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126条(訂正審判)

2010年01月26日 | 逐条裏解説(特許法)

(訂正審判)
第126条 特許権者は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすることについて訂正審判を請求することができる。ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
1.特許請求の範囲の減縮
2.誤記又は誤訳の訂正
3.明りようでない記載の釈明

 特許の一部に瑕疵がある場合に、特許無効審判が請求されるおそれがあるため、瑕疵のある部分を自発的に事前に取り除いておくための制度である。
 特許権者は、実施許諾をした後に、特許発明に無効理由があると気づくときがある。この場合、特許権者は、訂正審判を請求する際には、実施権者の承諾を得る必要がある。
 この際、実施権者は、訂正する内容の如何によっては、実施権の契約を解除することができる。ただし、訂正によって、特許請求の範囲の記載が減縮され、又は請求項が削除されたような場合であっても、既に支払った実施料の返還は原則として請求できないと考える。特許権は、特許庁による無効の処分を受けるまでは有効に存在するためである。ただし、特許権者が無効理由があることを知って実施許諾を行っていた場合には、実施権者は、不当利得返還請求が可能と考える(民703、704条)。

2 訂正審判は、特許無効審判が特許庁に係属した時からその審決が確定するまでの間は、請求することができない。ただし、特許無効審判の審決に対する訴えの提起があつた日から起算して90日の期間内(当該事件について第181条第1項の規定による審決の取消しの判決又は同条第2項の規定による審決の取消しの決定があつた場合においては、その判決又は決定の確定後の期間を除く。)は、この限りでない。
 <事件のキャッチボール現象>
 無効審決→審決取消訴訟の提起及び訂正審判の請求→訂正認容審決の確定→無効審決を取り消す判決(差戻し)→再度の特許無効審判の審理と審決→審決取消訴訟の提起を繰り返すこと。
 平成15年改正前は、無効審決があった後には、別の無効審判が特許庁に係属していない限り訂正審判の請求が可能であったため、無効審判と訂正審判が並存していた。無効審決の審決取消訴訟の係属中に、訂正審判にとって特許の内容に変更が生じた場合、特許請求の範囲を減縮する訂正を認容する審決が確定したときは、裁判所は、無効審決を自動的に取り消していた。このことが特許庁と裁判所との間で訂正審判請求と審決取消訴訟とが繰り返される事件のキャッチボール現象を招いていた。

3 第1項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(同項ただし書第2号に掲げる事項を目的とする訂正の場合にあつては、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(外国語書面出願に係る特許にあつては、外国語書面))に記載した事項の範囲内においてしなければならない。
 原則として、特許権の設定登録時又は訂正後の明細書等の範囲内で訂正する必要がある。ただし、誤記・誤訳の訂正の場合は、出願当初明細書等の範囲内で訂正ができる。

4 第1項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。
 第三者が不測の不利益を受けることを防止するために、訂正事項が形式的には特許請求の範囲の減縮に該当しても、実質的に新たな作用効果を奏する技術事項を追加する場合には、訂正が認められない。

5 第1項ただし書第1号又は第2号に掲げる事項を目的とする訂正は、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない。
 誤記・誤訳の訂正を行う場合にも独立特許要件を判断するのは、特に、誤訳の訂正により、特許発明が変動し、特許性を具備しなくなるおそれがあるためである。

