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ひょっこり猫が我が道を行く!

カオスなオリジナル小説が増殖中。
雪ウサギが活躍しつつある、ファンタジー色は濃い目。亀スピードで更新中です。

006 王様と私

2010年02月28日 10時53分34秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 理緒とハンスは、テーブルの下でこの慌ただしい雰囲気に一抹の不安を感じていた。
 王族・貴族やらが怯えながら広間から出て行くのだ。ガウラも兵に連れて行かれた。この場には男の人が一人しか居ない。
 何か思案している様で、玉座に佇んでいた場所から移動して食べ物が乱雑に放り出されたテーブルに着くと、銀の光るナイフを手に握っていた。

「!!(え!!)」

 男の人がいきなり自分の手の平を切りつけた。鮮血がポタポタ零れ落ち、白い床がいっそう目立つ。
 何か言葉を呟いた後、赤い魔法陣が床に現れ、そこから黒いしなやかな毛をした犬が現れた。
 大きさは中型犬よりも一回り大きい。背中には黒い色の翼。瞳は赤色で額に緑の石みたいなのを填めて。王様の声が広間に響く。

「久しぶりだなディル。悪いがお前の特異な鼻で異世界の覇者を捜せないか? この王宮に居ると思うんだが」
「ウオンッ!」
 
 了解したと尻尾を振り、主の痛々しい手の平の傷を申し訳なさそうに見つめ丁寧に血を舐め尽くす。
 主に一鳴きした後部屋の匂いを嗅ぎ、忠実に命令を守る犬はテーブルの上に乗ってる食べかけの食べ物には見向きもしない。私の隠れているテーブルの下まで来ると、再び匂いを嗅ぎウロウロし始めた。

「ワンワンッッ(出て来い!!)」
「ニャアアッ!!(ちょっ、ちょっと、ここじゃないってば!!アッチ行ってよぉ)」
「グウウウウッ!!(ウルセェッ!俺の鼻に狂いはねーんだよっ!!)」
「!?何だ、意外と近くにいたんだな」

 正にここ掘れワンワン状態。こっちに向かって激しく吠えられる。王様が黒犬に近づいて良くやったと褒めると喚く声はピタリと止んだ。 
 少しの静寂に逃げたい衝動に駆られるが体がどうにも動かない。
 テーブルの下で震えている時、カツカツと足音が聞こえて来た。人の足が自分の手前で止まるのを確認すると心臓が激しく暴れ出す。隣のハンスを見ると、黒犬が持つ激しい気性に彼は気絶していた。(ギャーー!!)
 沈黙が貫く。暫くの間固まっていると上から声が聴こえた。

「覇者とやら、もうそろそろ出て来たらどうなんだ?」
「!」  
 
 どうやらワンコの活躍で自分の位置を知られている。逃げる事も出来無いと悟った時、テーブルの下から恐る恐る出た。
 チラリと見上げると鷲色の髪をした男の人――豪華な服装からして多分王様だろう。黒犬を従えて仁王立ちしていた。
 上からの目線で焦げ茶色の瞳が、体の隅々まで覗かれてる様だ。目を逸らした方の負けだ。獣の習性がそう告げる。王様と云えど、先に目を逸らすまじ!!

「やはり猫だったか――」
「ニャ!(ムッ)」

 自分のヒゲがピクピクッと反応する。やっぱり私を馬鹿にする気か? 
 引っ掻く位は出来るかもと無謀な考えに、唸りながら警戒態勢に入る。

「おっと、覇者殿の言葉は私には分らぬのでな。そうだ、先ほど商人が奇怪な物を手にしてた。アレを使うか」
「ニャ、ニャアア!(エエッッ、ヤダァッ!)」

 冗談じゃないと後ずさりするが遅かりし。ヒョイッと片手で首根っこを掴み上げられる。
 ……この掴み方は屈辱でムカついたので暴れてやった。
 
「フギャァァッッ!!(離せーー!!)」
「暴れるな、落ちるぞ」
「フウゥゥッ(脅しには乗らないんだからっ)」

 じたばたと激しく暴れてみる。気持とは裏腹にかすり傷一つ負わせられないのが腹立たしい。それでも猫パンチを空振り連打する。すると大人しくしていた黒犬が激しく吠えた。

「ワンワンッッ!!(静かにしろっっ!!)」 
「フッ、フニャァッッ(ヒッ、ヒィッッ)」
「ワンワンワンッ!!(万に一つの確立だが、もし陛下に、俺の主に傷の一つでも付けてみろ……)」 

 ダンッ!と右手を床に叩きつけて狩猟犬さながら威嚇して来た。牙を剥き出しにして激しく吠えられる。
 
「グルルルッッ(その時はお前の体を噛み千切ってやる!!)」

 いきなり出て来てネコ殺しの宣告―――!!!
 今にも襲いかからんばかりに威嚇され、負けん気無しの強気な体が縮こまった。
 黒犬が怖いので、かわりに恨みがましく王様を仰ぎ見る。その拍子に思わず涙がチョチョ切れた。

「フッ、フニャァァ・・・(怖いよ・・・)」
「白い猫の覇者殿は良いとして、牢に入れてるカイナを“処分”されたくはないだろう? だったら協力しろ」 
 
 残酷な言葉に体の動きを止め、金色の瞳を目いっぱい見開く。言葉に偽りが無く、視線を外さない様に焦げ茶色の瞳を私に合わせて喋る。
 ――反論する事は許さないと。その言葉を耳にして大人しくする。
 そうだ、ガウラがいるんだ。下手な事して怒らせて、ガウラが殺されたりしたら嫌だ。この一時だけされるがままにしようと観念した。

「イイコだ」
  
 首根っこを掴まれた状態から腕に漸く抱かれた。うん。この状態の方が安定する。心なしか抱えている腕が優しい。逃げないと分かったからだろうか。
 でも王様が着てる豪華絢爛な赤い色の服に猫の白い毛が付かないかとても心配だ。赤い生地に金色の細かい刺繍が施されてる。首元の襟や胸元に輝く光はもしや宝石? 慌てて自分は人畜無害だぞと知らしめる為に、王様の手をペロッと舐めた。

 離宮にある牢屋に着くと、番兵らしき男がこちらに気づき敬礼をした。
 そっか、この男の人はこの国の王様だったんだ。忘れてた。
 ここに着く前に私の体全体をくすぐられて完全に遊ばれていたのだ。体がムズムズしてこそばゆい。も、悶え死ぬ。見た目二十代の体格のいい大人のクセに、心は幼児並みのようだ。 

「フギャア〜ア〜(や〜め〜て〜)」
「白い猫はこの国では貴重でな。今度エヴァディスと猫じゃらしで遊んでやろう」
「フニャア(元人間のプライドが失われていくぅ……)」
「クッ、喜んでくれて幸いだ」 

 一方的な会話に項垂れる私の鳴き声が予想通りなのか、勝手に都合の良い解釈をつける王様の顔が朗らかになる。
 私、猫のなりはしても、中身は花も恥じらう15歳の乙女なんだけど。
 王様に大人しく付き従う黒犬ディルは私を羨ましげに見つめてきた。
 主を独り占めしてる様に見えるんだろうか? 今なら熨斗付けて返してやるっ! とディルに睨んでやったらプイッと顔を逸らされた。
 
 男の人にくすぐられた状態を、元の世界に居る父や二人の兄が見ればどうなるか。
特に陽兄は手段を選ばないからなぁ。太一兄やお父さんは必死になって助けてくれると思うんだけど母はどうだろう? 笑い転げて悶絶してそうだ。
 
 和やかな雰囲気に敵対意識は無くなったものの、少しの理不尽さに心が萎えいだ。
 噛み合わない会話だが王様はさっきよりも機嫌が良くなったと思う。私の大人としての対応の賜物だよね。

「フニャ♪(フフン♪)」
「? さぁ、入るぞ」
 
 ギイイと番兵が牢の鍵を開ける。
 先程私が来た同じ部屋で、衛生状態も良いし危害も加えられていない。水も食料もある。
 それでもガウラは鎖で繋がれた状態だった。
 王様の腕からピョンと跳び下りるとガウラの傍へ駆け寄った。

「ニャアァァ(ガウラ、大丈夫?)」
「リオ、何故こんな所に?」
 
 琥珀色の瞳が、私の姿を怪訝に捉える。ガウラは私を危険な目に合わせたくない様子が窺えた。彼は大人だ。ちゃんと私の事を考えてくれる。けど友として、困難を一緒に乗り越える位は良いよね?

「ニャオンン(不可抗力なんだもん)」 
 
 ガウラからの視線を無視して、ギロリと視線をこの国の王様にしてやった。番兵が王様と話し終えたようで、ガウラの頭に手をやる。人との会話を可能にする金属を外すと、今度は私の方に近付いて取り付けようとしたが――
 
 バチッッ

「うわっっ」
「!!」

 番兵が仰け反って、金属が床に落ちる音が部屋に響く。
 白い魔法陣が発動した。
 でも何の基準で現れるんだろう? ただ金属を取り付けようとしただけなのに。
 訳が分からないので王様を見た。兵の人が落とした金属を王様は手に持ち、暫く眺めてから喋り出す。

「この金属に付いてる宝石には魔力が込められてる。それに一瞬で判断して発動したんじゃないか?危険があるかどうかは別としてな」

 真剣な瞳で私の体を見据えてくる。

「私が見てもこの金属には呪い等は掛かっていない。エリシュマイルの加護を得てはいるがそれを管理出来ていないのだろう? 自動で発動するとなると、これから随分不便になるぞ。悪意のない行動でも全て発動すればな」

 ……ちょっと待て王様。管理するとかしないとかってナニ? 悪意のある呪いって? どっちも私は理解出来てないんだけど。王様、そこから指摘してくんない? コレは会話が出来ないとマズイ様な。

 確かここに来た時、銀髪の騎士の人にデコピンされた。命に係わりは無くても、何か衝撃があればあの後魔法陣が発動するかもしれなかったのに。でもあの時点では何も出なかった。
 レイオンと出会った時もそう。魔法陣は危機に察して発動してくれたが尻尾を掴まれて体から力が抜けた後だった。これで完璧と言える?
 自分にとっては良くても周囲が迷惑を被ることにもなると付け足される。逆を言えば、発動して欲しい時には出ない事もあると、王様は推察してきた。

 私の頭を大きな手が優しく撫でる。
 どうしてそんなに期待するの。
 私が皆の言う覇者だから? その根拠は何処から来るの。
 傍に居るガウラを見ると彼は私を心配そうに窺っていた。
 やり切れない感情に彼の毛皮に寄り添って俯く。話を現実的に受け止めきれない私の様子に王様は気付き、膝を床に付け目線を合わせた。

「へっ、陛下、お辞めください!!」
「今は金属を取り付けなくても良い。しかし会話の疎通だけは何とかして欲しい。見たところ覇者殿は私の会話が理解できている様だが、私には理解する事が出来ない」 
 
 会話の重要性――それは私もさっき痛いほど分かった。こっちだって王様に話が通じなくて不便極まりない。態度で示すしかないもんね。

 番兵は床に膝を付いている王様を慌てて立たせようとするが、立とうとはしなかった。番兵の人は顔面蒼白。ガウラと勿論私も目が点になったんだ。王様が床に膝を付ける事は有り得ない事だと、この場に居る誰もが思ったからだ。
 
「ファインシャートに生きる全ての民は、皆ここ数年覇者殿の降臨を今か今かと待ち望んでいたんだ。度重なる魔族の襲来、作物の凶作には皆が必死に食い止めようと生き永らえて来た。それは人であれ、獣人であれだ」
 
 ……え、魔族? ここには獣人だけじゃなく魔族が居るの?
 ファンタジーな単語に目を何度か瞬きする。

「先程我が国ディッセントに魔族共が襲来した。今は私の腹心エヴァディスがその対処に追われている。魔族は退けても、それだけでは人の心が元に戻るのはかなり時間が掛かる。そこで、だ」

 だから何だと言うの? ここの獣や動物は皆人間の言葉を理解してるよ。
 レイオンもガウラも、ハンスだって。そんなの私じゃなくたっていいんじゃ? 嫌な予感がする。もしかして――
 
「覇者殿に世界の危機を救って貰いたい。勿論荒んだ人の心もだ」

 やっぱし……




王様の黒犬 ディル

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005 宴

2010年02月28日 10時24分10秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 今夜は無礼講なので堅苦しくない立食式パーティの開演だ。
 ランチョンマットを敷いた楕円形の白いテーブルを幾つも置き、部屋の至る所に魔法で照らされた色取り取りの小型照明ランプ。
 匂いを嗅げば食が進む高級料理をお皿に分けられ、ワインをグラスに惜しみなく振る舞い、天井に天使と思しき壁画が描かれた大広間には身分のある貴族、王族が居た。

 周りで宮廷音楽士達が、その場に居る者を陽気にさせる様な音を打ち鳴らす。
 弦・打楽器が活き活きと弾むその音色に人々の心は充ち溢れ、笑い合いながら、誰もが覇者の降臨に喜びを表している。  
 そんな中、一人浮かない顔で玉座の隣で座っている姫君が居た。クリーム色のドレスの上にレースで編み上げた白い生地を重ね、上品な色の赤い花を模した留め具で裾を切り返している。子供っぽくも無く上品に着こした彼女。
 会場には似つかわしくない微かな溜息を零すと、隣にいる父に拾い上げられた。

「フリージア、まだ気分が優れないのか」
 
 父である国王ハシュバットは一人娘の体調を案じる。娘を心配するあまり会場に興味が行かない。
 耳に届く華やかな旋律も、食欲を満たす食べ物も娘の前では型無しである。この場を盛り上げる従者達にとっては胃痛がする思いなのだが。

「ええ、お父様、御免なさい。もう少ししたら治ると思うのだけど」
「そうか、あまり無理をするんじゃない。そこのお前、何か飲み物を姫にやってくれないか。酒以外でだ」
「畏まりました」
 
 フリージア・イリオス・ディッセントは今年15歳。翡翠色の瞳は母譲りで髪は父似の鷲色。性格は内に秘めた情熱を灯し、淑やかではあるが不意に周りを驚かせる所があるので、姫付きの侍女はいつもハラハラさせられる第一王女である。それでもハシュバット王からは娘可愛さに溺愛している程の猫可愛ぶり。
 姫らしい礼儀作法、勉強などは勿論だが剣術や魔術等、多方面に渡り勉強している。
馬に乗る事も厭わなく、積極的に乗りこなしている言わばじゃじゃ馬である。その行動力は王から譲り受けたのかもしれない。女王の資質がある証拠だ。 
 そのじゃじゃ馬が先日召喚の間で倒れたと聞いて、王や宰相に大目玉を喰らった。
 専属騎士のイールヴァやライウッドには悪い事をしたと思っている。
 自分の好奇心を抑え切れずに反対を押し切って共に付いて行ったのだ。目が覚めた時、侍女に一部始終を聞いて真っ青になりつつ国王である自分の父に、彼らに責任が無い事を力一杯説明した。
 心なしか残念がっていたが(そこは見ないフリをして)、彼らに責任を追及させないと約束を強引に取り付けたのである。それだけフリージアが目覚めた事に父は安堵していたのだろう。
 二人の近衛騎士が無罪と聞き安心した後自分の母、王妃マトリカリアが不思議な顔で訊ねてきた。

「召喚の間で覇者の可能性である白い猫を見て気絶したそうね。でもリアは猫が苦手だったの?」
「い、いえ。違います」
「そう、では何故気絶してしまったの? 二人の騎士から話を聞くと期待した覇者殿が猫だったと推測した為、ショックを受けて倒れたと報告があったわよ」
 
 何処の儚い姫君だと、眉を顰める。自分の事なのに全く記憶に無い。
 確かに期待してないと言ったら嘘になるが、気絶する程ショックを受けたとは言い難い。私の性格を知っている友人でもある近衛騎士の二人が、何故その考えに行き着いたのか首を傾けてしまった。

「う、うーん。それがよく分からないんです」
「そうよねぇ。普段を知ってるリアを見れば、随分奇怪な反応ですものね」
「はぁ。お母様、それって」
「じゃじゃ馬なリアが倒れたと聞いて、侍女のメリナが白目剥いて倒れそうになったし、エヴァディスは剣を研ぎ始めるし、ハシュバットは鞭をしならせながら攻撃魔法を詠唱しだしてね」
 
 王の魔法は完璧に防御しづらいのよねーーとのほほんと呟く母。つまりあの親バカは攻撃魔法を放って、母の守護魔法で防いだという事だ。
 王妃がそんな事して良いのかと問い正したくなったのだが、あの場で魔法を防ぐ者は母しか居なかったらしい。頼りの綱の宰相も王に加担していたからだ。
 バカップルである夫婦がたまに巻き起こす大喧嘩を、皆が目の当たりにするのはいつもの事。母以外が防げば反逆罪で裁かれてしまう。力の差は歴然としつつも、最終的に折れるのはいつも父であるが。
 一時は不穏な空気が流れたが、母の無言の睨みでその場は静まったとか。二人の近衛騎士から、王妃は最強ですねという賛美の言葉を頂く事になるのは後の話である。
 父の暴走話を聞き、ジュースを吹き出しそうになって慌てて反対の手で抑えていた。それでも母からの滑らかな責め攻撃は続く。
 
「それでイールヴァとライウッドったら凄い脂汗出しながら額を床に付けて、謝罪してから無言のエヴァディスに連れて行かれたのよ。長い銀髪が揺らめいて、彼の顔が般若の様に……」

 頭から角、口から長い牙が見えたわという恐ろしい喩えを出す矢先、フリージアが耐え切れなくなり会話を遮った。

「おっ、お母様、先程の失態についてこの度は真に申し訳御座いませんでした。次からは無茶をしません」
「よろしい。では、お父様にもその事を伝えて来なさい。一番、貴女を心から心配していたのですから」
「はい、分かりました」
 
 宰相の般若の顔というくだりからフリージアの目が潤み始めた。自らもエヴァディスの恐ろしい顔を見た事がある為、怯えてしまう。五歳の時、護衛も付けずに城を無断で抜け出してしまった時の事を思い出した。
 イールヴァがエヴァディスの親戚に当たるので王宮に見学に来て知り合ったのである。
 ライウッドも貴族でカーナリウム家の末の子に当たる。二人共の身分が貴族という事で、姫の友に相応しいと三人顔を合わさせられた。
 最初は二人とも萎縮していたが次第に打ち解けるようになり、いつも一緒に勉強したり魔術を習ったり、同じ先生の教えを受けながら毎日を楽しく送っていた。
 お供と言えば近衛騎士だが、彼らの目をやり過ごして城を出る。その時一緒に付いて来てくれたのがこの二人だった。お忍びで街へ繰り出し城へと帰って来た頃、裏口で待ち受けていた宰相に三人仲良く遠慮無しでコッテリ絞られた。当時二十代のエヴァディスの怖い記憶はその時からトラウマとなる。

 
 項垂れながら王に謝罪をして頭を下げているフリージアを見て感慨に耽る。
 娘にとっては大したことが無くても、その身に何かあれば真っ先に責任を追及されるのは、娘に従事している者達だと分からせる必要があったからだ。今回はお咎め無しで済んで良かったが、娘に傷一つでも付ければ、父でもあるあの国王は黙っていない。
 普段は穏やかで知性溢れる王として民衆や各国に知られている。
 しかし己や身近にいる大切な人物が危機に陥った時、鋭い牙を剥き出し冷酷な判断を下す事を王妃であるマトリカリアは知っている。

 ディッセント国に魔物の襲撃に遭った時は一人で上級魔法を駆使し魔族を蹴散らす為に軍を下がらせた。威力の馬鹿高い上級魔法は敵味方関係なく周辺を薙ぎ払う。
 自らを含めた守護結界を張り、見事に三百は数が居た魔物を風の刃で瞬時に殲滅した騎士王を、当時のマトリカリアは人伝で耳に挟んだ事を記憶している。
 覇者殿が居ない当時は騎士王ハシュバットが最強だと。
 普段からフリージアを守る近衛騎士を見ているからこそ、もしかすれば彼は威力を弱めたのかもしれない。本気で攻撃されれば守護魔法は張っても意味は無いからだ。
 自らの擦り傷を負った指の皮膚を見ながら溜息を零す。夫に傷を付けられたがそれでも本当に憎めない。惚れた者の弱みだろう。
 娘から謝罪を聞いた後、ハシュバット王がやって来て癒しの魔法をかけてもらった。ごつくて大きな優しい手の平を握り返し、二人は覇者の降臨を心から祝う。

 ――その頃の理緒――

「ブジャックシュ!!」
 
 肌寒い、月の綺麗な夜、塀に登ってやり過ごしていたハンスと共にガウラが居ないか遠目で広間を眺めていた。
 ガウラを救いたいと思う心は勿論あるのだが、体がウズウズして毛繕いに夢中になる。ペロペロ舐めるのが癖になって来た頃、辺りが騒がしくなった。

