薬を飲んでも風邪は治らない、というのは間違い
ちょっとのどが痛くて「風邪かな?」と思ったから、暖かくして早めに寝たら翌日にはすっかり調子がよくなった、というような経験はありませんか。これがウイルス性の症状なら、自然免疫の力で睡眠中にウイルスを倒した証しです。
反対に、ひどいせきが出たり高熱にうなされたりしてよく眠れず、翌朝には体調が悪化したという経験もあるかもしれません。これは、せきや発熱で睡眠が浅くなり、体が持つウイルスを倒す力を活用できなくなっていたからです。
たとえば仕事や家事をする際に、高熱が出ていて頭痛や吐き気、せきや鼻水が止まらなかったとしたら、どうなるでしょうか。おそらく本来の力を発揮できず、やりたいことの半分もできないと思います。
免疫の力も、それは同じ。さまざまな症状や睡眠時の環境によって睡眠が妨害されれば、免疫細胞のはたらきを高める「体内環境」が悪化することになります。
風邪を引いたらとにかく汗をかいたほうがいい、とばかりに厚着して何枚もふとんをかぶる人がいますが、それで眠りが浅くなったら本末転倒です。たしかに体温を上げると免疫細胞は活性化し、代謝はよくなってウイルスの増殖は抑えられます。しかし体温が上がりすぎてうまく眠れなくなると、ウイルスを倒したり細胞を修復したりする力は大幅に低下してしまうのです。
風邪薬には治療効果がないし症状を抑えるだけだから飲んでも意味がないという話を耳にすることがありますが、これは誤解です。症状を軽くすることで睡眠の質を高め体に備わっている免疫機能を充分に発揮させるという点では、薬は重要な役割を果たしています。
免疫機能が高まった状態をつくるには、毛細血管の血流をよくし体のすみずみまで免疫細胞が届いていること、そしてその免疫細胞が活発にはたらく時間をしっかり確保することが非常に有効です。良質な睡眠には、この状態をつくる力があります。
では良質な睡眠を得るには、どうしたらいいのでしょうか。
まず押さえるべきは、睡眠中に副交感神経を優位にすることです。副交感神経が優位ならウイルスを倒すリンパ球が血液中に増えますし、毛細血管へのルートも開くことでリンパ球が体のすみずみまで届くようになるからです。
また睡眠中は、健全な細胞を酸化させたり、毛細血管を傷つけて劣化させたりする活性酸素を、効率的に除去できるタイミングでもあります。活性酸素は、ストレス過多で交感神経優位が続きすぎたり睡眠不足だったりすると大量に発生する物質です。この活性酸素が体内に増えすぎると免疫機能が低下してしまうため、できるだけ留めておきたくありません。
ここで活躍するのが「睡眠ホルモン」とも呼ばれるメラトニンです。メラトニンは非常に強い抗酸化作用を持つため、睡眠中に活性酸素を除去し、毛細血管の劣化と体の酸化を防いでくれます。同じ睡眠時間を確保しても、メラトニンがしっかり分泌された状態で眠るのと分泌されずに眠るのとでは、疲れの取れ方もウイルスを倒す力も圧倒的な差がつくと考えてください。メラトニンを活用し、リンパ球を増やす対策が必要です。
睡眠時間が短いほど免疫機能は落ちやすい?
世の中には、風邪を引きやすい人と引きにくい人がいます。免疫機能に影響するような薬を服用していたり持病があったりしたら、それが関係していそうですが、健康上の問題を指摘されていない働きざかりでも、しょっちゅう風邪を引いてしまう人がいます。この背景には、いったい何があるのでしょうか。
最近では「働き方改革」が叫ばれるようになり、リモートで労働時間をコントロールする人も増えました。しかし、いまも残業や長い通勤時間に苦しむ人は多いかもしれませんし、仕事でなくても、やりたいことがあると削られがちなのが睡眠です。1日は24時間と決まっているので、どうしてもそうなってしまうのでしょう。しかし最も大切な資産である体が知らぬ間に消耗し衰えてしまうことを考えると、7時間は確保したいところです。
7時間というのは、世界中のさまざまな研究によって導き出された値です。私が勤務するブリガム・アンド・ウイメンズ病院で睡眠時間と寿命の関連性を調べたところ、睡眠時間が7時間の人に比べると、5~6時間の人と8時間以上の人は死亡率が15%も高いという結果が出ました。また、6時間以下の睡眠を1週間続けると、免疫や炎症、ストレス反応などに関連する711個もの遺伝子に悪影響が出たというイギリスでの研究結果もあります。
ウイルスを攻撃するリンパ球の最大の活動時間は副交感神経のはたらきが高まる睡眠中で、睡眠時間が減れば減るほどウイルスと戦うための時間も減ります。
それを端的に示すものとして、徹夜するとリンパ球の比率が10%下がり顆粒球の比率が10%上がったという研究結果もあるからこそ、睡眠時間の確保が重視されるのです。もちろん7時間眠りさえすればいいかというと、答えはNO。
良質な睡眠でなければ、体に備わった免疫機能を活かせません。
現代人は睡眠時間が減っているだけでなく、睡眠の質も大きく低下しています。
「ベッドに入ってもなかなか寝つけない」
「夜中に何度も目が覚めてしまう」
「寝足りないのに朝早く目覚めてしまう」
「たくさん寝ているのに疲れが取れない」
「眠りが浅い気がする」
などは睡眠の質が低下したシグナルです。
睡眠時間は確保できているのに、眠りを良質にできず体を弱らせ続けている人の多さには、日々の診療でも強い危機感を覚えています。特に中年を過ぎてからは、睡眠の質を上げられるかどうかが人生を楽しめる時間の長さを大きく左右する、と言っても過言ではありません。
そもそも「良質な睡眠」とは?