6 訂正審判は、特許権の消滅後においても、請求することができる。ただし、特許が特許無効審判により無効にされた後は、この限りでない。
 特許権の消滅後でも訂正審判の請求ができるのは、特許権が存続期間の満了により消滅した場合、年金未納付により消滅した場合等の適法に存続していた場合に限られる。無効審決が確定すると、特許権ははじめからなかったものとみなされるためである(125条)。
 <訂正事項>
 訂正審判(請求)を行う際には、訂正できる事項が限定されており(126条1項各号)、特許請求の範囲を実質的に拡張・変更する訂正は認められず(同4項)、特許請求の範囲の減縮、誤記・誤訳の訂正を行う場合には、独立特許要件を満たす必要がある(同5項)。訂正による権利内容の変動は、第三者に不利益をもたらすおそれがあり、必要最小限で認める必要があるためである。
 実質的に拡張・変更する場合は、特許請求の範囲の訂正を行うときだけでなく、明細書・図面の訂正を行うときにも生じうる。特許請求の範囲の記載文言が不明確な場合、明細書・図面の記載を考慮して、発明の要旨を認定する必要があるためである。
 形式上は特許請求の範囲の減縮に該当しても、特許請求の範囲に新たな構成要件を付加することにより、当初の発明とは、別の目的、効果が付加される場合は、実質的に拡張・変更することになり得る。
 独立特許要件を課すことによって、訂正後の発明を実質的に再審査し、訂正後の特許請求の範囲に無効理由が生じることを防止している。
 <一部訂正審決>
 訂正審判においては、1個の請求書で複数の訂正を請求することができる(126条1項)。この場合に、訂正事項ごとにその訂正の適否を判断して審決することができるとも考えられる。複数の訂正事項が実質上一体不可分の関係にある等特段の事情がない限り、審判請求全体を成立しないとする法律上の根拠はないためである。
 しかし、特許請求の範囲に影響を及ぼす訂正事項にあっては、原則として、複数の訂正箇所の全体につき一体として訂正の適否を審決する。訂正事項、範囲は、一体として1つの訂正審判の請求がなされていると考えるためである。
 ただし、例外的に、誤記の訂正のような形式的な訂正の場合、又は訂正事項の削除もしくは請求書の要旨を変更しない範囲での軽微な瑕疵の補正等を行った場合には、一部の訂正事項にかかる審決をすることができる。
 上記判例は、単項制下のものであり、多項制下で請求交互とに特許無効審判の請求ができるようになった現行法においては、特定の1つの請求項についてされた訂正請求につき一体として判断すべきことは妥当するが、別個の請求項にかかる訂正請求については、請求項ごとに訂正請求の適否を判断することができると解する。特許無効審判の請求が請求項ごとにできるため、訂正請求も請求項ごとに認める必要があるためである。
 <誤記の訂正の意義> 
 最高裁昭和47年12月14日判決
 126条1項各号における「特許請求の範囲の減縮」と「誤記又は誤訳の訂正」との関係は、いずれにも該当し得る関係にある。訂正が認められるためには、「実質上特許請求の範囲を拡張・変更しない」ことに該当する必要がある(同4項)。この判断は明細書全体の記載を基準に判断すべきとも考えられる。しかし、明細書に記載されている事項と特許請求の範囲に記載されている事項とが異なる場合には、特許請求の範囲に基づいて判断すべきである。そこで、特許権者の立場からは、特許請求の範囲の記載が誤記であり、明細書の記載が正しいと判断されるときでも、明細書に記載された内容に訂正することは、特許請求の範囲を実質上拡張・変更することになる。特許請求の範囲の記載を信頼する一般第三者の利益を害することになるためである。
 <クリップ事件>
 最高裁平成3年3月19日判決
 クレーム以外の訂正によるクレームの減縮
 原審は、本件明細書の接着剤(接着層)に関する発明の詳細な説明の項の記載や図面などを参酌して、固定部材には接着剤(接着層)が含まれるものと認定判断したものであり、原審の右認定判断は、特許請求の範囲の記載文言の技術的意義が一義的に明確とはいえない場合の発明の要旨の認定の手法によったものとして首肯し得るものであるが、訂正を認容する審決の確定により、特許請求の範囲の記載文言自体が訂正されたものではないけれども、接着剤(接着層)に関する記載がすべて明細書及び図面から削除されたことによって、出願時に遡って、本件明細書の特許請求の範囲の固定部材に接着剤(接着層)が含まれると解釈して本件発明の要旨を認定する余地はなくなったものと解するのが相当である。
 したがって、本件特許につき訂正を認容する審決が確定したことにより、本件発明の特許請求の範囲の固定部材の構成は、出願の当初に遡ってこれに接着剤(接着層)を含まないものに減縮されたものと認められるから、原判決の基礎となった行政処分は後の行政処分により変更されたものであり、原判決には民訴法四二〇条一項八号所定の事由が存するといわなければならない。このような場合には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があったものとして原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため事件を原審に差し戻すのが相当である(最高裁昭和五八年(行ツ)第一二四号)。
 本件は、明細書、図面について行った訂正が、「特許請求の範囲の減縮」になることを示した例である。明細書、図面等について行う訂正は、本来的には「明瞭でない記載の釈明」に該当すると考えられる。本件では、特許請求の範囲について、特定事項を除く旨の訂正をしたことと同様の効果を与えている。ただし、特許権者は、訂正の目的は、「特許請求の範囲の減縮」と「明瞭でない記載の釈明」の両方としていた。
 <建築物の骨組構築方法事件>
 東京高裁平成14年11月14日判決
 訂正審決の確定と原審決の取消し
 一般に、特許の無効事由が認められないとして無効審判請求は成り立たないとした審決があった後に、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定したときには、比較される発明との対比において主張された特許の無効事由は認められないとした審決の判断に直ちに影響を及ぼすものではないのが通例である。原告主張の取消事由1も、この通例に属することを覆すべき事実関係を主張するものではない。特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には、当然に審決が取り消されなければならないとした最高裁平成11年3月9日判決)は、特許を無効とすべきものとしたいわゆる無効審決の取消訴訟に関する事案についてのものであるから、無効審判請求を成り立たないものとした審決の取消しを求める事案に射程が及ぶものではないと解される。
