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65条(補償金請求権)

2009年12月03日 | 逐条裏解説(特許法)

(出願公開の効果等)
第65条 特許出願人は、出願公開があつた後に特許出願に係る発明の内容を記載した書面を提示して警告をしたときは、その警告後特許権の設定の登録前に業としてその発明を実施した者に対し、その発明が特許発明である場合にその実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の補償金の支払を請求することができる。当該警告をしない場合においても、出願公開がされた特許出願に係る発明であることを知つて特許権の設定の登録前に業としてその発明を実施した者に対しては、同様とする。
特許出願人は、出願公開後に特許請求の範囲に記載された発明を実施する者に対し、本人を特定した警告を行うことにより、実施料相当額の補償金の請求を可能にすることができる(65条1項本文)。悪意の実施者(出願公開がされた特許出願に係る発明と知った実施者)の場合には、警告をすることなく補償金請求権を発生させることができる(同項ただし書)。悪意であることの立証は、特許権成立後に権利行使する特許権者が立証する必要がある(同2項)。
 特許出願人は、特許請求の範囲を拡張、変更する補正を行った場合には、原則として、警告を受けた第三者に対して再度の警告が必要である。この場合、第三者の実施する発明が補正前は特許請求の範囲に含まれなかったのに、補正後に含まれることになると、第三者に対して不意打ちを与えることになるためである。ただし、第三者の実施する発明が補正前後で特許請求の範囲に含まれる場合には、再警告は不要と考えられる。この場合、第三者に不意打ちを与えることにならないためである。
一方、特許出願人は、特許請求の範囲を減縮する補正を行った場合に、警告を受けた第三者が実施する発明が、補正前後において特許請求の範囲に含まれるときには、再警告は不要である。第三者に不意打ちを与えることにならないためである。
出願公開に係る発明とは無関係に自ら発明し、出願後であって出願公開前に業として実施している善意の実施者であっても、出願人から警告を受けた後は補償金の請求を受けることになる。この場合、善意の実施者は出願公開の出願内容を見て実施したのではないため、補償金請求権の行使を受けないとも思われる。しかし、特許権は絶対権であり、補償金請求権の発生に善意の実施か否かは問われない。なお、出願前から実施している場合には先使用権(79条)を有していると考えられる。この場合には、特許権に対抗できる権利を有しているため、補償金請求権にも対抗できると考える(特許権の行使すら受けないので、補償金請求権の行使も受けないと考える)。
<独自開発の抗弁>
独自に発明を完成させ、実施又はその準備をしていたものに対しては、補償金請求権(65条1項)の請求、特許権侵害の追及をできないとの考え方もある。これは、特許権者の技術開発の成果を模倣したものではなく、悪意がなかった者であり、侵害等の追求をすることは酷であるとの考えによるものである。しかし、わが国では先願主義を採用しており(39条)、差止請求(100条1項)においても、故意・過失を要件とせず請求を認めており、独自開発の抗弁はできないと解する。ただし、均等の第4要件の特別な事情として、独自開発の抗弁をすることは可能であると解する。
<補償金請求権>
特許権は実体的審査を経て初めて発生し(51条、66条1項)、特許権が成立するまでは、例え第三者が、特許出願に係る発明を実施していても、特許権侵害は生じない(100条)。しかし、出願中であっても出願公開(64条1項)があることにより、第三者に広く発明の内容が公示され、特許権の発生前に第三者が特許出願に係る発明を実施するケースが想定される。かかる場合、特許出願人に何らの権利を認めないと、特許出願人の利益が害されることになる。
そこで、特許出願人は、特許権の設定登録前の第三者の実施に対しても、原則として警告を行うことを条件に、補償金請求権が発生させることができる(65条1項)。警告は、突然の権利行使を受けるといった不意打ちを防止するために、相手方を具体的に特定して行う必要がある。
ここで問題となるのが、警告をした後に、特許出願に係る発明が変動した場合に再度の警告が必要かということである。多くの特許出願は、補正等の経過を得て(17条の2)、特許査定されるためである(51条)。
(1)出願人が特許請求の範囲を減縮する補正を行ったとき、補正前後において、相手方の実施内容が特許請求の範囲に含まれていれば、再警告は不要である。相手方に何ら不意打ちを与えないためである。
(2)出願人が特許請求の範囲を拡張・変更する補正を行ったときには、原則として再警告が必要である。相手方に不意打ちを与えるおそれがあるためである。ただし、この場合でも、補正前後において、相手方の実施内容が特許請求の範囲に含まれていれば、再警告は不要であると考えられる。出願人が拡張・変更する補正を行うことによって、相手方の実施内容が初めて特許請求の範囲に含まれるようになったときには、不意打ちを与えることになるが、補正前後で含まれていれば何ら不意打ちを与えることにならないためである。
(3)出願人が特許請求の範囲を減縮する補正を行ったとき、補正後において、相手方の実施内容が特許請求の範囲に含まれなくなれば、補正は遡及効を有するため、補償金請求権は消滅する。