「チュウウ(嬢ちゃん、ガウラのおっさんが来たぞ)」
「ニャ(何処?)」
「チュウ(あそこだ)」
 
 ハンスに促され下を見ると、首に鎖をかけられ柱に固定された獅子ガウラがいた。反抗するのを諦めたのか、大人しくされるがままになっているのが弱々しい。
 
「ニャアアッッ(ガウラッッ)」
「チュウウッ!(まだだ、まだ行っちゃ駄目だ!)」
 
 ハンスに慌てて呼び止められる。少し状況を見てから考えて、作戦を練った方が良いと言う。今飛び込めば自分達は元より、ガウラにまで危険が及ぶときつく説得された。歯を食いしばり混乱しながら事態を観察する。
 その時商人風な男がガウラの頭に触って何か金属の飾りを取り付けた後、男は揉み手をしながら王族や貴族たちに話し掛けた。

「王族・貴族の皆様、ご機嫌麗しゅう御座います。覇者殿降臨の祝賀会に私如きめが招かれ大変恐縮の思いです。今日の為にとっておきの物を用意して準備してきました。どうぞ、今夜は存分にお楽しみください!!」
 
 男は顔に笑顔を貼り付けひと通り挨拶した後、今夜の催しの主題に入った。

「さあ、世にも珍しい喋る獣ですよ。今まで獣人にしか獣との会話は成立しなかったが、この獣についてる金属を頭に付ければアラ不思議、世界共通語のハヌマ語を話すことが出来る様になります!!」
 
 人々はざわめいた。獣が共通語を話す?
 本当にそんな事が出来るのか、疑惑に満ちた目で男と柱に鎖で繋がれた獣を凝視していた。
 
「オラ、何か喋ってみろ」 
「……」
「この頭の金属でお前が喋れる事が立証されれば、俺はたちまち大金持ちなんだよ」
「…」
「獣であるお前が喋れば、俺も良い事尽くめだし、お前も群れに帰してやる。さあ、喋れ!」

 グルル……と唸り、鎖を引っ張られながらしつこい男に観念してガウラは口を開いた。

「オレにどうして欲しいんだ?」

 事態を見守る人々が驚愕する。獣の放つ言葉を理解出来るのだ。

「早くこの鎖を取ってくれ。不快だ。首が痛い」

 ガウラはこの不便な状態を流暢に話す。人間の耳にはハヌマ語に聞こえるのだ。
 世界一般の共通語で周囲に居る物の頭の中に響いてくる。文句の一つを満足気に告げた獅子は、ブルッと首を振って隣に居る男を見やった。
 
 静寂に包まれた途端に沢山の拍手が沸き起こる。
 今まで獣の言葉が解るのは、獣人しか居なかった。人間にとっては屈辱にも近しい感情。身体的能力や言葉の壁で獣人に劣る等、当然ではあるが忌々しい事この上なかったのである。興奮が冷めやらぬ中、大勢の貴族が商人に喋りかける。

「素晴らしい発明じゃないか。君が作ったのか」 
「はいっ」
「後で王の元へお目通りした方が良い。これなら王宮に出入りする事が出来るだろう。他にもこんな面白い発明があるのかね?」
「勿論御座います」
「オイオイ、積もった話は後だ。まず今日は皆でこの珍しい金属の発明と、覇者殿の降臨に乾杯しようじゃないか!今日の素晴らしい日に」
「「「「「乾杯!!」」」」」
 
 ガッハッハッ
 
 貴族・王族は笑いが止まらない。手に掲げたグラスを高々に上げて、上等な酒を飲み干す。
 人々が笑いに耽っている頃、理緒は気付かれないように豪華な料理の並んだテーブルの下へ潜り、そのやり取りを聞いていた。
 途中、床に落ちた果物を口に加えてハンスと一緒に食べていたのだが気分は低下する一方。
ただ、ガウラにどのタイミングで近づこうか迷っていた。ひたすら迷っていた時、この和やかな雰囲気は突如一変する。荒々しい足音が、華やいだ広間に響いた。


「大変です!南の方角から魔族の襲来です!」
「何だと?!」
 
 一同、これには騒然とした。
 見張りの兵が塔から辺りを異常が無いか警備していた所、南の方角から複数の魔族が空を飛んでいた。辺りは暗いので正確な数が確認できず、街の一部の地区に被害が出たと報告があった。

「何て事だ! こんなめでたい日に!!」
「は、早く逃げんと……」
「ど、何処へ逃げるんじゃ?相手は魔族じゃぞ??建物の中へ逃げても無駄じゃ」
 
 辺りが騒がしくなる中、ハシュバット王が場を静める為に一声上げる。

「皆の者落ち着け、無闇に騒ぐな。いいか、この王宮から出るんじゃ無い。忘れたのか。ディッセントの国には魔族が襲来したが、ここには覇者殿もいる。希望はある」
「そ、そうだ。女神の恩恵を受けた覇者殿が……だが肝心の覇者殿が居ない」
「我々は見捨てられたのか?」
 
 貴族達は一様に顔を白くさせてしまう。

「しかし、おかしいな。この国全体に結界を張らせてあるのに。何故魔族が結界に入って来る?」

父の疑問に近くに居たフリージアはハッと何かに気づいた。魔術を勉強しているのでこの考えに辿り着く。

「魔術師達の結界は魔族は寄せ付けませんが獣や人間は通る事が出来ます。もしかしてそれらを囮に使って、結界を脆い内側から破いたのでは?」
「成程な」
 
 獣や獣人を無差別に結界から弾く事は出来ない。最近では彼らはこの国で働いたり商売を始めたりと、友好的に進めてきたからだ。
 何かを考えながら床を見つめていた王はチラリと商人風の顔を見る。国王からの猜疑の目が合うと、商人はサァッと顔が青白くなった。

「まっ、待って下さい。私はただこの金属を売りに来ただけで……それにこの獣は足に怪我をしている所を私は助けただけなのです。結界を破くなんて、そんな大それた事はッ!」
「カイナは高い知能を持つと聞く。その獣が魔族を招いたとは考えられんか?」
「まっまさか!!そんな筈無いですし、有り得ません!! そもそも町に入る前から鎖に繋いで監視していたので御座います。囚われながらそんな器用な事が出来るとは思えません」
「ふむ、まずそれは後で尋問するか。守備隊、この商人を牢に繋いでおけ」
「はっ! カイナは如何致しますか?」
「原因が分からぬ以上、むやみに殺せないな。よし、コイツも鎖に繋ぎ牢に閉じ込めておけ」
「御意!!」
「ああ、その頭に取り付けた金属もきっちり調べろ。それと他の守備隊にエヴァディスと、謹慎処分を受けた近衛騎士二人も呼んでおけ。その二人はフリージアと王妃の護衛に付いてもらう」

 ハシュバットが王妃とフリージアを優しく見つめる。そこでフリージアは果敢に前に出た。貴族達が固唾を呑む。

「お父様、私もお手伝いをさせて下さい。私は母には及ばずとも炎の魔術を得意とします。きっと役に立って見せます!!」
「フリージア、気持ちは嬉しいがお前は女でこの国の唯一の王位継承者だ。この混乱に乗じて、不遜な輩がお前を如何こうしようと企む可能性もある。大人しく自室で休んでいてくれ」

 翡翠の瞳と焦げ茶色の瞳が交差する。頭を優しくサラリと撫でられる。

「王妃と姫を安全な所へ」
「お父様!!」
「マトリカリア、フリージアを頼む」 
「分かったわ。貴方も気を付けて。さぁ、行きましょうリア」
 
 去って行く二人を見送り、残った貴族を避難させる。 
 王の下した命令に守備隊の一人が商人の腕に縄を括りつけ、牢に連行していく。通路には商人の悲痛な叫びが木霊した。 


 





「我が主ハシュバット国王陛下、宰相エヴァディス馳せ参じました」
 
 静かになった大広間に一人の人間が厳かに進み出る。玉座に座っている王に膝を付き、王からの返答を待った。

「悪かったな、エヴァディス。お前も体を休めている時に。実は折り入って頼みたい事があるのだが」
「陛下の御配慮感謝致します。ですが頼み事だなどと……主である陛下の御命令ならば喜んで承ります」
 
 そうか、と伏せていた瞳を上げ、焦げ茶色の瞳がエヴァディスを見やる。

「私はこの王宮から動かずに、宮殿に結界を張ろうと思う。私が動けば色々な所で問題が蔓延るだろう。人々の混乱もある。だから騎士団を連れて人々の救助と共に、魔族の掃討に当たってくれないか」
「宮殿内の守備は如何致しますか?」
「宮殿内は問題無い。守備隊に警備をさせ、私の傍には専属の守護獣を置く。今から張る結界は中からも外からも魔族は元より、生き物は全て通り抜けが出来ない様にする。より高度な結界だ。一度王宮から出れば入る事は出来ない。危険な任だ。騎士団だけでは心許ないし、やってくれるか?」
「御心のままに。宰相エヴァディス、国王陛下の為必ずご期待に添えて見せます」
「宰相なのに悪いな。将軍に戻るか?お前程の外交的手腕を持っているのが無くなるのはチと辛いが」
 
 エヴァディスは苦笑いしながら首を横に振る。

「いいえ、私は騎士団をとっくに辞めました。後任の騎士団長にその任を引き継ぎましたし。私が戻る事は、陛下が任命しない限り御座いません」
「わかった。お前の忠誠心はしかと受け取った。だが、決して死ぬな。お前の命は私の物だ。生き残って必ず私の元へ帰って来い!」
「御意!」 
 
 背中まである銀の髪を翻し、騎士団と共に城を出る。
 エヴァディスが町へ向かったという報告を守備隊から聞くと共に自らの魔力を更に高め、王宮をスッポリと黄金色の防御膜が張られた。結界が上手く張れた事を魔力で確認すると、

「さて、覇者殿を探すか」

 焦げ茶色の燃えるような瞳が静寂に包まれた空間を見据える――




姫  フリージア・イリオス・ディッセント
王妃 マトリカリア・イリオス・ディッセント

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004 獅子ガウラとネズミのハンス

2010年02月28日 10時10分31秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 狼獣人レイオンとの出会いから、理緒は池の前に居た。

 レイオンとの刺激的なやり取りの後、一気に緊張が解け腹の虫が鳴ったのである。
 本当は池の中の錦鯉らしき魚を捕まえて食べたかったのだが、もし捕まえて食している所を誰かに見られたら、猫の自分なんて虐待されて殺されるのがオチだと、なんとか理性で踏み止まる。

 そう思うと涙が出そうだった。

 虐待されて、殺されそうになるっていうシチュエーションを想像したからじゃ無い――お腹が減ったから、きっと体も心も弱ってるんだろう。そう自分を叱咤して、明日を生き抜く為に食べれそうな物を探す。すると何やら美味しそうな匂いを敏感な鼻はキャッチした。
 匂いにつられて、中庭から入り組んだ廊下を通りある一室まで来ると、料理人達が忙しそうに夕飯を作っていた。
 
「急げ、今日は覇者殿がご降臨された宴なんだ。気合い入れてけよっ!!」
「「「「「オウッッッ」」」」」

 掛け声と共に各自それぞれ調理に赴く。

「オイッ、火加減強すぎるぞ。もうちょっと弱くしろっ」
「微妙な火加減なんて無茶言わんで下さいよ。余熱で何とか。この調味料を混ぜて……この位かぁ?」

 仕上げにお玉で混ぜてから鍋をどかし、石で囲った燃え盛る火を銀の大きな蓋で覆いかぶせてパッと一瞬で消し上げる。

「焼鳥10人前出来上がりました!」
「そんなんじゃ全然足りねーぞ!後30人前だ!!マット、そろそろお前は魚の調理を始めてくれ。ダリオッ!!スープが薄いぞ!ダブルゴをもう少し追加だっ。残りの奴、野菜の上に炒めた肉を盛れっ!後50人前!!」
「ゴードンッ、市場から果物100人前届いたよっ!!」
「よし間に合ったな、全て皿に切り盛ってくれ!!」 
 
 所々からグオーーやら、オオオオと轟く声が響く。料理と言う名の戦闘パーティを組んで料理と激戦している様だ。ある意味、台所は戦場だと父から聞いた事があるがその言葉がピッタリと当てはまる。

 男たちの汗や激が飛ぶ狭き激戦地区――厨房。

 10人位が余裕で動ける広さの日当たりの良い研磨されたキッチンは、広い流しと複数の釜戸。コンロと呼べる物は形を揃え研磨した石を楕円形に並べ、その上に鍋物やフライパンを乗せて調理出来るように設計されていた。
 壁側、中央には四角いテーブルが並び、コックが着る様な白い戦闘服曰く、清潔な調理服が勇ましい。包丁で滑らかにリズムを刻みながら野菜を切り、強火で熱したフライパンの中の物が宙を舞う。果物が彩りよく、芸術的に盛られる様は圧巻そのもの。
 ここだけ物凄い温度差だ。華々しい王宮とは別の空間が出来上がってる。
 
 薬味が効いた柔らかいクリームスープの香り
 ジュワッと焼き上げ、肉汁が滴り落ちる栄養満点のステーキ
 ババロアらしきプティングの周りに所狭しと敷き詰めた大量のアプリコット
 その他テーブルには既に肉や野菜を挟んだサンドウィッチ、七面鳥に似た鳥の丸焼きや燻製が大量に皿に盛られていた。

 口から涎が出て、思わず「ニャアァ(美味しそう……)」と鳴いてしまう。
 その時、まな板の上で魚をさばこうとしている料理人と目が合った。

(し、しまった。怒られちゃう)
 
 思わず身を固くしてギュッと縮こまる。最悪怒鳴られて蹴られるのかと予想してしまった。

「お前、真っ白い猫だなぁ。そうだ、今から魚をさばくからお前にも分けてやるよ」 
「ニャ?(え?)」
「ちょっと隠れて待ってろ」

 言うと厨房とは別の一室へ案内してくれた。そこは彼らの休憩室で、10畳位の広さに、簡素な四人掛けの椅子とテーブル、ソファがある。其処で待つ様に言われ大人しくする事にした。

 ドアから出た料理人は素早く魚をさばき、お皿の上に数切れ盛るともう一つお皿を持って来た。白い液体が見える。
 男の人が膝を床に付け視線を合わせてきた。無表情なのに優しそうな雰囲気が伝わってくる。年は25いってる位だろうか? ライトブラウンの髪に柔らかな茶色の瞳は何だか安心する。

「さ、食べろ」
「ニャ、ニャアア?(い、いいの?)」
「刺身とミルクだ。毒なんて入ってねえよ。本当はキャットフードが良いんだろうけど、今在庫を切らしていてな。お前これ食べれるか?」
「ニャア!(うん!)」
「おっ、いい食いっぷり。よっぽど腹が減ってたんだな」

 ガツガツ刺身を食べる。異世界でも魚は美味しかった。サーモン風味で脂が乗ってるがしつこく無く、後口爽やかなのは新鮮だからだろうか。

(嗚呼、これ美味しい)

 ミルクを舌で舐めるが、お世辞にもまだ慣れてなくて、床にいっぱい溢してしまった。
 先日まで人間だったのに、猫になって皿を舐める日が来ようとは。自己嫌悪していると、白い布で優しく口元を拭ってくれた。
 さりげない心遣いが胸に沁みる。自分の元居た世界での、優しい兄二人を思い出した。
 
「さ、もう行きな。ここは料理長がうるさくてな。ほら、あの太っちょの。お前に飯やったことがバレると叱られるんだ。けど、ここの料理人は皆優しいから、他の奴等ならお前に食べさせてくれるさ。腹減ったらまた来い」
「ウニャア(ありがとう、ごちそうさまでした!)」
「じゃあな。おっと、池の鯉を食べるんじゃねーそ」

 あの鯉、料理長ゴードンの飼ってるペットなんだよと、優しく撫でられる。
 鯉の事を諦めて、感謝を示すために料理人さん(さっきマットって呼ばれてたな)に顔をすり寄せて、手をペロペロ舐めた。
 大きな手が喉を撫でてくれて、『ゴロゴロ』と勝手に喉から音が出た。驚きつつも尻尾を振って、そっと裏口から抜けさせて貰う。
 人間にも良い人がいるもんだなと、感慨に耽った所で眠くなってきた。
 腹が満たされると眠くなるのは猫でも通用するみたいだ。
 あの日当たりの良さそうな屋根に登って日向ぼっこしたいと思ったのだが登れる所が無い。跳び乗って行くにはまだ屋根は無理そうだ。木にはなんとか登れたので、塀にジャンプしてポテポテ歩く。

 塀から下を眺めているとある一室に、私の世界で言うたて髪のあるライオンにそっくりな獣が居た。周りは檻に囲まれて出れないようにされてる。
 私の世界ではアフリカ大陸の王者。
 過酷な砂漠で、生きる為に弱者を捕食する勇猛な獅子。檻があるし大丈夫だろうと思って好奇心から近づいて行った。 
 
 その部屋へは窓が開いてたのでそこからピョンと窓の脇へジャンプ。猫になって分かった事がある。体がとてつもなく軽くなり、高い所へ跳べるようになった。さっき屋根から跳び降りた時、地面にぶつかる前に前宙返りをして降りれた。つまり体が柔らかい上にしなやかになった事。人間だった時に比べて身体能力が上がったのでは? と推測する。
  
 檻の中にいる獅子は藁に寝そべるようにして眠っている。
 檻にはカギが掛かっていた。初めての獣サンとの会話に緊張しながらそっと話し掛ける。

「ニャア(こんにちは)」
「ガル?(誰だ?)」
「ニャ、ニャアッ(私、理緒って言います。あの、貴方はライオンさんですか?)」
「グルル(ライオン? 俺の名前はガウラだ)」
 
 聞くとライオンという呼び名の獣はこの世界には居ないらしい。
“カイナ”という高い知能を持つ獣だという。自分の耳にスラスラ入る日本語に、不思議に思いながら訊いてみた。

「ニャ?(どうしてこんな所に閉じ込められてるんですか?)」
「グルルル(足を怪我してる所を狙われて捕まったんだ。足の怪我は治して貰ったんだがここから出して貰えない。今では良い見世物だ)」

 そう言って辛そうに眼を伏せた。
 ホントなら王者らしく振る舞える獅子が、こんな狭い檻に閉じ込められて人間の欲を満たす為に見世物になるのは耐えられる筈がない。なんとか助け出せないかと思案を巡らせたが、今の私はただの猫。何も出来ないと悟った時、自分が情けなくなった。

「ガルルル(リオは俺が怖くないのか?)」

 檻越しとはいえ、今までこんな近くで喋りに来る猫は私が初めてらしい。不思議そうな顔で、全身を見つめられた。

「ニャアアア(怖くないと言えば嘘になります。だって貴方も肉食獣だから)」

 小さいなりして、猫である自分だって肉食獣なのだ。野良ネコは、鳥やネズミだって食べる事がある。私は勿論無理だけど。
 ただガウラ程の強者に敵わないだけで・・・
 彼は私を殺そうと思えば殺せることも理解してる。私は今まで人間だったから、この獅子と喋れる事を知り、情が移ったのかもしれない。逃げるよりも先に、興味が勝った瞬間だった。

 そして考える。なんて曖昧で勝手な生き物なんだろう、人間って。人間の気持ち一つで生き物が殺されたり生かされたり。獅子でさえ食べる為にしか捕食しないのに。猫になって動物の気持ちが解りつつある事に、自分への苛立ちが募った。

(触れてみたい……)  

 決心して、自ら檻に近付いて入れるかどうか試みた。顔とお尻で途中引っかかったものの、どうにか通ることが出来た。ビクビクしながら、それでも果敢に近づいてくる私に驚いたのか、ガウラは目を丸くさせてこちらに視線を合わす。

「ニャアアッ!(ガウラ、猫は食べても美味しくないよ!)」
「グルル(そうか?お前はとても美味しそうだが? でもリオは襲わない)」
 
 ガウラは襲わないと誓う。保障など何処にも無いのだが。 
 恐る恐る近づき、伏せている体にそろりと白い体を寄せてみた。獅子の体が少し身じろぎする。尻尾を一振りして擽ったそうだ。

「グルルル(リオは変わっているな。誰も俺みたいな肉食獣には近寄ってこないのに)」 
「ニャア、ニャア(言葉が解るから近づいてみたくなったんだ。でも人間の時だったら絶対無理だったかも)」
 
 人間? とガウラが不思議そうに訊ねてきたので今までの事を話した。
 私が今まで居た、こことは別の世界の事。夢で見た女の人の事・・・琥珀色の瞳が面白そうに丸くなったりして、私は人間だと主張する話を、ガウラは口をはさまずに静かに聞いてくれた。

 お互いの話を夢中で話している時に、今度こそ瞼が閉じてきた。どうやら就寝の時間らしい。いつもより寝るのが早いのは、体も心も限界に達し、きっと今日一日色々な事があったせいだ。

(ほんのちょっとだけ……)

 ガウラに体を寄せて、そのまま眠ってしまった。


〜〜ガウラ視点〜〜

 眠りに落ちた白い猫を見て溜息を零す。
 安心しきった顔で「ニャァ(白身フライだぁ)」と寝言を呟いている様だ。寝惚けて自分の白い手を魚と思い、甘噛みしてヨダレだらけにするその動作に微笑ましく頬が緩む。

 はて、白い猫はこの世界に居ただろうか?

