中野学校にいたそうだよ。そこから登戸に来たよ。あの映画にもなったスパイ学校だよ。戦争中は偉い人だが、戦争が終われば犯罪者だよ。勝てば官軍、負ければ賊軍だー。札偽造印刷の犯罪者だがーね。夏目もなー、大日本印刷に勤めていたそうだよ。無理矢理ににせ札印刷のために軍隊に徴用されたんだー。あそこでな、偽札偽造もそうだが、毒ガスも風船爆弾も中国人への人体実験も殺人兵器も開発してたそうだぞー。あそこはな、戦争中は陸軍の重要拠点だぞ、昭和天皇も三笠宮殿下も東条英樹も視察に来たことがあるんだ…。どうだ、ビックリしたろ。


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多摩川小学校のひまわり先生の子どもたち…、君子、悟、美佳、太一、徹たちの6年2組の新聞班は、誘拐されたひまわり先生の嬰児・勇樹を捜すために、10年後にもう一度、小学校の桜の古木の下に帰ってきた。5人は固く手をつなぎ、桜の満開の下で、今この時の再会に、それぞれの顔を見合いながら感涙した。時の経過と共にお互いか失ったものに哀しみ、世界を彷徨い探し続けた末に見つけた心の糧がここにあったことを頷いた。多摩川小学校には、町に住む茜や龍や緑や源太たちの仲間がいたが、残るもの去るものもいた、それは街の変化と共に変わっていた。
小さな街は、宇宙にリンクしていた、そして、広い世界の先には、生まれた街の臍の緒に繋がっていた。生きることは、いつも時空を翔る冒険だ。知識は、地球を駆巡る魔法の杖だ。見つけたものは、地球を闊歩した巨大恐竜の足跡とグーテンベルクと戯れる蝶だった…

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10年も15年も経てば心も身体も成長する。もう緑も成熟した女になっている。あの頃は未だ元気な母の経営するお店ペットショップの手伝いをしていた。動物好きな三宅緑は、高校を卒業する出るころにはしばらくはペットショップ「ノアの箱舟」を手伝っていた。がその内に学生のお手伝いでは満足せずに、自分でお店を切り盛りしたくなって、ペットショップの隣にこじんまりした、カフェバー「ソロモン王の館」を開いた。ペット愛好家が動物をお店に預けて、動物の自慢話に花を咲かせるお店でした。緑は、客のいない夜には、カウンターの上に大きなニシキヘビをのせて、爬虫類と会話していた。いっぱい引っ掛けて帰る初めてカウンターに腰掛けた酒飲みを驚かせることが、しばしばあった。緑は、蛇の眼を見ながらウィスキーを飲んでいた。太一が扉を開けて入ってきた、「緑、元気か…」と、相変わらず威勢がいい。

 同級生達もちりじりになって、地元に残っている昔の仲間も、数えるだけになってしまった。太一もその一人だ。商店街の小さな八百屋は、今や押しも押されぬスーパーストアー「アグリカルチャー」という新鮮野菜を売り物にする店舗を全国に展開している実業家になっていた。中国の宮廷料理、ヨーロッパのスローフード、インドの香辛料理など、世界の食文化を食卓に乗せるフード事業で成功している。けれども、どういう訳か地元の八百屋も昔どおりに開き、ねじり鉢巻き袖まくりで、店先で大声を張り上げている。「この街は、僕の夢を育ててくれたところなんだ…。このお店は6年2組の仲間がやっているから、時々遊びに来るよ…」といって、緑のお店を接待と商談に使っている。商売の大切なお客だからといって、東京の豪華なホテルのレストランに接待しない、銀座の豪華なキャバレーなど使わないのが太一らしいところでした。

 緑のカフェバーは、昼間は商店街の暇つぶしの溜り場になっていた。夜はカフェバー「ソロモン王の館」の看板に変っていた。昔、緑がそうだったように、昼間は、アルバイトの女子大生に喫茶を手伝わせ、本格的な美味しいカレーライスとスパゲッティをランチタイムに食べさせていた。さまざまな香りを放つ本格的な落ち着いた紅茶専門店なので、ファッション雑誌におしゃれでモダンなお店としてカラーページに紹介された事もある。お手伝いの女の子はアルバイトをしながら女優志願の、結構セクシーな女子大生なので、噂が噂を呼んで、近くの若者が頻繁と通い、おしゃべり好きな主婦達が常客となって、結構、繁盛していた。緑もフードビジネとペットショップに意外な商才を発揮していた。