さらに問題となるのが、特許請求の範囲が不当に広く、公知技術と変わりがない場合である。この場合、第三者は、出願に係る発明が公知技術であると考えて、警告後も実施を継続することがあると考えられる。これに対し、出願人の適切な補正によって、特許請求の範囲が特許性を有する内容に減縮され、特許権が発生する場合が想定される。
この場合、補正後に再警告がないと、第三者に酷にも思われる。条文上「特許出願に係る発明の内容を記載した書面」とあることより、特許請求の範囲に記載された発明についてのみ補償金請求権は発生するためである。しかし、第三者は、警告を受けたときに、明細書、図面等の内容に減縮補正されることが想定できたのであり、再警告は不要であると考える。
いわゆる全部公知であったため、特許にならないであろうと考えて、第三者が特許請求の範囲に属する製品を製造販売していたところ、その後、補正によって特許請求の範囲が減縮された場合には、補正後に再度の警告を要すると解する余地がある(学説、判例百選)。
<悪意の実施者>
特許出願人は、第三者が、出願公開がされた特許出願に係る発明であることを知って実施する悪意の実施者である場合には、警告は不要である(65条1項ただし書)。ただし、この場合、特許権の設定登録後に行使する際、悪意であったことを立証する必要があり、この立証が困難である。したがって、特許出願人は、第三者が悪意の実施者であると思われる場合でも、警告を行っておくことが好ましい。
当権利は、第三者の実施がなければより多く得られたであろう利益の損失を填補するものであり、実施料相当額の支払いが認められるに過ぎない(65条1項)。また、特許権の発生を前提とする権利であり、特許権の設定登録後にしか権利行使することができない(同2項)。
したがって、出願人は、早期に出願審査請求を行い(48条の3)、また優先審査の事情説明書(48条の6)もしくは早期審査の事情説明書の提出を行って、早期に特許権を発生させるべきである(66条1項)。
また、当権利は、特許権の発生を前提とするものであり、特許出願について、放棄、取下げ、却下、拒絶査定・審決の確定があったとき、追納期間内の特許料の納付がないとき、無効審決が確定したとき(後発無効理由を除く)には、初めからなかったものとみなされる(同4項)。
職務発明の通常実施権(35条1項)、先使用権(79条)等は、特許権の発生後に生ずる権利であり、職務発明の使用者(35条1項)、先使用者(79条)は、補償金請求権(65条1項)の行使を受けるかにも思われる。しかし、特許権の行使すら受けない者が補償金請求権の行使を受けるのは妥当ではなく、将来通常実施権を有することになる者については、補償金請求権の行使は受けないと考える。
特許出願後であって出願公開前に自ら発明を行い、実施を始めた善意の実施者は、補償金請求権の請求を受けないとも思われる。この者は、出願公開とは無関係に実施を始めたものであり、特許出願に係る発明を知って実施を始めていないためである。
しかし、善意の実施者であっても、警告後は悪意の実施者となり、補償金請求権の行使を受けると考えるのが妥当である。善意の実施者であっても、特許権の設定登録後はその行使を受けるのに、補償金請求権だけ行使を受けないのは妥当でないためである。
第三者は、補償金請求権の行使を受けた後であっても、特許権の行使を受けることがあるので(同3項)、補償金請求権の行使を受けたときには、その後の実施がパテントフライとなるよう(許容されるよう)契約を結ぶことができる。
通常実施権又は専用実施権は、特許権について設定許諾するものであり、特許権の設定登録前には、設定許諾できない。しかし、特許出願人は、第三者に対して事実上の実施を許容することは可能である。例えば、職務発明の使用者等には、特許権の発生前であっても、特許出願に係る発明を実施できると考えられる。
 <アースベルト事件>
 最高裁昭和63年7月19日
実用新案登録出願人が出願公開後に第三者に対して実用新案登録出願に係る考案の内容を記載した書面を提示して警告をするなどして、第三者が出願公開がされた実用新案登録出願に係る考案の内容を知つた後に、補正によつて登録請求の範囲が補正された場合において、その補正が元の登録請求の範囲を拡張、変更するものであつて、第三者の実施している物品が、補正前の登録請求の範囲の記載によれば考案の技術的範囲に属しなかつたのに、補正後の登録請求の範囲の記載によれば考案の技術的範囲に属することとなつたときは、出願人が第三者に対して実用新案法一三条の三に基づく補償金支払請求をするためには、右補正後に改めて出願人が第三者に対して同条所定の警告をするなどして、第三者が補正後の登録請求の範囲の内容を知ることを要するが、その補正が、願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において補正前の登録請求の範囲を減縮するものであつて、第三者の実施している物品が補正の前後を通じて考案の技術的範囲に属するときは、右補正の後に再度の警告等により第三者が補正後の登録請求の範囲の内容を知ることを要しないと解するのが相当である。第三者に対して突然の補償金請求という不意打ちを与えることを防止するために右警告ないし悪意を要件とした同条の立法趣旨に照らせば、前者の場合のみ、改めて警告ないし悪意を要求すれば足りるのであつて、後者の場合には改めて警告ないし悪意を要求しなくても、第三者に対して不意打ちを与えることにはならないからである。

