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7赤ちゃんと死のうか…18歳、予期せぬ妊娠に「まぢ、終わった」 1本の電話が人生の分岐点に

2021-07-09 13:30:00 | 日記

下記はAERAdoからの借用(コピー)です

複雑な事情を抱えて人知れず出産する女性たちがいる。赤ちゃんの殺害・遺棄事件につながることもある。そんな女性たちを助けたい。さまざまな動きが起きている。AERA 2021年6月28日号で取材した。

*  *  *
 1本の電話が人生の分岐点となることもある。

 2月のある夜、その人は分岐点に立っていた。まもなく18歳になる彼女は“いちごが好きだから、いちごちゃん”と名乗った。

 いちごちゃんは妊娠していた。生理不順だったため、気づいたときには既に中絶できる週数を過ぎていた。

 幼い頃、母は夜働いていて家におらず寂しかったが、ママが好きだった。母の恋人が住みつき、母への暴力や性交を見せられた。小5のときにできた継父はいちごちゃんを虐待した。弟と妹は可愛がられるのにひとり家族からのけものにされ、中学を出ると歓楽街でキャッチなどの仕事で生き延びた。

 妊娠の相手はわからなかった。受診したクリニックでは32週までは診るけれど、それ以降は大きな病院に行って産んでほしいと言われた。「まぢ、終わった」と思ったのだと、いちごちゃんは2度つぶやいた。

■18年間生きてきて初めて他人に頼ろうと思った

 今死ぬか、ひとりで産んで赤ちゃんと一緒に死ぬか。3週間、悩んだ。線路に飛び込もうと思ったができなかった。ひとりで産むのも怖かった。

 もう中絶できない時期にあること、誰にも知られずに産まなくてはならないことを、その電話に出た女性に伝え、「助けてください」と言った。

「18年間生きてきて初めて他人に頼ろうと思った」

 いちごちゃんはこう振り返った。

 勇気を振り絞って電話をしたその夜を境に、自殺さえ考えていたいちごちゃんの人生のベクトルは逆方向へと動き出す。3カ月が経った今、いちごちゃんは関東のある町で赤ちゃんとの新しい人生を始めている。

 電話でつながったのは熊本市の慈恵病院だった。「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を運用する民間病院だ。予期せぬ妊娠をした女性が自分で育てられない赤ちゃんを匿名で預け入れることができる。2020年3月までに155人の赤ちゃんが預け入れられた。

 近くの病院を紹介するとの提案をいちごちゃんは拒んだ。何度か電話でやり取りをしたが、いちごちゃんは精神的に不安定で、このまま孤立出産になることを病院は心配した。

 ゆりかごに預け入れる母親の多くが自宅のトイレや浴室で一人で出産していた。命の危険はもちろん、赤ちゃんの殺害・遺棄事件に至ることもある。

30回以上SNSでやり取りして慈恵病院で出産するよう説得し、いちごちゃんの住む場所まで相談員が迎えに行った。だが待ち合わせたJRの駅にいちごちゃんは現れず、相談員は熊本市に引き揚げた。そして6日後、いちごちゃんは新幹線に乗って一人で熊本までやってきた。

「孤立出産を回避するためにこのような選択をしたものの、ほんとうに内密出産になってしまったら大変なことになるという思いはありました」

 こう振り返ったのは慈恵病院院長で産婦人科医の蓮田健さんだ。

 内密出産とは、妊婦が特定の関係者のみに身元を明かして出産し、赤ちゃんの出生届は母親の欄を空欄にして提出する。赤ちゃんが将来、実親を知りたいと希望すれば身元情報の開示を受けることができるというものだ。同院はゆりかごから一歩踏み込んで、17年12月、内密出産に取り組む意思を表明したが、合法性が担保できないとして、熊本市は慈恵病院に不許可を通達している。

■出生届で母親の身元は空欄 医師の違法性が最大の壁

「彼女は最初、継父に赤ちゃんのことがばれたら面倒臭いと言いました。日本初の内密出産になるかもしれないケースの背景が面倒臭いといういい加減なものであれば、これを社会に公表したときに批判され、内密出産の推進が頓挫してしまうと危惧しました」

 未成年を対象として想定していなかったことも蓮田さんを焦らせた。

 いちごちゃんは、熊本駅で出迎えた相談員が車で病院まで連れ帰った。怯えながら恐怖を隠そうと毛を逆立てる仔猫のようだった。

 院内のキッチン付き居室で過ごすうちに、相談員に心を開き始めた。若くしてシングルで自分を産んだ母のうつ、児童相談所の一時保護所で保護された経験など、厳しい生い立ちを話した。いちごちゃんは、赤ちゃんを育てたい、でも、自分も虐待してしまうのではないかと不安を打ち明けた。

 直前まで住んでいた自立援助ホームの管理者には蓮田さんが電話した。「そんな勇気のある子だったなんて」と管理者は驚き、気づいてやれなかったことを悔やんだ。

 病院職員が生活の世話をし、日々声かけを続けるうちに、いちごちゃんの表情は穏やかになり、ときにはあどけない表情で相談員に体をくっつける甘えた仕草も見せるようになっていた。

