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 「妻の出世で家庭崩壊」40代仮面イクメンの告白

2021-07-23 13:30:00 | 日記

下記は東洋経済オンラインからの借用(コピー)です

改正育休法が成立するなど、男性の育児参加への環境が整備されつつある今。しかし、共働き家庭の多くは、見えない問題を抱えている。本稿では、理想の家族像を追い求めた1人の男性のインタビューを紹介。熱心な「イクメン」だった彼の家庭は、なぜ崩壊したか。外からは見えづらい「モラハラ」の実態とはどうなっているのか?
20 年あまりに及び男性の生きづらさを取材してきた著者が、男性社会の変化に迫った書籍『捨てられる男たち』より、「モラハラ」のパートを抜粋、再構成してお届けする。
妻からのDVは「僕がモラハラ夫だったから」
2020年の年末、4年ぶりの取材にオンラインで応じてくれた田中徹さん(仮名、47歳)は青ざめてうなだれ、込み上げる感情を必死にこらえながら、たどたどしい口調で語り始めた。
「じ、実は……DV(ドメスティック・バイオレンス)、なん、です……」
「奥さんに手を上げた、ということですか?」
「いえ……そ、そのー、逆で……。妻から……暴力を、受けてしまいまして……」
この間に何があったのか。尋ねた質問に対し、そう答えているときも、うつむいたまま、いっさい視線を合わせることなく、おびえたような表情を見せているのがパソコン画面からもはっきりとわかった。
コロナ禍でのDV増加が指摘されるかなり前から、妻から夫へのDV事例を、もはや“逆DV”という言葉は通用しないほど数多く取材していた。DV被害者の男性は、加害者にも増して、惨めさや情けなさを内に秘めているケースが多い。慎重に言葉を選ばなくてはと言い聞かせ、質問する。
「どうして、そのようなことになってしまったと思われますか?」
顔面のこわばりが弱まったのを見計らって、尋ねてみた。
「僕がモラハラ夫だった、からです……」
まったく予期せぬ答えだった。動揺を隠し切れた自信はない。
「えっ、モラハラ……つまり、モラルハラスメントということですか?」
「そのとおり、です」
そう言うと、田中さんは突如として顔を上げ、説明を始めた。田中さんはどのようにして、“モラハラ夫”と化してしまったのか。20年近くに及ぶ定点取材から彼の人生の一端をたどることで、その背景や妻との複雑怪奇な心理戦、対人的相互作用について解明してみたい。
田中さんとの出会いは、2002年にさかのぼる。当時、男性の育休取得率は0.33%と1%にも満たず、「イクメン」という言葉・概念が登場する5年以上前。自治体の男女共同参画センターが主催した、当時としては先駆的な取り組みである「父親講座」を取材した時のことだった。
翌年、田中さんは30歳で男児の父親になった。田中さんが参加するパパサークルの活動も波に乗っているようにみえたのだが、2006年のインタビューで田中さんは眉をひそめ、本音を打ち明けてくれた。
「みんな、わが子の子育ての楽しさや充実感を語る一方で、悩みや愚痴などネガティブな部分は努めて話さないようにしているようで……。もともと僕自身、父親としての不安や戸惑いなどを一緒に乗り越えていきたいと思っていたんですが……やっぱり、男同士というのはなかなか難しいものですね」
妻に認めてもらうための”仮面イクメン”
それからというもの、田中さんの父親としての苦悩は増す一方だった。主任に昇格して仕事量が増えたため、帰宅時刻は以前よりも遅くなっているという。次第に父親としての悩みの要因は、単に保育所に通う長男とともに過ごす時間が十分に取れないことだけではないように思えてきた。
複雑な心情を語ってくれたのは2009年のこと。当時36歳の田中さんは、視線を取材場所のコーヒーショップのテーブル上に落としたまま、淡々とした表情でこう打ち明けた。
「僕は、イクメンのふりをしているだけなんです」──。
田中さんはそう言ったきり、言葉を続ける気配はない。どうインタビューを展開していけばいいのか、考えを巡らせていたそのとき、彼が静かに語り始めた。
