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三星堆玉器の古代文字

三星堆遺跡で出土され、まだ世に知られていない玉器に刻まれている未解読古代文字を紹介します。解読のヒントを求めています。

金の杖のモチーフ 魚 矢 鳥 人面

2011-04-08 21:40:50 | 三星堆遺跡


この魚と水鳥とは、一見、バラバラに描かれているように見えるが、よく見ると両者は、実は棒状の紋様で結ばれている。しかも、その線は水鳥を貫いて魚の口の中に入り込んで消えている。棒のように見える線の一方の端には、「矢」をかたどったものが刻まれている。この線は、一体、何を表しているのか、諸説があるが、すくなくともこの線が、魚と水鳥そして矢との間にある何らかの関係を暗示しているのであることは確かである。

ここで指摘したいのが、「矢」というモチーフは、古代バビロニアや古代中国ではシリウス星を意味する符号である。黄金の杖は実用の道具として用いられたとは到底考えられない、権力の象徴として、最高権力者の持ち物であると考えられる。

三星堆遺跡に残されている、数多くの「三星」が付いている地名はドゴン族の伝承を思い出させる。少なくとも三星堆遺跡は時空を越えて「三星」と「目」、「魚」、「矢」、「水鳥」などを結び付いてくれた存在である。これらの要素はドゴン族の伝承の中でも極めて重要なモチーフであり、すなわちドゴン族の伝承そのものである。

「三星堆」という地名の由来

2011-04-08 10:39:26 | 三星堆遺跡


三星堆遺跡では城壁跡は残っ ている。「三星堆」の地名は、「堆」即ち土盛りが3つあったことに由来している。その周辺には「三星村」「三星郷」という地名は今も存在している。

「三星」という概念はドゴン族の神話の真髄になっている。シリウス、つまり天狼星は「三連星」であること。このような現象はただの偶然でしょうか。

三星堆遺跡の出土品に文字がなかったのか

2011-04-06 15:34:58 | 三星堆遺跡
三星堆遺跡での出土品は広く知られたのは1986年以来のことである。特に異様な青銅の仮面や巨大な人物像が広く知られている。三星堆文化中でも青銅器文明の特徴が主導的地位を占めていると言われているが、実は最初に現地民が偶然に発掘したのは大量の玉器である。

さらに、張如柏教授の研究によると玉器に刻まれている未解読古代文字が字体別約一万個以上にある。

今まで、三星堆に文字が出土されてないから、年代測定が難しいだと言い続けられている。だが、成熟した文字がこれほど存在しているのに、なぜ無視されているのが理解できない。


解けない謎として多くの外国媒体たちに"外星人文化"と思われている

2011-04-03 15:30:37 | 三星堆遺跡
20世紀20年代から今まで中外考古学者たちは三星堆文化に対して大量の考古発掘と専門研究を進行したし遺跡と大量の貴重な文物を見つけた。

三星堆文化中でも青銅器文明の特徴が主導的地位を占めているしその影響範囲も伝統的な古燭国が分布された成都平原を脱して陕南地域と鄂西地区等の地域に拡散した。
同時に青銅文明が中原河上文明及び長江中流地域、陕南地域文明の強烈な影響を受けた事も推測される。
三星堆遺跡及び出土された遺物は幾多の神秘さをおさめているので世界各国の考古学専門家たちは半世紀の間で論争を絶えなかった。 今でも三星堆文化は解けない謎として多くの外国媒体たちに"外星人文化"と思われている。   

三星堆遺跡で出土された大量の珍しい遺物はきらびやかな古燭文明を私たちの前に真実に見せてくれている。 なかでも一番不思議で人々の感歎を催すことは青銅像である。こんな青銅像は造形が精巧で形態が多様で誇張された造形があるかと言えば細密で派手な面もあって千姿百態としている姿である。
全世界すべての考古学発見中でも三星堆遺跡で出土された青銅木である(通天神樹)は世の中にかけがえのない不思議な遺物と言える。
青銅木は 3階になっているのに木の幹には 9匹の神鳥(奇妙な鳥)が飾られていてその外に盛んな木の幹と果物及び花房、飾られている神竜などは人々の感歎を禁じえないようにする。神樹について《山海経・海内南経》で建木の形状を“その形は牛のようで,引くと皮あり,纓のようで,黄蛇”。その葉は大きく果実は硬く,名を建木と言う,《山海経・海外東経》には,“湯谷の上に扶桑あり,10個の日に浴び,黒歯の北にあり,水中に居,大木あり,九個の日が下枝にあり,一個の日が上の枝にある”と描述している。

世界考古学界では古代文字の解読と分析は重大な科学難題と公認している。 現在世界で完全に分析と解読することができない文字はマヤ文字などいくつしか存在しない。 なかでも三星堆遺跡で出土された遺物上に残された古燭文字も現在解読することができない文字中の一つである。
また文字だけではなく出土された一部遺物も考古学界では前に見られなかったし甚だしくは名前が何かも確認することができない程三星堆遺跡研究の進みによって更なる発見が期待される。
[出所:] 中国総合情報サイト- チャイナセブン - http://www.china7.jp/bbs/board.php?bo_table=2_4&wr_id=27

http://abc0120.net/words/abc000401130120070225.html
三星堆遺跡とは

http://www.tf-travel.com/guanguang/sanxindui.html
中青旅 四川

三星堆 遺跡(さんせいたい いせき)

2011-04-03 14:23:49 | 三星堆遺跡
三星堆文化は5000年~3000年前の古蜀文化遺跡で、1986年に中国四川省広漢市の三星堆で発見されたのでこの名がある。紀元前2000年、もしくはそれ以前の遺跡と考えられている非常に古い遺跡である。三星堆遺跡は1931年のイギリスの牧師である(V.H.Donnithorne)が現地民が偶然に発掘した玉器などをきっかけに発見した。

三星堆遺跡からは異様な青銅の仮面や巨大な人物像が多数出土している。三星堆遺跡及び文物の発見は 3,4千年前の中国の古蜀国の存在と中華文明起源の多元性を有力に証明してくれる。


http://www.sxd.cn/page/default.asp
三星堆博物館

http://www.china7.jp/bbs/board.php?bo_table=2_4&wr_id=27
三星堆文化の紹介