 リオの無防備な姿を視界に留めながら過去の記憶を辿ると、一度だけ目にした事があった事を思い出す。そう、確かあれは――
 過去の事を逡巡していると廊下から響いてくる規則的な足音に掻き消され、自らの神経が研ぎるのを感じた。
 ここにリオが居るのは不味いのではないか? 白い猫は悪いようにはされないと思うが、と不安がよぎる。
 何か掛けるものをと、理緒を起こさないようにして動き毛布を口に銜え全身に掛けてやる。その矢先、部屋のドアが開き、牢のカギを開ける音が響いた。


〜〜理緒視点〜〜

「〜〜!〜〜〜!!」
 
 額にペチペチと音が聞こえる。
 瞼を開けると目の前に、人間で言うと拳より少し大きめの灰色ネズミが小さい手で額を叩いていた。
 特にネズミが苦手では無いのだが、それでもゴキブリに比べればマシなだけだ。当然驚いて毛を逆立て警戒した。

「フ、フゥゥ!!!(げ、ネズミ!!!)」
「チュ、チュゥゥ!!(げ、とは何だよ。ていうか、オイラを襲うなよ!!食べても美味しくないぞっ!)」
「ニャアアッ(襲わないし食べないよっ!!)」
 
 このやり取り、獣や動物の間では主流になりそうだとゲンナリする。
 弱肉強食の世界に自らも巻き込まれているのだから笑い話で済まされない。
 そりゃ、食べる物に困った時は小動物を襲わないなんて自信なんて無い。ただ、幾ら生命の危機に瀕していても生きたままは絶対嫌だ。人間だったプライドに掛けて、これだけは譲れない。
 
 売り言葉に買い言葉で襲わないと誓ったものの、どうにもチョロッとしたしっぽに目が移り、ウズウズして本能で追いかけたくなる。玩具を見つけた時の興奮と似ている。こんな時に猫がネズミを襲う気持ちが解りショックを受けた。

「チュウチュウ!」(大変だ。猫の嬢ちゃん。ガウラのおっさんが連れ去られたぞ!)
「ニャ、ニャア??」(え、ガウラが?っていうか、貴方は誰?)
「チュウッ」(オイラはネズミのハンスっていうんだ。結構この王宮に詳しいんだぞ)
 
 とにかく話は走りながらだ!とハンスが主張するので鍵の開いた檻からこの部屋を出る。
 盛大な催しの為か、通路には誰も通っていなく、明かりの灯ったランプだけが寒々しく点かれていた。華々しい雰囲気の王宮だけに、もの静かな通路を見て寒く感じてしまった。

 ハンスが言うには、王宮に招かれた商人が覇者の出現を祝うために催しを始めるらしい。
 ただ単に場を盛り上げるための演出、それをガウラにやらせるとお喋り好きな鳥たちから情報を聞き出す。だがその後が肝心だった。それが終われば用済みで、ガウラの命が無いらしい――と。
 居ても立ってもいられなくて、ハンスはこの状況を救いだせる存在――覇者であるリオに救いを求めた。 

「ニャアア(覇者じゃないと思うけど。わかった、やってみるよ)」
「チュウウ(頼むよ。ガウラのおっさんは獅子の中では王的存在なんだ。おっさんが居ないと仲間の獅子達が魔物を引き連れて、王宮に攻め込んで来る可能性がある)」
 
 獅子共が魔物を引き連れてくるとなるとこの首都がどうなるか。ネズミのハンスは自分よりも小さな体は震えていた。
 私はというと、猫パンチしながら気合いを入れる。

(無事に助けられれば良いな……)

 心優しい獅子の友を救うために――


平凡青年 料理人 マット
獅子“カイナ”  ガウラ
ネズミ      ハンス

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003 狼獣人レイオンとの出会い

2010年02月28日 09時51分36秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 二人の騎士から逃れた後、気味の悪い部屋を出て廊下らしい所をポテポテ、慣れない手と足を使って歩いてるんだけど。私に気づいた老人が涙を流しながら、膝を床に付け両手を合わせて拝んで来た。

「??!!」
「白い猫様じゃ、なんと神々しい。もういつ死んでも良いわい」
「ウニャァ……(死んだらダメでしょ、長生きしなよ)」

 ツッコミたかったんだけど騒がれても嫌なので素早く移動して老人から隠れる。老人はあたふたして「猫様!?何処へ行ったんじゃ?」と騒いでいるが放っとく事にした。
 猫は居ないのか、それとも白い猫がこの世界じゃ縁起物だろうか? ライさんも白い猫に拷問は出来ないって言ってたし。背筋が寒くなってきたので考える事を止めた。とりあえずその考えを保留にして自分が今いる場所を理解しなくてはと、少しの間悩む事にした。

 四足でトコトコ歩くと正門より外れた内側の場所で、ヨーロッパにありそうなドーンとそびえ立つ白いお城を見上げた。この城、マンション10階建よりも更にある・・・お城を守るように建てられた壁も白一色。中の広い庭は芝生で整えられ中央には噴水が設置されてる。
 
(立派で豪華と言う言葉に尽きる。日本の皇居よりも凄くデカイんじゃない?)

 人から隠れるように、次は内部を観察。細部にこだわった造りの白い柱に白い天井はシンプルだが、ピカピカに磨かれた一面の真っ白い床の綺麗な事といったら!

 コレクターが喉から手が出そうになる麒麟に似た動物のオブジェらしき巨像
 箱舟らしきモニュメント
 何百万しそうな黄金の壺
 高価そうな照明器具に、螺旋を思わせる壁に沿った手すり付きの広い階段
 真っ赤な絨毯に白色の蓮の花の絵や丸い魔法陣? を模した刺繍も素晴らしい。新品さを醸し出すその風景に全てが現実味を失くす。場違いな世界に来たような錯覚に頭がクラクラして、滑って転んでしまった。
 中庭に繋がっている通路で旺盛に伸びている、草や植物に隠れるようにして通る人を観察する。
 身分のありそうな女の人は奇麗なふわふわのドレスを身に纏っていた。歩く時裾を踏んずけないだろうか。
 騎士らしい男の人は甲冑着て剣を腰に携えて見回りをしている。この辺は物騒なのだろうか。そんなの持って街をウロウロしてると、日本では銃刀法違反で逮捕される。
 さっきの怪しい部屋での出来事を思い出すと彼らは“異世界”と言っていた。
 不思議な手品といい、剣にお城といい、それに自分のこの姿。心の何処かで願ってたんだろうな。“日本であります様に”って。 

 項垂れながら庭にある広い池を見た。池の中には赤・白、黄・白と色が混ざったまだら模様の錦鯉らしき魚が数匹、優雅に泳いでいる。一瞬美味しそうだと口から涎が出たが、口を引き結んで自分の顔を見てみた。
 目に映るのは自分の顔じゃなく猫だ。瞳の色は金色。可愛らしい猫の姿。
 自分の白い毛むくじゃらの手を見て予想はしてたがやはり真っ白い毛をしている。自分で褒めるのもなんだが、ショートヘアの長さでとても毛並みが良い。頭を撫でてあげたいと思ったくらいだ……あくまで自分が猫でなく、ここが異世界でなければだけど。
  
 首元を眺めていると一つの花が目に入る。
 この花を彼らはピリマウムと言った。花はバラに似ている。茎の根元をリボンでくくりつけられて、自分にとてもぴったりと似合っていた。所詮は切り花、いずれ枯れると思っていたが瑞々しい輝きは何時も失われない。女神の加護があると言ってたのでほんの少しだけ納得した。
 鼻を擽る匂いに一瞬何かを思い出そうとしたが、目の前に突然大きな物体が現れた。

「ニャ?!(ヒィ!)」
「異世界の覇者とは汝のことか?」
「ニャ、ニャア!?(と、突然現れて何この……ひと?)」
「覇者殿の気を感じ取って挨拶がてら見に来てみたのだ」

 一人で喋ってる男の人? は、人間じゃ無かった。人間と狼を足したような感じで、顔は狼。紺色の襟の大きく開いた紺色の上下の服にマントを付けていて、胸からは狼特有の毛がふさふさと覗いて2本足で立っている。長い槍を背に携えていて、狼の獣人は膝を付き目線を私に合わせてきた。目つきは鋭く月色の瞳が私を観察している様にも見えた。

「そういえば覇者殿」
「ニャッ?」 
「守護獣はどうした?」
「ニャ?(守護獣?)」
「守護獣無くしてファインシャートは救えまい。まさか猫だから守護獣はいらぬとか申さぬよな?」
「ニャ、ニャア(もう、知らないよぉ)」
「守護獣は居た方がいいぞ。覇者が従属にした獣は普段の何倍もの力を引き出せるし、主を命をかけて守護するのだ」
「ニャア(この嘆きを猫の神様に)」
「だが獣は簡単には屈せぬだろう。精々頑張ることだ」
「ニャ(ハァ)」
「我の名はレイオン・リディカン。我を従属にしたくば我を打ち負かせ。いつでも相手になろう」

 ムキムキの筋肉狼に勝てる訳ない。何して勝負するんだよ。猫の手じゃジャンケンも満足に出来っこないのに!

「覇者殿の名は?」
「ニャア(理緒)」
「リオか。良い名だ」
「!」

 自分の言葉がレイオンに伝わった事に驚いて、つい後ずさってしまった。
 一体ここは、どうなってるんだろう。

「我々獣人は獣の言葉が分かる。獣達から話を聞いてみると良い。宮殿に居る獣達は気性は穏やかだ。攻撃せぬ限りは害は無いだろう……が」

 膝を床に付き、狼特有の顔を近づけて来た。鼻を近づけられ、クンクンと匂いを嗅がれる。
「この甘い匂いに刺激されて押し倒されぬようにな」
「!!」
「メスの甘い香りがする。覇者殿は猫だが、この匂いには獣や我々獣人でもくすぐられる。獣の本能には抗えない奴もいる、気を付けろ」

 勘違いして慌ててピリマウムを外そうとした。けど私の、猫の手では外れない。
 もたもたしてる時にレイオンは私の口元をペロリと舐めてきた。真正面から私を見据える瞳は、獲物を狩る時の瞳に似てる――?

「ニャ、ニャ、ニャ(な、な、な、何ィ??)」
「元々の覇者殿の体臭だ。子を産む適齢期に達しているのだろう。自身で気づいていないだろうが自然と醸し出している。獣人や獣は人間とは違い嗅覚が数百倍あるからな」
「!!!(もしかしてフェロモンの事??)」

 顔が真っ赤になる。
 そんなの出してない! と反論しようとした所、突然レイオンが押しかかって来た。
 バチバチッッと雷にも似た白い魔法陣が私の前に現れる。レイオンも最初は驚いて、すぐに推察しだした。

「エリシュマイルの加護か……やはりその花は本物。主の危機に察して瞬時に守護の魔法陣を張ったようだ」

 狼独特の自分の指からプスプスと煙が出た状態を、レイオンは何とも無さげに眺めている。手から煙が出て、焦げ付く匂いまでするのに。

「それに、その花の香りは一種の魔除けともなる。その花は外さない方が良い。自分の身を守れなくなるからな」 

 焦げ付いた自身の手をペロリと舐め、こちらをねめつける。空気の温度が若干下がっているのは気のせい?
 獣の本能が逃げろと警告してくる。ここから、レイオンの前から逃げたい。
 心臓が激しく踊り出す。弱者が強者に出会い、敵わないと悟る時と似ている?

「ニャゥ……」

 後ろ右足を後ろに動かしたとき――本能で危機を察知して体中の毛を逆立てた。
 精一杯威嚇したのだが、素早い動きでしっぽを掴まれて急に力が抜ける。
 魔法陣が激しく音を立ててレイオンとの間を阻むが、反応を予測していたのか、レイオンは咄嗟に避けてた。

「変わり映えのない。やはり防戦一方の魔法陣だな」 
「ウゥゥーー」

 やられてから魔法陣が出現するって遅くない? しかもレイオン避けてるし。
 役に立たない魔法陣に、弱点である己の尻尾。初っ端から不満で不安の二重奏に苦しんだ。

「主以外には外せぬから安心しろ……と言っても猫の手では外せぬか」

 ポンと頭に手を置かれて静かに理緒から離れた。理緒はいきなりの事で呆然としている。

「女神の加護に頼り切ったままでは守護獣は得られない。全てに強くなる事だ。リオ――」

 そう言って高く跳躍をし、屋根の上に跳んでから風の様に去っていった。

「ニャアァァ」(猫のままでどうやって強くなれってのよ)

 へたり込んだまま、レイオンの馬鹿ーーっと猫語で叫びながら猫の手を空に掲げる。天気の良い、眩しい程のお陽さまが少し憎らしかった。


――その頃のプロテカの神殿――

 首都ディッセント国から北に数キロ離れた、海に面した場所にある水色の建物の神殿。
 神殿を囲むように流水が流れ、その上にはレンガの橋を設置している。
 出入口に設置された、排水口から勢い良く下へ流れる滝が、悪しき魔物や人物を選別しその役割を果たす。
 潮風にさらされた建物や建築物は劣朽が激しい。だが不思議な力の恩恵で幾多の時代を耐え抜いた建物は、欠ける事無く今でも立派に大地にそびえ建つ。
 この地にしか咲かない、国花とされている蓮に似た白い花が申し訳ない程度に神殿の周りでひっそりと咲き、今の時代を写し取った様相が窺える。
 奥へ進むと、海から汲み上げた水が止め処なく溢れ、広く深く縁取られた層によって水が溢れだすのを食い止める。それぞれ四方に貫通された排水溝によって、それが一旦壁の中を上昇すると外に繋がる窪んだ場所から清涼水として流れ出す。
 透き通った川となってディッセント国の貯水池まで流れ出るのだ。云わば建物自体が浄水装置の役割を果たしていると言っても過言では無い。国の要ともいえる。

 大切な役割を指し示すかの如く、中央にそびえ立つ神聖な祭壇に祀られているのは、偉大なる海の神ティアレストの彫像。海の生物に止まらず、海産物や魚介類・海の天候や嵐も司どり管理する神。
 性格は穏やかだが海を汚す者、不正を働く者には制裁を加えるいう二つの面も併せ持つ。水の精霊の使役する眷属とも称され、彫像で誇示されていた。体を埋め尽くす水色の鱗、手には生命を司る丸い玉を持つその姿は竜神によく似て口の辺りに二本の長い髭が生えている。 
 喧騒とは無縁と思わせるその神殿で、聖なる職に就いている巫女・神官共に大騒ぎしていた。それは今まさにファインシャートを唯一救える覇者が、30年ぶりにこの世界に来た事を察知したからである。
 ここ数年雨が少ない割には、台風並みの嵐が来たりと作物が十分育たなかったりして世間では悩みの種となっていたのだ。
 しかも昨今は、全ての民が豊かに飲める程の雨が降らない。雨が降らない時の方が多いので、ティアレストの力の恩恵で海の水を飲料水に変えて貰っていた。

 いつも通り、神殿で従事していた巫女達は信じられない思いで空を見上げる。
 なんと雨が降っていないのに空に美しい虹が出ていたのだ。雲の合間からは太陽が差し込め黄金色に染まる神秘的な景色に、神官・巫女ともに心を掴んだのである。
 稲穂が健やかに育ち、神殿の周りの蕾だった白い蓮の花が一斉に我先にと咲き誇り、甘い芳香が香り立つ。
 大木に実った果物は更に大きく膨れ、陽光に照らされ瑞々しい輝きを放つ。
 窓から海を眺めれば魚たちが元気に跳ね飛ぶ。
 涼しい春風が流れ、精霊と女神の祝福が乾いた大地に降り注いだ。
 30年前の覇者の時は数多の流れ星が流れ、凶作を防いだ記憶がある。大いなる恩恵に、今度の覇者も女神のお気に入りと人々は解釈する。巫女と神官達は女神と精霊に感謝の祈りを捧げ、王都にこの事象を急いで伝えに行った――

 神殿から来た使者から空に掛った事象の事を詳しく聞いた王、ハシュバットは妃と共に王宮から空を見上げた。空には見事な美しい虹が掛っている。その場に居る誰もがこの事象を大いに喜んでいた。ただ、誰もが気付かずにいた。新たな覇者の存在を確認出来ていない事に。

「まだ見つからんのか!」

 最初に気付いたのは召喚の間で、気絶した姫を医務室へ運んでいる、自らの甥のイールヴァとライウッドを見つけた宰相エヴァディスだった。神殿から使いが来た事を知って自らも足を運んだのである。表情を険しくして二人から事情を聞いた時は、顔を青くして騎士や兵士たちに命令して覇者の可能性のある白い猫を捜せと命じたのである。
 前王が就任していた頃からの切れ者で、エヴァディスは二人が騎士になる前の子供時代を知っている。つまりイールヴァでさえエヴァディスを苦手としていた。
 
「ところで何故異世界の覇者殿は突然逃げ出した?」 
「そ、それは」
「姫は気絶、覇者殿は行方不明、何か弁明があれば聞くが?」

 玉座に座るハシュバット王は苛立ち紛れに指をトントン叩く。姫が気絶したと言った時点で王の威圧感が増し、その場の空気が重くなる。普段の穏やかな王からは想像が付かない。

「「申し訳ありません」」
「姫に何かあったらお前達二人を風魔法で切り刻んでる所だ」

 玉座に座る国王の言葉に答える事ができない近衛騎士の二人からは、曖昧な答えが返ってくるばかりでどうにも的を得ない。それもそうだ。猫と相対してる時に、拷問の話をして睨んだり、挙句の果てに猫にデコピンを放つ始末。猫に恐れを抱かせるには充分過ぎる。怖くて逃げだすのも無理は無い。
 白い猫はこの世界では神の使いとして表され、しかも希少種なので誰もが難色を示した。しかも穢れ無き色、全ての色を統括する純白の色を持つ獣は今この世界にはいない。位で言えば王族と同等かそれ以上。捕まえて愛玩動物にする等、神に冒涜するのと同じだからである。

 姫に関しては猫を覇者かどうか確認せずに気絶したのだ。近衛騎士が付いていようが召喚の間まで連れて来たのは如何なものかと、何か遭ってからでは遅いと。
 ライウッドは王に答えようとするが苦い顔でイールヴァに止められた。
 あの猫が本当に覇者か証明されないと、言うのはまずいという事だ。ピリマウムを持っていようが持っていまいが、女神の加護を得ていようが猫なのだ。何かの間違いじゃないのかと勘ぐっている。
 ぬか喜びさせてもし猫が覇者でなければ皆の期待を反することになる。そうすれば猫共々、首を切られるかもしれない。いや、白い猫は神の使いと称されるから切られるのは自分達だけか――思わず猫より下かと憤る。
 ライウッドは溜息をこぼしながら、目を伏せて歯噛みしている銀髪の親友と一緒に自身も猫の捜索に加わった。しかし必死の捜索も空しく、結局白い猫を見つけられないまま夜を迎える事になる。




 補足:首都ディッセント王国
    首都の北にある海に面した神殿 プロテカ
    狼獣人 レイオン・リディカン
    王様  ハシュバット・イリオス・ディッセント
    宰相  エヴァディス・オルセウス

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002 猫で始まる物語

2010年02月27日 09時15分14秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 何だか随分と長い夢を見ていた気がする。今までのは夢だったのか? 
 不思議な女の人や、夢うつつの時に聴こえた複数の声は? 
 考えても答えなんか出ない。落ち着かなきゃ。ところでここはどこだろう?

 暗いが一つの窓がある。そこから陽の光が微かに降り注いでいた。
 部屋の中が見えないこともないので目を凝らしてみる。
 色取り取りの怪しい薬が入っているビンやら、様々な形の頭骸骨が棚の所に整頓されている。
 剥製にされている猿やら鳥やら見た事が無い動物に、カエルに似た生物の内臓開き、リアルである人間の人体模型。何かの実験室を彷彿とさせる暗い部屋に背筋が凍る。
 目線を下げると、茶色い石畳の上に魔法陣らしき白い文字が描かれている。何だろう? と魔法陣の円を辿っていると、自分が円の内側に入っているのだ。
 突然不安になった。
 もしかして、自分は何かの宗教に巻き込まれたのでは? それでこんな怪しい部屋に閉じ込められてたりして。身代金を要求されても大層なお金なんか家には無い。そんなの御免だ。
 とにかくここから逃げなくては……咄嗟に目に飛び込んだのは、隅に錆びついたドアだった。そう思って触ろうとしたんだけど……

(ひ、捻れん! しかも届かないっ)

 おかしい。ドアノブに手が付けられない。自分はこんなに背は低くなかったのに。
 息切れしながらジャンプをしようかと迷った時フと気が付く。バッと勢いよく自分の手を見て驚愕してしまった。

「ミ、ミ、ミギャアーーーー???!!!(は、は、はあーーーー???!!!)」 
 
 自分の手がニャンコの手だ。触り心地の良さげな肉球付きで。

「ニャ、ニャアア!!」

 な、何だコレ。新手のイタズラか。っていうか笑いの域を超えちゃってるよ。誰が笑うんだよ。笑った奴はコロス。
 悶々と一人ツッコミしながら物騒な事を考え始めた。笑えない冗談に涙が零れそうになった時、ドアの外から複数の人の声が聞こえた。身構えると、体中の毛も逆立った。

「この召喚の間に覇者様が来たというのは真ですか?」 
「ええ、プロテカの巫女が覇者の気を感知しました。間違い無いようです」
「そうですか。では、覇者様を迎え入れなくては―――」

 ギィィィ

 錆びついたドアが開かれて、三人の人間が入ってきた。
 一人は襟元がタートルネック風で、肩がふんわりと膨らみクリーム色のワンピースを着ている。シンプルだが腰に細いピンクのリボンを巻付けて、奥ゆかしさと、可愛らしさ両方を引き立てている。
 鷲色の髪をして、頭の上に小さい団子を作って残った毛を下ろしている。瞳は翡翠の色? が、外国人?? 小顔な上に大きな宝石の様な瞳。お人形さんみたいだ。
 
「姫、お下がり下さい。ライ、頼む」




 女の子を守るように鞘から剣を抜いて出て来たのは銀髪の男の人?
 着ているのは、服と言うより鎧って言えばしっくりくる。タートルネックの上に、鳥の絵を模した銀色の鎧を身に纏ってる。

(ブッ! な、な、剣から雷が出てるっ!!)
 バチバチッと放電して、西洋の剣版、スタンガンか何か?!

