越中、倶利伽羅峠へ向かう山の中。
すっかり、陽も落ちた闇の中、
その場所には小さな炎がちろちろと燃えている。
火を絶やさぬようにしながら、
夜明けまで身体を休めることにした一行は、
時間ごと二人ずつの交代制をしくことにした。
まあ、
簡単に男女で分かれることになったのである。
始めは女性陣。
虎空とリョウの二人は、少し離れたところで、
仮眠をとることとなる。
そして、火の側では、
こんな話が始まっていたわけだが…。
「えー?!
虎空さんと由美さんて、そういう関係じゃなかったの?あたしは、てっきり…」
「私もです。
茶屋で見かけた時から、仲よさそうでしたから」
火蓮と水香、二人の口撃をまともに受け、
由美は気合を大きく削られる。
「ち、違いますよ?!
よく一緒に出かける仲間でそういうのでは…」
顔を赤くし、
その前で手をブンブン振って、
『力一杯』否定する由美。
「えー?ホントかなー?」
「ふふふ、やめなさい、火蓮。
由美さん、困ってらっしゃるわよ」
すっかり二人の遊び相手になってしまっている。
「そ、そういうことなら、
お二人はどうなんですか?リョウさん、優しくて
真面目そうで、素敵な方ではないですか」
危機回避のために、
とっさに出てきた、由美の言葉。
それは、どうも地雷だった様子で…
「あー、それは…」
「えっと、その…」
二人俯いて、黙ってしまった。
聞いた由美の方が困って、
「え、あの、ごめんなさい。
私、とても失礼なことを聞いてしまって」
と、二人に謝った。
「あ、由美さん!いいの、大丈夫だから!」
「そうなんです!
私たち、まだそういう関係ではないんです!」
まだ?
言ってしまってから、
水香は口を押さえて赤くなる。
火蓮も、額に手を当てて、顔を背けている。
赤く見える頬は、焚き火のせいではないようだ。
「まだ?」
恐ろしい天然炸裂。
由美は水香の言葉を繰り返す。
「あー、もう!水香?!」
「ご、ごめんなさい。
困っている由美さん見ていたら、なぜか口から出てきてしまって」
虎空ら仲間うちで相談役となることが多い由美。
不思議と彼女には、何でも話してしまう。
どんな事でも、嫌な顔せずに、
優しく、静かに、話を聞いてくれる。
由美は、そんな魅力に溢れていた。
「じつはね、由美さん。
あたしも、水香も、そのね?
ずうっと前から、そういう事は話していてさ」
「私たちは、お互いリョウをどう思っているのか
良く分かっているんです。
リョウは全然気がつかないのですが…
その、怖くて。
例えば、リョウにそんな事を話して…」
「今まで通りの
三人でいられなかったらどうしようか?
あたしは、リョウも水香も大事だし、一緒にいたいと思うから、三人離れるのもいやでね」
水香の言葉を、香蓮が継いで答える。
そして、二人揃って、
大きなため息をつくのだった。
由美は、それを聞くと、並んで座る二人の前に近づいて、
「本当に素敵な方々。
私は答えを示してあげられないけど、
皆さんの事、応援しますよ」
二人を両手で包んで抱きしめた。
驚いた二人だったが、香蓮も、水香も、
由美の背に手を回し感謝の言葉を伝える。
「ありがとうね、由美さん」
「ありがとうございます、由美さん」
しばらく後、今度は虎空とリョウが
火の番、見張り番となる。
「由美殿、お先にありがとうでござった。
あとは、ゆっくりしてくだされ」
「ありがとうございます、虎空さん。
では、よろしくお願いしますね。
あ、あと…」
由美は、少し微笑みながら、
他の三人から見えないところで、
虎空の腕をギュッとつねる。
「…タヌキ寝入りは、いけませんよ?」
小声で叱られた。
バレていたようでござる。
「おう、お前たちも、ご苦労さまな」
「「……べー、だ」」
こちらは、
なぜか、二人舌を出して行ってしまった。
「???」
男達の見張りは、意外と真面目な話がなされた。
そこで、虎空がリョウから受けた相談は、
少々驚く内容であったが虎空はそれを了承する。
「よろしいのですか?」
「この徒党の党首はリョウ殿でござる。
やりたいことがあるなら、やってみるのが良かろう。
きちんと、相談もしていただけたしな。
拙者も考えたうえで、賛成したでござるよ」
「ありがとうございます!」
そう言って、リョウは勢いよく頭を下げた。
倶利伽羅峠。
源氏と平氏が戦い、多くの命が散った場所。
五人がそこにたどり着くと、まさにそこは、
阿鼻叫喚、亡者の溜まり場となっていた。
首だけの怨霊や、朽ちた身体を引きずる亡者、
もはや人間の体をなしていない、異形の者まで
そこを徘徊している。
リョウを先頭に、少しずつ近づいていく。
何体かの亡者が、こちらに気づいたとき、
リョウが声高らかに口上を述べた。
「我は遠方より参りました、リョウと申す者!