 4月末、いちごちゃんは無事に出産し、自分で育てる気持ちを固めた。実母と継父が赤ちゃんを奪い虐待する危険性があるため、実母に連絡はしていない。出産にあたって必要な保証人の欄は空欄のままとした。

このケースは内密出産に踏み切らずに済んだ。だが、もしいちごちゃんが頑なに身元を明かさなかったら、蓮田さんが何らかの罪に問われた可能性はある。内密出産のいちばんの壁は、病院で出産したにもかかわらず医師が出生届に女性の身元を空欄のまま提出することが「公正証書原本不実記載罪」(刑法157条)に抵触するのではないかという点だ。

 6月初旬、突破を試みる動きがあった。20年12月に成立した生殖補助医療法についてさらに議論するために発足した「超党派生殖補助医療の在り方を考える議員連盟」(以下超党派議連)の自民党参院議員、古川俊治さんが法務省と面会を持った。古川さんは医師で弁護士でもある。内密出産について、刑法35条「法令または正当な業務による行為は、罰しない」を適用すれば、内密出産で医師が違法性を問われることを避けられるのではないかと考えた。だが、法務省とは物別れに終わった。

 超党派議連は、14回開かれた勉強会で4回も内密出産を取り扱った。仕込んだのは議連事務局長で国民民主党副代表の伊藤孝恵さんだ。

 伊藤さんは超党派ママパパ議連の発起人でもあり、子ども子育て政策に力を入れている。初当選した16年は次女を出産して育休中のリクルート社員だった。慈恵病院が内密出産について検討していることを新聞報道で知ってから法整備を目指してきた。19年3月には国会予算委員会で「ゼロ歳ゼロカ月ゼロ日ゼロ時間、つまり産声を塞がれて亡くなる子どもが(児童虐待の中で)いちばん多い」として、内密出産制度の検討を求める質問に立った。このとき、予期せぬ妊娠に悩む当事者を「あばずれ」などと揶揄するヤジが飛び、反対派には予期せぬ妊娠に関する情報が伝わっていないと感じたという。超党派議連の勉強会では熊本の蓮田さんをオンラインでつないだレクチャーも開催した。

「こんな大事なこと、しっかりやらないとだめだ」と与党からも積極的な声が出てきた。だが、まだ壁は厚い。伊藤さんは悔しがった。

「思いもよらない事情が隠れているのが予期せぬ妊娠です。ただ、どんな事情があろうとも女性が安心して出産できないのはおかしいし、命は生まれてこそのもの」

■命がけで産んでいるかけがえない行為への尊敬

 超党派議連会長の野田聖子さんは、内密出産の法整備に関しては容易ではないという立場だ。生殖補助関連の議論では優先順位は高くないという。自身が過去に特別養子縁組あっせん法制定に関わった際に、内密出産も検討したが難しかったという実情を明かした。

取材の際に、野田さんにいちごちゃんの話をした。予期せぬ妊娠による孤立出産や遺棄事件は後を絶たず、その防波堤となる内密出産をめぐってギリギリのケースが起きていることを伝えた。すると、野田さんはこう言った。

「その子、18歳でよく頑張ったね。産んでくれてありがとうって言いたい」

 野田さんの母が野田さんを身ごもったとき、両親は婚姻届を出していなかった。

「だから私も予期せぬ妊娠で生まれた子どもなのよ。それに、うちの息子みたいに障害を持って頑張って生きてる人間もいるしさ。いちごちゃんによろしく言ってよ」

 野田さんは第三者の女性から提供された卵子と夫の精子を使った体外受精により50歳で出産している。また、10歳になった息子には障害がある。出産には、さまざまな事情や予期せぬ状況が複雑に絡み合うことを体感している。

 予期せぬ妊娠をめぐる問題は女性ばかりが責められ、生まれた子どもはかわいそうだと言われる。だが、決して子どもはかわいそうではないし、命をかけて子どもを産んだ女性のことが大切に考えられていない。そう指摘するのは、TBS報道局記者の久保田智子さんだ。久保田さんは19年に、特別養子縁組により赤ちゃんを迎えた。夫と子どもとの暮らしに幸せを感じている。

 子どもを特別養子縁組に託す女性には、貧困や虐待など厳しい成育環境に育ち支援が乏しい人が多いことを久保田さんは知った。

 特別養子縁組に子どもを託す際に泣かない女性はいないという。生後4日の赤ちゃんを託されたとき、久保田さんは病院で実母と対面した。わずかな時間だったが短い会話と表情から女性の言葉にならない思いを全身で感じ取った。

 特別養子縁組、ゆりかご、内密出産。いずれも産んだ女性たちには育てられない事情があり、赤ちゃんを託す。不倫や多産などのケースは批判されることもある。

「仮に反社会的な背景があったとしても、産む瞬間にはその人は命がけで産んでいるはずです。そのかけがえのない行為に対する尊敬の思いが私にはあります。娘を託してもらって私たちは感謝していますし、産んだ女性にはどうか幸せになってほしい」(久保田さん)

 命がけで産んだ人と生まれた命が無条件に大切にされる社会であるためにはどうしたらいいのか。自分で育てられない女性たちの、困難な背景が可視化されなければならないと、育てられない女性の哀しみに触れた久保田さんは言った。(ノンフィクションライター・三宅玲子)



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