その夜が明け東雲が見えるようになった頃ようやく大津さまと二人きりになった。
「山辺、身体はどうだ。眠っていないが大丈夫か。少し痩せたな。」と大津さまは香具山の邸で尋ねられた。
「私は全く自覚がなくて。びっくりいたしました。大津さまこそお痩せになられました。」
「山辺…今度こそ別れだ。我はきっと参内は叶わないだろう。お願いだ。和子を大切に近江へ帰れ。」
「どうしてそうなるのでございます。」
「我は何らかの大義名分をつけられ抹殺される。我が生きた証に和子を守ってくれ。」
「あなたほどの方がどうして、どうして。」私は涙ながらに聞いた。
「我は一度皇統をいただいたというに、人間として自由に生きたいなどと望んでしまった。高天ヶ原に坐す神々や歴代の天皇の御怒りに触れてしまったのであろう。もういいのだ。山辺。もういい。」
死を決意されている…こんなにも民のことを思いこの国を思い生きてきた人だというのに…
私は、この御人を悲しませたくない。ただそれだけであった。
「わかりました。私は近江に帰り、粟津の地であなたさまとの和子を蘇我の家の子とし育てましょう。なるだけ草壁皇子や不比等に怪しまれぬように。」
不比等にとって近江の地は庭のようなもの…私が犠牲にならぬようにと…生き延ばせようと…大津さまは必死の訴えをされているだけ…
この和子が自らを呪うような運命に晒したくはないのはお分かりのはず…
「我のわがままばかりすまぬ。そなたがここへ来たのはこんな悲しい目にあわすためでなかったのに。
すまぬ。」大津さまは私の肩を触れ頭を下げられた。
「私は神のような皇子さまから尊い命を授かりました。光栄にございます。」と申し上げた。
そう申し上げることが私の精一杯の役目であると思った。例え嘘でも。
その時門の外が騒ぐ声がした。
二人で庭にでると数十人の兵が一斉に邸を囲んでいた。道作が大津さまと私守るように立ち塞がった。
「開門願います。大津皇子、謀反の疑いにて命が降りました。」とその中の一人が声をあげた。
「開けてやるがよい。」と大津さまは仰言った。道作が門を開けた。
しかし兵は道作の姿を見て、抵抗されると勘違いしたのか槍を向け「抵抗するなら不本意なれど大津皇子を捕縛する。」と言った。
「わからぬか、たわけが。そんな権限は誰にもない。」と道作は激高し一人の兵を斬りつけてしまった。
とても敵わない相手と思ったのか「皇太后、皇太子からの勅命である。賜死である。」と兵の長らしきものが言った。
大津さまは「皇太后さまだという嘘は見苦しい。いつ草壁が皇太弟から皇太子になったかは知らぬが。」と言いその兵の元に行かれた。
私は「大津さま、嫌です。こんなこと許されない。」と大津さまのもとに駆け寄ろうとしたが、大津さまから「山辺。」と静かだけれども荘厳な声をかけられ立ち止まるしかなかった。
「山辺、身体はどうだ。眠っていないが大丈夫か。少し痩せたな。」と大津さまは香具山の邸で尋ねられた。
「私は全く自覚がなくて。びっくりいたしました。大津さまこそお痩せになられました。」
「山辺…今度こそ別れだ。我はきっと参内は叶わないだろう。お願いだ。和子を大切に近江へ帰れ。」
「どうしてそうなるのでございます。」
「我は何らかの大義名分をつけられ抹殺される。我が生きた証に和子を守ってくれ。」
「あなたほどの方がどうして、どうして。」私は涙ながらに聞いた。
「我は一度皇統をいただいたというに、人間として自由に生きたいなどと望んでしまった。高天ヶ原に坐す神々や歴代の天皇の御怒りに触れてしまったのであろう。もういいのだ。山辺。もういい。」
死を決意されている…こんなにも民のことを思いこの国を思い生きてきた人だというのに…
私は、この御人を悲しませたくない。ただそれだけであった。
「わかりました。私は近江に帰り、粟津の地であなたさまとの和子を蘇我の家の子とし育てましょう。なるだけ草壁皇子や不比等に怪しまれぬように。」
不比等にとって近江の地は庭のようなもの…私が犠牲にならぬようにと…生き延ばせようと…大津さまは必死の訴えをされているだけ…
この和子が自らを呪うような運命に晒したくはないのはお分かりのはず…
「我のわがままばかりすまぬ。そなたがここへ来たのはこんな悲しい目にあわすためでなかったのに。
すまぬ。」大津さまは私の肩を触れ頭を下げられた。
「私は神のような皇子さまから尊い命を授かりました。光栄にございます。」と申し上げた。
そう申し上げることが私の精一杯の役目であると思った。例え嘘でも。
その時門の外が騒ぐ声がした。
二人で庭にでると数十人の兵が一斉に邸を囲んでいた。道作が大津さまと私守るように立ち塞がった。
「開門願います。大津皇子、謀反の疑いにて命が降りました。」とその中の一人が声をあげた。
「開けてやるがよい。」と大津さまは仰言った。道作が門を開けた。
しかし兵は道作の姿を見て、抵抗されると勘違いしたのか槍を向け「抵抗するなら不本意なれど大津皇子を捕縛する。」と言った。
「わからぬか、たわけが。そんな権限は誰にもない。」と道作は激高し一人の兵を斬りつけてしまった。
とても敵わない相手と思ったのか「皇太后、皇太子からの勅命である。賜死である。」と兵の長らしきものが言った。
大津さまは「皇太后さまだという嘘は見苦しい。いつ草壁が皇太弟から皇太子になったかは知らぬが。」と言いその兵の元に行かれた。
私は「大津さま、嫌です。こんなこと許されない。」と大津さまのもとに駆け寄ろうとしたが、大津さまから「山辺。」と静かだけれども荘厳な声をかけられ立ち止まるしかなかった。