下記の記事はダイアモンドオンラインからの借用(コピー)です
4月から年金額が0.1%下がる。微減だからと軽くみてはいけない。改定ルールの変更で、これまでなら下がらなかったものが下がるからだ。支給抑制の動きは年々強まるばかりで、今後はそれに新型コロナウイルスの影響が加わる。年金が「下がる」時代がやってくる――。
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「何だ、私たちは仕事が減ってどんどん収入が下がっているのに、年金は少ししか下がらないのか……」
新型コロナによる経済の落ち込みで現実に給料が減った現役なら、こんな“恨み節”を漏らすかもしれない。
確かに、足元の賃金動向を示す毎月勤労統計を見ると、前年よりも給料は下がり続けている。それに比べて年金は無関係のようにも思えるが、やはり世の中そんなに甘いものではない。ニッセイ基礎研究所の中嶋邦夫上席研究員が言う。
「年金も確実にコロナの影響を受けます。ただし2022年度から。そこから3年間、ジワジワと影響を受けることになります」
年金が遅れて影響を受けるのは、これもまた年金額が決まるルールによるという。「それ見ろ、やはり高齢者は……」と現役は言うかもしれないが、年金額が決まる周辺を探っていくと、高齢者に衝撃的な見通しが浮かび上がる。年金額はこれからどんどん目減りし、“実質価値”が下がり続ける可能性が高いのだ。
いったい、どのような仕組みで目減りしていくのか。また、コロナ禍の影響はどの程度なのか。
年金額は、物価や賃金の変化に合わせて毎年改定される。経済状況に応じて年金額の実質価値を維持しようとするもので、公的年金ならではの仕組みだ。
まずは今回の引き下げが、どのような理屈で行われるのかを見ていこう。改定に使われた「物価」「賃金」の二つの数字は次のとおりである。
・物価上昇率0.0%(前年<20年>の消費者物価指数)
・賃金上昇率マイナス0.1%(定義は複雑なので後述)
賃金の伸びが物価の伸びより小さい場合は、賃金上昇率に合わせて年金額を改定する。だから「マイナス0.1%」になるのだが、実はこれが今回から始まった新ルールなのだ。これまでは、物価が0%以上のプラス、賃金がマイナスの場合は年金額は「据え置き」だった。
「16年の法改正で決まったルール変更です。このとき、野党は『年金カット法案』と言って政府を攻めました」(中嶋上席研究員)
物価がプラスなら変更前でも年金は「目減り」する。だが、新ルールのほうがその度合いが大きい。受給者に、より厳しい改正だ。
支給抑制が必要なのは、このまま進むと、将来世代の年金が十分確保できない恐れがあるからだ。
「年金財政の収入は保険料で、その保険料を左右するのは現役の賃金上昇率です。一方、年金財政の支出を左右するのは年金額の改定率。それが賃金上昇率より高くなると、年金財政が悪化してしまいます」(同)
実際、高齢化で年金財政は悪化し続けてきた。支給抑制が一向に進まなかったからだ。ここ20年余りの公的年金を振り返ると、支給抑制をめざす動きが次々に打ち砕かれてきた「歴史」だったことがわかる。
00年度から3年間、年金額が据え置かれたことがあった。金融危機などで経済が長期停滞し、物価が下がり続けるデフレ現象が顕在化した時代だ。本来ならば、物価下落に伴って年金額も下げなければならなかったのに、政府は受給者の反発を恐れてできなかった。
並行するように、00年と04年に年金額を決めるルールが整備されていく。物価と賃金の状況で自動的に改定額が決まる仕組みができあがっていった。
まず、年金をもらい始めるとき(「新規裁定」と言う)と、もらい始めた後(「既裁定」)で年金額を決める基準を分けた。新規裁定は賃金を基準にし、既裁定は物価を基準に決めるのだ。このころまでは賃金の伸びが物価の伸びを上回ることが多く、賃金ほどには年金額が伸びないようにしておけば、年金財政は改善するとみられていた。
ところが皮肉なことにルール決定以降、伸び率で賃金は物価を追い越せなくなった。05年度からは、ほとんどの年で賃金は物価を下回った。
実は、今回引き下げとなるルール改正を招いた引き金は、賃金がマイナスで物価がその水準までは下がらない場合の「特例」にあった。これまでは年金額をルールどおりには決めないものの、賃金が下がるほどまでは下げないとしていた。
「年金財政の悪化を大目に見たということで、高齢者に配慮した特例だったと言えるでしょう。でも、たまにしか起こらないと思っていたことが常態化してしまったのですから、たまったものではありません。もう『おまけ』は許さないということで、改正がなされました」(同)
ここまで述べた、経済状況(賃金、物価)の変化に応じた改定ルール(以下、「本来の改定」)に加えて、年金にはもう一つ、支給抑制の仕組みがある。年金財政の健全化のために04年度に始まった「マクロ経済スライド」だ。
現役世代(被保険者数)が減る度合いと長寿化が進行する度合いから抑制率(「スライド調整率」と言う)を決め、年金額を抑えていく。本来の改定がなされた後、さらにそこから差し引く決まりだ。
ただし、こちらにも特例がある。抑制率を差し引いて年金額の伸びがマイナスになる場合は、改定はゼロまでにとどめる。また、本来の改定がマイナスの場合は、適用そのものがなくなる。これもまた高齢者への配慮だ。