 特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正があった場合においても、構成要件が新たに付加され、訂正後の発明の新規性等の判断に際し新たな公知文献に記載の発明との対比が必要となって、審判で審理されず審決で判断されなかった事項が審理判断されなければならない場合などにおいては、無効審判請求の対象とされている特許の発明の要旨認定を結果的に誤ったことが違法であるとして、無効審判請求を成り立たないものとした審決を取り消し、特許庁の審理を先行させるのが相当な事案もあり得よう。しかし、本件においては、訂正前の本件発明と同日出願発明との同一性の有無について判断して無効審判請求を不成立とし、その後本件発明の特許請求の範囲を減縮する訂正審判請求があり、特許庁は、無効審判請求においても本件発明と対比された同日出願発明との対比において独立特許要件が認められると判断して、訂正審決に至っている。したがって、訂正後の本件発明と同日出願発明との間の同一性の有無についての特許庁の判断は、訂正審決により、無効審判請求における審決が判断の対象とした同日出願発明の関係で示されていて、この点につき特許庁の判断が先行しているものである。このように、訂正審決確定後において本訴で主張されている無効理由(訂正後の本件発明と同日出願発明とが同一であること)は、審判請求時の無効理由(訂正前の本件発明と同日出願発明とが同一であること)のいわば延長線上にあるものであって、審決時の無効理由と本訴で主張されている無効理由に変更はないものと理解することができる。このような経緯にある本訴においては、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定したことをもって直ちに審決を取り消すべきではなく、訂正後の本件発明と同日出願発明との同一性の有無について審理判断をすることができるものと解するのが相当である。
 原告の取消事由1も、訂正審決が確定したことをもって直ちに審決は取り消されるべきであるとするのみであるし、他に訂正審決が確定したことに伴って審判請求を再度行わせるべき特段の事実関係も認めることはできない。よって、本件において、訂正審決が確定したことのみをもって審決を取り消すべきものとする取消事由1は、採用することができない。
 <感光性熱硬化性樹脂組成物事件> 除くクレーム
 平成20年5月30日判決
 無効審決の審決取消訴訟
 以上によると,平成6年改正前の特許法は,補正について「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」しなければならないと定めることにより,出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして,迅速な権利付与を担保し,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するととともに,出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにし,さらに,特許権付与後の段階である訂正の場面においても一貫して同様の要件を定めることによって,出願当初における発明の開示が十分に行われることを担保して,先願主義の原則を実質的に確保しようとしたものであると理解することができる(なお,平成6年回生前の特許法126条2項は,訂正審判請求における訂正について「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであつてはならない」と規定し,同規定が同法64条4項及び134条5項において準用されていることから,訂正審判請求における訂正のほか,出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があった後の補正及び訂正請求における訂正が第三者に不測の不利益を及ぼすものでないことが担保されているものと解することができる。)。
 このような特許法の趣旨を踏まえると,平成6年改正前の特許法17条2項にいう「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との文言については,次のように解するべきである。
 すなわち,「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
 そして,同法134条2項ただし書における同様の文言についても,同様に解するべきであり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
 もっとも,明細書又は図面に記載された事項は,通常,当該明細書又は図面によって開示された技術的思想に関するものであるから,例えば,特許請求の範囲の減縮を目的として,特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において,付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり,実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。
 ところで,平成6年法律第116号附則8条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前(以下「平成6年改正前」という。)の特許法29条の2は,特許出願に係る発明が当該特許出願の日前の他の特許出願であって当該特許出願後に出願公開がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるときは,その発明については特許を受けることができない旨定めているところ,同法同条に該当することを理由として,平成5年法律第26号附則2条4項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法123条1項1号に基づいて特許が無効とされることを回避するために,無効審判の被請求人が,特許請求の範囲の記載について,「ただし,…を除く。」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合がある。
 このような場合,特許権者は,特許出願時において先願発明の存在を認識していないから,当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく,このような訂正も,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。