「父親として息子の成長を見守り、子育てを楽しみたいという思いとともに、家事・育児を分担して仕事を頑張っている妻を応援したいとも考えてきました。ただ……妻が、仕事で能力を、発揮して、頑張れば頑張るほど……そのー、何というか……」
沈黙が再び訪れる。育児そのものよりも、自身の仕事も含めた、妻との関係が影響しているのではないかと直感した。
「奥さんの仕事での活躍と、ご自身を比較されて、ということなのでしょうか?」
「そうですね。僕はたくさんの仕事をこなして会社に貢献しても、上司からは何の評価もされない。同期の中には実績を上げ、課長に昇進した奴もいるんです。妻は……以前のように僕に仕事の愚痴をこぼして、アドバイスを求めるようなこともなくなった。もう僕を頼る必要がなくなったんですね」
「でも、それがどうして、イクメンのふりをすることになってしまったのですか?」
「僕の男としての価値、父親としての存在を妻に認めてほしかった。妻は僕が仕事でパッとしないのはわかっていますから……せめて、イクメンを演じるというか、育児を楽しむ父親の仮面をかぶることで……」
だが、田中さんは実際に育児に積極的に関わり、妻の負担を軽減し、仕事に打ち込みやすい環境をつくってきたはずだ。なぜ、“仮面イクメン”を続けなければならないのか。
「妻のほうが子どもと接する時間は長いし、息子も懐いています。でも、それは僕のせいじゃない。会社が女性の仕事と育児の両立には理解があっても、男性が子育てのために仕事を早く切り上げたりすることにはまだまだ厳しいからなんです。でも、妻はそんなことはわかっちゃいない。僕には子育てへの関与を感謝するどころか、『もっと(子育てに)協力して』が口癖です。だから、そのー……今、はやりのイクメンを頑張っている、少なくとも努力している、と妻には受け止めてもらいたかったんです」
ここまで言い終えると、口をつけていなかったコップの水を一気に飲み干した。
夫婦の溝がなおいっそう深まり、やがて危機的な状況を迎えることになろうとは、そのとき、田中さん自身も思っていなかったのではないだろうか。
妻の出世で敗北感を感じた
女性活躍推進法が成立、一部施行された2015年、田中さんの妻は40歳で課長に昇進した。同期入社の男性から2、3年遅れはしたものの、子育てと両立させながら管理職ポストに就くことを諦めずに地道に努力を重ね、実績を上げてきたことが評価されての昇進だった。
「妻に負けた、という敗北感が、妻の課長昇進によって僕の中で決定的になったんです。妻のほうが僕よりも仕事の能力があるということには、10年以上前から気づいていたんですが、実際に出世を見せつけられてしまうと……。僕だって育児に関わらずに仕事に専念していたら、今よりはもっと仕事で評価されたんじゃないかと思うと悔しいですし、実際に出世街道を歩んでいたら子供の世話をする余裕なんてなかったわけですから。それに──、あっ、いや……」
田中さんは何か重要なことを打ち明けようとして、言葉をのみ込んだように見えた。苦渋の表情を浮かべたまま、どこを見るともなく見て視線が定まらない。
「妻のせいで、家庭が心休まる場ではなくなってしまった。とくに(妻が)課長になってからはそうなんです。妻とは必要最低限のことしか話さないし、体の触れ合いなんてとっくの昔に終えています。中学に入学したばかりの息子とは結託しているようで、僕の悪口でもたたき込んでいるのか、息子は僕が話しかけても返事さえしないような状態で……。彼女にとって家庭は、息子の学校生活と進路のことだけ考えていれば、あとはいかに家事も含めて効率的に処理するかという、職場のようになっているんです」
夫婦の溝を埋める手立てはないのか、という問いに、こう語気を強めて即答する田中さんの表情からはむなしさのようなものが感じられた。
「ないですね。残念ながら、今はまったく考えられないです」
在宅勤務でたまった怒りが夫へのDVに
妻からのDVと、妻へのモラハラを打ち明けてくれた、本章冒頭の2020年末のインタビュー場面はこの2016年の取材の後、音信不通の期間を挟んで、続く。夫婦の間に深刻な出来事があり、実はイクメンでもよき夫でもないのだと告白し終えた田中さんは、ほんのつかの間、妻に精神的な苦痛を与えた重荷から解放されたかのようにため息まじりに深く息を吐いた。