一介のもののふにございます!
平家の誇りある武人であらせられる、
平為盛どのとの、一騎討ちを所望いたす!
どうそ、我が前に御姿をお見せいただきたい!」
その後ろで、
火蓮、水香が心配そうな顔で見守っている。
これこそが、リョウが虎空に頼んだ事であった。
『敗れたとはいえ、武士が怨みと憎しみだけで
剣を振るうなど、もったいないお話。
平家の武将であったとなれば、なおのことです。
私は為盛どのと、この剣で語ってみたいのです』
「お侍の、こういった頑固なところは
皆、似ているでござるな?」
「本当に。でも、大丈夫でしょうか?」
虎空の言葉に、
やはり心配そうな由美が聞き返す。
「さて、どうでござろう。しかし…」
「…そうですね。
あのお二人が信じているのですものね」
由美は、背後で手を繋ぎ、
リョウを見つめる火蓮と水香を見る。
しばし後、
「田舎者の源氏の匂いがするかと思えば、
若造が大層な口をきくものだ。
身の程を知らぬとは、恐ろしいことよ」
そう言って、怨霊の群の中から、
一人の武士が現れる。
生きた人間と変わらぬ、その姿。
精悍な顔つき、威厳ある立ち居振る舞い。
「我が平為盛である」
其の者は、
リョウを見据えながら、そう名乗った。
〜続く〜
次回「鎮魂の日々 四」
怨嗟
☆この物語は架空のお伽話です。
作品の中で語られることは、実際の人物、
伝承、システム、設定等とは一切関係ありません
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すっかり、陽も落ちた闇の中、
その場所には小さな炎がちろちろと燃えている。
火を絶やさぬようにしながら、
夜明けまで身体を休めることにした一行は、
時間ごと二人ずつの交代制をしくことにした。
まあ、
簡単に男女で分かれることになったのである。
始めは女性陣。
虎空とリョウの二人は、少し離れたところで、
仮眠をとることとなる。
そして、火の側では、
こんな話が始まっていたわけだが…。
「えー?!
虎空さんと由美さんて、そういう関係じゃなかったの?あたしは、てっきり…」
「私もです。
茶屋で見かけた時から、仲よさそうでしたから」
火蓮と水香、二人の口撃をまともに受け、
由美は気合を大きく削られる。
「ち、違いますよ?!
よく一緒に出かける仲間でそういうのでは…」
顔を赤くし、
その前で手をブンブン振って、
『力一杯』否定する由美。
「えー?ホントかなー?」
「ふふふ、やめなさい、火蓮。
由美さん、困ってらっしゃるわよ」
すっかり二人の遊び相手になってしまっている。
「そ、そういうことなら、
お二人はどうなんですか?リョウさん、優しくて
真面目そうで、素敵な方ではないですか」
危機回避のために、
とっさに出てきた、由美の言葉。
それは、どうも地雷だった様子で…
「あー、それは…」
「えっと、その…」
二人俯いて、黙ってしまった。
聞いた由美の方が困って、
「え、あの、ごめんなさい。
私、とても失礼なことを聞いてしまって」
と、二人に謝った。
「あ、由美さん!いいの、大丈夫だから!」
「そうなんです!
私たち、まだそういう関係ではないんです!」
まだ?
言ってしまってから、
水香は口を押さえて赤くなる。
火蓮も、額に手を当てて、顔を背けている。
赤く見える頬は、焚き火のせいではないようだ。
「まだ?」
恐ろしい天然炸裂。
由美は水香の言葉を繰り返す。
「あー、もう!水香?!」
「ご、ごめんなさい。
困っている由美さん見ていたら、なぜか口から出てきてしまって」
虎空ら仲間うちで相談役となることが多い由美。
不思議と彼女には、何でも話してしまう。
どんな事でも、嫌な顔せずに、
優しく、静かに、話を聞いてくれる。
由美は、そんな魅力に溢れていた。
「じつはね、由美さん。
あたしも、水香も、そのね?
