私の記憶と感性 そして 下書きのない日記 №52

多可が50 去れども半世紀の人生で この三百六十五段の湯けむり漂う
町に来てからの記憶と感性です

★ 絵美    西千葉 は 19才 まで 遊び 熱傷 した 街 で ・・・

2014-07-29 19:17:08 | 日記

 熱く過ごした日々 と 傷つけた心を引きずった 呑み屋と芸術、音楽 そして学生街でした


 君とよくこの店に 来たものさ
 訳もなくお茶を飲み 話したよ
 学生でにぎやかな この店の
 片隅で聴いていた ボブディラン
 あの時の歌には聴こえない
 人の姿も変ったよ
 時は流れた
 あの頃は愛だとは 知らないで
 サヨナラも言わないで 別れたよ
 君と


 君とよくこの店に 来たものさ
 訳もなくお茶を飲み 話したよ
 窓の外 街路樹が美しい
 ドアを開けて 君が来る気がするよ
 あの時は道に枯れ葉が
 音もたてずに舞っていた
 時は流れた
 あの頃は愛だとは 知らないで
 サヨナラも言わないで 別れたよ
 君と 君と ・・・           ガロ の 学生街の喫茶店より

 1971~75に流行した歌でした

 

 当時は レコ-ドの時代で大と小の二種類に分かれて販売されていて私の記憶では 小さいレコ-ドをドウナツ盤と言い
 一枚が380円の価格から知り20歳ぐらいの時は 550円だつたと想いだします
 大きいレコ-ド盤は LPと呼び一枚にA面とB面 裏表に12曲ぐらいが入っていて3000円から4500円ぐらい立ったですかね

 又 私が17才の時に猛暑を表す言葉に熱帯夜と初めて使われ考えられた 熱く険しい10代の時代でタンクトップが日本で
 大流行した 年でも有りました

 ★ この作品が観覧人数一位に成り 有り難う御座いました

 s10683726@ybb.ne.jp

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