しかし、マクロ経済スライドもデフレ経済に翻弄された。多くの年で本来の改定がプラスにならないことなどで、これまでに発動されたのはわずか3回にとどまる。
「さすがに、このままでは……」ということで、18年からルールが変わった。特例について、適用されなかった分の抑制率は翌年度以降に繰り越し(キャリーオーバー)されることになった。ちなみに、21年度の抑制率はマイナス0.1%だったが、本来の改定がマイナスになったため適用が見送られ、キャリーオーバーされる。
あれこれ策を打つものの、経済状況と高齢者への配慮で作った特例に阻まれ、支給抑制が進まなかったことがおわかりいただけただろうか。だからこそ、新ルールで年金額が下がる今回の改定は意義深いとみられている。
みずほ総研の堀江奈保子主席研究員が、
「0.1%とはいえ引き下げることができたのは、長期的な年金財政の安定につながります。年金の持続可能性や将来世代のことを考えても、ここは受給者には我慢していただくしかありません」
と評価をすれば、先のニッセイ基礎研の中嶋上席研究員も、
「現役の賃金が下がっているのですから、高齢者の方にもぜひ痛みを分かち合ってほしい」
抑制自体は進まなかったものの、抑制の「仕組み」は着々と整いつつある。では、具体的な年金額はどう動きそうか。
冒頭で触れたように、コロナ禍の影響が出るのは22年度から。後ずれになるのは、本来の改定に使う賃金変動率は2~4年度前の平均をもとにするためだ。経済が悪化した20年度の賃金変動は22年度改定に出る。
「そして使われ始めると、3年間使われます。20年度の数字は、22~24年度の年金額に影響を及ぼします。ジワジワと3分の1ずつ効いてくるのです」(中嶋上席研究員)
こうした仕組み自体、高齢者の生活を急変させないための工夫と見られるが、それはともかく、肝心の引き下げ幅はどうなりそうか。
中嶋上席研究員の試算では、毎月勤労統計の20年4~11月の平均は「マイナス2%」。これを今年3月までの20年度全体の賃金変動だと仮定すると、22年度は「物価変動率マイナス0.1%、賃金変動率マイナス0.8%」となった。年金額は「マイナス0.8%」の引き下げになる。国のモデル世帯(夫婦2人)の21年度の年金額は「22万496円」だから、「1763円」下がってしまう。
しかし、20年度のこうした数字でさえ、2回目の緊急事態宣言で経済活動が停滞して賃金の下振れが進むかもしれず、どうなるかはまだわからない。さらに心配なのは21年度の動向だ。第一生命経済研究所の新家義貴主席エコノミストは、低迷が続きそうだと言う。
「春闘で賃上げとはならないでしょうし、今年夏のボーナスも冬に続けて良くないとみています。20年度ほどではないにしても、21年度もマイナスになる可能性があります。賃金は景気に遅れて動く『遅行指標』なので、新型コロナの不安が解消して景気が上向いても、すぐには上がりません。22年度にようやく回復していくとみるのが自然ではないでしょうか」
だとすると、年金額は「ジワジワ」に加えて「ダラダラ」と長く影響を受けることになる。使われる賃金変動率が2~4年度前の平均であることを思い出してほしい。21年度の数字は「23~25年度」で使われる、22年度のそれは「24~26年度」だ。
今回の改定でわかるとおり、現役の賃金がマイナスなら、たとえ物価が上がっても年金額は下がる。コロナ禍のマイナス影響が長引くほど、年金額は名目で下がり続ける可能性がある。
中長期的にはどうか。
仮にマイナス改定が続くと、マクロ経済スライドは発動されず、その年の抑制率は繰り越しとなる。繰り越し分がたまるほど、年金財政の悪化が進むが、専門家の“眼”は、すでにマクロ経済スライドのさらなる適用強化に向いている。
「(抑制率を引くと)マイナスになる場合も実施する、いわゆる『フル適用』にするべきです。賃金や物価がプラスでどんどん上がっていくとは考えにくく、現状でマイナス改定を避けていると、将来世代の支給水準をさらに引き下げることになってしまいます」(先の堀江主席研究員)
中嶋上席研究員は、キャリーオーバー制の危うさに警鐘を鳴らす。
「例えば、消費税が3%上がるようなことがあるとしましょう。当然、物価も上がります。そのとき、繰り越し分が積み上がっているとドンと一気に適用され、物価が3%程度上がっているのに、年金額は据え置きなどということもあり得ます」
それこそ高齢者の生活への直撃だ。そうならないためにも、毎年、少しずつ目減りするほうが影響が和らぐという。
短期的には現役の賃金低下の影響で下がり、長期的にはマクロ経済スライドの仕組みで目減りしていく。そんな年金の姿が見てとれるが、「朗報」があることも付け加えておこう。60歳以降の再雇用など高齢者の雇用が進んでいることなどで、年金の被保険者数は減るどころか増えているのだ。こちらはマクロ経済スライドの抑制率を小さくしてくれる要因になる。
高年齢者雇用安定法の改正で60代後半の雇用も整備が進むとみられるから、この傾向はしばらく続くかもしれない。「長く働く」ことが、高齢者個人の生活のみならず全体の年金額を守ることにもつながりそうなのだ。(本誌・首藤由之)
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