 太一と同じく、やはり同級生の夏目淳子も時々、昼間の喫茶店に顔を見せる。淳子は出版者の編集者から独立して、中国や韓国やインドや東南アジアの現代文学や映像芸術を日本に積極的に紹介している。淳子の名刺には、まるで大東和共栄圏の時代に暗躍した闇の組織のような、さまざまな肩書きが並んでいた。四角い名刺の頭には、≪亜細亜藝術文化、エキセントリック・エージェント&エディター≫というなにか古めかしく謎めいた、怪しい名前が印刷されていた。

 緑の魅力なのだろうか、近所の中年たちが足しげく通う。商店街の一心太助の親父がお得意さんと立ち寄ることもあった。夏目印刷公房の富田工場長も工場の若いオペレーターを連れて飲みに来ることもあった。三宅校長も娘の様子を伺いにカウンターに座っていることもあった。なんとなく寄る辺ない近所の中年たちの、溜まり場となってしまったようだ。

 まだ独身の緑がお店に現われると、カウンターで所在なげにビールを片手に侘しく飲んでいた一人の客の瞳も、急に輝いて、アルコールを一気に煽る、なまなましい欲望が燃え上がるようだ。珍しく淳子が、印刷工場の職人たちと共に飲みにきている。「緑ちゃん、待っていました。工場長がさっきから、お待ちかねです。緑ちゃんはどうしたの、今晩は遅いね…と、落ち着きませんよ…」「緑ちゃん、今度の休みにデートしない…」などと、軽口さえ叩くが、近所の常連客だから気心が知れている。どんなに酔っても、羽目を外すことはなかった…。彼らは緑より未だ若い世代で、彼女が校長の娘であることなど知らない。ましてペツトショップとカフェバーの経営者であることなど知るはずもない。

 既にだいぶアルコールが入って、熱気は最高潮に達していた。夜になると店内は急にカラオケの音が店内に大きく響いた。富田工場長の十八番はいつもの軍歌でした。彼の絶唱がもう始まっている。印刷工たちもだいぶ酔いしれている。緑に手を振りながら、「緑ちゃん、花も満開。後で夜の桜見物に行こうよ、小学校の桜の巨木の下で、酔いつぶれましょう…ねえ…」と、もう呂律が回らなくなっている。繁華街のスナックのように、ぶらりとサラリーマンが立ち寄り、高級なウィスキーを注文して、グイーッと煽り、大騒ぎをして憂さを晴らす様な場所ではないが、結構賑わっていました。「ヨウ…」といってお店に入ってくる10年来の顔見知りだけしか来ないので、大声を張り上げて歌う品の無い軍歌も、ここでは無礼講で通っている。でも、今日の富田工場長はだいぶボルテージが上がっている。

#♭♬「ここは御国の何百里。離れて遠き満州の赤い夕日に照らされて、友は野末の石の下…軍律きびしい中なれど、これが見捨てて置かりょうかしっかりせよと、抱き起こし、ほう帯も弾のなか…むなしく冷えて魂は、国へ帰ったポケットに、時計ばかりがコチコチと動いているとも情けなや…思いもよらず我一人、不思議に命ながらえて、赤い夕日の満州に友の塚穴深く掘ろうとは…」。🎵🎵#♭♬ 薄暗いスナックの中でマイクを片手に軍歌を朗々と歌う富田工場長のカラオケ好きは工場内でも有名であった。

 桜の満開の夜に、ピンクの花びらが路上を染め、夜なのでそれが雪がパラついているように見えた。「待ってました…富田工場長」と、煽てると十八番のこの≪戦友≫が一曲目に流れる。遠く中国大陸を思い出すように視線を遠くに流して、煌々と輝くスポットライトに向かって、両足の白いスニーカーを軍靴のように凛凛しく揃えて、直立不動に敬礼する。富田工場長の人生の謎の部分が、彼の背後に広がる壁の影に隠し絵のように投影される。「しっかりせよと、抱き起こし…」という所で、床に膝をついて両手を広げ、とめどない涙をこらえるように、傷ついた戦友を抱きとめるしぐさは、まるでどさ回りの村芝居かがっている。