「地を照らし出せ、アースホール!」

 後から部屋の中に入って言葉を放った人は、簡素な革の鎧を着た金髪の男の人。何かを呟くと手から光が溢れ、部屋の中全体がさらに明るくなった。

「どこにも居ないけど……ん?」

 げっ、金髪の人と目が合った。ちょっ、ちょっと、こっち見ないでよ。私は関係無いよ?

「どうしたライウッド、覇者殿はいたか?」 
「多分違うと思うんだけど、いや、可能性が無くはないか」 
「お前、さっきから何を訳の分からない事を」

 手にしたスタンガンみたいな剣を鞘に戻し入れ、金髪の男の人がこっちに近づいて来た。
 私は空気です。置物です。猫です。ダメ?

「猫が居ました」
「まあっ」
「なっ、何処から入った。ここは厳重にしてあるはずだぞ」

 手の平の上にある光を頭上近く上げると金髪の男の人、ライウッドさんに抱き上げられた。よしよしとあやされ、大人しくされるがままになる。

「ニャ、ニャウ」
「……」

 空色の瞳と目が合い、何かを見定められてるみたいだ。逸らす事も出来ずどうしたもんかとジーッと上から下まで見つめられ、私の首元で視線を止めた。

「これは「ライウッド、そんな猫より覇者殿を探せ」 イールヴァ、この花を見てくれ」

 イールヴァという銀髪の騎士が私に近づいてくると、ライウッドさんは私の首をもぞもぞ触ってきた。
 ライウッドさんは一瞬目を細めて笑ってくれたが、すぐに顔を引き締めていた。

「こ、これは!女神にしか咲かせない奇跡の花ピリマウムか? 本物? 何故こんな猫が貴重な花を持ってるんだ?」 
「ニャ(知らないよ)」

 顔をプイッと逸らすと銀髪の男の人にジロッと睨まれた。
 何だか悪い事をしたみたいで居心地悪い。ていうか、この世界では女神さまが普通に存在するのか? さっきの言い方はいかにもなんだけど。
 いきなりの責め口調にショボンとするとライさん(省略しちゃった)は私の頭を軽く撫でてくれた。落ち込んだ事が分かったんだろうか?

「イールヴァ、猫に当たってもしょうがないだろう。問題はこの猫が覇者殿かどうかじゃないのかい? 僕としてはこの猫で間違いないと思うよ。それに猫が身につけてるピリマウムは本物で、この花にはありとあらゆる守護の魔法がかけられてるから……」

 ライさんは私の体を優しくさする。

「火であぶろうが鞭で打とうが、その力で弾かれると言うことか」
 
 銀髪の騎士が腕を組みフンと鼻で息をする。
 呆れたような顔をするライさんが私に視線を移した。

「イル、白い猫に拷問は出来ない。それにこの猫は女神エリシュマイルの加護を得ている。30年ぶりに来た、異世界の覇者殿だ――」
「こいつが??」

“異世界”  “女神”  “エリシュマイル”
「ニャア?(え)」

 最後の“エリシュマイル”の単語は、さっき女の人が名乗った名前? うそ……あの人はホントに女神さまだったの??
 信じられない気持とは裏腹に、火あぶりに鞭打ちという拷問の話を思い出した。とりあえず沢山の疑問を置いといて、いい加減離せ! と、喋れないのでウウゥゥ……と唸ってみる。私の反抗的な態度を目にした銀髪の騎士は(イルさんでいいや)鼻でフンとあしらい、額にデコピンかましやがった。
 
 ピンッ

「フギャッ(イデェッ!)」
「何睨んでんだ、猫のくせに」
「ブッ! イル、頼むから猫に当たらないでくれ」

 ライさんは笑いながら私のおでこを優しく撫でてくれた。
 クッ、私が何したってのよ。暴力反対!
 そう罵っていると、彼らの後ろに居たお譲さま風の女の子が倒れた音がした。この状況についていけなかったみたいで気絶しちゃったのかな。倒れたいのはこっちなんだけどな。
 ……しょうがないか。期待されてやって来たのは偉人でも鉄人でもない、唯の猫だもんね。 
 お母さん、お父さん、お兄ちゃんズ、私、猫になっちゃったよ――

 二人の注意がお姫様に向いてる時に、私は暗い部屋を飛び出した。



金髪の騎士:ライウッド・カーナリウム
銀髪の騎士:イールヴァ・ホンバーツ

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001 エリシュマイルとの出会い

2010年02月26日 14時43分13秒 | 小説作業編集用カテゴリ

 晴れた空も、横を通り過ぎる人や車も、私にとっての普通の日常は変わらない筈だと思ってた――

 会社へ行く父と、大学へ行く陽兄と別れて私と太一兄は同じ学校である栖鳳(セイホウ)高校へ向かった。待ち合わせ場所のバス停で奈美ちゃんと合流して、普段と変わらない会話をたわいなくする。
 橋ノ蔵奈美ちゃんは、心と書いて心友。以心伝心がたまに伝わる貴重な人なのだ。同じ幼稚園、小・中・高校と同じ地区の学校に共に通っているいわゆる幼馴染。腰まであるストレートの髪が艶やかに風で靡き、歩く姿は芍薬の花。座る姿は牡丹と着物が似合う大和撫子。主に和菓子を作っている老舗の由緒あるお店の一人娘で、将来は女将さん!! 美人な上に頭が良い我らのマドンナ、私の誇れる友達なのだ。

「もうすぐ学園祭ですわね。理緒は何かしてみたい事とかありますの?」
「私は男子が女装してくれれば何でも良いんだけど……メイド喫茶か演劇かな? 笹井に田山や木城君なんかが女装してくれれば面白いと思うんだけど、女子はケーキ作ったり裏方で良いんじゃない?」
「フフ、考える事は皆一緒ですわね。我らクラス女子一同の意見はもう纏まったも同然。嗚呼、楽しみですこと」

 クスクスと愉快気に持っている扇子を広げて、口元を隠す心友の奈美ちゃん。広げた扇子から上品な和のかほりがする……くんくん。 

「プハッ! そうだ、女装した皆の写真を撮ったら皆欲しがるよ。ねぇ、奈美ちゃん?」
「そうですわね。我がクラスのイケメン三人衆は他の女子からも人気がありますし、売ればかなりの額が期待できますわ」
 Dカップ奈美ちゃんに抱きしめられながら「ねっ?太一兄!」と伺ってみる。
「確かになってオイ、何で愉快気にこっちに話を振るんだ! 俺は欲しくなんて無いぞ」
「(最初は頷いた癖に、チッ!!)太一兄も陽兄もお父さんも、基は良いんだから女装したら絶対イケてると思うんだけどな」
「銀座で敵無しのキャバクラが出来ますわね」

 言いながら三人で我が家の男性陣が女装した姿を想像する。 
 なんともゴージャスな女性に早変わり、巻き毛にシリコンを胸にセットしたセレブ風女性の父と、かつらを被った兄二人による超絶人気ナンバー1のインテリホステスにギャル風ホステス。店のトップ3の彼らに懸かれば必ず長蛇の列が出来ると、奈美ちゃんに熱弁された。

「~~理緒っ! 橋ノ蔵! お前らの思考回路はどうなってんだよ! そっ、そんな事陽兄や父さんに言ってみろ、もの凄い見返りを要求してくるぞ……」
「わっ、太一兄ぃ! 髪の毛がまたグシャグシャだよぉ!!」
 太一兄が、顔を茹でダコの様に真っ赤にして食って掛かって来た。からかい甲斐のある反応だ。ついおちょくってしまう。これを我らが長男の陽兄には出来ないから、尚更ヒートアップしちゃうんだ。
 女装状態の腹黒父と、冷やかな双眸をさらした兄の事を考える。二人からの要求を考えて陽兄と揃って身震いした。
 三人でああだこうだと論議しつつ、思考云々で太一兄には言われたくないと憤慨しながら学校に着き、それぞれのクラスへ歩いていった。

 今日も一日の授業が終わり、空が茜色に染まりつつある時――

「奈美ちゃん、私今日図書委員なんだ。だから先に帰ってて」
「わかりましたわ。本当は一緒に残る所なんですけど御免なさいね理緒、今日は家に従兄とその子供たちが来ますの。いいですわね? 寄り道しないで真っ直ぐ帰りますのよ。私から太一さんに連絡致しますから」

 奈美ちゃんの家に従兄の蓮見さんが遊びに来るみたい。結婚して今は3児のパパ。
 三人の子供たちも遊びに来るみたいだから顔が見たいんだって。友達だけど、どこかお姉さんみたいに頼れる心友の奈美ちゃんが私は好きだった。

「ありがと。じゃあ奈美ちゃん、また明日ね!!」

 手を振って別れると、自分の鞄を持って図書室に向かう。
 自分のクラスを出て廊下を歩いていると、後ろから誰かが声を掛けて向かって来た。身長は170センチ近くある笹井明人、私のクラスのイケメン三人衆の内の一人。笹井は私の数少ない男友達だ。
 男女共にクラスの人気者で、リーダー役もこなせる凄く頼れる奴。一年で既に副会長だ。彼は縁の下の力持ちという立場の方が気楽で良いという。裏方に廻るタイプなんだと。うむ、謙遜してるのかも。

「大泉はまだ帰らないのか?」
「うん、私は図書委員だからね。今日は当番だし遅くなるんだ」
「なぁ、俺も図書室へ行くんだけど、一緒に行かないか?」
「へ?う、うん。じゃ、じゃあ一緒に行こう」
 笹井の顔が赤くなりながら(風邪かな?)、二人並んで廊下を歩く。

 ――18時00分――

 辺りはすっかり夕闇に染まっていた。
 今の季節は10月で日中の気温はまだ暖かいのだが、太陽が隠れてる今となっては肌寒い。
 静かな図書室で勉学に勤しむ生徒が大勢いたが、閉館時刻のため生徒も帰路に着き閑散としている。本の遅延者のリスト作成や新刊の手続き等、やっとキリの付く所で終わる事が出来た。図書室の戸締りをして、私達二人はすっかり薄暗くなった廊下を歩いて下駄箱に着く。

「ふぁあ、やっと帰れる」 
「お疲れさん」
「あの、それで話ってなに?」

 質問すると隣に居る彼は顔を赤くしながら横を向く。笹井は話があると言って、図書委員の仕事が終わるまで待っていたとのこと。だったら話を聞かなければと、改めて彼と向かい合う。

「大泉、オレ、お前のことが」
「ん?」
「好きなんだ。だから付き合ってほしい」
「私の事が好きって、ぇええっ! ちょっ、ちょっと笹井、本気なの? じょ、冗談で言ってるんじゃないよね? マジなの?!」
「マジだ! 本気だ! 俺は好きな奴に嘘なんか付かない!」

 笹井の語る言葉が本当かどうか、ジッと見つめた。スゥ、ハァと深く呼吸をして彼も私を見つめ返す。

「部活でランニングしてて俺がすっ転んだ時、膝から血を流してたらお前が血相抱えてやってきて手当してくれたろ? それから意識しだして。そ、それにお前がお弁当の中にオレの好きなもんがあるとたまにくれたりさ。
お前が何やっても可愛く見えるわ、意識するわで、気づいたら頭の中がお前一色……うおっ!! 何言ってんだオレ?」

 彼は真っ赤な顔を片手で押えながら悶えている。つられて私も恥ずかしくなってきた。

「……」
「このまま想いを伝えない、とも思ったけど出来なかった。だってお前はクラスでも人気あるし、ほっとくと誰かに盗られると思って」

 ん? クラスで人気があるのは笹井の方なんじゃ、と眉を顰める。 
 ――が、思わず息を呑んでしまった。笹井の真剣な瞳で見つめられる。
 真実味のある話だとやっと理解した時、顔から火が出そうなほど熱くなった。

「笹井、私は……」

 心臓が高く鳴る。告白なんて、自分には縁遠いものと自覚していたから。

「お前、俺のことダチとしか見てないんじゃないかって思ってたんだ。俺のことを意識して欲しいんだ。その時でも良い。返事を、聞かせてくれないか。どんな言葉も受け取る」
「笹井」
「頼む! 俺にチャンスをくれっ」 
「わ、分かったから。頭上げてよ!!」
「……サンキュ」

 下げた頭を勢い良く上げられ 笹井は嬉しげに顔をほころばせていた。テストで満点を取った時も、こんな顔をしてただろうか。友達だと思ってた彼の、意外な一面を知った時だった。

「それでさぁ……中学の時だった頃の数学の先生ときたら、ちょっと居眠りしてただけで宿題を増やすんだよ。その時、一緒になって悪ふざけしてた男子も巻き添えにしちゃって。宿題追加するんだよ、ひどいよねぇ」 
「ぷっ、大泉が寝てたのか。今とあんまり変わらないよな」
「むっ、なによぅー!」

 薄暗い夕暮れの中だったと思う。
 二人で校門を出ようとそれぞれが足を一歩踏み出した時。遠くでカラスの鳴く声が聴こえ、一斉に羽ばたく音が闇夜に響き渡った。

「な、なんか不気味だよな。まだ鳴き止まないのかよ」
「怖い感じ。早く帰ろう……あっ?」

 足元が一瞬崩れて姿勢を崩した。私の立っている場所だけが激しく振動している。
 体が激しく揺れる中、笹井を見ると彼はポカンとした表情で平然と地に立ってこちらを見ていた。

「きゃ、きゃあぁぁっ!」
「ど、どうして大泉の立ってる場所だけ揺れてるんだ。嘘だろう?」

 一部分だけの地震を起こしている有り得ない状態に、私達は混乱するだけで――

「なっ、」
「大泉っ!!」

 アスファルトのひび割れた地面が私を取り囲むと一斉に崩れ始めた。

「ヒャァッ」 
(――落ちるっ!!)
「~~っ掴まれっ!!」

 笹井が慌てて私に手を伸ばすが、届いたはずの私の右手は透けて握れなかった。
 お互い目を限界まで見開き、凝視した。
 最後に聞こえた声は、取り残された笹井が私を焦った様に呼ぶ声。崩れたアスファルトはその痕跡さえも残さず、ぴたりと元通りに修復された。そう、彼の姿が完全に見えなくなったのだ。

 ***
 
 ふわふわする浮遊感に、全てを委ねたくなる――気づくと体が浮いていた。
 ここは何処だろう? 私は確か笹井と一緒に居たはずなのだが。
 寸前の出来事を思い出す。自らの手が透けて笹井の手を掴めなかったのだ。

「ウッ、ヒック……」

 世界から切り離された感覚に、胸や喉がキュッと痛い。
 
 私の体、どうしちゃったの?
 どうしてこんな事になった?
 家族は? 友達は?
 もう、二度と逢えない?

 この世の終わりでも来たんじゃないかと、そりゃもういっそう落ち込んだ。その時からだろうか。少しづつ深い深い青色をした空間に陽光が差し込まれてきたんだ。何かに例えるなら、海の中に居るみたいだと言える。神秘的な空間に目が奪われ、ここに私がいる事が場違いなんじゃないだろうか? そう不安に感じていると……
 
 リオ…… 

「?」

 優しい声がする方に耳を傾けてみると、白い服を着た女の人が宙に浮かびながら微笑んでいた。
 澄んだ青碧を思わせる瞳にふっくらとした瑞々しい赤い唇。うっとりする様な甘い香りは鼻をくすぐる。
 髪の毛は見事な金髪のブロンドで腰まであり、体からまばゆく光が出ている。浮世離れした様な雰囲気に、神話に出てくる様な格好だと憶測してしまった。

「あの、」

 問いかけた時、首に何かをかけられた。
 見るとピンク色した花のモチーフに紐を通したもの。花からはとても良い香りがして、ふんわりと私を包み込む感じがする。

「あれ?」

 指で拭っても、こみあげる涙が止まらないから。
 女の人を見つめたら抱きしめられた。ポンポンと背中をあやされ頭を優しく撫でられる。
 流れる涙を拭い、頬にキスまでしてくれた。すると、あんなに止まらなかった涙は嘘のように引っ込んだ。

(……この感じは前に感じた事がある?)

 不意に青い瞳と目が合いニッコリ微笑まれる。
 奇妙な安心感と思い出せないもどかしさに、胸がじくりとざわついた。

「あの、貴女の名前は?」

 この人の名前が知りたい。

「私の名前は大泉 理緒っていいます」 

 この人の声が聴きたい!

「リオ、私の名前はエリシュマイル。貴女の誕生を待ちわびていました」
「誕生? よく分からないんだけど、え、えりしゅマってな、長い名前だねっ」

 覚えられなくて妙な発音になってしまう。もう一度聞こうと女の人の顔を窺うと――

「プリズムボウルを浄化するために、貴女の力を貸してほしいの」
「プリズム? それは何の事なの?」

 女の人は一瞬儚げな顔をした後、私の髪を優しく撫でてくれた。

「ファインシャートの世界が少しづつ、確実に壊れ始めてる。私の力だけでは止められない。貴女の力でないと」
「まっ待って。き、聞こえないよ」

 女の人の姿がぼやけてきた。声も殆ど聞こえない。気付くと白い世界に包まれ、完全に何も見えなくなった。

「世界が貴女を待っている。信じて。貴女の力と、私達からの不変の愛を――」
 
 
 彼女のための祈りの歌を捧げるべく、新たな覇者の誕生に祝福を……


 理緒の親友 橋ノ蔵 奈美
 理緒の事が好きな副生徒会長 笹井 明人

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白呪記 プロローグ

2010年02月26日 13時38分08秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 大幅修正中。 



【 白呪記 ―プロローグ― 】
 
 アナタが寂しさに震えている時、私はそっと寄り添うよ。

 アナタが泣いてる時、私が背中を擦ってあげる。

 アナタが苦しくて身動き取れない時、私がイバラの道を切り拓く。

 約束するね。
 
 だから、もしこの約束を私が忘れてたら、アナタが思い出させてほしいんだ。

 
「理緒、起きなさいっ!」

 ベシッッ

「ムギャッ」
「今日はイマイチねぇ・・・」

 乱暴でありながら、頭上へと打ち振られる華麗なる母の一撃で不満げに目を覚ます。
 シュッシュッと、手を素振りする音が無常に聴こえる。嗚呼、今日も母の百合奈は私の頭のはたき具合を見て、自分のコンディションを確かめていらっしゃるようだ。

「おはよう」 
「おはようございマウス」

 上半身を布団から起こし、ペコリとお辞儀した。意外と礼儀に煩い人なので、もちろん母限定なのだが。
 以前寝ぼけてお母さんに「オッハー」と略したら軽く頭をはたかれた。脳細胞が減って馬鹿になったらどうしてくれるのだろうか。 

「よろしい。さ、早く着替えて降りて来なさいね」
「はーい」

 魔王なみの力を持った母が部屋を出るのを確認すると、学校指定の制服に着替える。赤色のリボンを襟元で括り付け、階段を降りるとテーブルに父、母、兄、弟が勢揃いしていた。

「おはよぅぅ」
「おはよう。早く座ってご飯食べなさい」
「おい理緒、お前髪に寝癖がついてるぞ。そのまま学校行くのか。斬新なスタイルだな。新しい流行を築くのか」
「何言ってんだよ。陽兄、理緒は髪がドレッドだろうがパンチだろうが可愛いだろ? けどそれで男を誘うんじゃねーぞ。お前の事を狙う狼がいつ美味しく……アダダダッ、御免なさいスミマセンお父様。理緒が可愛いいのでつい」
「当たり前だ、僕の娘だからね」
「太一は一言多過ぎる」 

 陽兄がポソリと呟いた。

「……」

 上から私、たまに腹黒の父親恒星で、ずれた長兄陽介、無言で席を立つ父に問答無用と耳を引っ張られて、その痛さに顔を歪めている勘違い二男太一。
 大黒柱の父は容姿端麗、才色兼備を備えたマイナス要素は一切無しのパーフェクト人間。パリッとしたシャツにダークグレーのスーツが大人の色気を醸し出す。艶やかな黒髪と爽やかさで、マダムキラーと我が家では囁いている。
 元・モデルの麗しい母、百合奈は昔と変わらぬ美貌で人々を(特に近所のおじさん達を)魅了中。家族を持つようになり、一時はモデルを休業したがたまに頼まれ仕事に赴く。
 長男陽介は父に似て艶やかな黒髪に知性を備えた黒い双眸。体格の良さも相まって非常に目立つ。高校の時に剣道を嗜んでからか、スポーツ関連でのスカウトがあちこちから来て、結局地元の大学に特体生で首席入学。
 二男太一は母似で黒髪に少し茶色が混じってて柔らかな雰囲気を纏っている。女の子受けする甘いマスクと、高い身長を生かして現在売れっ子モデル中。
 それに比べて兄妹で末っ子の、唯一女である私の身長は158センチの平凡で髪は父似で黒色。顔も頭の中身もこれまた平凡。親から受け継ぎ、皆に自慢出来るのは肩にかかる艶の良い黒髪だけ。

(……髪だけは皆に褒められるんだよなぁ。コレしか無いってか??)

