たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 山辺皇女7

2019-06-02 21:48:43 | 日記
訳語田の舎で私は待っているだけなのと悲しくて、寂しくてやっと大津さまと心で繋がっているように思えたのに、また大きな力に私は抗えないまま大津さまのお心の繋がりを断たれたように感じて…今までにないわがままを初めて言ったわ。


「私も伊勢に連れて行ってくださいませんか。斎王…大伯皇女さまは私の憧れでございました。近江の宮でも一番美しい女性になると皆口を揃え申しておりました。あなた様の姉上…一度でいい、お会いしたいと思っておりました。」と。

「今回は急ぎ参らなくてはならぬ。勅使でもある。今生で姉上に会えるかどうかの状況なのだ。
道なき道を精錬した舎人らと参る。聞き分けておくれ。」大津さまは心の動揺を抑え私を説得なさったけれど私は大津さまとの繋がりがなくなってしまうと必死だった。

「嫌です。あなたさまは伊勢から戻られぬ気がいたします。私のようなものでも感じています。私を忘れ…いえ、いまでもあなたさまにとって私など必要とされてない。」

「必要と思うておる。わかってほしい。」と大津さまは苦渋に満ちた表情で仰言った。

私は激情のまま「先日、あなたさまの留守に草壁皇子がこの訳語田の舎に立ち寄られました。あなたさまが采女の石川の娘女、大名児に声をかけている、私に夫を大切にしていただかないと草壁皇子は困ると仰せになりました。草壁皇子はその采女をたいそう気にされておりいずれ自分の妃の一人にされたいそうなのです。ですから…」と今思えば恥ずかしいことを言ったわ。

「根も葉もない…嘘だ。そなたしか我は必要ではない。そなたが我を信用してくれないと困る。」


大津さまは私を引き寄せ「必ず戻る。」と抱きしめてくださった。またこの広い胸に帰れたことが嬉しかった。

大津さまは私の髪に鼻孔、唇を当て「我が妃ぞ。」と仰っ言った。

「誠にございますか。」

「大名児のことは知ってはいる。しかし草壁のやっかみだ。そなたを迎えたのだ。我は姉上とこの大和と伊勢で引き離され我はそなたがいることで孤独からようやく解き放たれていたのだぞ。戻らぬわけがない。心の繋がりがないのに我の寵愛を得て功名心を望む女人と戯れたとて虚しいことがわかった。

そなたは夫婦の契りがないことに不安を感じているが、我の母大田皇女は若くして姉上を産み、産後の肥立ちも良くないまま我を生み若くして亡くなった。そなたが万が一我の子を身籠り母のような運命を辿るとしたら我はどうすれば良いのだ。また我は我が産まれたことを悔やまねばならぬのか。正直言う。怖いのじゃ。今度は姉上か…そなたか…我は我の生があることで周りを不幸にしているのではないかと…」

「申し訳ございません。唯一の姉上さまが苦しんでおられ、あなたさまがどんなにご心配されているかを今見ているというのに。」と言った。

「この訳語田の舎の留守は引き受けてくれるな。そなたの香具山の邸もここのところ留守にさせているが…草壁などの戯言に惑わされず。我が妃よ。」と大津さまはにっこり笑われえくぼが愛おしく「あなたさましか信じませぬ。私は身体だけが丈夫なのが取り柄。あなたさまを不幸になどいたしませぬ。」と私もつられて笑顔で答えたわ。

すぐ大津さまは礪杵道作と腕のたつ舎人3人で伊勢へと旅立たれた。
大津さまは一度振り返られ私に手を振ってくださった。
私は大津さまたちの姿が見えなくなるまで手を振り大津さまと義姉上の無事を祈ったわ。

我が背子 大津皇子 山辺皇女 6

2019-06-02 14:15:53 | 日記
児たちのことを私が受け入れると無邪気に大津さまは私を抱きしめてくださったけれど、大津さまの大きな胸に安心と不安を感じてしまった。

私にはこの胸に抱かれ安穏が約束されているという未来への希望が安心であり、不安は大津さまの得体の知れないお気持ちなのかもしれない。私が感じる大津さまの孤独。

今宵も、大津さまと同じ部屋で眠る…大津さまは、いろんな女人と浮名を流したと義兄の川嶋皇子から聞いたこともあったけれど本当かしら…

川嶋の義兄や高市皇子さまと狩りにお出かけになるくらい。

ほとんどは朝政に関わっておられる。

時に不安な表情で東の空を見上げられる。

しばらくしてモト、フキという女児に機織りを私が教えるようになると、大津さまはとても嬉しそうな表情でその様子をご覧になっていたわ。

「そなたの活き活きとした表情は本当に安心する。」そう大津さまは仰言った。

嬉しくもあったけれど、大津さまの妻として妃としてこれでいいのかしらという複雑な想いもした。
私が大津さまを必要としているように大津さまは私を必要としてくださっているのかしら。

モトとフキは物覚えもよく丁寧な作業をしてびっくりしたわ。

まるで砂が水を吸うように、素直なの。

こんなにも可愛いらしい児らが飢えて死んでしまうことが隣り合わせだったなんて…私はとんだ世間知らずだった。
大津さまが与えてくださったしあわせ。
女官たちとも薬草や野花摘みに行ったり、女官たちにも可愛がられ、そのなかでモトとフキは序列も学んでいた。

そんなある日、大津さまが血相を変え「今から伊勢に行く。勅使だ。姉上が肺の臓の病で高熱を出し病んでいる…見舞って来いと…急ぎ道作と行く。ここの留守を守っておくれ。」と仰言った。