たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 山辺皇女17

2019-07-12 20:25:04 | 日記
温かい湯を侍女らに運ばせ駆けつけてくださった大津さまの身体を拭こうと背中を見ると酷い擦過傷で血でぬめっていた。

大津さまの本当のお気持ちはどこに…大津さまの悲しみ、苦しみを解放してさしあげたい…
大名児をお庇いなされてこの傷ではないのか…このお方の御心は伊勢にあるというのに…

「どうした、山辺。」不思議そうに大津さまが仰言った。

痛みも、感じられておられないのか…

「薬師に良い軟膏を当てがってもらわないと…大津さまがお倒れになってしまいます。」

また泣いてしまった。侍女らに薬師を呼ばせた。

「山辺。正直言う。背中が焼けるように痛かった。」と笑われた。

そんな、このようにしんどい時まで大津さまにまたお気遣いをさせてしまった。

「皇太子は妃より落ち着かないと噂になりそうですわ。」と大津さまに申すと大津さまは笑われた。

薬師に言われた通り薬をあてがい、薬湯をお飲みになっていただいた。

幸い、十日もすれば傷も良くなり、薬湯はいらなくなると薬師は言ってくれた。

ただ傷の手当ては欠かさずに…とのことだった。

「毎日、薬を塗ってもらうためにここに来る。」と大津さまは仰言った。

「はい、早く治りますよう私が心を込め手当てさせていただきます。」と申し上げると外が何やら賑やかになった。

村の長が村人を引き連れ避難をしてきたと舎人のシラサギが教えてくれた。

庭の方へ大津さまと出迎えると、着の身着のまま、泥だらけの村人もいた。乳飲児もいた。

「よく来てくれた。家、田畑が整うまでここで寝泊まりするが良い。」と大津さまが仰言っると

村の長が「とんでもないことでございます。私らは、地震がなくなれば戻ります。せめて今宵はここにいさせていただけたら嬉しいことでございますに。」と申すと

大津さまがすぐさま「ならぬ、せめて家、田畑が整うまでじゃ。乳飲児もいるではないか。家や田畑を失ったものたちと皆で帰るのじゃ。悲しみを分かち合えるまで我と我の妃のそばにいてくれ。」と仰言った。

「そうですわ。皇太子さまの抑せの通りにし皆が元気で村へ戻りましょう。」と思わず言ってしまった。

皆が涙ながら叩頭し「有り難くお受けいたします。」と村の長が言った。

私はたまたま皇族として生まれ、無力ながらもあなた方を支えさせていただいているだけ。

この村人らが数年後、大津さまの柩をこしらえてくれるなど夢にも思わなかったわ。