 こいつらに付き合ってると(特に2人の兄貴!)シスコンじゃないかってくらいウザいのだ。ドレッドやパンチパーマが似合うわけ無いでしょっていう意味合いを含めて、太一兄の太ももを抓ってやった。

「イタダキマース」 
「ゆっくり噛んで食べるんだよ」
「あーい……」

 先に食べていた兄二人は朝食を済まし、まだご飯を食べている私の頭をぐりぐり撫で洗面所へ。
 お父さんは私の頬についてるご飯粒を取ってくれて、冷蔵庫から冷やしたプリンをニコニコしながら私に差し出してくれたんだ。お父さん、グッジョブ!
 お約束のさくらんぼを飾り、プリンの周りには大好きな生クリームを添えてくれてある。ちなみにこれ、マイファーザーお手製のプリン。お父さんはお菓子作るのが好きなんだって。たまにコンテストに出て優勝する程の腕の持ち主。お母さんの料理も美味しいけど、お父さんは更に上を行く。よくこんな顔良し、器量良しと結婚出来たもんだ。何かお父さんの弱みでも握ってるんじゃ?
 疑いの眼差しを母に向けると母曰く、「私の魅力は全てを凌ぐのよ」と、耳元で小さく囁かれた。母よ、私の心を読みましたか……?


「「「「行ってきまーす!!」」」」

 玄関で手を振る母にそう言い、学校指定の革のカバンを持ち玄関を出てそれぞれ歩き出す。今の時期だと夏の終わりを迎える位に差し掛かってるんだろうか。猛暑といえるピークを無事に終え、ようやく葉っぱが黄色に色づいたきた。紅葉狩りに栗拾い、それに食欲の秋到来だ! とすぐに気分が浮上する。
 特に食に関しては積極的に行きたい。
 サンマ♪ サンマ♪ サンマが美味いと頭の中でリズムを取る。サンマは秋が旬だから、安くて一番美味しいのだ。サンマさんには悪いが私の胃袋の中で成仏して欲しい。南無南無……

「ねえ陽兄、今週の日曜日に水族館連れてって。イルカ見たい」

 サンマ→魚と連想して水族館と行き着いた。因みにイルカを食するために見つめた事は断じて一度も無い。あんなキュート過ぎる哺乳類を食べるなんて私の良心が疼くってもんだ。

「ああ、良いぞ。一緒に行こう」

 女の人が一瞬でうっとりする様な、父譲りの微笑みを浮かべ返事を返してくれる。普段、無表情の陽兄が微笑む事はまずない。私に見せてくれる笑顔は妹であるが故の特権だ。

「ずりーぞ!陽兄ィ、先月も理緒と二人で遊びに行っただろっ」
「太一はテストで赤点取って追試だったろ?」
「ぐっ! それは……でも俺も行きた「理緒、パパがマンボウのヌイグルミを買ってあげよう」
「あ、ありがとう、お父さん(お父さん、まともだと思ってたけど、結構腹黒じゃ・・・?)」 

 太一兄の言葉を容赦無く遮り、さり気無くを装い参戦。柔らかな表情で言われた。お父さんのこの笑顔があれば、道端の女の人はイチコロでしょうな。結局、家族皆で出かける事にした。

(お父さんも陽兄も太一兄も、私の事を大事にしくてくれる・・・)
 
 その気持ちが嬉しくて、優しい父と陽兄の大きな手を照れながら力強く繋いだ。


ジャンル:異世界ほのぼのファンタジー
主:大泉 理緒
母:百合奈 父:恒星 長兄:陽介 二男:太一


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恋慕と狂気

2010年02月13日 21時23分16秒 | 小説作業編集用カテゴリ
本編:白呪記
番外編:恋慕と狂気


 夢を見た

 女の子だ

 泣いている


「どうしたの」
「居なくなってしまったの。すごく大切なヒトなのに・・・」

 白い服を着た幼い女の子は、蹲ったまま動かない。だから私もしゃがんで訊いてみた。

「誰が居なくなったの? 私も一緒に捜してあげるよ」
「本当?」
「うん。二人で探した方が早く見つかるよ。ねっ、何を探したら良いの?」
「あのね、女の人で、黒髪で、私のお母さんなの」
 
 手の平で覆い隠していた顔を上げ、瞳を合わせてくれたその子の名前はエリシュマイルちゃん。
 私の手と彼女の柔らかな小さな手を繋ぎ、陽光がゆらゆら照らす蒼色の世界を二人で歩く。
 彼女が言う、お母さんの手掛かりとやらは見つからない。不安を露わにした彼女は、立ち止まって動かなくなった。

「お母さん・・・」
「ねっ、お母さんの名前はなんて言うの?」
「~~~、~~~っていうの! お母さんは、とっても優しいんだよ!」

 名前が聴こえなくて、もう一度訊ねると

「お母さんが居ないと、~~~~~~が寂しいんだって。勿論、わたしも寂しいから捜しに来たんだけど。やっぱりどこにお母さんが居るか分かんないよぉ」
「え、お母さんが分からないの? どうして「ねえ、お姉ちゃん」」

 私の言葉を遮り、疑問に答えないエリ・・・ちゃんは、手を後ろに回して微笑みながら訊いてきた。澄んだ青空を写し出したかのような瞳に、吸い込まれそうになる。

「お姉ちゃんの名前も、教えてくれる?」
「あっ、ごめんね、言ってなかった。私の名前は大泉理緒だよ。リオちゃんでも良いし、お姉ちゃんでもいいよ」
「リオおねえちゃん。ねぇ、私はエリーで良いよ。そう呼んで」
「分かった。エリーちゃん・・・だねっ」
「リオ、リオ!」
「あれ、エリーちゃん。私の事は呼び捨てで呼んじゃうの? もう・・・」

 私の手を、再び握るエリーちゃん。
 何か言いたそうなので、またしゃがみ込んで彼女の言葉を待つ。

「リオは、私が困ってたら、また助けてくれる?」

 不安そうな彼女に寄り添い、金髪の頭を撫でて背中を擦ってやる。
 表情がほぐれたのを確認してから、彼女を勇気付けた。

「~~~~~~が、~~~~~~~~の世界なんてどうでも良いって言ってたの。お母さんは『二つの世界を平和にしてね』って言ってたのに、アイツ、あんまり他の事には干渉したくないってさ。だから私が一生懸命取り持ってるのに・・・今度は~~~~~~が邪魔するんだよ」

