日常のぼやき

現在ブログ休止中

鬼宿 2

2020-08-14 | Weblog
肝試しのルールを皆で再確認し、ブンタが意気揚々と俺に話を振ってくる。

「じゃあ最後、オカルトマニアのタツキ氏から一言!」
「オカルトマニアじゃねえし。あー…そうだな、夕方は逢魔が時っつって化け物が出やすい時間だからお気をつけて」

 この言葉に女子は何が面白かったのか大ウケで、ブンタも手を叩いて喜んだ。ユタカは若干白けたようだ。んじゃレッツゴー、と文太が声をかけ一つ目の家に入った。外はまだ明るいのだが、家の中は意外と暗く皆スマホのフラッシュライトを使って辺りを照らす。

「わー、すっごいね。マジ家の造りが昔じゃん」

 電化製品らしいものはなく、土間の造りになっていて珍しいのだろう。中はゴミ屋敷のように荒れ果てているわけではなく、むしろ物はきちんとされたままだ。あちこちから草や竹など植物が生えてきており、荒れているのには違いないが綺麗な荒れ方だった。
 ユウカ達は何もないね、とさっさと次の家に入り、そこでも似たような光景なので詰まらなかったらしくさくさくと別の家に向かう。しばらく歩いていると目立つ廃屋が見えてきた。

「でっかー…旧家っていうか、お屋敷って感じだね」
「村長さんの家とか?」
「まあ、地主とか金持ちだったんだろうな」

 皆が口々に言っているのも無理はない。今見てきた家の2倍以上の大きさの家があったのだ。あちこち朽ちているがしっかりと建っていて崩れたりはしなさそうだ。玄関はうっすら開いていて、入ってくれと言わんばかりの見た目をしている。

「よし、本格探索はこの屋敷に決定」

 ブンタがスマホで撮影の準備をする。ゆっくりと日が落ちてきて、そろそろ明かりが欲しくなってきた。ブンタたちは動画を上げるようにオープニングを撮り始める。ここがどんな場所で、今からここを探索しまーすとしゃべっていた。俺はその動画に誘われないし入らない。友達じゃないし、こいつらも根暗なタイプの俺を動画に入れたくないんだろう。それにしてもライトにも使うし動画取るしネット使って調べるし、こいつらスマホの電池もつのかな。車に戻れば充電できるからと思いっきり使ってるのか。
 いざ、というブンタの掛け声とともに全員家に入る。夕日が届く玄関付近は明るいが、奥は暗くて何も見えない。周囲を木が覆いつくしているのでそれが陰になって暗くなっているようだ。

「じゃ、行くか」
「手分けする?」

ユタカの言葉に続けて俺がそういうと全員一瞬マジで、という顔になった。

「え、何で手分け?」
「肝試しなんだろ、みんなで仲良く行くんじゃなく一人ずつか二人一組とかで行くのが普通じゃね」
「あー…そういう行き方もあるね。グループ別だし、私は皆で一緒に行く探索かと思ってた」

ユウカが若干顔を引きつらせながら、努めて明るく言う。暗に全員で行動したい、とにおわせている。結構ビビりなんだなこいつは。

「あちこち腐ってたりで危なそうだから一人はナシ」

ユタカの言葉にあからさまにユウカはホッとしている。

「それに二人一組っつったって、一人あまるだろ」
「一人あまるっつーか俺が余るのな。いいよ、俺は鬼調べに来たんだし本とかないか調べたいだけだから」

あっさりそう言うとどうする?みたいな雰囲気になる。俺は遊びに来たんじゃない、的な意味合いを含めて言えば、ユタカはあっさりと頷いた。

「ああ、そういやそうだった。じゃあ、お前は書斎みたいな所見つけたらそこから動かないんだな?」
「本読んでる」
「わかったよ」
「ちょっと、ユタカ」

ヒジリが非難めいた声で言うが、おそらくヒジリと二人きりになりたいであろうユタカはまあまあ、と諫める。同じくブンタもそれに賛成し、気乗りしなさそうなユウカが何か意見を言う前にじゃあこうしよう、と提案してきた。

「じゃ、タツキは別行動な。俺たちは予定通り肝試ししよう。時間決めようや、とりあえず1時間後玄関に集合でどう?ちなみに肝試し中は連絡取り合うの禁止な」
「それでいくか」

男二人でちゃちゃっと決め、二人組に分かれて進み始める。俺は玄関を動かずにいると、小声で…本人たちにとっては小声のつもりなのだろうがユタカとヒジリの会話が聞こえてくる。

「ほんとにタツキ君置いていくの?」
「良いだろ別に。つーか、あいつの言う事イチイチ白けるんだよ。盛り上がらねえし。ほっとけ」

だから俺は遊びに来てるんじゃねえって。ま、いいけど。


 皆が行っていない方の通路を歩き進んでいく。床はギシギシいっていて、下手すると床が抜けるんじゃないかと思わせる。しかし屋根が壊れていない分雨漏りなどはなく、腐っているわけではなさそうなのでたぶん大丈夫だろう。廊下の途中にはいくつか部屋があったが、すべて障子や扉が開いていて書斎ではないと一目でわかるので無視して進んだ。廊下突き当り、一番奥の部屋に入ると壁一面本棚になっていて本がぎっしりと詰まっている。どれも隙間なく入っているので、本自体は埃がかぶっていないが本棚全体は埃まみれで一冊取ろうものなら埃が舞いそうだ。
 背表紙のタイトルを見るに、棚ごとにジャンル分けされている。小説のようなものもあるが風土記、自然科学、農業に関する書籍、多岐にわたる。

