《満身創痍》
大きく破られた納屋の壁。
支えを失った屋根のあちこちから、
木の軋む音が聞こえてくる。
「一体…?!」
そちらに目を向けた虎空の言葉が止まる。
舞い散る埃と木屑が煙る中、
壁にあけられた大穴の向こう側に、
何か巨大なものが立っていた。
「…グォオオ…」
低い唸り声を上げるそれは、
黒い毛皮をもつ大熊。
荒い息を吐きながら、
不思議な、赤い眼光を輝かせている。
まだ、こちらの場所を把握していないのか、
大熊は仁王立ちのまま動かない。
ギシギシと軋み、音を立てる屋根と柱。
この場所が崩れるのも時間の問題である…が。
ここから出られる場所は、
巨大熊がぶち破った壁の穴のみ。
しかし、その穴の向こうで、
巨大熊が立ちふさがっている。
どうしたものか?
虎空が思案を巡らせていると、
「けほ、けほっ…!」
と、土煙の中から咳き込む声が聞こえた。
虎空から少し離れた場所に、うずくまる人影。
埃を吸い込んだのだろう。
由美が苦しそうな表情で咳を続けている。
その声が聞こえたのか、
大熊の目が、ギロリと由美の方を向いた。
その瞬間、虎空は考えることを止める。
懐から数本の苦無を取り出すと、
のそりと動き始めた大熊へと放った。
ドドドッ!
音を立てて、大熊の胴に突き刺さる。
だが、痛がる様子も、苦しむ素振りも見せずに、
大熊は投擲主の虎空を睨みつけた。
この獣もまた、『からくり』という、
不可思議な存在らしい。
思えば、木造の納屋といえど、
普通の熊の腕力で、ここまで破壊するのは、
不可能である。
虎空は腰の小太刀を抜き、
刃の光を大熊の瞳に反射させた。
自らの存在を、敵に知らしめるために…
一瞬の後、納屋に響く二度目の轟音。
その瞬間を、
由美は信じられない思いで見つめていた。
彼の名前を叫んだ…
いや、ただの悲鳴だったかもしれない。
頭の中が真っ白に、真っ赤に、
そして、真っ黒な闇に染まる感覚が、
由美の中を支配していった…
虎空とともに、この納屋に身を隠していた。
そして、最初の襲撃。
思わず身を低くして、
そのまま床に倒れこむ由美。
失敗だ。
身体を起こそうとした時、
舞い上がった埃を不用意に吸い込んで、
咳き込んでしまった。
一瞬、ここが戦いの場であることを忘れた。
地響きのような、力強い足音を耳と身体で感じて
目を開けると、
「グォオオオオオオオッ!!!」
身を震わせる雄叫びを上げて、
巨大な体躯が目の前を通り過ぎていった。
その先にいる虎空に、
頭から突っ込んでいく大熊。
その腹に大きな頭を打ち付けると、
そのまま反対側の壁に激突する。
「ぐはっ…!」
ミシッという骨の軋む音が、
離れた由美の耳にも聞こえてくるようだ。
それだけでは終わらなかった。
大熊の勢いは止まることなく、
そのまま、突進を続けていく。
ドガァアアアッ!!
と、大きな音を立てて、
今度はその壁が打ち破られた。
苦悶の表情を浮かべる虎空の身体が、
大熊によって壁ごと吹き飛ばされていく。
「虎空さんっ!!!」
由美の叫び声が響いた。
遠い場所に、
虎空が転がるようにして倒れる。
虎空はすぐに身を起こそうとして、
「…っくう」
胸元を抑えて、その動きを止めた。
強烈な体当たりを受けて、
どうやら肋骨が砕かれたようだ。
動こうとするたび、呼吸するたびに、
激痛が虎空を襲う。
だが、未だ強力な敵は健在だ。
顔をしかめ、歯を食いしばりながら、
虎空は何とか立ち上がった。
睨みつける前方に、四つ足の大熊が、
頭に降りかかった木屑を、振り払う姿が見える。
「虎空さんっ!」
そこに聞こえてきた、由美の声。
チラリと、そちらを見やった虎空が、
目を見開き、苦しみながら叫ぶ。
「ゆっ…っぐ、由美殿!!そこからっ、
離れ、くっ」
言葉途中で、虎空は胸を押さえて跪いた。
「え?」
小さく声を上げた由美は、
周りを見回し、
自分に襲いかかろうとしている危険に、
ようやく気がついた。
ギシ…ギギギギッ…!
大熊の攻撃のせいで、
二箇所も大穴を開けられた納屋は、
軋む音を、だんだんと大きくしながら、
屋根を傾けていく。
このままでは、下敷きになってしまう。
早く退避を…!
もう一度、声を出そうとする虎空だったが、
胸の激痛が、それを邪魔する。
痛みを堪えて、片目を瞑る虎空。
狭まる視界の中、
ズズウウゥ…!
