北朝鮮の「酷寒」で死者続出…兵士も耐えかねて大暴れ

高英起  | デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト 1/14(日) 7:08

https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20180114-00080422/

厳冬期の北朝鮮では毎年、凍死や劣悪な暖房事情による一酸化炭素中毒死が後を絶たない。そればかりか、兵士による略奪事件を誘発している。

「性上納」という軍紀の乱れ

『凍土の共和国』という北朝鮮の実態を描いた書籍があるが、冬の北朝鮮は文字通りの「凍土」だ。北部山間地域では最低気温が氷点下30度近くになることがある。1993年1月、北朝鮮の慈江道(チャガンド)中江郡では氷点下43.6度を記録。まさに想像を絶する寒さであり、対策を怠れば死に直結する。

かつては大量餓死も起きた北朝鮮だが、食糧事情はかなり改善している。しかし、冬を乗り切るための暖房事情などの社会的インフラの整備は進んでいない。内部からは「冬になると飢えよりも寒さの方がよっぽどツラい。凍死する住民も多い」という証言も多く聞かれる。それでも北朝鮮当局は、特別な対策をとらない。

酷寒対策のため、平壌などの一部の大都市を除き、北朝鮮のほとんどの家では、石炭や薪で火を起こし、その煙を床下に通して床を暖めるオンドルを使っている。しかし、これによる一酸化炭素中毒が多発している。

平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、昨年末に道内の大館(テグァン)郡の民家で、20代の女性保安員(警察官)3人が一酸化炭素中毒で死亡しているのが発見された。多くの人が「若いのに気の毒に」と死を悼んでいるが、「スパイに殺された」「恨みを買って毒ガスを流された」などといった噂が流れ、村は戦々恐々とした雰囲気に包まれているという。

また、新義州(シニジュ)では先月29日の1日だけで、一酸化炭素中毒により10人が死亡。前後の時期には1日平均で7~8人の死者が発生しているとのことだ。

厳冬期は、朝鮮人民軍の兵士にとっても最も辛い時期だ。毎年12月から翌年3月末まで、まともに食事をすることもできないまま厳しい冬季訓練を行う。空腹に耐えかねた兵士が北朝鮮国内だけでなく、中国側に越境して略奪を働くケースも多い。

よく、北朝鮮は「先軍政治」という軍事優先のスローガンを掲げており、北朝鮮で軍は優遇されていると思われがちだが、金正恩時代に入って軍は冷や飯を食わされている。その余波か軍内部では飢餓、略奪、性上納の強要といった行為が横行。ただでさえ軍紀が乱れているところに酷寒が拍車をかけ、兵士が脱北して略奪行為に走るのだ。

北朝鮮のラジオは、寒い日に一酸化炭素中毒が発生する可能性が高いとして、安全対策を呼びかけている。また、人民班(町内会)では巡察隊を作り、家々を回り換気を徹底するように呼びかけている。しかし、巡察隊への参加を呼びかけても「商売が忙しい」などの理由で応じない人が多い。住宅の補修、管理を受け持つ都市建設事業所は、中毒事故の防止対策を一切取っていない。

オンドルによる一酸化炭素中毒事故は、かつては南の韓国でも頻繁に起きていた。中央日報の1977年12月7日の記事によると、一酸化炭素中毒は年間100件以上発生し、死者は700人以上で、法定伝染病による死者数の17倍に達すると伝えている。また、同月の4日、5日の両日でソウル市内だけで23人が亡くなったとも伝えている。

韓国では1980年代初め、暖房の燃料として練炭を使う家庭が5割を超えていた。それが0.8%に下がった今でも、一酸化炭素中毒事故は年間100件程度起きている。ただ、それによる死者数は年間で10人前後になった。死者数が少ないのは、最近の事故は密閉性の低いアウトドアで起きることが多いためだ。もちろん、医療インフラの充実も功を奏している。

一酸化炭素中毒は、高圧酸素の吸引により治療するが、そもそもそのような設備を持った病院が北朝鮮には非常に少ない。

2012年3月の中国の吉和網は、中国人ビジネスマン2人が咸鏡北道の羅先(ラソン)で一酸化炭素中毒になったが、市内には高圧酸素治療のための設備を持った病院がないため、急遽国境を越えて中国の病院に搬送されたと報じている。設備があったとしても、かなりのワイロを積まなければ利用は難しいだろう。

また、こんな話もある。平安南道(ピョンアンナムド)の人民委員会(道庁)のカン・ヒョンボン委員長の妻が一酸化炭素中毒で地域の人民病院に運ばれたが、高圧酸素治療の設備がひとつしかなかったため、他の患者を後回しにさせた。その結果、待たされた3人が死んでしまった。激怒した遺族は、医師と看護師を殴り殺してしまったという。

北朝鮮を襲う酷寒は、金正恩体制を足下から揺るがす不安要素なのである。