 聴き取れない言葉が多くて、彼女が言い終わるまで待つ。

「~~~~~~は、黒くてキライ。
 ~~~~~~から産まれたくせに私と力が同等なんて、これじゃあ何も出来ないよ。しかもアイツの方は、私より力が上なの。あくどい白猫をたしなめるなんて、私にはムリなんだもん」

 うわーーん、と大泣きするエリーちゃん。
 泣き止まそうとするが、なかなか涙は止まらない。 

「じゃあ、お姉ちゃんがエリーちゃんの助けになるよ。あくどい白猫なんて、私が躾けてあげる!」
「リオが助けてくれるの?」
「困ってるんでしょ。動物の躾けなら、任せてよ」
「プッ、動物って。アイツが聴いたらなんていうか・・・アハハッ! リオ、ありがとうっ!」

 エリーちゃんと話していると、私の影が伸びて下に引きづり込まれた。
 地面にお尻から落ちた私は、痛みに耐えながら周りを見回す。そして、エリーちゃんが居ない空間を見て戸惑った。

「ニャー」
「あの子を探さないと・・・あっ、ね、猫・・・?」

 影に引きづり込まれた私は、エリーちゃんと離れてしまった。
 何もない白い空間だけど、優しい雰囲気はどこか懐かしい。ふと前を見ると、金色の瞳が特徴の白い猫がこちらを向いて座っていた。

「ウニャアーー」
「わっ、可愛いニャンコちゃん、こっちおいで」
「ゴロゴロ」

 擦り寄る白い子猫を抱き寄せ、頬ずりを繰り返す。
 こんな柔らかくて天使みたいな子が、エリーちゃんの言う“あくどい白猫”なのか。

「め、メチャ可愛いよぉ。ね、ニャンコの名前は? って、言葉を喋る訳ないかぁ」

 私の言葉を聴き、瞬きを一回繰り返した白い猫。
 ウニャア、と一鳴きして口を開いた。

『ワレはパンナロット。そういうお前こソ、シャラの生まれ変わりだろウ?』
「うええっ!」

 驚いて、思わず子猫を落としそうになったが踏み止まった。
 白い子猫は地面に落ちまいと、私の制服に手足を伸ばして必死にしがみついていた。

「はわわっ、猫が喋った!」
『喋る事など造作もなイ。それよりも、今のシャラの名前を教えて欲しイ』
「へっ、しゃ、シャラ・・・?」
『お前の名前を聴きたイ』

 胸の前で擦り寄る甘えん坊な子猫は、私の名前を聴きたがった。
 毛むくじゃらの白い手で、ポスポスと胸の部分を叩かれる。

「ニャンコちゃん、私の名前は理緒・・・大泉理緒だよ」
『オオイズミリオ。リオだナ。良い名だ、リオ』
 
リオ、リオと、何回も繰り返すニャンコ。
 ヒゲをピクピクと動かして、鼻先を擦りつけて来る。

『リオ、ワレの名は“パンナロット”ダ。覚えて欲しイ』
「パ、パンナロット・・・」
『そうダ。ああ、リオ、リオ・・・』

 うっとりして呟く白猫に、ついうっかり見惚れてしまう。
 しかし、先程のエリーちゃんとの約束を思い出して自分を叱咤した。
 
「ねっ、パンナロット。あなた、エリーちゃんを困らせてない?」
『何の事かワレには分からなイ』
「エリーちゃんは困ってたよ。私には何の事か分からないけど、とにかくアナタを躾けないといけないの」
『ホォ、リオがワレに躾けヲ? 一体どの様にしテ?』

 しらばっくれる白い猫に“あくどい”という言葉は使わず、エリーちゃんからの要望を伝えた。この子を躾ける事に成功すれば、エリーちゃんはきっと笑顔をみせてくれると思ったからだ。
“躾け”の単語を聴いた白い猫は、興味深々と言った風に金の瞳を丸くさせて訊いてきた。

『“躾け”というからにハ、勿論ワレと共にずっと一緒に居てくれるのだろウ? 楽しみな事ダ』
「ずっとって、そんなに長くは・・・パンナロットは・・・ああもう、長い名前! パン・・・パロ・・・パット・・・どれもしっくりこないなぁ」

 エリーちゃんの名前も呼びやすい様に略したので、パンナロットの略称も考えたが、不可能のように思える。唸っていると、パンナロットはペロリと私の頬を舐めて来た。

『リオ、無理に略す必要などナイ。ワレの名前には、シャラが力を込めた最高の言霊(ことだま)が宿っているのだかラ』
「え・・・」
『“あらゆるものを制する統括精霊”。この名前があるから、ワレはファインシャートで一番の精霊・・・統括精霊を名乗れるのダ。ワレも、この名前が気に入っていル。しかし、リオだけなら別の名前を使っても良いカ・・・なら、』
「んっ、な、何?」
『何を代償にすル?』

 頬ずりされ、金の瞳と目を合わせた。
 獲物(わたし)を捕えようとする、獰猛な瞳。

「何って・・・」
『ワレの名を、リオが呼びやすい別の呼称で使えば良イ。ワレの名は、特に大きな意味を持ツ。リオ以外の奴がやたらに略してワレを呼ぶなド、そいつを焼き殺して嬲り殺シ・・・ああ、悪かっタ。今のは聴かなかった事にしてくレ』
「なぶり殺しって・・・この子猫は!」

 腕の中に居る彼をペチペチと頭を優しく叩いてやったら、少ししょげていた。
 甘えるように、ニャアニャアと鳴きわめく。

「略すのは止めとくよ。と、とにかく、言葉遣いの悪いパンナロットは、やっぱり躾けてあげないとね!」
『リオ、ワレを躾けてくれるのカ。そうカ、そういう事なラ・・・』
「えっ、コレ何?」

 頭の上から金粉が体中に舞い落ち、体の中に浸透して消えていく。

『リオが、ワレの居る世界に躾けに来イ』
「へっ? ちょ、ちょっとぉぉ!」
『ワレは“あくどい”白猫なのだろウ?』
「知ってるんなら直せばいいじゃないっ」
『エリシュマイルとも約束したみたいだしナ。リオがこちらに来るのを待ってル』
「ど、どうやって」
『リオが来るときハ、目印としてファインシャートには一匹として居なイ、純白の猫の姿になってもらウ。ワレと同じ白い猫。きっと美しいメスなのだろうナ。交じり合いたイ・・・』
「ちょ、ちょ、猫で交じり合うって・・・それは聴き捨てならない――!!」

 生意気な白猫の首根っこを掴み損ね、私の腕から素早く離れたパンナロット。
 ふわふわの白いシッポを名残惜しそうに振って、こちらに振り返る。

『ワレのあくどい行動ヲ、窘(たしな)めてみロ』
「の、望むところだよ!」
『イバラの道を辿ろうともカ?』
「え、エリーちゃんが困ってるんだもん。私がイバラの道を切り開く!」
『言ったナ』

 ニヤリと口の笑みを浮かべるパンナロット。
 白い空間が、端の方から崩壊を始めて来た。上下左右に震動する。

「わわっ、く、崩れるぅぅ――」
『リオが現実の世界に戻った時、今のワレと喋った記憶が無くなるようにしタ。もう一度エリシュマイルに会った時、今のセリフが言えるかナ?』
「も、勿論だよっ! ただ、忘れてたら思い出させて欲しいんだけどな――・・・」
『リオでもその願いは聞けない。賭けの代償は“リオ”だからナ。猫のお前が無事にワレの元まで辿り着キ、“躾け”が出来ればワレは二つの世界を平和に導く。反対にその道中、リオが挫けてワレの元まで来ぬ場合ハ』

 舌舐めずりする白猫は、金の瞳を妖しく光らす。
 子猫に見せかけ、鋭い牙をチラつかせた。

『ワレがお前ヲ連れ去リ、二度と人間に転生出来ぬように施ス。老いを知らぬ世界デ、ワレと無限の時を暮らすのダ。世界も、どちらか一方だけを崩壊させル』
「パンナロット! そんな事したら許さないから――――!!」

 地盤と呼ばれる、白い床が崩れ落ちてまた落ちる。
 そして今度こそ、私は深みに沈んでいった。

『ワレとエリシュマイル、未だにリオを欲しているのダ。お前が過去を思い出ス、思い出さのうト、必ず迎えに行くヨ。リオを欲するのハ、ワレもアイツも同じなのだかラ』
「こんのお馬鹿ネコ――――!!!!!」



 覇者としテ、純白の猫の姿でワレの元まで挑んでみロ!




****


「――、――さん、大泉さんっ!!」
「ほわ?」

 じっとりとする温度。
 額に汗を浮かべて目を覚ませば、自らがいつも授業を受ける教室。
 窓の開いた場所から風が吹き、日差し除けのカーテンがひらりと揺れる。
 クラスメイトからの驚くような視線と、鬼ババ先生の殺されそうな視線にも負けずに、私はぐっすり眠りこけていたようだ。

「ほわ? じゃありませんっ! あなたは、また居眠りなんかして。宿題はやって来たのですか?」
「はわわっ、しゅ、宿題って・・・何でしたっけ?」
「けっこう、放課後までに提出するように」
「馬鹿だな――っ、大泉。鬼ババの授業に宿題忘れて眠るなんて。度胸あるぜっ」
「あはっ、言えてる――っ!」
「「「「ギャハハハッ!」」」」

「今笑った人全員、宿題をさらに追加するザマス!」
「うあぁぁぁ――――!」





 
 恋慕と狂気 番外編(終)



(後書き)
 リオが、中学生くらいの時です。
 



ザ・卵戦争

2010年02月08日 14時53分30秒 | 小説作業編集用カテゴリ
見てる人も、見てない人もオコンニチハッ。ブログ管理人ラクトでっす。
今日は買い物に行って来たので、その様子を小説風にレポしてみました。
では、どおぞ・・・


FILE1 ザ・卵戦争 

今日は、私がいつもひいき目にしてるスーパーの特売日だ。
野菜や果物、月曜日恒例の赤卵L・M色々混ざったサイズのワンパック12個入り卵が98円で売られているお買い得デー。
そこのスーパーは、朝9時に開くので5分になってから自宅を出発した。

「9時30分なら、まだ駐車場はガラ空きだよな~♪」

駐車場に着いたのは9時20分。
カーナさんのラヴァーズレゲエを、車の中でフンフン聴きながら着いたは良いが・・・

「え」

駐車場はもう満杯だった。
車の中からスーパーの駐車場がハッキリと見える。
スーパーの入り口から遠く離れた場所にも車がビッシリで、しかも他の車が停めれないから一周してるその動作まで丸見えだ。

「こ、こんなんじゃ私が停める所が無いじゃん!」

慌てて広い駐車場に入ったは良いが、一周しても車を止める事が出来なかった。
運よく車が空いても、そこへ別の車が待ってましたとばかりに入って行くのだ。
私は途方に暮れて、スーパーから少し離れた向かい側のレストランの敷地内で車を駐車して走って行ってみた。



【スーパー内部】

いつものガランとした店内じゃなかった。
人、人、人。
既にレジに並ぶ行列。
そこは卵から遠く離れた位置にあるので、私は焦って奥にある卵の所まで急ぎ足で進んだ。


「・・・」

空っぽの台がポツンと置いてある。
200組の卵パックは完売だった。
隣で商品を陳列しているおばちゃんに訊いてみると――

「完売しちゃったんよ~。次売ってるのは4時やからねぇ」
「そうですか・・・」

すごすごと今日のおかずをカゴに詰め込み(甘味しゃけとマーボ春雨)、列をなす場所へと並びに行く。
卵の事を諦められない・・・だから、隣にある薬局店で6個入りの赤卵・98円をお買い上げした。 

「ありがとうございました~」
「・・・(6個で98円て・・・)」

完全に敗(ま)けた。
私の敗北、結局主婦には勝てなかった。
当然と言えば当然かもしれない。何せおばちゃん達は、一家を支える猛者(もさ)共ばかりなのだから。

「うおぉぉ~~ん! 卵ぉぉ」

この気持ちをバネにして、来週の月曜日からは早めにスタンバイを心に決めた。


****

「ラクト~、ファイル1ってこれ、続きでもあんの?」

「分かんない。ただ、私のおかしな日常を小説風に纏めたらファイルくらいにはなるかもよ」

「ラクトの日常って、おかしな事だらけだねっ。見てて飽きないよ」

「もう何でも良いよ、誉めてくれればサ・・・」


今日のひょっこり猫はここまで、シ―ユーアゲイン、グッバイ!
あゆさんとこのブログを見たら、私んトコのが前に写し出されててビックリしたよ
嬉しいけど、ちょっと照れるなぁえへへ


ユキハルへの、それぞれの想い

2010年02月07日 20時49分26秒 | 小説作業編集用カテゴリ
本編:白呪記
番外編:ユキハルへの、それぞれの想い



 一度目の祭りの後――

 異世界からの覇者 “ユキハル” により、デルモントはパンナロットからの恩恵を失った。白精霊、“パンナロット” は純白の色を持つ猫の意思を優先させ、太陽の主権をファインシャートへ移す。
 願いを叶えた後の純白の猫・“ユキハル”は、白精霊の力により姿を消した。意気消沈した、我ら魔族を置いて――


【紫鉱城(ラドギール)・自室にて――】

「ソルトス殿下。お寛ぎの所、失礼してよろしいですか」
「ルビリアナか・・・。構わない、部屋の中へ入れ」
「はっ、失礼致します」

 ファインシャートとは別の世界、デルモントに居る我ら魔族は、以前と変わらぬ闇夜の世界で生き続ける。
 変わったのは“ユキハル”と特に親しかった者、マルル達三兄弟、飛竜(ロドス)、それに俺・・・第一上級魔族ルビリアナ・レット・クロウもその内の一人だ。
 表情が暗く、紫色の瞳を伏せながら部屋の中へと入って来たクロウ家の当主は、腰にメイスを括りつけて自室へと恭しく入って来た。黒の上品なワンピースを着た彼女は、片膝を付けて俺の窺いを立てて話しだした。

「殿下に御聞きしたい事がございます。私は生粋の魔族ですが、光を、瞬く星を、求める事はいけない事だと御思いですか?」
「俺達は闇に祝福された魔族だ。確かに光とは相反するが、だからと言って太陽(プリズム)が体を照らしても、消滅する軟(やわ)な魔族は殆ど消え失せている。
 デルモントに生息する亡霊(バグディア)共はこれには当て嵌まらないが、奴らぐらいなものだ。太陽(プリズム)を憎む低俗な小物など――」

 光沢のある、広々としたベッドの上で魔法書を乱雑に置き散らかした俺は、頭を低くして傍で控えているクロウ家の当主を見やる。若くして当主となったルビリアナには、弟であり、長男のハーティスが居る。しかし魔力・力の差から考えても長女、ルビリアナが圧倒的に優秀なので、並居る上級魔族と我が父王により、ルビリアナを推す声が多々あった。

「殿下、私はファインシャートに行き来が出来るだけの、クロウ家だけが独占する権利が欲しいです。ですので、闇の精霊の許可を頂こうかと考えているのですが」
「・・・! ルビリアナ、お前はグレイマイアに進言するつもりか――?」
「可能ならば。クロウ家当主の名に掛けて、身を賭(と)してでもグレイマイア様のお力添えを頂きたく存じます。殿下のお父上、ファランティクス様には既にご報告をさせて頂き、許可を貰いました。殿下にも報告をと思いまして、こちらへと寄らせて頂いたのです」

 頭を低くして喋るクロウ家当主。
 今のクロウ家には、両親がどちらも死去しているので弱い類に入る。
 上級魔族の名を連ね、幼くしてクロウ家当主を担う彼女は、決意を持って俺に胸の内を話した。

「お前も、光を求めるんだな。俺と同じ、“ユキハル”を忘れられない・・・か」
「殿下、私はあの白い猫の覇者を、“ユキハル”を忘れる事など出来ません。彼が、私に太陽(プリズム)の大切さを教えてくれたのです。今となっては、もう“ユキハル”を憎む事など捨て去りました」


 何故なら――と、ルビリアナは嬉しそうに告げる。


「“ユキハル”はこうも言っておられましたよ。『オレが居なくなった後、もう一度覇者が現れる。オレが戻る前に、ファインシャートの女神・エリシュマイルが教えてくれた』と。ですから、今度は私が新たな覇者を迎えに行くのです」

 瞼を閉じて、その時の様子を語るルビリアナ。
 高揚とした表情で、ユキハルとの会話を語っている。

「ファインシャートに新たな覇者が現れた場合、どうやって魔族の世界、デルモントに連れて来るのです? 白精霊の力を借りない限り、向こうからも行き来なんて出来ません。ですから、闇の精霊・グレイマイアの力を借りて、クロウ家でダークゲートの管理を司りたいのです」
「ルビリアナ、お前の気持ちは分かったが・・・グレイマイアは他の精霊と違い、冷酷だと聞く。精霊の信頼を得るには、生半可な気持ちでは答えてはくれないはずだ。何かを要求されても、お前はそれに答える事が出来るのか?」

 伏せていた頭を上げて、困った様に笑う彼女は呟いた。
 今までで一番弱々しい表情を見たのは、初めてかもしれない。

「信頼を得られるのでしたら、私はそれを差し出すだけです。視力を奪われるかもしれない、四肢をもぎ取られるかもしれない。心臓を差し出せと言われるかもしれない・・・ですが、クロウ家当主の私が居なくなっても、まだ長男のハーティスが残っています。私が死んでも、残った彼が恩恵を授かる事でしょう」
「ルビリアナ・・・」
「私なら、グレイマイア様の信頼に応じる事が出来ると信じています。――いえ、当主の名に賭けてやってみせます!」

 拳を胸の前に当て、俺の言葉を待つルビリアナ。幼いクロウ家当主は、もう前を見据えて歩き始めているのだろう。反対するなど、誰が出来ようか。
 俺は彼女に賛成の意を示し、部屋の外へと送り出す。振り返る幼い彼女が、はにかみながら教えてくれた。 

「グレイマイア様からの恩恵が得られたら、ファランティクス様とソルトス殿下に、改めて御報告に伺わせて頂きます」
「ルビリアナ、お前なら出来るさ。成功を祈る――ファインシャートの神・エリシュマイルではなく、白精霊パンナロットにな」
「ありがとうございます。エリシュマイルは私も嫌いなので、ぜひパンナロット様でお願いしますね!」
「ククッ、ああ、分かった」
「では、失礼します」

 俺よりも身長が低い彼女は、静かな音を立てて通路を歩いて行った。
 それから三日後、紫鉱城(ラドギール)の謁見の間で父と時間を潰していた俺の前に、待ち侘びた人物が入口に立っていた。漆黒のふわりとしたドレスから、彼女の手足が見える。首元には鬱血した跡が所々付いていた。

「ファランティクス様・・・ソルトス殿下・・・」
「ルビリアナか!」
「ルビリアナ? どうだった、グレイマイアの――っ!」
 
 今にも倒れそうなルビリアナの背後から黒山羊の魔物が現れ、彼女を横抱きした。
 黒山羊と人間の半魔獣、バフォメット。筋肉は盛り上がり、豪腕な腕でルビリアナに触れる事を許さないとばかりに唸り声を上げている。

「グオォォォォッ!」
「誰だ貴様は。俺をデルモント王である第一子と心得ての振る舞いか・・・直ぐさま斬り捨てる!」

 背中に括りつけた大剣を素早く引き抜き、半魔獣バフォメットに向けて攻撃態勢に入った。狙うは奴の首だ。右足を一歩進め、剣で斬り込もうとした瞬間、ルビリアナの焦った声が耳に届いた。

「だ、大丈夫よ、バフォちゃん。この御方は、魔王の御子息・ソルトス殿下。玉座に座っている御方が父王ファランティクス様・・・私達の掲げるべき王族達よ・・・」
「オォォッ!」
「わ、分かったわ。貴方から離れないから・・・んんっ!」

 バフォメットに深い口づけを促され、やっと解放されたのは彼女の意識が朦朧としかけた頃だった。ルビリアナに向けた激しい口付けに、信じられない衝撃を受ける。呆然とし、俺は瞬きを忘れていた。
 この静寂を打ち破ったのは魔王である俺の父、ファランティクスだ。剛毛の黒い髭を擦りながら、俺達を見据える。 

「ルビリアナ、お前はグレイマイアからの信頼を無事に得る事が出来たようだの」
「は、はい。命を取られる事もなく、五体満足で居られました」
「お主に離れる事なく、傍に佇む半魔獣・バフォメットがグレイマイアの信頼に足る要求だったと――そう言う事かの、ルビリアナ?」
「はい・・・」
「よくやった、ルビリアナ。お主ほどの上級魔族は他には居まいて・・・しばらく体を休ませる事に専念するが良い」
「ありがとうございます・・・失礼します。ファランティクス様、ソルトス殿下・・・」
「父上、一体何の話を?」

 二人の話を聴き、内心苛立ちが増す。
 父やルビリアナには疎通があるのだ。何故、息子の俺には理解が出来ないのだと父達を見比べ、クロウ家の幼い当主と半魔獣を謁見の間から見送った。 

「父上!」
「グレイマイアは酷な事を・・・」
「だから、一体何の話をして・・・」
「ソルトスは気付かなんだか?」
「は?」

 父からのやるせない表情を見て、一瞬怖気付いた。
 この表情は、愛する母を亡くした時の過去を彷彿とさせたからだ。普段、余裕のある父上が見せる朗らかな表情ではない。

「ルビリアナの内出血を見たかの」
「内出血? そういえば、腕や首筋に点々と付いて・・・」
「それが答えだ」
「・・・ま、まさか。グレイマイアは、ルビリアナの体を要求したのか?」

 驚きと同時に、息をのんだ。
 闇の精霊・グレイマイアはルビリアナの処女を捧げる事を彼女に命じたのか。

「グレイマイアは自らの眷属を使って、信頼を得よとルビリアナに命じた様だの。半魔獣・バフォメットがルビリアナの相手をするようにとな」
「あいつは、あいつは・・・そこまでしてグレイマイアの信頼が欲しかったのか! 何故! 今まで、太陽(プリズム)が無くとも俺達は生きてこれたじゃないか! どうして自らの体を差し出してまで、闇の精霊の恩恵を乞う!」
「“ユキハル”は、太陽(プリズム)そのものだったようだのう。それほどに、純白の獣に近づきたかったのやもしれん」
「ユキハルが・・・ッ!!」

 握りしめた拳からは、紅い血が流れ出た。
 魔族に流れる血液。
 人間と同じ紅色の血液。
 ユキハルと同じ、紅い血液。ユキハル・・・お前だけだ。俺を地べたに這いつくばせ、乾いた心を憎しみの炎に変える存在は――!

「ククッ、次の覇者の到来が楽しみだ」
「ソルトス、ルビリアナは自らの意思でグレイマイアに・・・」
「次の覇者も、純白の獣だ。“ユキハル”に似た・・・な。そいつを魔族側に引き込めば、今度こそデルモントは白精霊・パンナロットの恩恵を受ける事が出来る――そうだろう、父上?」
「ソルトス! 覇者は、女神とパンナロットの寵愛を受けている存在だ。お前がどうこう出来る獣ではない!」
「そうだ。ユキハルもパンナロットに守られ、エリシュマイルにより別の世界へとまた連れられた。あいつの変わりに、今度の覇者にはぜひファインシャートが闇に埋もれるサマを見せつけてやらないと・・・なあ、父上?」


 ユキハルが招いた俺達を踏みにじった残像は、今も心に溶けずに残っている

 地獄の業火をファインシャートの民が受けて

 嘆きの叫びを耳に聴き入れながら絶望を知れ





 ユキハルへの想い 番外編(終)




シャラ・ステア 

2010年01月29日 13時53分35秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 本編:白呪記
 番外編:シャラ・ステア



自由を渇望する鳥は飛び立てる?

愛を欲して、違う枝へ飛び渡る私は愚か者?

次への生を呼び止める愚者(ぐしゃ)どもの、嘆きの叫びが耳に纏わりついて離れない――・・・
 




「パンナロットは、私が人間に転生するのは反対?」

 深海とも呼べる不変の領域は、既に私達三人の憩いの場と化していた。
 瞳に海を象徴とする色を宿すほど青色を心から愛する、女神エリシュマイルが作り出した揺り籠の世界。心身を安らげるべく為に作られた、第二の故郷とも取れるだろう。

『転生などしたら、ワレらとの記憶が一切失くなってしまう。サミシイ。シャラが居なくなる事など考えられない』  
「わ、私も! シャラが、シャラが居なくなったら、私達二人だけになっちゃう。転生なんてしないで・・・」

 白精霊のパンナロットと、女神エリシュマイルが飛び掛かって来た。
 白色の光の塊から一転、白い猫の姿となったパンナロットは私の膝に乗っかり陣取る。
 反対側で寝そべっていたファインシャートの女神、エリシュマイルも負けじと甘えてきた。

「シャラは今のままじゃ満足しないの? エリーはずっと、このままが良いよ」
『ワレはエリシュマイルはどうでも良いが、シャラとなると話しは別だ。大反対スル』 
「ムムーーッ、エリーを雑に扱って! パンナロットってば弟の癖に生意気!」 

 彼の喉を優しく撫でてやれば、パンナロットが気持ちよさそうな猫鳴き声を出す。
