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沖縄三線宮里道場☆

美ら島沖縄大使(沖縄県観光大使)ハイサイ!ウチナータイム!編集長
「書いて、話して、歌って」沖縄の魅力を発信してます😊

宮里少年物語☆97

2009年10月13日 10時27分01秒 | 宮里少年物語☆
【 宮里少年物語☆ no.97 】

今日は宮里少年と声変わりのお話です。

宮里少年は歌を歌うのが大好きでした。

部屋で大きな声で、よく歌っていたものです。

十八番は、「大きな古時計」と「氷雨」。

ボーイソプラノで、いくらでも声が出ましたので気持ち良かったんですねぇ。

おそらくお隣さんは、また歌ってるなぁと呆れていたと思います。

そんな宮里少年に、変化があわれたのが中学生の頃です。

背ものびてきて、声がなんだかガラガラします。

出せた声が出ません。

変声期を知識としては知っていても、
実際に自分の身におとずれるとドギマギするものです。

自分の声が濁った感じで、
どうにも違和感があるわけです。

それでも時間が解決するもので、
落ち着いていくにしたがって自分の声になれていきました。

いまではカラオケで、
宇宙戦艦ヤマトを ささきいさお風に低音で歌って得意がっています。

歌うことは、やっぱり大好きなのでした。

・・・・・・・・・
【沖縄三線宮里道場/三線教室】
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宮里少年物語☆96

2009年10月12日 00時17分45秒 | 宮里少年物語☆
【 宮里少年物語☆ no.96 】

今日は宮里少年とクリスマスのお話です。

中学生の宮里少年と友達たちは、
クリスマスイブの日に集まりパーティーをしました。

パーティーと言っても飲み食いするだけの話なのですが、
中学生ともなるとオトナのマネをしたがるものです。

どこからともなく、ウイスキーと泡盛が登場しました。

あの当時の沖縄のお酒といえば、
この2種類しかなかったんじゃないでしょうか。

日本酒の存在は知りませんでした。

ウイスキーといえば、ダルマです。

サントリーオールドです。

友達の家には、このオールドの空き瓶で作られた人形が飾ってありました。

ストレートはもちろん、水割りで飲んでも美味しくありません。

コーラで割るとけっこういけます。

調子にのって飲んでいると、気持ちが悪くなってきました。

帰り道頭がガンガンします。

金網をつかみ、フラフラしながらようやく帰ったのでした。

お酒は、ほどほどが一番です。


・・・・・・・・・
【沖縄三線宮里道場/三線教室】
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宮里少年物語☆95

2009年10月11日 10時13分34秒 | 宮里少年物語☆
【 宮里少年物語☆ no.95 】

今日も宮里少年と下駄箱のお話です。

ある日、宮里少年の下駄箱に靴じゃないものが入っていました。

それは何か?