2 前項の規定による請求権は、特許権の設定の登録があつた後でなければ、行使することができない。
特許権の設定登録後でなければ請求権の行使を認めないのは、拒絶査定が確定した場合の利害関係の調整が面倒になるためである。

3 特許出願人は、その仮専用実施権者又は仮通常実施権者が、その設定行為で定めた範囲内において当該特許出願に係る発明を実施した場合については、第一項に規定する補償金の支払を請求することができない。

4 第1項の規定による請求権の行使は、特許権の行使を妨げない。
補償金の支払いによっては特許権者からの権利行使を免れることはできない。従って、補償金の支払いを行うときには、特許権成立後に権利行使を受けない旨の特約(パテントフライの特約)を結ぶ必要がある。

5 出願公開後に特許出願が放棄され、取り下げられ、若しくは却下されたとき、特許出願について拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定したとき、第112条第6項の規定により特許権が初めから存在しなかつたものとみなされたとき(更に第112条の2第2項の規定により特許権が初めから存在していたものとみなされたときを除く。)、又は第125条ただし書の場合を除き特許を無効にすべき旨の審決が確定したときは、第1項の請求権は、初めから生じなかつたものとみなす。
特許権の放棄、存続期間の満了等によって特許権が消滅した場合には、補償金請求権は消滅しない。補償金請求権の消滅時効は、行為のときから20年とされている(65条5項、準民724条)。
一般債権の消滅時効は10年である(債権は10年間行使しないときは消滅する(民167条1項))。(債権又は所有権以外の財産権は20年行使しないときは消滅する(同2項)。不法行為の消滅時効については民724条に規定がある。)

6 第101条、第104条から第105条の2まで、第105条の4から第105条の7まで及び第168条第3項から第6項まで並びに民法(明治29年法律第89号)第719条及び第724条(不法行為)の規定は、第1項の規定による請求権を行使する場合に準用する。この場合において、当該請求権を有する者が特許権の設定の登録前に当該特許出願に係る発明の実施の事実及びその実施をした者を知つたときは、同条中「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時」とあるのは、「特許権の設定の登録の日」と読み替えるものとする。
特許権の設定登録後に、設定登録前の発明の実施の事実及び実施者を知ったときには、原則どおり、知ったときから3年以内に請求権の行使をしないと時効消滅する(民724条)。一方、特許権の設定登録前に、設定登録前の発明の実施の事実及び実施者を知ったときには、特許権の設定登録日から3年以内に請求権の行使をすることができる。その後、時効消滅する(65条5項で民724条を読替え準用)。
共同不法行為の規定(民719条)を準用しているため、複数人で特許出願に係る発明を分担して実施した場合には、補償金請求権の行使を受け得る。
特許権成立後に間接侵害(101条各号)となる行為に対しても、補償金請求権は発生する。