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在宅(自宅、高齢者施設)での看取り件数が大幅に増えている在宅専門診療所が少なくない。中には、前年同時期と比べて倍近く増加しているところもある。増加している背景には、感染リスクを避け、自宅での看取りを希望した人々が増えたことが大きい。
コロナ収束後もこの傾向が続くとしたら、全死亡者数に占める在宅死の割合が20%台前半にとどまっている日本も、欧米先進国の50%前後クラスになるかもしれない。在宅での看取り件数の増加は、コロナ禍における一時的なものなのか、それともコロナ収束後も続くのだろうか。
そこで、全国の在宅専門診療所の中でも、在宅看取り件数がトップクラスの診療所に、現状と今後の見通しについて取材した。
東京を中心に首都圏に15カ所の在宅専門診療所を構える医療法人社団「悠翔会」(東京都港区、現在患者数5218人、2019年在宅看取り数755人)では、2020年4月1日~10月26日までの患者死亡者数は732人で、その内訳は在宅死528人、病院死204人だった。
2019年の同時期と比較すると、全死亡者数の増加は186人(34%増)で、内訳では、病院死は13人(6.8%増)の増加にとどまっているのに対し、在宅死は173人(48.7%増)と大幅に増えている。
■入院を取り巻く環境の変化も
悠翔会の佐々木淳理事長は「コロナ第1波では、大学病院など地域の中核となってきた高度医療機関や、ブランド力のある病院でも院内感染が相次いだ。病院は、感染リスクのコントロールのために、入院患者に予備的検査を課し、家族の面会も禁止した。またコロナの感染患者の受け入れをしていない多くの病院では、発熱患者に対する受け入れ制限も行っている。こうした背景から、入院を取り巻く環境に大きな変化が出てきているようだ」と話す。
「入院に関する大きな変化」とは、1つは、在宅医療と病院との関係性の変化だ。これまでなんとか病院への通院を継続していた「在宅医療導入境界域」の患者が、在宅医療に転入するケースが増えている。
具体的には、病院受診に対する不安に加え、公共交通機関を使う通院そのものへのリスク意識の高まりから、ケアマネジャー経由での在宅専門診療所への患者の紹介が増加している。また病院からの患者紹介も増えているそうだ。
余命が日から週の単位と見込まれる予後の見通しの厳しい入院患者にとっては、家族と一緒に過ごせる時間をつくりたいというニーズもあり、こうした背景が在宅復帰への大きな後押しとなっている。
「入院に関する大きな変化」のもう1つは、患者側も入院という選択を忌避するようになっていることである。
「患者・家族が入院を忌避するモチベーションは2つある。1つは、病院では、コロナに感染する危険があるのではないかということ。もう1つは、入院すると家族に会えず、死に目に会えないのではないかということだ。この2つの理由で、入院したくないという患者が増え、入院している患者の中にもできるだけ早く家に帰りたいという人が増えている」(佐々木理事長)
これまでは、最期は家で過ごすのが心配で、入院していたほうが安心だと考えていた患者・家族が一定の割合でいたが、その割合がさらに少なくなってきているのだ。
■これから入院しようと思っていた人にも影響
東京都板橋区に在宅専門診療所を構える医療法人社団焔「やまと診療所」(現在患者数1100人、2019年自宅看取り数287人)でも在宅での看取り患者が増えているという。2020年4~9月の患者死亡者数は306人だった。同診療所は在宅の中でも自宅に特化しており、306人の内訳は自宅死227人、病院死79人だった。
2019年の同時期と比べると、全患者死亡者数の増加は104人(51.5%増)と大幅に増え、内訳では、病院死は横ばいにとどまっているのに対し、自宅死は104人(84.6%増)とじつに倍近くも増えている。
安井佑院長はその背景について、「コロナ禍によるものであることは明らかで、とくに、病院では家族の面会を禁止していることが自宅死の増加に大きく影響していると思う。家族面会の禁止は、すでに入院している人たちと、これから入院しようと思っていた人たちの両方に影響を与えている」としたうえで次のように続ける。
「すでに入院している人たちは、例えば、がんの末期で入院治療していて、これ以上治療法がないという最終段階に入ったときには、緩和病棟に入院する、外科病棟で診てもらう、自宅に帰るという選択肢がある。それがコロナ禍により、病院では家族に会えないから、自宅を選ぶ人が増えているようだ」(安井院長)
また、これから入院しようと思っていた人たち、例えば、老衰や認知症などが進んで動けなくなり、従来は入院をしていた人たちも、入院してしまうと家族に会うことが出来なくなるので、最後まで自宅で過ごしたいという人が増えているという。