 草の絨毯の上で、エリーちゃんがパンナロットを投げ捨てようとやっきになった時、少し離れた場所へと彼女は転移させられた。
 優越感に浸った白い猫は、にんまりとした表情でエリーちゃんを眺めている。

「あーーっ、まただ! パンナロットの奴、空間転移の魔法を覚えたからって、すぐに私をシャラから離そうとする。悪戯(いたずら)に使っちゃダメなのにぃ!」
『お前がワレを投げ捨てようとするからダ。なにぶん、魔力が有り余ってナ。ワレの練習台には持ってこいだろウ。光栄に思えヨ』

 お馴染みの姉弟(きょうだい)ゲンカを目にするのはもう幾度とないかもしれないので、しっかりと目に焼き付けておいた。ケンカに勃発しそうな二人の姉弟は、先程の“転生”という言葉を思い出して慌てて私に向き直る。

「ねっ、ねえ。シャラの考えは変わらないの? そんなに人間が良いの?」
「エリーちゃん・・・」
『ワレらよりもカ?』
 
 涙目のエリシュマイルと、拗ねたパンナロットを宥(なだ)めて抱きしめた。
 自分に向けられる愛情は、決して虚像なんかではない。縋り泣く幼い彼らを置いて、一人で転生するのは引け目を感じるが以前から決心していた事だ。
 
「二人とも大好きだよ。勿論人間もね。だけど、私の力を次代の女神・エリーちゃんに譲らないといけないんだ。世代交代って奴かな?
 女神のエリーちゃんと、白精霊のパンナロット。貴方達二人が居れば、ファインシャートもデルモントも、仲良く平和に暮らせる筈だよ」
 
 シャラ・ステアの持つべき力を、エリーちゃんに委ねる事は出来る。
 しかし、女神が二人いて世界に支障が生じてしまう理由については、所詮は私の出まかせなのだ。私の話にすっかり騙された二人は、泣きながら鼻水を出して悲しみにくれている。

「うー・・・、私達二人で?」 
『ワレとエリシュマイルが協力して二つの種族を取り持てという事だろウ。しかし、どうしてそこにシャラがイナイ? 
 今まで、女神が二人居ても不自由ナド無かっタ。納得の行く答えを聞かせて欲シイ。しなかったら転生なんてさせナイ』
 パンナロットの必殺技、おねだり攻撃。白い猫の状態で金色の瞳が特徴のパンナロットが、瞳を潤ませて覗き込んで来た。
 純なる子猫の瞳とやらで真実を見極めようとする、狡賢い白精霊に内心バレナイかと言葉に詰まりつつも、冷静に口を開いた。

「えっ・・・えっと。さっきも言った通り、私の力をエリーちゃんに譲るって言ったよね。エリーちゃんに委ねれば、ファインシャートに“覇者”と呼ばれるスゴイ人間を喚び出す事ができ、覇者がいる間はずっっと豊作で、実り豊かな世界になるんだよ!」
「は・・・、覇者?」

 ズビビッと、私の服に鼻水を垂れ流すエリーちゃん。
 それでも彼女はひっつきむしの如く、離れてくれません。

『それで?』
「(パンナロットはなまじ頭が良いからなぁ・・・)ううっと、パンナロットには、六種の精霊を統べる統括精霊になって貰います。光、闇、火、水、風、土を合わせて六種の精霊。パンナロットが精霊を創るんだよ」 
『ワレガか?』

“精霊”という言葉に、顔を傾げて思い悩むパンナロット。逡巡して、私の顔を見る。

『精霊・・・光の精霊とやらは、シャラが使っていたナ。確か名は――』
「コンドルフォンちゃん、おいでっ」

 私の呼び声に反応して、光の粒子が青色の空間に凝縮する。
 光の凝縮体は、次第に鳥の姿を模(かたど)り黄金の翼を大きく広げて鎮座していた。
 大きな翼を羽ばたく度に降り注ぐ黄金の鱗粉に、エリーちゃんや私はついうっとりして触りたい衝動に駆られる。巨大な鳥から、小鳥へと姿を変えた光の精霊コンドルフォンは私の肩に止まって頬ずりを始めた。
 
『光の精霊コンドルフォン・・・後に残った精霊とやらをワレが生み出せば良いのカ。シャラみたいに――?』
「そうだよ。パンナロットと六種の精霊、女神のエリーちゃんなら次代をより良い世界に導く事が出来るよ」

 この言葉は嘘じゃない。彼らなら、この世界を幸せへと導く事が出来る。
 後は生命の素となる、太陽(プリズムボウル)の管理を彼らに任せれば、女神としての生を終え、人間に転生するだけだ。

『シャラが居なくなったら、ワレとコイツの気持ちはどうなル? それに仮にもシャラは魔族側の女神だ。その女神の存在が居なくなるなど、奴らは気が気じゃないだろうナ。ワレらの創造主、シャラ・ステアの恩恵が失われたと知ったラ、奴ら魔族は何をするかワカラナイ』

 尤もな意見だ。
 それでも私の意思は揺るがない。

「私も、前に進まなきゃいけないんだ。だから皆もって訳じゃないけど、協力して欲しいの。後の事はお願い!」
「シャラぁ・・・」

 コンドルフォンも、パンナロットも、エリーちゃんも私からまだ離れない。
 彼ら二人に負けじと、白い猫パンナロットは鼻先をグイグイ押し付けてくる。
 永遠とも取れる気が遠くなるような時間をこれからも過ごさなければならないなど、冗談ではない。

「普通の人間で、生活してみたい・・・」
『シャラ?』

 悠久の時ともとれる長い月日を、年を取る事もなく過ごすには疲れ果てた

 寂しさを埋めるために、女神の力で生みだしたエリーちゃん

 私が居なくなった後の、世界をエリーちゃんと共に統べる様にと生みだしたパンナロット

 ねぇ、そろそろ私に“本当の休息”を下さい


「私、ちょっと疲れたんだ・・・だから人間に転生するよ」
『ソレが本心だったのカ』
「人間になったら、シャラは、私達の事を忘れちゃう・・・!」

 私の“生みだす”力に長けた能力(ちから)を、女神エリーちゃんと、白精霊パンナロットに譲り渡す。淡く光る七色の光が、彼らに取り込まれた。それと同時に太陽(プリズムボウル)の支配権を彼ら二人に移した。
 違和感なく佇む彼らを確認してから素早く離れ、頬に擦り寄るコンドルフォンを私の肩から離れるように命令する。その後、巨大な魔方陣を出現させた。地面からは光の奔流が天高く突き抜ける。

「彼らに必要とされる女神は、一人で良い・・・エリーちゃん、ファインシャートを頼むよ」
「いやっ、い、行かないで」
『シャラ!』

 最後の力を振り絞って、女神としての消滅を選ぶ。
 魂は不変なのだ。体や記憶が消えようが、転生のサイクルは今ここから始まるだろう。

「どこに居たって、エリーちゃんを愛してる。もちろん、パンナロットもね」
「うう・・・っ、しゃ、シャラッ、お母さん・・・ううっ」
『行くナ! ワレは、ワレは・・・! アアァァ――』
   
 純白の猫、パンナロットの影が伸びて魔方陣の中に侵入してきた。この土壇場で、闇の精霊を創り上げたパンナロットは流石だ。
 凄まじい産ぶ声を上げ、足元から這い上がってくる闇の精霊にぞわりと背中が泡立つ。
 私の体に纏わり付き、体の消滅を塞がれてしまった。後一歩遅かったら、転生の魔法は解かれていただろう。

「二人とも、私の愛する子供だよ。だから協力して、二つの世界を平和にしてね」

 女神の生を終える私を、赦して下さい
 


 ****


「おめでとうございます! 元気な女の子の赤ちゃんですよ」 
「はあ、はあ・・・」

 病院の分娩室では、一つの命が誕生した。
 へその緒を処置して貰い、お湯で血液を拭ってもらった赤子を目に移す。
 寝台に横たわる母親と寄り添う父親は、我が子を腕に抱えこんで歓喜の声を上げた。

「百合奈、よくやった! 」
「はあ、はあ、私の、赤ちゃん・・・」

 産まれたばかりの赤ん坊は猿の顔にも見えるが、ぷっくりとした頬と元気な産声にそんな事はどうでもいいように思えた。 
 涙目の父親の恒星が、布に包(くる)まれ、産まれたばかりの我が子を優しく抱き寄せる。 
 
「純白の雪の積もった日に産まれたんだ。この子はきっと元気に、健康に育つぞ」

 病院の窓から見える景色は、白銀の世界。
 建物も、地面も、空も。雪に覆われた白色だけの雪景色。
 白色は全ての穢れを祓う。単なるこぎつけかもしれない。それでもこの子がとても愛おしく、誇らしげに思えた。

「百合奈、この子の名前は決めてあるのか?」
「ええ、この子の名前は――・・・」


 ****

「へぷしょんっ」
「理緒、上着を着て」

 公園に連れて来た親子五人は、理緒と一緒にハトに餌をやっている。
 ハトは理緒に懐いたのか、小さな体に寄り添っている。頭や肩に飛び乗るハト、膝の上に乗るハト、ハトだらけ。

「ハトさん、ハトさん、カラスさん♪」
「わぁっ」
「理緒を連れて来たら、カラスもハトも寄って来るんだよなぁ」

 ハトと同じく、一羽のカラスも娘に寄って来た。
 同じ兄妹(きょうだい)でも、長男の陽介、次男の太一にはハトは体を触らせないのに。 

「将来が楽しみだよ。この子はどんな女性に育つんだろうね」
「女版、ムツゴロウかしら? でも、それも良いかもしれないわね」
「きゃっ♪ きゃっ♪」
「ギャーッ! ハトのフンだっ! うわあああん、陽兄ぃぃ!!」
「太一、お前はハトにちょっかい出しすぎだ」

 
 運命に翻弄される少女は、幾多もの世界を垣間見ることをこの時点では誰も知る事は無い。




 番外編:シャラ・ステア(終) 



白呪記湯けむりパラレル紀行―2―

2010年01月22日 10時13分09秒 | 小説作業編集用カテゴリ
本編:白呪記
番外編:白呪記湯けむりパラレル紀行―2―


 温泉から上がった私達メンバーは食事を終わらせた後、旅館にある遊戯室で遊んでいた。
 現代版ルーレーット、ダーツ、なんとパンチングマシンまで揃い、それぞれが遊びに没頭していた。
 黒ひげ危機一髪に似た、剣を差し込むゲームでは皆が白熱して穴に刺しまくり、イルさんが見事に引っ掛っ掛かって部屋へと連行される。

――畳の部屋にて――

 罰ゲームと称して、遊戯室から就寝する畳の場所へと戻ってきた私達。
 既に大部屋には布団を敷いてくれていて、襖(ふすま)を閉めれば個室にも早変わり出来る状態だ。中央に集まった私達はイルさんを中心に、丸く円を描くように座り出す。 

「悪いな、イル。運も勝負の内だ。これが敵との戦闘なら命は無かったんだ。精進しろよ」
「は、はい・・・」
 嬉々とした王様が沢山の鼻毛を付け足していく。

「ごめん! イル、僕は賭け事には結構強いんだ・・・恨むなら自分の運の無さを恨んでね!」
「くそっ、早くしろよ」
 同じ近衛騎士のライさんが、頬っぺたを花マルに描く。

「フン、いつもの仏頂面が形無しだな。これを機にリオへの考えを改めろよ」
「それとこれとは別問題だろうが・・・!」
 悪人面でイルさんに近づき、ここぞとばかりに守護獣ガウラが眉毛をズ太く塗り上げている。

「イ・・・イル・・・私、ふざけてこんな事するの初めてなのよ・・・? プクッ、ご、ごめんね?」
「姫、良かったな。良い思い出が出来て」
 悪いとは言いつつも口の周りに丸く円を書いて大爆笑するフリージアちゃんに、恰好よく言葉を返すイルさん。あんまりサマにはなってないけど。

「イル・・・悪いな」
「エディス叔父さん・・・少し体が震えてますよ」
無表情エヴァディスさんは唇に紅を塗って体だけを震わせていた。

「ニャオオォォン、ニャオッ!(イルさん、覚悟は良いですか~? 必殺、ネコの筆書き!)」
「覚悟は良いかと訊いている。必殺、ネコのふでがきだと」
「ッ、早くしろよ」
 ガウラが通訳してイルさんに伝える。
 猫の私がトリを務めた場所とは・・・まつ毛をバツバツにしたイケてるメイクで最期をしめた。完成した顔は・・・

「ギャーーッッハッハッハッ!! イルゥゥ、最高だよ!」
「あはははっ、ごめん、なさっ・・・あはっ、もうダメぇ~~」
「普段のイルからは想像もつかないな。いや、良いモノ拝めたよ」
「フハハッ、普段からリオを小馬鹿にするからこうなるんだ! 日頃の行いの差だっ」
「・・・」
 それぞれが大爆笑。
 無表情のエヴァディスさんは、どこかしら目を逸らしている。
 猫の私はというと・・・

「ニャッ、ニャッ、ニャアアアッ(ギャッハッハッ! 鼻毛に口ヒゲ、眉毛とまつ毛バツバツお化粧最高ーー!)」
 ニャオッ、ニャオッと、馬鹿笑いが止まらない。
 ずりずりと腹ばい移動しながら、隅に置いてある自分のリュック(ガウラに持ってもらっていた)に近づき、あるアイテムを毛むくじゃらの手で掴み上げる。
 硬直した状態のイルさんに、肩によじ登ってやった。コレを付ければ、罰ゲームは完成だ。
 私の意図に気付いた王様が近づき、銀髪に触れる。ゴソゴソと括り付ければ、でかいリボンが頂きに現れる。この状態で、明日の朝までラクガキを消しちゃいけないと王様からの無慈悲な命令をイルさんは受けていた。
 
「・・・ニャアア(あー、お腹痛いな)」 
 猫になって、こんなに楽しい旅行は初めてかもしれない。
 私は放心状態のイルさんを置いて、旅行にはつきもののゲームを提案した。

「「「「「王様ゲーム?」」」」」
「ニャ!(うん!)」
 木の棒で王様と書かれたのと、1から6までの番号に書かれたのをそれぞれが持ち、王様と書かれた人が出す命令に従っていくゲーム。
 人数も多いし、何よりすぐに始めれるゲームだからさっそく皆に引いてもらった。説明した通り、皆も掛け声を出してくれる。

「「「王様だーれだっ」」」
 皆でスッと引き、一番に声を出したのはライさんだった。

「わ、僕が王様だ!」
 ライさんがちらりと本物の王様を窺うと、今日は無礼講だとお許しが出た。胸を撫で下ろした彼は遠慮なく命令を告げる。

「えっと・・・じゃあ、1番が4番の頬にキスをする!! ・・・で、どう?」 
 いきなりキスかよ。
 猫の私が引いた番号は6番。ガウラは2番だ。残るは・・・

「あっ、1番は私です・・・」
「4番は私ですね」
 顔を赤くしたお姫様のフリージアちゃんと、無表情の宰相エヴァディスさんだった。
 フリージアちゃんがエヴァディスさんに近づき、恥ずかしそうに頬にキスをしている。心なしか、王様の視線が刺々しい。その視線に気付いた宰相さんは、頭を低くして謝っていた。 

「陛下・・・申し訳ありません。姫の高貴なる口づけを・・・」
「・・・構わない。これがイルとライなら話は別だが」
 段々この王様ゲームの意図を理解してきた面々。どうやらモチベーションが上がってきたようだ。
 猫の私も、負けられない。目指すは王様(キング)だ。

「「「「王様だーれだ! ニャ!」」」」

 二回目の王様よ、どうか我が手に! と切なる祈りは天に届かなく、無情にもある人物の手に渡った。さっきの罰ゲームで、皆からラクガキの仕打ちを受けたイルさんだ。少し目が据わって、命令を待つと――

「5番に腹芸でもやって貰うか」 
 イルさん。

「私は2番だ」
 王様。

「私は1番です」
 エヴァディスさん。

「僕は3番だよ」
 ライさん。

「ホッ、私は6番です」
 フリージアちゃん。

「オレは4番・・・まさか、リオ??」
 ガウラ。

 ――そのまさかだよ。
 震える体を叱咤して、頭にハチマキを巻き付けて貰い、鼻と口の間に割り箸を挟み込む。
 白い腹にはマジックペンで顔を描いてもらい、籠(かご)を両手で持ってゆらゆらと踊り出す。どじょうすくいやりながら、時たま腹に力を込めると顔の形が変わって、畳の部屋では爆笑の渦に突入した。 

「ニャ、ニャ、ニャッ(エッサホラサッサ♪)」
 やけを起こして踊り狂う。
 笑いすぎて顎が痛み出す面々に、もっと笑えと心の中でせっついてやった。
 滅多に笑わないエヴァディスさんは、私の行動がツボに入ったのだろう。今まで見た事もない腹芸に鉄壁の顔が崩れていた。

「ニャンニャンニャンッ、ニャオ!(ヨイヨイヨイッ、フンッ!)」
「リ、リオ~~・・・」
「ぐっ、くくっ、さ、さあ次、始めようか」
 最早笑っていない人物などこの場にいない。
 ガウラは泣き笑い、苦しそうな王様が次を促した。

「「「「王様だーれだっ! ニャンッ」」」」
 
 見ると今度は王様が王様を引きやがった!
 私って奴は、どうもクジ運がないらしい。自分の思い通りにいかない事に腹を立て、王様からの命令を待つ。 

「3番が王様を抱き締める。どうだ――?」
「えっ!!」
「ニャ??(フリージアちゃん?)」
「姫か・・・」 
 驚いたフリージアちゃんは王様の元へ近づき、両手で体を抱きしめた。
 私の苛立つ心とは裏腹に目がかち合った王様は、ニヤリと口の端を上げて悦に入っている。

「次で終わりにしましょう? ねっ?」
 自分の父親を抱きしめた状態のまま次で最後にしようと、顔を赤くしたフリージアちゃんからの提案であと一回だけ遊ぶ事に。
 勢いよく皆で掛け声を上げれば、血走った野獣どもの目が交錯する。
 さあ、最後の王様は誰?

「やった。オレだ・・・」
 KYガウラだった――!
 ガウラは何か渋った後、熱の籠った眼差しを私の方へ向ける。嫌な予感だ。

「3番は明日まで、オレに御奉仕すること!」
「ニャニャニャッ(えぇぇーー!!)」
 なっ?、と手渡されたのはペット用の赤い首輪に、白いエプロンとカチューシャ。まさか私にメイドをやれと? 

「御奉仕だから、もう一回お風呂に入りに行こうか。リオのお腹に書いた落書きも消せるし」
「ニャアア~~(そ、それは嬉しいけど)」
「寝るときはやっぱりオレと同じ部屋な♪」
 再び男湯へ連れて行かれた私。
 ガウラからの指示で御主人さまと呼ばされ、背中を洗ってやった。
 いつもの状態から立場が逆転した私とガウラ。風呂場でペット用の服を着せられ、部屋まで戻る。
 戻る途中、若女将のルビリアナさんと出会った時にデルモント製品のクリスタル残像カードをプレゼントしてくれた。これでいつでもメイド姿の私を拝めるらしい。
 部屋へと戻った私とガウラは、いつもと変わらずに眠りについた。

「リオ~~・・・ごほうしはぁぁ??」
「ニャガガガ・・・(御主人さまぁ・・・もうちょっと離れてよぉ)」

 ファインシャートで湯けむり、良い思い出がまた増えました。ガウラ、これからもよろしくね!
 



 白呪記湯けむりパラレル紀行―2―(終)




※後書き※

ラクガキ書いてて思いついた短編です。長かった・・・! 
オチにいつも手間取ってるし、見直しで加筆したんですがそれでも読みづらいかもです。
結局のところ、白呪記メンバーで王様ゲームしたかっただけなんです。だから2を作りました。
本当はもっとフリージアちゃんと絡めたかったんですが、力不足で書けませんでした。無念です。
※ネタバレ※
ガウラと王様は三番の棒にある、汚れを見て気付きました。そういう細かい所も描写すれば良かったのに、書けなかったです。(無念だらけ。。)

とにかくマイページ、ブログに小説数が増えるように沢山書くぞと無謀な目標立てました。
力のある限りでですが・・・読んでくれてどうもありがとうございます。ではでは。<楽都> 



白呪記湯けむりパラレル紀行 ―1―

2010年01月20日 22時34分46秒 | 小説作業編集用カテゴリ
本編:白呪記

白呪記湯けむりパラレル紀行 ―1―


「ニャアアッ、ニャアアッ(やだっ、やだっっ)」
「行こうリオ、オレと男湯へ!」
「フギャアアーーッ(ガウラのおバカーーッ)」

 ある山奥の温泉地へやって来た白呪記メンバー。
 守護獣ガウラ、ディッセント国の王様、フリージアちゃん、宰相エヴァディスさん、近衛騎士のイルさん、ライさん、そして白い猫の私を入れた七人で木製のロープウェイに乗って外の景色を眺めてまっす! 
 上空から眺めた景色とは、ファインシャートの山村に田園地帯、滝壺だったりと自然が満載なんだ。時折、空を飛ぶ鳥なんかが私達の頭上を飛んだりして楽しませてくれたりする。気分が最高潮に達してるときに、KY<空気読めない>ガウラがいつもの調子で私を困らせるんだ。

「リオぉぉ・・・いつも一緒にお風呂に入ってるじゃないか。恥ずかしがってるのか?」

 情けない声を出すKYガウラにペッと吐き捨ててやった。
 ガウラは琥珀色の瞳を涙に滲ませ、それでも負けじと頬ずりしてくる。
 彼の両腕から逃れた私は、フリージアちゃんのドレスにしがみついた。

「ニャオッ、ニャオォッ(ガウラッ、今日はフリージアちゃんも居るんだよ! たまには女の子同士で入らせてヨッ)」
「リオ様、私と一緒に入ってくれるのですか? 嬉しいです」
 はにかむ様に笑う、ディッセント国のお姫様・フリージアちゃんは、ファインシャートでの初めての女の子友達だ。可愛くて優しい女の子。
 人間だったら私と同じ十五歳だ。きっと将来はとびきり美人で、プリティな女の人になる可能性が大で羨ましすぎる。きっと男性からも引く手数多(あまた)だろう。

 そんな友達と一緒に同じご飯を食べて、温泉に入り、一緒の部屋で眠りに入るんだ。
 女の子同士で(フリージアちゃんには私の言葉は分からないだろうけど)内緒のお喋りとか、ちょっとした枕投げなんかも出来るかもしれない。気分はウキウキして、今からとても楽しみだ。

「何だ、それならオレでも出来る。リオを満足させれるから、風呂も部屋もオレと一緒な♪」
「ニャ、ニャアアッ(えっ、私って今、声に出してた? で、でも私がフリージアちゃんと同じ部屋にならないと、この子が一人になっちゃうじゃんかっ!)」
「ふっ、フリージアは私と同じ部屋で眠るから心配はない」
「えっ、お父様がーー??」
「ニャニャニャッ?(王様がぁぁ~?)」
 親バカがしゃしゃり出てきた。
 父親の発言に、フリージアちゃんは口の端を引くつかせて、少し嫌そうな顔をしている。
 拒否の色を示した彼女の態度を、王様はスルーして知らんふりを決め込んだみたいだ。
 
「陛下、旅館に着きましたよ。では、フリージア姫からどうぞ」
 宰相エヴァディスさんがフリージアちゃんの手を取り、旅館の中へと先導する。続いて王様、イルさん、ライさん、守護獣ガウラと私は旅館“月光(げっこう)”の暖簾(のれん)をくぐった。




「いらっしゃいませ、私がこの旅館“月光(げっこう)”の若女将、ルビリアナです。 
 ディッセント国王陛下様方御一行さま、今日は遠い所からようこそお越し下さいました。荷物をお持ちしますので、拝借してよろしいでしょうか?」

「ニャニャニャッ!(ルビリアナさん!)」
 
 にこやかに挨拶して来たこの旅館の女将さんは、なんと魔族のルビリアナさんだった。
 今日の服装はしっとりした和服だ。白磁色の着物を着こなし、長い黒髪を上で纏め上げ深くお辞儀をしている。
 白く柔らかい両手を打ち叩くと、奥から二人の男の人が慌ててやって来た。
 木綿で作られた簡素な作務衣を装いにしているが、彼らじゃ違和感が出まくりだ。

「う・・・いらっしゃいませ、お客さま」
「く・・・荷物をお持ちいたします」
「ゼル、ハーティス、あんた達そんな対応で、この月光を繁盛させる事なんて出来ると思ってんの? 灼熱の窯鍋に入りたくなかったら、ちゃんと丁寧に応対しなさい。・・・ほら、もう一回!!」
 おしとやかな仕草が一転、紫色の瞳を険しくさせたルビリアナさんが、従業員らしき二人の魔族の頭を押さえてお辞儀させる。
 一通り挨拶が終わった後、荷物をゼルさん、ハーティスさんに任せ、ルビリアナさんが私達を部屋へと案内してくれた。
 受付所(フロント)の近くの階段を上り、通路を歩く。しばらく歩くと靴を脱いで中へと通された。畳の部屋だ。

「この小部屋は、中で仕切っている襖(ふすま)を開ければ隣の部屋と繋がるんですよ。お食事は皆さんがこの一室で、御就寝時は襖を閉めて頂ければ個別の部屋にもなりますので、お客様のご自由にお使い下さい」 
「リオ~~!」
「ニャオオオッ(もぉ、しつこいなぁ!)」
 ガウラの顔を肉球の手で押しやり合ってるうちに、皆が居なくなってしまった。食事までまだ時間があるので、タオルと石けんを用意して湧き出る温泉に向かった。



****


 【男湯】


 カポーーン・・・