では睡眠の質とは、具体的には何を指しているのでしょうか。それを知っていただくには、まず睡眠中に体内で何が起きているかの把握が必要です。
個人差はあるものの、睡眠中はおよそ90分周期でノンレム睡眠とレム睡眠を繰り返しています。細胞の修復を促すホルモンは、眠りに落ちてから90~180分後のいちばん深いノンレム睡眠中に最も多く分泌されるという特徴があり、それが毛細血管を介して全身くまなく運ばれて体の修復が進むというのが大まかな流れです。だいたい午前3~4時が、骨や肌、筋肉が再生される細胞分裂のピークとされています。
傷つき疲弊した細胞にホルモンという修復指示が行き渡るのに3時間、酸素や栄養素という材料が届いて細胞呼吸を繰り返しながらジワジワと修復が進むのに4時間程度は必要と考えると3時間プラス4時間。これが推奨する7時間睡眠の内訳です。
では良質な睡眠を確保するには、どうすればいいのでしょうか。
実は朝まで熟睡できなかったり眠りが浅くなったりする方の多くは、本来睡眠中に優位になるはずの副交感神経のはたらきが上がっていません。
これまで数千人の被験者に協力いただき睡眠中の自律神経の変動を測定してきましたが、よく眠れていない自覚のある方の多くに睡眠中の副交感神経のはたらきが充分に上がらず、交感神経優位の傾向が見られました。そういう方に多いのが、ふとんに入っても手や足の先が冷えたままでなかなか眠れないというケースです。これは交感神経優位の時間が続きすぎて、末梢の毛細血管への血流が低下している証拠の1つです。
赤ちゃんは眠くなると手足がポカポカと温かくなるのを、ご存じでしょうか。赤ちゃんほど顕著ではありませんが、大人でも通常は眠くなると手や足などの体表温度が上がります。これは副交感神経が優位になって毛細血管が開き、末梢への血流が増えるからです。日中は、体を活動状態にするために脳や心臓、筋肉など体の中心部に血液が集まっていますが、夜になると体を休め修復するために血液が中心から末梢へと分散されます。
この、温かい血液の移動とともに体の中心部の熱は下がり、体の末端が温かくなって手先や足先などの表面から熱が放出されるのです。よく聞く「深部体温を下げる」とは、これを指します。
眠り始めに手足が温かくなるのは、自律神経が副交感神経優位に切り替わったサインです。冷え性で寝つきが悪くて困っている人の多くは、交感神経が高ぶって自律神経の切り替えがうまくいかなくなっています。
なぜ眠る数時間前からが大事と言われるのか
睡眠に問題のある人の診察で生活習慣を確認すると、自律神経のバランスやパワーを損ねる要因が隠れていることがほとんどです。非常に多いのは、仕事やプライベートで強いストレスを抱えていたり、朝早くから夜遅くまで忙しく活動しすぎていたりするケースで、この傾向がある人は交感神経優位が続きすぎているため、夜になっても下がりきらず深く眠れないのです。
『ウイルスから体を守る』(サンマーク出版)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら
夜遅くにたくさん食べる、寝酒をする、テレビやパソコン、スマートフォンからの光を見るなど、寝る直前の習慣も見過ごせません。呼吸法などで瞬時に交感神経と副交感神経のバランスを整えることも可能ですが、体にとって自然なのは体内時計にしたがって夕方から夜にかけて交感神経が徐々に鎮まり、副交感神経のはたらきが高まる流れです。
これが夕方以降も、仕事などで神経が高ぶる状態が続いたり夜遅く食事を摂ったりして、眠る直前まで脳や内臓をフル稼働させていると寝つきが悪くなり、睡眠中も交感神経優位の状態がしばらく続きます。
睡眠の質を高めるには、夕方以降は副交感神経の働きを邪魔する行動をなるべく避け、副交感神経のはたらきを上げる行動に変えていくのが効果的です。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます