たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 5

2018-11-27 00:00:20 | 日記
「高見峠を一直線に降ればほんの少しでも早く姉上に会えるのに鈴鹿の関まで登り伊勢に南下するとは悠長なことだと思わぬか、道作。」
大津皇子は馬上で家来の礪杵道作にぼやいた。他数名の舎人も腕自慢ということもあって特に不自由はないのだが。

礪杵道作は大津より6歳上で近江にいた頃から仕えてくれている。剣術も彼から教わった。手加減など一切なく精一杯ぶつかってくれた。大津が一番信頼を寄せる家臣であり素朴で無骨な大男だ。

「皇子、仕方ありませぬな。今回は天皇の勅使でございますからな。」と苦笑いしつつ馬を進める。
「まぁ、東国の豪族や国司の様子を見るには良い機会なのだろうな。父上は普段から政の要は軍事なりと仰っている。壬申の大乱で父上が軍を進められた道を歩くのは父上は我に何かを考えさせたいのであろうな。」

「何か思われることがございましたか。」道作は真面目な顔で聞いた。
「急な律令の制定で皆困惑しておるな。伝えるのは大変だ。優秀な豪族の子弟たちを文官として出仕させるのはどうだろう。庶人からもな。講義を聴いて広めていくしかないな。」
「それからどうなさるのでございますか。」道作は大津の顔を見つめた。

「先程申しただろう。中央にしか軍事力はいらないってことさ。」大津はまるで弟が兄に言い聞かせるような言い方で道作に言った。

「一地方から皇子にお仕えするのはいいとしても、難しい律令を伝えるのは私の性分にあいませぬ。」と道作は大真面目に答えた。

「我も道作がいてくれないと困るしのぉ。」
「皇子、道作は皇子のそばを離れることはありませぬ。何があってもお守りいたします。」

そんな二人の和やかな会話を聞いていた舎人たちも「私もでございますよ。」と賑やかに伊勢への道を進めていた。