 一番大切なものやよく見る物というのは手に取りやすい場所に置くものだ。重厚な机のすぐ近くにある本棚に目を向けると、死者、鬼、伝承などのタイトルが目立つ。一冊手に取り、ぱらぱらとめくって中身を確認する。相当古い物らしく、仮名遣いなどが今とは違う。「言う」が「云ふ」表記、書いてある方法が印刷ではなく手書きだ。
 鬼についての書籍は大方知っている内容が書かれている。諸説あるが、昔の人は病気や目に見えない「怖い事」をまとめて「鬼」とし、バケモノのような具体的な姿を伴う事で「鬼」というキャラクターができたのだ。日本神話にも出てきたり地方によって言い伝えになっていたり鬼の出自は本当に様々なので一概にこれがすべてではないと思う。
 だからこそ奥が深い。一般的に言われている鬼の経歴がこれだけでないのなら、他の鬼の出自は一体何があるのだろうか。どこから来た、どうやって生まれた?それを調べると地方によって理由も異なるし鬼の特徴も様々だ。外国人説、常軌を逸した強さを持っていたがために化け物とされた者、古くからその土地に住む神、本当にいろいろ。

 次に死者にまつわる本を開くと、冥府に住む鬼について書かれている。これは地獄に住む鬼というよりも死者の世界、という解釈が正しい。天国と地獄という考え方ができる前に浸透していたとされる世界だ。有名なのは黄泉の国だろうか。地獄の鬼は亡者に罰を与え続けるとしているので、悪い存在とはいえない。彼らは仕事をしているだけだ、おかしな話だが。これがこの世の話になると人を襲い、殺し、食べ、人類の敵のような存在となるのだから面白い。
 鬼は死んだら地獄に行くのだろうか?鬼の行きつく地獄は人間と同じなのだろうか、そんな疑問さえ浮かんで本当に興味深い。
 思わず熱中して読んでいると、辺りに悲鳴が響いた。手を止めてとりあえず入り口の方へと向かう。少ししてぎゃーぎゃー騒ぐ声…たぶん、悲鳴にびっくりしたブンタとユウカが騒ぎながら近づいてくる。
廊下を進んだところでブンタたちと鉢合わせた。

「なんだ今の声」
「タツキじゃないなら、ユタカだ。あいつら右に行ったよな、行ってみよう」
「怖がらせるための冗談だと思うけど、本当に心臓止まるかと思った!アイツ許さん!」

 言ってることは普通だけど二人ともブツブツ文句言うだけで動こうとしない。あー、はいはい。俺が行けばいいのね。俺が歩き出すと後ろに二人がついてくる。肝試しに来たのに何やってんだこいつら。
 ユタカたちが進んだ方向へと向かうと、少し離れたところにユタカがしりもちをついて固まっている。ライトを照らすとビクリと大きく体を震わせ、恐怖に固まった表情でこちらを見た。

「うるっせーよユタカ、なんなんだよ。幽霊でもいたかよ」

ブンタが声をかけるとユタカは泣きそうな表情になりようやくふらつきながらも立ち上がった。辺りを見回したブンタが首をかしげる。

「あれ、ヒジリは?」
「…」
「おい、ユタカ」
「…そこ…」

 ユタカは部屋の中を指さす。しかし顔は絶対に部屋の中を見ようとしない。何だと思い部屋を覗き込んでライトを照らすと、そこには確かにヒジリがいた。いたが。

「え?…は?」

 ユウカが間抜けな声を漏らす。無理もない。自分たちのよく知るヒジリではないのだろう。赤いインクをぶちまけたかのように上半身血だらけで倒れているのだ。俺のパーカーにショーパン、服に見え覚えがなければヒジリとわからなかった。

「ヒッ 」

ブンタも悲鳴のように息をのんだ。
顔を見ればヒジリとわかったかもしれないが、それは無理だ。体は仰向けだが、頭は下を向いている。例えるなら、粘土で人間の形を作ったとして首だけグリっと180度回転させたような状態だ。しかも首はきれいにねじってあるのではなく、ざっくりと抉れているようでそこから大量の血が溢れていた。

「なんだよこれ、なんだよ!」

ブンタが悲鳴に近い声で叫ぶ。

「わかんねえんだよ、俺にも!俺たち二人でこの辺り調べてて、俺が向こうの部屋の方見てた後ろでヒジリが、誰?って言って、その瞬間変な音がして!」
「変な音ってなんだよ!」
「こう、ブチって…」

その音を聞いて、その場にいる全員が同じ答えに行きついただろう。たぶん肉が切れる音だ。


最新の画像もっと見る