チョコレートです。

その日は、バレンタインデーの日なのでした。

宮里少年も男の子です。

「ウヒョー!」

喜びながらも周りにさとられないように、
サササッとランドセルにしまいました。

家に帰ってドキドキしながらチョコレートを手に取り、
裏も表もじっくり見てみました。

銘柄は森永ミルクチョコレートです。

ラッピングは何もしてありません。

名前もメッセージもなく、
誰からなのかわかりません。

宛名もないので、もしかしたら宮里少年あてではないのでは!という
違うドキドキもしてきました。

とりあえず包み紙をとり、
チョコレートを食べてみました。

森永ミルクチョコレートが、いつもより甘く美味しく感じました。

結局誰からなのかわかりませんでしたが、
それはそれでいいかもなぁと思う宮里少年なのでした。


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宮里少年物語☆94

2009年10月10日 00時46分29秒 | 宮里少年物語☆
【 宮里少年物語☆ no.94 】

今日は宮里少年と下駄箱のお話です。

小学校の下駄箱には、生徒の数だけいろんな靴がならんでいます。

低学年の下駄箱は、戦隊ヒーローがデザインされた靴があります。

しかし高学年ともなると、ブランドにこだわり始めます。

宮里少年のときに流行ったブランドは、
ゴールデンベアでした。

あのゴルフの帝王ジャック・ニクラウスのニックネームが由来の、
アメリカのアパレルメーカーです。

靴には金色のクマが刺繍されています。

けっこう高かったのでそう簡単には買ってもらえず、
さらに羨望の的となっていました。

みんなが持っていて自慢されると欲しくなるというのは、
昔も今もかわらないようです。

下駄箱には靴だけでなく、
違うものが入っていたこともありました。

違うものとは・・・

つづく。


今日は宮里少年と下駄箱のお話です。

小学校の下駄箱には、生徒の数だけいろんな靴がならんでいます。

低学年の下駄箱は、戦隊ヒーローがデザインされた靴があります。

しかし高学年ともなると、ブランドにこだわり始めます。

宮里少年のときに流行ったブランドは、
ゴールデンベアでした。

あのゴルフの帝王ジャック・ニクラウスのニックネームが由来の、
アメリカのアパレルメーカーです。

靴には金色のクマが刺繍されています。

けっこう高かったのでそう簡単には買ってもらえず、
さらに羨望の的となっていました。

みんなが持っていて自慢されると欲しくなるというのは、
昔も今もかわらないようです。

下駄箱には靴だけでなく、
違うものが入っていたこともありました。

違うものとは・・・

つづく。



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宮里少年物語☆93

2009年10月09日 00時56分37秒 | 宮里少年物語☆
【 宮里少年物語☆ no.93 】

今日は宮里少年と東京ディズニーランドのお話です。

東京ディズニーランドがオープンして、
もう25年が経つのですね。

25年前といえば、宮里少年は小学生です。

小学館の「小学五年生」の巻頭特集で、
東京ディズニーランドを取り上げていました。

この春(1983年)にオープンするそうです。

1日では全部まわれないなど、
桁外れの遊園地であることが書かれています。

遊園地といえば、沖縄市にある「沖縄こどもの国」しか知らない宮里少年です。

広さの想像がつきません。

その年の夏休み、
与那嶺くん家族が東京ディズニーランドへ行ってきました。

ミッキーというものがいたそうです。

よっぽど楽しかったようで、
与那嶺くんは熱く語って写真まで見せてくれました。

ディズニーランドの話を聞きながら、
宮里少年は東京への憧れを強くするのでした。


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宮里少年物語☆92

2009年10月08日 01時46分31秒 | 宮里少年物語☆
【 宮里少年物語☆ no.92 】

今日は宮里少年とユタのお話です。

宮里少年の那覇高校時代の親友に、仲間くんという人がいました。

よくいっしょに国際通り界隈で遊んだものです。

彼はバンド少年でベースを担当していました。

学園祭でも活躍していました。

高校卒業後、久しぶりに会ったのは新宿です。

「しゃかり」のサポートメンバーとして、
ステージの上でベースを弾いていました。

その姿を見て、自分のことのように嬉しく思ったものでした。

しかし購入したCDを見てみると、彼の名前がありません。

ライブが終わり2人で飲んだ席で話を聞いてみると、
名前がかわったと言っています。

「仲間から西原になったよ」

結婚したわけではありません。

さらに聞いてみると、どうも家族がユタに相談した結果のようでした。

「ふ~ん」

ユタのことを知らない宮里くんではありませんが、
名前をかえさせるほどの影響力があるとはとビックリしたのでした。


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宮里少年物語☆91

2009年10月07日 00時46分37秒 | 宮里少年物語☆
【 宮里少年物語☆ no.91 】

今日は宮里少年とペットのお話です。

中学生のとき妹が、小さな黒猫をもらってきました。

その当時、宮里少年一家はアパートに住んでいました。

ペットを飼ってはダメだったのですが、
あまりにもかわいいのでこっそり飼うことになりました。

一番なつかれていたのは、母でした。

やっぱり一番面倒をみてくれる人間を、
よくわかっています。

気まぐれにちょっかいを出す宮里少年は、
あんまり相手にされませんでした。

その黒猫がある日、2階のベランダで遊んでいて足を滑らせて落っこちてしまいました。

宮里少年もびっくりしましたが、
黒猫はもっとびっくりです。

ものすごい勢いで、部屋まで階段をかけあがってきました。

さいわいケガはなかったのですが、
抱き上げると心臓がドキドキドキドキいってます。

よっぽど怖かったんだなぁと、
黒猫の気持ちがよくわかったような気がしたのでした。


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宮里少年物語☆90

2009年10月06日 00時10分17秒 | 宮里少年物語☆
【 宮里少年物語☆ no.90 】

今日は小学生の宮里少年の、おこずかいのお話です。

宮里少年のおこずかいは、ひと月500円でした。

当時の500円は、岩倉具視の肖像が描かれたお札でしたので、
不思議と大金を持っている感覚でした。

それでもひと月もたずにちゃんとなくなるのですから、
500円はやっぱり500円です。

使う内容はだいたい決まっていて、
コロコロコミックとたまに駄菓子屋さんで買うお菓子でなくなりました。

ある日臨時収入がありました。

500円札です。

ポケットに突っ込んで、大喜びでプラモデル屋さんに行く宮里少年。

前から欲しかった、ガンダムのドムのプラモデルを手にレジへ。

いざ支払いのためポケットに手を入れると・・・、

「ない!?」

どうやら落としたようです。

泣く泣く商品を棚に戻し、
もと来た道を500円札を捜しながら戻りました。

結局みつかりませんでした。

宮里少年、しばらくかなり落ち込んでいたのでした。

悲しかったなぁ・・・。



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宮里少年物語☆89

2009年10月05日 00時35分20秒 | 宮里少年物語☆
【 宮里少年物語☆ no.89 】

今日も宮里少年と修学旅行のお話です。

タンカン狩りの次は、オリオンビール工場の見学です。

沖縄が誇るビールといえば「オリオンビール」です。

名護は美味しい水が湧き出るので、
ビール工場としては最適な土地なのだそうです。

工場内では、機械がどんどんビールを作っていきます。

「すげーッ!」と思うわけですが、
あまり気持ちが入りません。

父親の飲んでいるのを少し飲ませてもらい、
苦い飲み物だなぁよく飲むなぁと思っていたぐらいですから。

いまは大好きです。

好みはかわるもんです。
宮里少年も大人になりました。

おそらくこの修学旅行のコースは、
先生の嗜好だったんだろうなぁといまでも思っている大人の宮里くんなのでした。


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宮里少年物語☆88

2009年10月04日 01時00分53秒 | 宮里少年物語☆
【 宮里少年物語☆ no.88 】

今日は宮里少年と修学旅行のお話です。

小学生の宮里少年たちの修学旅行の行く先は、
那覇からはるか北の土地 名護でした。

みんなでバスで行くわけですが、まだ高速もない時代です。

途中で気分の悪くなる子もいて、
名護ってなんて遠いところなんだろうと思ったものでした。

58号を北上していきます。

左手にはエメラルドグリーンの海があり、
右手には米軍基地が見えます。
芝生が鮮やかです

道中バスの中では、「明星」や「平凡」の付録 ヒットソング集を見ながら、
チェッカーズの歌をみんなで大合唱しているのでした。

つづく


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