と、音を立てて、納屋が崩れ落ちた。
その瞬間を、
虎空は信じられない思いで見つめていた。
「由美殿ぉおおお!!」
彼女の名前を叫んだ。
痛みを忘れ、彼女の名前を叫んだ。
もうもうと舞い上がる土埃が、
離れた虎空の元へも届く。
それに顔を背けることなく、
虎空は再び叫ぶ。
「由美殿!ご無事か?!由美殿!!」
言葉のたびに激痛が虎空を襲うが、
それすら感じられぬかのように、
彼女の名を呼び続ける。
「由美殿!!」
〜続く〜
次回「剣聖との腕くらべ 九」
連携への一射
☆この物語は、架空のお伽話です。
作中にて語られることは、実際の人物、
伝承、システム、設定等とは一切関係ありません。
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大きく破られた納屋の壁。
支えを失った屋根のあちこちから、
木の軋む音が聞こえてくる。
「一体…?!」
そちらに目を向けた虎空の言葉が止まる。
舞い散る埃と木屑が煙る中、
壁にあけられた大穴の向こう側に、
何か巨大なものが立っていた。
「…グォオオ…」
低い唸り声を上げるそれは、
黒い毛皮をもつ大熊。
荒い息を吐きながら、
不思議な、赤い眼光を輝かせている。
まだ、こちらの場所を把握していないのか、
大熊は仁王立ちのまま動かない。
ギシギシと軋み、音を立てる屋根と柱。
この場所が崩れるのも時間の問題である…が。
ここから出られる場所は、
巨大熊がぶち破った壁の穴のみ。
しかし、その穴の向こうで、
巨大熊が立ちふさがっている。
どうしたものか?
虎空が思案を巡らせていると、
「けほ、けほっ…!」
と、土煙の中から咳き込む声が聞こえた。
虎空から少し離れた場所に、うずくまる人影。
埃を吸い込んだのだろう。
由美が苦しそうな表情で咳を続けている。
その声が聞こえたのか、
大熊の目が、ギロリと由美の方を向いた。
その瞬間、虎空は考えることを止める。
懐から数本の苦無を取り出すと、
のそりと動き始めた大熊へと放った。
ドドドッ!
音を立てて、大熊の胴に突き刺さる。
だが、痛がる様子も、苦しむ素振りも見せずに、
大熊は投擲主の虎空を睨みつけた。
この獣もまた、『からくり』という、
不可思議な存在らしい。
思えば、木造の納屋といえど、
普通の熊の腕力で、ここまで破壊するのは、
不可能である。
虎空は腰の小太刀を抜き、
刃の光を大熊の瞳に反射させた。
自らの存在を、敵に知らしめるために…
一瞬の後、納屋に響く二度目の轟音。
その瞬間を、
由美は信じられない思いで見つめていた。
彼の名前を叫んだ…
いや、ただの悲鳴だったかもしれない。
頭の中が真っ白に、真っ赤に、
そして、真っ黒な闇に染まる感覚が、
由美の中を支配していった…
虎空とともに、この納屋に身を隠していた。
そして、最初の襲撃。
思わず身を低くして、
そのまま床に倒れこむ由美。
失敗だ。
身体を起こそうとした時、
舞い上がった埃を不用意に吸い込んで、
咳き込んでしまった。
一瞬、ここが戦いの場であることを忘れた。
地響きのような、力強い足音を耳と身体で感じて
目を開けると、
「グォオオオオオオオッ!!!」
身を震わせる雄叫びを上げて、
巨大な体躯が目の前を通り過ぎていった。
その先にいる虎空に、
頭から突っ込んでいく大熊。
その腹に大きな頭を打ち付けると、
そのまま反対側の壁に激突する。
「ぐはっ…!」
ミシッという骨の軋む音が、
離れた由美の耳にも聞こえてくるようだ。
それだけでは終わらなかった。
大熊の勢いは止まることなく、
そのまま、突進を続けていく。
ドガァアアアッ!!
と、大きな音を立てて、
今度はその壁が打ち破られた。
苦悶の表情を浮かべる虎空の身体が、
大熊によって壁ごと吹き飛ばされていく。
「虎空さんっ!!!」
由美の叫び声が響いた。
遠い場所に、
虎空が転がるようにして倒れる。
虎空はすぐに身を起こそうとして、
「…っくう」
胸元を抑えて、その動きを止めた。
強烈な体当たりを受けて、
どうやら肋骨が砕かれたようだ。
動こうとするたび、呼吸するたびに、
激痛が虎空を襲う。
だが、未だ強力な敵は健在だ。
顔をしかめ、歯を食いしばりながら、
虎空は何とか立ち上がった。
睨みつける前方に、四つ足の大熊が、
頭に降りかかった木屑を、振り払う姿が見える。
「虎空さんっ!」
そこに聞こえてきた、由美の声。
チラリと、そちらを見やった虎空が、
目を見開き、苦しみながら叫ぶ。
「ゆっ…っぐ、由美殿!!そこからっ、
離れ、くっ」
言葉途中で、虎空は胸を押さえて跪いた。
「え?」
小さく声を上げた由美は、
周りを見回し、
自分に襲いかかろうとしている危険に、
ようやく気がついた。
ギシ…ギギギギッ…!
大熊の攻撃のせいで、
二箇所も大穴を開けられた納屋は、
軋む音を、だんだんと大きくしながら、
屋根を傾けていく。
このままでは、下敷きになってしまう。
早く退避を…!
もう一度、声を出そうとする虎空だったが、
胸の激痛が、それを邪魔する。
痛みを堪えて、片目を瞑る虎空。
狭まる視界の中、
ズズウウゥ…!
と、音を立てて、納屋が崩れ落ちた。
その瞬間を、
虎空は信じられない思いで見つめていた。
「由美殿ぉおおお!!」
彼女の名前を叫んだ。
痛みを忘れ、彼女の名前を叫んだ。
もうもうと舞い上がる土埃が、
離れた虎空の元へも届く。
それに顔を背けることなく、
虎空は再び叫ぶ。
「由美殿!ご無事か?!由美殿!!」
言葉のたびに激痛が虎空を襲うが、
それすら感じられぬかのように、
彼女の名を呼び続ける。
「由美殿!!」
〜続く〜
次回「剣聖との腕くらべ 九」
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