自宅でもコロナ禍の影響はあるが、やまと診療所の1100人の患者のうち、「コロナが怖いから診療をやめて欲しい」と言った人は1人もおらず、「診療回数を減らしてほしい」と言った人も、10人未満にとどまっている。
10人にも満たないのは、「診療回数を減らすより、先生たちに往診に来てもらったほうが安心という人たちが多い。それは、われわれと信頼関係ができているということもあると思う。ただし、当診療所が看ているのは、重症度が高い患者さんが多く、診療を断れないという要因もある」と安井院長は話す。
在宅での看取りが増えている最大の要因については、病院はコロナ感染防止のために家族の面会を禁止していることから、在宅を選択する人が増えていることにあるという見解で、悠翔会の佐々木理事長とやまと診療所の安井院長の見方は一致しているようだ。
■在宅での死はこれからも増えるのか
では、この在宅死大幅増加は、病院が家族の面会を禁止している間だけのことなのか、それともコロナ収束後もこの傾向は続くのか。
悠翔会の佐々木理事長は、「高齢で複数の慢性疾患とともに生活している在宅患者やその家族にとって、新型コロナの感染拡大は、文字通り他人事ではなかったはずだ。今後、どのように医療や介護を選択するべきなのか、当事者意識をもって考える機会になったことは間違いない。具合が悪くなったら、自宅で過ごすのが大変になったら、何となく病院なのかな……と曖昧だった在宅患者の一部は、新型コロナに感染したらどうするか、自分たちで主体的に選択したいと考えるようになった」と口にする。
また、これまでは、「在宅医療ではできないが病院でできること」にフォーカスしがちだった家族や地域の介護専門職も、「病院でなければできないこと、病院ではできないこと」をじっくりと考えてから、病院受診や入院を判断するようになりつつある。
「病院を受診すべきと判断する閾値は確実に上がったと思うし、積極的治療ができない、または積極的治療を希望しないのであれば、入院せずに自宅で最期まで療養をしたい、ということを明確に言葉にする人が増えている。この傾向は、新型コロナが収束したとしても変わらないと思う」と佐々木理事長は続ける。
さらに、新型コロナ感染者についても、「在宅療養が選択できるようになりつつある」として、その理由を次のように説明する。
「当初は自らの感染を恐れ、発熱患者へのケアを停止するとしていた地域医療機関や訪問看護ステーションも、新型コロナ感染者であっても受け入れるとするところが増えてきている。
在宅医療に関わる専門職の間では、新型コロナについても、誤嚥性肺炎のように高齢者にとっての死亡リスクのある疾患の1つにすぎない、という認識も徐々に広がってきており、新型コロナに感染したとしても、療養場所の選択が可能な状況が生まれつつある」(佐々木理事長)
一方、やまと診療所の安井院長は、「すでに入院している人たちも、これから入院しようと思っている人たちも、コロナ禍で入院しても家族に会えないから自宅を選んだというというだけではなく、コロナをきっかけに、死について考え、残された時間をどう過ごすかなどを考えたうえで自宅を選ぶ、つまり死生観も変わったのなら、コロナ収束後も在宅での看取りは増え続けるだろう。しかし、死生観が変わったと言えるのか」と疑問を呈する。
例えばアメリカでは、コロナで20万人以上が亡くなっており、死を身近なものとして考えた人はたくさんいるだろう。しかし、日本で亡くなった人は1800人近くでアメリカと比較すると少ない。日本人が感じたのは「危機」であって、自分も死ぬかもしれないと思い、(病院での治療を選ぶのか、在宅での治療を選ぶのか、など)死に関することを真剣に考えた人ははたしてどれだけいたのだろうか。
■病院にいれば安全という考えが少し崩れた
またマスコミの論調をみても、コロナは怖いもので、どうやってかからないようにするかというものが多く、かかってしまった場合にはどうするのか、どう亡くなるのかということに重きを置いている報道はあまりない。そうした状況では、死生観が変わったとは言えないだろう、と安井院長は指摘する。
その一方で安井院長は「病院に入ってさえいれば安全、安心だという概念が、コロナによって少し崩れた。また、在宅という選択肢があることを知らなかった人たちが、コロナによって知った人たちもいる。これらの要因で、在宅看取りはコロナ前より増えていくことは間違いないだろう」ともみている。
コロナ収束後の在宅での看取りの患者数が増えるかについては、佐々木理事長と安井院長の見方はやや異なっているが、コロナ禍以前よりは、家族で一緒に最期を看取りたいという人は増加していくだろう。
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