妻からのDVは、2020年春、コロナ禍で最初の緊急事態宣言が出され、ほとんどの社員が在宅勤務となっていた時期に起こった。妻はこの前年の2019年に部次長に昇進、田中さんは2018年に課長になったばかりだった。突然、リビングの棚に立て掛けてあった家族写真や、テーブルの上の飲みかけの缶ビールなどを投げつけたり、冷蔵庫の中から持ち出した飲料水の入ったままのペットボトルで田中さんの腕や背中を殴ったりしたという。
投げられた物が後頭部にぶつかって出血し、5針縫うけがを負ったことまである。妻は、いったんは事の重大さに気づいて病院に付き添ったりしてくれるのだが、しばらくしてまた暴力を振るう、という繰り返しが1カ月近く続いたらしい。妻は自身の判断で仕事を続けながら精神科のクリニックを受診、半年以上過ぎた今も月に2回通い、精神安定剤などの投薬治療を受けているという。
「夫婦が顔を合わせる時間が格段に増え、妻はたまった私への怒りを暴力で訴えるしかなかったのではないか」と田中さんは考えている。
妻によるDVのきっかけが、自分が“モラハラ夫”だったためというが、モラハラは無自覚のうちに行為に至るケースが多い。どの時点で妻への行為がモラハラであったと認識したのか。
「妻からDVの理由が僕のモラハラであったと、はっきりと指摘されたわけではありません。ただ……DVが治まってから妻に、僕の『冷たい態度や言葉がとてもつらかった』と言われて初めて自覚したというか……。正直、いつからだったかは覚えていないのですが、妻が課長になった頃だとすると、もう5年になりますからね。妻から受けたDVの期間の数十倍もの長い時間、彼女は僕のモラハラに苦しんでいたんです」
つらい出来事を思い出させるようで心苦しかったが、聞いておかねばならない。
「具体的にどのような言葉や態度だったか、覚えている範囲で教えてもらえますか?」
「前にお伝えしていたとおり、妻とはほとんど面と向かって話はしていなかったんですが、つぶやいたり、妻の後ろから小さい声で言葉を吐き捨てたり、それから時々にらみつけていたんじゃないでしょうか。今メモを見ながら、背筋がゾクッとしました」
〈夫婦じゃなくて、男2人みたいだな〉
〈役員からも気に入られて、同期の男たちはお手上げだろうな〉──。
生気のない顔で、田中さんはメモしてきた言葉を平坦な口調で読み上げた。
モラハラを自覚した衝撃
2020年末の取材以来、田中さんの妻には話を聞きたい旨、彼を通してお願いしてきたのだが、21年春、電話での取材を了承してもらった。ご本人の承諾を得て、内容の一部を紹介する。
「私たち夫婦はともに仕事も家庭も頑張ってきたんですが、どこかでボタンを掛け違えてしまったように思います。それは、女性の管理職登用や男性の育児参加を促す社会の動きも影響していたのかもしれませんね。(略)息子ももう高校3年生になりましたし、これからは夫婦2人の時間も大切にできればと思っています」
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感情の表出を抑えた澄んだ声が最後のほうでかすかに震え、余韻がしばらく耳に残った。
時代とともに変容する夫婦の関係性・ありようは、モラハラをいっそう複雑化させ、深刻度を増している。アメリカの社会学者、アーリー・ホックシールドは、フルタイムで働く女性が増えて共働き家庭が浸透する過程において、家庭と職場の逆転現象が起きていると指摘する。すなわち、夫婦ともに疲れ果て、家庭では仕事を処理するかのように効率的に時間を使い、職場は家庭の面倒なことから逃避する安息の場となっているというわけだ。
田中家の一件は、理想の夫と父親、そしてよき妻と子どもを追い求めすぎたために、行き着いた惨劇ともいえるだろう。男は一家の大黒柱として妻子を養い、家族の精神的支柱であるといった伝統的な「男らしさ」規範から逸脱した“落伍者”としての自分を認めたくない。それゆえにおう悩し、隘路(あいろ)にはまってゆくのである。
奥田 祥子 : 近畿大学教授、ジャーナリスト



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