ずうっと前から、そういう事は話していてさ」
「私たちは、お互いリョウをどう思っているのか
良く分かっているんです。
リョウは全然気がつかないのですが…
その、怖くて。
例えば、リョウにそんな事を話して…」
「今まで通りの
三人でいられなかったらどうしようか?
あたしは、リョウも水香も大事だし、一緒にいたいと思うから、三人離れるのもいやでね」
水香の言葉を、香蓮が継いで答える。
そして、二人揃って、
大きなため息をつくのだった。
由美は、それを聞くと、並んで座る二人の前に近づいて、
「本当に素敵な方々。
私は答えを示してあげられないけど、
皆さんの事、応援しますよ」
二人を両手で包んで抱きしめた。
驚いた二人だったが、香蓮も、水香も、
由美の背に手を回し感謝の言葉を伝える。
「ありがとうね、由美さん」
「ありがとうございます、由美さん」
しばらく後、今度は虎空とリョウが
火の番、見張り番となる。
「由美殿、お先にありがとうでござった。
あとは、ゆっくりしてくだされ」
「ありがとうございます、虎空さん。
では、よろしくお願いしますね。
あ、あと…」
由美は、少し微笑みながら、
他の三人から見えないところで、
虎空の腕をギュッとつねる。
「…タヌキ寝入りは、いけませんよ?」
小声で叱られた。
バレていたようでござる。
「おう、お前たちも、ご苦労さまな」
「「……べー、だ」」
こちらは、
なぜか、二人舌を出して行ってしまった。
「???」
男達の見張りは、意外と真面目な話がなされた。
そこで、虎空がリョウから受けた相談は、
少々驚く内容であったが虎空はそれを了承する。
「よろしいのですか?」
「この徒党の党首はリョウ殿でござる。
やりたいことがあるなら、やってみるのが良かろう。
きちんと、相談もしていただけたしな。
拙者も考えたうえで、賛成したでござるよ」
「ありがとうございます!」
そう言って、リョウは勢いよく頭を下げた。
倶利伽羅峠。
源氏と平氏が戦い、多くの命が散った場所。
五人がそこにたどり着くと、まさにそこは、
阿鼻叫喚、亡者の溜まり場となっていた。
首だけの怨霊や、朽ちた身体を引きずる亡者、
もはや人間の体をなしていない、異形の者まで
そこを徘徊している。
リョウを先頭に、少しずつ近づいていく。
何体かの亡者が、こちらに気づいたとき、
リョウが声高らかに口上を述べた。
「我は遠方より参りました、リョウと申す者!
一介のもののふにございます!
平家の誇りある武人であらせられる、
平為盛どのとの、一騎討ちを所望いたす!
どうそ、我が前に御姿をお見せいただきたい!」
その後ろで、
火蓮、水香が心配そうな顔で見守っている。
これこそが、リョウが虎空に頼んだ事であった。
『敗れたとはいえ、武士が怨みと憎しみだけで
剣を振るうなど、もったいないお話。
平家の武将であったとなれば、なおのことです。
私は為盛どのと、この剣で語ってみたいのです』
「お侍の、こういった頑固なところは
皆、似ているでござるな?」
「本当に。でも、大丈夫でしょうか?」
虎空の言葉に、
やはり心配そうな由美が聞き返す。
「さて、どうでござろう。しかし…」
「…そうですね。
あのお二人が信じているのですものね」
由美は、背後で手を繋ぎ、
リョウを見つめる火蓮と水香を見る。
しばし後、
「田舎者の源氏の匂いがするかと思えば、
若造が大層な口をきくものだ。
身の程を知らぬとは、恐ろしいことよ」
そう言って、怨霊の群の中から、
一人の武士が現れる。
生きた人間と変わらぬ、その姿。
精悍な顔つき、威厳ある立ち居振る舞い。
「我が平為盛である」
其の者は、
リョウを見据えながら、そう名乗った。
〜続く〜
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怨嗟
☆この物語は架空のお伽話です。
作品の中で語られることは、実際の人物、
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