下記の記事は文春オンラインからの借用(コピー)です
2019年1月、京都の有名大学生グループ「スパイラル」に所属するメンバーたちが次々に逮捕された。容疑は職業安定法違反。恋愛関係にあると信じ込ませた女性に高額な酒をツケで注文させ、借金を背負わせたうえで、風俗店へと斡旋することで多額の金を得ていたのだ。
卑劣な方法で女性をモノのように扱った彼らは一体なぜそのような犯罪に手を染めてしまったのか。NHKスペシャル取材班による著書『半グレ ―反社会勢力の実像―』を引用し、「スパイラル」の一員だった男が明かすグループの内情を紹介する。
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「お前らもこっちに来い」
“色恋”の手口について、元メンバーAに一通りインタビューしたあと、半グレのグループに入った理由について聞いた。彼は「組織の環境が魅力的だった」と言い、その経緯を語り出した。
「ある日、『バイトに興味ないか』と、大学で声をかけられ勧誘されました。のちに組織の先輩になる人で、とりあえずバーで開かれる体験会に参加してみました。さながら部活動への勧誘みたいでした。楽しい雰囲気で、優しそうな先輩たちがいろんな話をするんです。プロモーションビデオも流されました。『レベルの高いやつの周りに行かないとレベルは上がらない。お前らもこっちに来い』みたいな」
説明会では、仕事内容についてパワーポイントを使って紹介され、「人材系の仕事が学べて、通常のアルバイトの何倍も稼げる」「違法性はない」などと言われた。
グループは大学内などで学生たちを定期的にリクルートしていて、新人たちは、先輩達の手厚いサポートを受けて仕事を始めていく。そして、「契約」が1人でも取れると、上司にあたる幹部たちが豪勢に祝った。
メンバーは2人の営業部長を筆頭にした2つのチームに分けられ、売り上げを競い合う仕組みになっていた。毎月の給料日には、みんなで高級な料理を食べたり、キャバクラで豪遊したりした。大金を払う上司たちは、「自分たちのようになれ」と話した。知らなかった世界での経験は、学生たちには刺激的なご褒美となった。
「頑張れる環境が整っていました」と語るメンバー
「キャバクラでは、高級なシャンパンを入れるから、どんどん女の子が席につくんですよ。サラリーマンの客とかちびちび飲んでいる中、ありえない経験をしていましたね。結果を出せば褒めてもらえるし、頑張れる環境が整っていました」
そして、彼が語る「頑張れる環境」には、「ご褒美」だけでなく、「学び」も含まれていた。
グループには上下関係の決まりなど、細かなルールが存在していた。上司と飲食店に入るときには、率先してドアを開け、のれんに手を添えるのは当たり前。目上の人への話し方など、「上司への敬い」は徹底されていた。
また“色恋”の管理ができていなかったり、LINEに返信せず、1日以上放置したりということが続くとクビだった。“結果”の出せない者には罰金が科せられ、ルールが守れないと、上司が厳しい罵声を浴びせることもあった。
意識が高い学生が切磋琢磨する競争関係
普段の生活にはなかった、そうしたルールのある環境を、学生たちは、「学び」と捉えていた。
マニュアルにも、そんな組織の様子が読み取れる部分がある。
「お金を稼ぐだけではなく、仕事に対する実践的な考え方から社会の常識やマナーに至るまで、あらゆる点で一人前以上の社会人として活躍できる『人財』の輩出を目標に掲げています」
「大学生活をただ適当に過ごして、ぬるま湯につかっていた人間と、(学生のうちから)仕事を頑張って社会に出る準備をしていた人では、4年も時間があればどれほど差がつくか容易に想像できますよね」
こうした言葉に続いて、敬語の使い方や、上司への報告・連絡・相談の「報連相」の徹底、身だしなみなど、社会人としてのマナーがびっしりと記されていた。格差社会の現実にも触れながら、「自分を高めることが大事」と謳っていた。その分量は、女性への近づき方や風俗への斡旋方法を記したページ数と同じくらいだった。
アメとムチがあるこの「頑張れる環境」に、多くの「意識が高い」学生たちが集まり、グループ内では切磋琢磨する競争関係が生まれていた。
元メンバーAは「この環境のおかげで“成長”できた」と語った。「組織には優秀なメンバーが所属していました。常にPDCA(『Plan=計画』『Do=実行』『Check=評価』『Action=改善』)で回っている感じ。組織の中で1位を狙うことしか考えていなくて、自分の売り上げをいかに伸ばすか、そのためには、時間を惜しまず取り組んでいました」
業務時間には声かけやバーでの接客に従事し、時間外には、電話やLINEなどで女性に頻繁に連絡を取り“管理”に時間を割いた。そして、仕事の理解度を試すペーパーテストが定期的に行われるため、仕事の勉強も必須だった。