 そのポーズがあまりにも真に迫っているので、工場の若い職工がいつも冗談半分で、「工場長よ、軍歌なんかよ…、いま時、鶴田浩二の同期の桜は流行らないよなー。せめて懐メロは北島三郎か、美空ひばりだろうよな…」と、言った。その時です、途端に血相を変えて、ぶるぶると拳を握って飛び掛りそうな険しい表情に変った。バカャロー、ついこの前だぞ、この軍歌が日本人の現実だったのは。若い奴らが、お国のためといって死んでいったのはー。生きるのが虚しいといって、練炭燃やして車の中で自殺するのと違うぞ。生き甲斐がないとかお金のために働きたくないーなどとつまらぬことを吐いて、挙句に虚しいと死ぬのとはわけが…」と、富田工場長が激しく吼えた。彼の本音である。

 緑がテーブルの向こうから場をとりなすように、「富田さんの軍歌って、感動します。なんか胸にジーンと響いてきます…」と、妙に持ち上げた。「叔父さん、あんまりおっかない声を出さないでよ。緑ちゃんがビックリするわよ…」と、叔父の軍歌になれている淳子も仲に入った。「ソウカ、そうだ、イや悪かった。淳子、ごめん。ごめんだ、面目ない…。俺は未だに自分が、のうのうと生きているのが、申し訳なくて、面目なくて。生きているのがだんだん恥ずかしくなるんだ…」と、また鳴き声のような嗚咽を交えて、歌い始めた。彼の溺酔した意識は、いまだ遠い中国大陸の砂塵の中をさ迷っている。軍歌を歌うたびに、戦友のみたまは、彼の魂を呼びよせる。「どこまで続く、泥濘ぞ、三日二夜を食もなく、雨降りしぶく鉄かぶと…既に煙草はなくなりぬ、頼むマッチも濡れはてぬ、飢えせまる夜の寒さかな…敵にあれど遺骸に、花を手向けて懇ろに、興安嶺よいざさらば…」。軍歌が佳境になってくると高音がますますハスキーに響き、歌声はだんだん往年の三浦洸一によく似てくるようだ。

 緑の母が生きている頃に、富田工場長の軍歌を歌う姿をみて、うっすり涙を浮かべてつぶやいた事がある。ここにいる誰も知らない富田の過去があった。淳子だけはうすうす理解できた。印刷工場の忙しい時に、淳子の濡れたオシメさえ取り替えてくれた叔父の冨田は、誰にも聞かれたくない過去を子守唄のように語り聞かせていたのを、淳子の遠い記憶に木霊のようにひびいていた。

 淳子と緑のそばには、いつの間にか太一が座っていた。「淳子、顔をあわせるの、久しぶりだわね。仕事忙しいの?」「そんなでもないんだけれど…。この店に姿を現したのは、私が一番よ?太一も、今晩あたり店に来ると思っただけど、遅かったわね…」「俺は、昼に暇だから来たわー、なんか落ち着かなくてさ。胸騒ぎさ。何かありそうで怖いんだー。」、と1人で不安を募らせている太一であった。いつ仲間を前に野太い声で、1人で喋って、さっさと帰る太一だったが、今晩は何か様子が違う。「俺たち新聞班がばらばらになって、卒業するときに桜の木下で円くなって、円卓の騎士のように手を重ねあって、かたく手を握り、誓い合ってさ…」。太一は何時もと雰囲気が違う。淳子もしみじみとなってきた、「あれから十五年経つのね、みんな、どんなに変っているか、再会するのが楽しみだ。富田叔父さんにも誘拐のことは話しているわ。きっと協力してもらえる…。なにしろ、冨田叔父さんは中国の裏社会を知り尽くしているから。何か手掛かりはつかめるはずだわ…」。太一が緑に、「ところで、校長先生が亡くなったんだって…」と確かめた。

突然、緑が噂の真実を確かめるように始めた、「そうなの。内緒よ、絶対まだ黙っていて。自殺…。母が施設でなくなつたの、そのあと直ぐに…」と、耳打ちした。「富田叔父さんと同じなのよ、戦中派の心はまだ中国大陸の砂塵の中を、彷徨っているのよ。どこかでまだ、砲弾の余韻が続いているの。平和な日本でゆっくり余生など送れない人ばかり…」と、まだマイクを握って軍歌を熱唱している工場長の方を見ながら、淳子が言った。

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