「女の子の愚痴を聞かないといけないし、(風俗店で)仕事を続けさせるための“管理”の電話も、自分が抱えている人数分しなきゃいけない。勤務時間外にやることが多くて、毎日遅くまでかかりましたね」
上司からは、「空いている時間をどうやって過ごすかが重要だ」と言われ、Aは「その通りだ」と納得していたという。結果を出すべく、とにかくがむしゃらに働いた。
「普通の学生ができないような経験が得られることが魅力的」
活動拠点だった衹園を案内しながら、よどみなく話すA。私たちは、半グレのグループに所属していたことについて、今はどう思っているのか聞いた。
「人生は経験が物を言うから、大学のうちにいろんな経験をしておきたいと思いました。普通の学生ができないような経験が得られることは魅力的で、話し方とかも勉強になったし、お金も実際に普通のバイトよりも稼げたし、この経験ができて、言い方は良くないかもしれませんが、ラッキーだったと思っています」
“成長”できると信じて
元メンバーAが語った組織での「自己研鑽」について、逮捕されたほかのメンバーたちの裁判からも、その様子を窺い知ることができた。
初公判の日、廷内に現れた彼らは、みな整った顔立ちをし、黒や紺のスーツに身を包んでいた。グループでは、仕事着にジャケットスタイルを指定していたというから、当時の彼らもこのような姿だったのかもしれない。被告人の席に着いた彼らは、緊張しているのか、表情はやや強張っているように見えた。傍聴席から向けられる視線を避けるように、常にどこか一点を見つめていた。
公判が始まると、学生たちは罪を認め、女性たちに対して謝罪の言葉を口にした。そのうえで、「違法性の感覚が麻痺していた」「捕まらないと思っていた」などと語った。
裁判官や検察官が「なぜ仕事を続けたのか」と問うと、「金が目的だった」と答えたが、加えて「普通のバイトでは経験できない、厳しい上下関係を学べると思った」「社会に出ても礼儀作法は生かせると思っていた」と“成長”が目的だったと語った。
また、中には「倫理観より、目の前の数字ばかり見ていた」「仲間といられて楽しかった」という者もいた。
印象的だったのは、組織のナンバー2で店長のY(自身も学生時代から組織に所属)だ。彼は、「(所属するメンバーたちには)普通の学生では経験できないようなことを経験し、起業や就職など次のステップへ進んでほしかった」
「組織が大きくなっていくのが見たかった」
と話し、育てることや組織の拡大に喜びを感じていたと語った。
法的にも倫理的にも許されない行為をしながら、「成長のため」と語る彼らの言葉に、裁判官をはじめ、傍聴席にいた記者たちは皆、「理解しがたい」という表情を浮かべていた。廷内には異様な空気が流れていた。
ただ、取材に応じた元メンバーAの話を重ね合わせると、ナンバー2のYをはじめ、学生らは「成長できる環境」がグループにはあったと、本当に信じていたのだろう。その歪んだ価値観が、わずか1年の間にのべ262人の女性を風俗に送り込むという、グループの暴走を生み出したように思えた。
事件のその後
今回の事件では、グループが1年間で、のべ262人の女性を風俗店に斡旋していたことが明らかになったが、摘発に至ったのは、4人に対する被害だけだった。誰にも被害を打ち明けられず、1人で苦しんでいる女性はまだまだいるだろう。
被害女性のB子さんは訴える。
「私は今なお苦しんでいるのに、メンバーがなぜ実刑を受けず、のうのうと生きていられるのか。絶対に許せない」
大手企業に就職した元・半グレ
今回摘発されなかったメンバーは、60人あまりにのぼる。自己研鑽や“成長”などを求めてグループに入り、女性を陥れた男たちは今どうしているのか。
ある男は、事件の舞台となった衹園で会員制のバーを営業するなど、変わらず夜の街で生きていた。
一方で、すでに大学を卒業し、会社勤めをしている者もいた。半グレのグループに属していた過去など、微塵も感じさせず、何食わぬ顔で生きているのかもしれない。
本書の執筆にあたり、久しぶりに元メンバーAと連絡を取った。
彼は電話口で、会社員として忙しい毎日を送っていると、明るく近況を語った。誰もが知るような大手の企業が、新たな職場だった。
半グレの下で「成長した」というAは、すっかり表の世界の住人になっていた。
半グレやそこに関わる人々は、一般の人と何ひとつ違わない顔をして、すでに私たちのまわりに存在している。それはもしかしたら、あなたの友人かもしれないし、恋人かもしれないし、お子さんかもしれない。
NHKスペシャル取材班による著書『半グレ 反社会勢力の実像』では、「スパイラル」事件の被害者にも詳細な取材を行っている。事件で負った心の傷が癒えぬ中、取材班に赤裸々に語ってくれた内容に胸を打たれる。また同書では、他にも半グレによって犯罪に手を染めてしまった若者や、現役リーダー、元メンバーなどに取材を行い、当事者の生証言で半グレの実態解明に挑んでいる。
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