「ニャアア・・・(結局はこうなるんだよね)」
湯気が立ち上る温泉では、お客は私達しか居なかった。遠慮なく猫の私もお湯に浸かれるんだけど。

「リオが溺れない様に、桶(おけ)を持って来たんだ。この中で浸かってくれな♪」
ガウラ。

「温泉なのに桶に入るとは、くくっ、残念だったな。リオ」 
王様。

「間抜け猫にはお似合いだ」
イルさん。

「イル・・・荒立てることはするな」
エヴァディスさん。

「諦めて僕らと大人しく温泉に入ってなよ。何よりガウラが喜ぶんだからさ」
ライさん。

「ニャアア・・・(もう口論する力も出ないよ・・・)」
 
 猫の私。
 あーーと、遠い目をして桶の中で湯に浸かる。
 今の私は、ガウラに用意してもらった桶の中に居る。中にお湯を少しばかり入れて貰って、沈まない様にガウラに支えてもらってる。
 他人から見ればさらに滑稽に見えるんだろう。ただでさえ存在が間抜けな猫なんだ。
 王様もライさんも、隠さずに笑ってる。イルさんなんて、皮肉を込めた笑い顔になってるよ。心の中で罵られてる可能性は大有りだ。

「ニャア・・・(あーあ、私の計画が水の泡じゃん・・・)」
 フリージアちゃんとじゃれ合う、夢の計画が。彼女と一緒なら、私と楽しくお風呂に入れるだろう。 

「リオの計画とやらは子供が考えるようなチャチな事だろう? せっかく男湯に居るんだ。パラダイスを堪能しとけ」

 ――男くさいパラダイスのな。
 何が悲しくて男湯なんかに入らなくちゃならない?
 後ろを見ても男(KYガウラ)、右を向いても男(王様)、その先の斜めにはエヴァディスさん、左を向けばイルさんライさん。
 どうして花も恥じらう乙女の私が野獣共の群れのど真ん中にいる? 私が猫だからって、何しても良いと思ってんじゃないだろうな。

「温泉で景色を眺めながら飲む酒というのも風情があるな。エヴァディス、ガウラも一杯どうだ?」
「少し頂きます」
「オレは少しでいい」
 大人二人は、燗(かん)に入れたお酒をちょびちょび飲んで楽しんでいる。
 ガウラも王様に勧められて、お猪口(ちょこ)に注いでもらったのをクイッと一気に飲み干していた。
 隅ではライさんにお湯をぶっ掛けられてイルさんが怒髪天に達した時、女湯から高い声が聴こえ始めたーー

「あら、フリージアちゃんだわ♪ 一緒に入りましょ」
「あ、若女将のルビリアナさん。こんにちは」

 どうぞと、男湯まで声が聴こえて来た。その声に皆の耳がダンボになる。
 女湯では、本当のパラダイスが始まろうとしていた。
 さあ聞き耳立てるぞ、野郎ども!!!



 ~~以下、ルビリアナさんとフリージアちゃんの会話文のみ~~
 

「ここの温泉は、腰痛、リウマチ、関節痛を和らげる成分が入ってるのよ」
「へぇ~~、そうなんですか」
「しかもこのヌルヌル、美肌の効果もあるのよ。そうだ、ちょっとマッサージしてあげましょうか?」
「ええぇっ、そんな、いいですよぉ」
「遠慮しないで、お姉さんに任せなさい! ん、ここはちょっと凝ってるわね。どう?」
「はぁ・・・き、気持ち良いです・・・」
「ふふっ。じゃあ、ここはどう?」
「きゃんっ! あっ、あぁっ、あうぅ・・・い、痛いですぅ。も、もう良いですから・・・」
「あら、ちょっと強くしすぎたかしら。今度はうんと優しくしてア・ゲ・ル♪」
「キャアッ、ちょっと、ルビリアナさん、どこ揉んでるんですか!」
「うーーん、この肌触りにモチモチした触感、やっぱりぴちぴちの十代よねぇ。今でもモテそうだけど、さらに年を重ねると凄い美女に化けるかもしれないわ。今のうちに触っておこうっと!」 
「ふわっ、あぁんっ! やあぁぁ・・・んんう・・・」



 しばらく続く。






 ~~一方、こちら男湯では~~
 

「・・・」

 静まり返った野郎どもの温泉地帯では、硬直した大人二人とお子さま二人と白い猫・・・ 
 エヴァディスさんはいつもと同じ無表情。
 お子様ライさん、イルさんは真っ赤な顔して俯いている。
 お猪口を湯の中へ落した王様は次の瞬間、冷え冷えとした焦げ茶の瞳でイルさんとライさんの背後に立った。

「フリージアの艶声を聴いたんだ。お前たち、タダで帰れると思うなよ?」

 ドスの利いた声を出して、エヴァディスさんを除いた二人の騎士を連れ出していった。 
 次に彼らが姿を見せたのは、食事が始まる直前だったという。
 それで猫の私はというと・・・濡れた全身の毛を逆立て、桶の上でもんどり打っていた。

「ニャオッニャオッ・・・(ううぅ、聴いてるこっちが恥ずかしっ)」
 体がこそばゆい感じだ。どうしようにも痒くて仕方ない。
 この状態をどうしようかと悩んでいたら、ガウラが体を撫でてくれた。

「ニャ?(ガウラ・・・)」
「なあ、リオ。オレ、今すごくリオが欲しい」
「ニャア?(ほしい?)」
「オレもリオを気持ち良くさせたいーー・・・そして、直ぐにでも子作りを・・・な?」

 な? じゃないでしょ。何熱っぽい瞳で見てくるの。おねだりしたって無駄なんだからね。
 逃げようとしたけど、尻尾を掴まれて逃げれない・・・! 

「ニャ!(痛いよっ、ガウラ!)」 
「グルルル・・・(初めての痛いは、つきものだ。大丈夫、優しくするから。だからリオ、オレと一つになろう)」

 会話が微妙にかみ合ってないし、KYガウラは人間からカイナへ変わりやがった!!
 しばらく獣状態になってなかったのに、見た目ライオンにそっくりなカイナへ変化しちゃったのか!

「ニャア――――ッ(やだ――――っ!)」
「グルル・・・(愛してるよ、リオ)」
 発情したガウラは私を捕まえようとしたけど、猫パンチしてなんとか彼の腕から抜け出した私はエヴァディスさんに助けを求めた。
 私の焦った様子を見た宰相さんは事情を察してくれ、近くに立て掛けてあった珠玉の剣を持ち魔術を発動してくれた。

 
「封・縛・陣、発動、縛朱壁、――アンチウオール――!」






****



「あれ、・・・ここは?」 

 目を覚ましたガウラが居る場所は、エヴァディスさんの魔術で作り出した朱い牢獄の中だった。
 彼は頭を押さえながら、私の存在を探している。
 私の存在を確認したガウラが近くまで寄って来たが、朱い牢に隔てられてこちらまで来る事が出来ない。

「リオォォーー・・・どうしてオレはこんな所に居るんだ?」
「ニャアアアッ!!(どうして? 自分の胸に聴いてみなよ!)」 
「・・・心臓の音しか聴こえない」 
 KYガウラは自分の胸に手を当て、耳を澄ませている。おバカな行動ぶりに呆れてモノも言えない。そっぽを向いてると、エヴァディスさんがやって来た。

「リオ殿、ガウラ殿は先程の酒で酔っていたようだ。もう抜けたみたいだし、許してやったらいいのでは?」

 貞操の恩人、エヴァディスさんに諭されて渋々了承した。
 朱い牢獄を解除して、ガウラが慌てて抱き上げてきた。

 私に何か気に障る事をしたと気付いた彼に、襲われたと言うと何回も謝ってくれた。酔った状態だと、自分でも何をするか分からないからだろう。
 ガウラも自分で驚いていたくらいだから、今まで飲んだ記憶が無いらしい。彼の凶暴振りを知った周りの人が遠ざけてたんだろうと思う。そろそろガウラを許してやるかと尻尾を振ると、喜んでキスしてくれた。
 
 フリージアちゃん、王様とイルさん、ライさんが部屋の中に遅れて入ってきて、皆がそろった所で食事を取ることになった。
 波乱万丈湯けむり紀行、あともう少し続く??



フリージアと陛下 01

2010年01月16日 20時19分22秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 本編:白呪記
 番外編:フリージアと陛下のある一日 01


「フリージア」 
「お父さま?」

 あらゆる不浄を清めるという意味で建てられた白亜の王宮、“パンナロッタ”。
 六種の精霊を統べるファインシャートの統括精霊・パンナロットの名前を一文字変え、立派な建築物としてディッセント国に君臨する。
 強固な鉄壁と、名実ともに最強の名を世に広めた我が国屈強の騎士団率いた元最強魔法騎士である現国王陛下、ハシュバット・イリオス・ディッセントは荒ぶる国々を地に伏す事に成功し、ファインシャート一のディッセント大国を建国した。

「フリージアも年頃だしな。誰を自分の夫とするんだ?」
「えっ・・・」

 手から本がこぼれ落ちる。
 いきなり質問されて体が硬直してしまった。

「勿論、お前はこの国の女王にと定めている。だから婿を取るんだが・・・お前のおめがねに適った奴は居るのか」
 表情は至って柔らか。しかし腹の中で「フリージアを妻に娶るんだ。軟(やわ)な奴は、私自ら鍛え直してやろう」と、邪な考えを持つ自分の父親。
 美男子で男前な上に、優しい声とにこやかな表情でさらに恰好良く映る半面、未来の舅ぶりが見え隠れしている。
 前髪をさわさわと撫でてくれる父は、幼い頃に遊んでくれた、優しい父の大きな手と変わらない筈なのに。

「あの・・・、お父さま?」
「知・武・精神、この三つを完璧に兼ね備えた人物じゃないとな。まず、この私を倒せるくらいの気概を持った男じゃないと――」

(お父さまを超える男の人なんて、この世界には存在しませんっ!)

「私は光の精霊・コンドルフォンと、風の精霊・ウィンクルを使役するからな。どれか一つ、精霊を喚び出して貰わないと。
 後、私を守る守護獣はディルもいる。殺傷力に長けていないとはいえ、気性は激しいからな。間違えて噛み殺されなきゃいいが・・・まこと、お前の夫となる人物は大変、大変」

うんうんと、一人相槌を打つ父親。しかも瞳は生き生きとして、今にも狩って来ますとでも宣言しそうで怖い。 
 
(精霊を喚び出せる人なんて滅多に居ませんよ。ディルに噛み殺されるって・・・お父さまってば、本当に婿なんて取るのかしら) 

「で、お前が好きな輩(やから)は居ないのか――?」
「うぅーー・・・そ、それはですねぇ・・・」
「本当の事を言いなさい。父親である私が、全て良い様に仕留めてやるから」

(し、仕留めるって? )

「ラビアボロウで的の射撃訓練、フランテスタで一撃必殺訓練人形、タナディノスで私自ら鞭打ちの刑――さあ、どれにする?」

(く、国の宝武器で訓練とは名ばかりの刑って・・・相手が死んでしまいますよぉぉ)

 本腰入れて真正面から探ってきた自分の父。険を纏った焦げ茶色の瞳が、目を反らす事を許さない。
 目頭が熱くなり涙が零れそうになったが、人差し指で拭ってくれた。 
 物騒な言葉の単語をなんとか頭の隅に追いやった後、頭の中を張り巡らす。訓練を無事に通過する事の出来る人物とは・・・ 
 
「あ・・・っ」
「むっ、誰か気に入る相手がいるのか。さあ、私に包み隠さず言ってみなさい」

 非常に困った。なんせ、相手は自分の父も知るあの人だからだ。
 親子でジリジリと腹の探り合いをしている時、部屋の扉から音が聴こえた。

「失礼します。国王陛下がフリージア姫と書斎室に居られると伺い、仰せ仕りました」
 
 この国の宰相エヴァディスと、その親戚にあたるイールヴァだった。 
 宰相と同じ銀髪、灰色の瞳、貴族の爵位を持つイールヴァ。王族の近衛騎士を務めるほどの将来有望な幼馴染み。精霊を喚び出すのは無理でも、宝武器と並び、衝撃に耐え、雷の力を宿したホンバーツ家の宝剣・カルナックの所持者でもある若き使い手。
 ライウッドと友でもあるこの二人の幼馴染みなら、親バカな父親のスパルタ攻撃から生還できそうだと思った。

「エヴァディス、悪いな。今立て込んでるんだ。もうちょいでフリージアの想い人が分かるから、後にしてくれないか」
「はっ・・・、その、・・・謁見の間でバルンムルクス国の第一王子が使者と共に陛下にご挨拶をと、伺いに来られたみたいで」
「バルンムルクス? 第一王子が、わざわざ遠い所からか。用件は何だ」
「フリージア姫を、自国の妻に迎えたいとの所存らしいのですが・・・今は王妃・マトリカリア様が話しをされてるようで・・・」

 ザシュッ! ザシュシュッ! ドゴンッッ!!

 机の上に置いてあった、一冊の歴史書が突然現れたカマイタチによって無残な状態にされ、壁の方へ当たって床に崩れ落ちた。一番手前にある本棚の本が全部落ちていた。
 書斎室では、嫌な空気が流れ・・・ 

「マトリカリアに・・・分かった。その小僧・・・じゃなかった。第一王子の要件を伺いに行こうか。フッ、血が騒ぐ・・・」
 
 片手をならして、既に狩りをする人物へと豹変した我が父。
 戦前で使い慣らした光属性の長剣・アクラシャスを腰から抜き取り、一振りしている。それを見た二人の部下は、自分が仕える主を一身に諭し始めた。 

「陛下、仮にも相手は王族の第一王子です。雑に扱われるなど、この国の威信に係わります」
「この私相手に暴虐を働かれたとでも何処ぞにぬかし、戦争にでももつれ込ますか?
 国の貴重な資源と兵士を使うわけにはいかないし、万一な時は私自ら精霊の同時使役と守護獣ディルで乗り込むか」

 国王が他国に乗り込むと言う言葉に、内心焦りまくりのエヴァディス宰相。
 頭を下げて早口言葉で喋っている様子からは、焦った雰囲気にも取れる。
 ――ああもう、これはマズイと長いスカートをむんずと両手で掴み上げながら、近くに居る幼馴染の近くまで寄った。 

「おっ、お父さま」
「フリージア、ちょっと今から狩って来るから、大人しくしてなさい」
「(目が本気だわ!)あのっ、私の気になる人は・・・」

 力強く相手の片手を両手で握って、父に見せつけた。

「イッ、イールヴァ! 幼馴染のイールヴァと、もう一人の幼馴染ライウッドなの! 彼らが、と~~っても気になるんです!!」
「なっ、なっ、一体何なんだ??」

 一瞬の沈黙。
 その後、父の顔が引くついた。

「ほぉ、イルとライか。一人じゃなく、二人を好きになったのか。さすがフリージア。お前なら一妻多夫制も夢じゃないだろう」
「えっ、えっ? 多夫制って・・・」
「よし、イールヴァとライウッド、バルンムルクス国の王子をまとめて私が相手しよう。剣と鞭はもう持ってるし、そうだな。エヴァディス、長弓ラビアボロウの準備を」
「へっ、あ、あの、陛下? 俺とライまとめてって・・・まさか」

 にやりと笑みが零れている。父がよからぬ事を企んでいる顔だ。

「三人で一片にかかって来い。フリージアの未来の花婿候補として、私が自ら詮議し鍛え直してやろう!」
「「えええぇぇぇ――!!!」」
「・・・」

 二人も気になる人が居ると父に進言すれば、馬鹿なことを考える余地は無いと思ったのに。最早、四つ巴の戦を止めることは出来ないと悟ってしまった――
 書斎室を出て、前に父と私、後ろをエヴァディス宰相とイルの四人で通路を歩く。

「エヴァディス、お前も加わるか? お前なら、私に一太刀は浴びせれるだろう」
「冗談はお止めください。私が加わるなら、陛下側につくだけです。私は間違っても、陛下に刃は向けれません」
「そうか、お前にもチャンスをやったのに。フリージアにイイ所を見せて、好きになってもらったりすれば大逆転のチャンスが・・・」
「陛下、私は参戦出来るほど若くは無いのですから」
「強い上に賢くて美男、おまけに王宮お抱えにある地位の貴族で私の側近なら、安心して任せられるのはお前ぐらいだというのに・・・残念だ」

 大人二人でチャンスがどうのこうのと喋る父に、嫌気がさして終始無言のフリージアとイールヴァ。
 娘を賭けた名ばかりの訓練は、途中参戦のライウッドも加わることとなり、合計五人でする事になった。現国王の父と宰相エヴァディス対、近衛騎士イルとライ、バルンムルクス国の第一王子。
 しばらくして数時間で根を上げたのは、若者たちだったという事を風の噂で聴いたとかいないとか。



デルモントでかけっこ遊び 

2010年01月02日 14時40分58秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 
 白呪記本編
 
 デルモントでかけっこ遊び 番外編 

 
「ニャッ、ニャアアッ(はっ、はっ・・・)」 

 今日の私は、ペンギン三兄弟とかけっこして遊んでまっす! 
 小高い丘から、デルモントのスケートリンクまで・・・遊べそうな所を彼らに案内してもらって、みんなで駆けっこして遊ぶんだ。さすがに氷の張った場所は私に不利なので、丘からのスタートになる。

 長男マルルさん、次男コパパさん、三男モモチさん、猫のリオの私。そしてガウラは私の応援。ゴールの所で私達を待ってくれている。
 一番早い人には簡単なプレゼントが貰え、一番遅いドべには・・・モモチさん特製栄養ドリンクを飲まされるって! それを聞いたマルルさんとコパパさんが、体を激しく震わせて怯えている・・・私は勿論一番を目指すけど、ますますドベにはならないぞと猫なりに気合いを入れた。 
 でも・・・

「ニャ、ニャアアッ(やっぱりマルルさんが一番早いや・・・)」

 マルルさんはあの二足歩行で素早く動く。風を切って、走る姿はスプリンター並だ。
 それに比べてコパパさんとモモチさんは滅茶苦茶遅い。猫の私の方が早く動いてるので、私は二番目だ。これでなんとかドべだけは免れるだろうと余裕を感じていたら、後ろから焦った声が聴こえてきた。

「ああ~~、モモチんの特製栄養ドリンクなんて飲みたくないよぉぉ~~、イヤダ~~」
「コパ兄ぃも飲んだら、絶対癖になる! アレのお陰で頭に毛が生えたでしょ。女の子にモテモテだよ~~♪」
 兄弟二人のじゃれ合いが私の耳に聴こえて来た。
 猫の聴覚だと1キロ離れても聴こえるんだから凄い・・・

「ちっち、モモチん・・・僕の好きな人が誰だか知ってるでしょ!? 他の子にモテたってしょうがないでしょ~が!! しかもあの後、ルビお嬢様に見られてちょっと笑われたんだよっ!『その頭どうしたの?』って笑いながら心配されて・・・うおおぉぉ~~ん」

 なんかとんでもない話を聴いちゃった!
 モモチさん特製栄養ドリンクで、あのペンギンの頭に毛が生えたって・・・オバケの○ちゃんじゃないんだから!

「ニャブッ、ニャアア~~(もう駄目~~、あっはっはっ)」

 大口開けて大笑い。自分の白い腹を毛むくじゃらの手でポンポン叩いて、その場にうずくまってしまった。すると前を走っていた長男マルルさんが私の所までスピードを下げて寄って来た。耳にそっと呟かれる。

「僕がモモチの栄養ドリンクを飲んだら、目から光線出しちゃったんです。自分で力を制御できないから、色んな所で出しまくっちゃって・・・お陰で自分が手がけていたルビお嬢様のナイスな像を壊すは、ソルトス殿下に殺されかけるは、極めつけがハーティスさんとゼルカナンダさんにあぶり焼きにされそうだったんですよ! ――三日は苦しみました」

「ニャガッ、ニャアア~~(へっ、へぇ~~、目から光線・・・ブッフフ・・・)」

 ゴロゴロ笑い転げている内に、ペンギン三兄弟が揃ってしまった。
 はっ、しまった! これって彼等の策略じゃ・・・?

「兄上、ナイス! これでまた一からのスタートだね♪ 次は兄上が光線出して、ルビお嬢様に殺されたらいいよっ」
「兄上の小さい頭も、ちょっとは役立つね! 兄上があの世に行った後は、僕がルビお嬢様を幸せにするんだっ。心おきなく逝っていいよ」
「お前ら、何勝手に俺が死んだ話を作ってんだ! 
 俺はまだ死ぬわけにはいかない。ルビお嬢様と寝床で愛し合うまでは・・・!!」

 目付きの変わったデンジャラス三兄弟は、睨みあいながら私の横を走り抜けた。
 おっと、こうしちゃいられない。私も彼等の後を追わないと!

「ニャオォォ~~(ああぁぁ~~)」 

 そうこうしてる間、とうとう彼等がガウラが待つゴールへと近付いて行く。
 あの地面に描いた横線を越えたられたらもう到着だ。
 特製ドリンクとやらの効能を不安に感じ、私が飲んだ後の悪い想像をすると目から涙が溢れてきた。


「グスン・・・グスッ・・・フニャアアァァ~~(うわあ~~~ん・・・ガウラぁぁ)」

 彼等のドリンクの餌食になるくらいならと、泣いて最後の勝負に出た。
 ちょっと恥ずかしいけど、これくらい大きな声を出せば聴覚の良いガウラに聴こえるだろうと企む。
 すると私の泣き声を聴いたペンギン三兄弟が、蒼白になりながらうろたえだした。

「! 覇者のリオちゃんが泣いちゃったよ・・・どうしよっ」
「ああぁぁ・・・どうすんだよ・・・僕知らないよ~~」
「あわわわ・・・ふ、二人とも、守護獣のガウラが怒り心頭だよぉ・・・」

 私を見ていたペンギン三兄弟がガウラへと振り返る。
 ガウラの琥珀色の瞳は眼が据わり、背の低い彼等を見下ろす。沈黙が流れ、しばらくすると気温が下がって来た。


 大地は凍り

 吹雪が吹き荒れ

 暗雲が流れる。

 彼等三兄弟が居る場所は既に氷柱で囲まれていた。


「貴様ら・・・リオを泣かせたな。お前達、リオに悪意を抱いただろう? これは駆除に値する。覚悟はいいか? ・・・氷柱の槍、――グングニルダスト――!!」

 左手を上に掲げたガウラが、下へと振り下ろす。
 すると空から氷の矢が広範囲に渡り降りしきり、地面からもさらにツララが出現した。
 普段動きが遅いコパパさんとモモチさんも、氷から逃れるために極限の力を振り絞って逃げ回る。
 命乞いをする彼等の横を通り抜け、ガウラの居るゴールへと一着した私は彼の元まで駆け抜けた。

「ニャッニャアア~~(ガウラッ、もう許してあげてよっ。私が一番にゴールしたんだしさっ)」
「リオ~~」 

 仁王立ちしているガウラに跳び乗る。彼の上着によじ登ろうとすると、優しく抱き上げてくれた。
 頬ずりされて、柔らかい布で目もとを拭われる。甘い待遇にちょっと恥ずかしかったけど、私からもチョンと口づけしてやった。
 彼等に向けられた鉄槌の意識を和らげ、見事に氷は綺麗に消え去る。

「ニャアアア~~?(“グングニルダスト”なんて、いつそんな技名が出来たの?)」

 初めて聞く言葉に疑問に思い、ガウラに訊いてみた。
“グングニル”は塩王子が持つ、異国の世界にある本の槍を指し示すそうで、ダストは・・・ちりやゴミじゃなかったかな。結晶も意味に含まれてるらしいけど・・・

「リオが前にオレに教えてくれた。氷を使うなら、“ダイアモンドダスト”が良いと。響きがカッコイイと言ってくれたからな」
「ニャアア・・・(そうなんだ)」
「リオには、オレのカッコイイ所を見せたい。リオの好きな言葉はオレの好きな言葉だ。いつでも共有したい――」

 とりあえずガウラにお礼を述べて、ペンギン三兄弟の所まで赴く。
 ひっ繰り返った彼等は、鈍い動作で起き上がった。

「ううぅぅ・・・酷いですよ。リオちゃん。嘘泣きなんて・・・あぁっ嘘、今の嘘です!」
 三男モモチさん。

「ふぅふぅ・・・もう少しであの世に逝くところだった――」
 二男コパパさん。

「一着は覇者のリオちゃんだとしたら、ドべはどうするのかな――?
 もう特製ドリンクは飲まなくても良いですよねーー・・・?」
 長男マルルさん。

 ふっふっふ。甘い、甘すぎるよ? デンジャラス三兄弟。この私を謀(たばか)り、前を走り去るなんて――お釈迦様は許しても、猫の私は許さないよ?
 私はガウラの腕の中でシッポを揺らし、彼等に無常なる宣告を下した。




****

「ピギャアアア~~! まずいよ~~」
「ルビお嬢様・・・そんな、そんなツレナイお言葉、ああっ、でもそんな貴女も愛しいですぅ・・・もっと嬲って・・・」
「げふぅ・・・」

 私が下した審判とは、マルルさん達三兄弟に栄養ドリンクを飲ませる事だった。
 飲み干した長男のマルルさんは口から炎を吐き、次男のコパパさんはルビリアナさんとの夢を見ている様だ。三男モモチさんは、余裕で一気飲みして二人の兄を冷やかな目で眺めていた。

「ニャオオォン(はぁ~~、助かったよガウラ)」
「オレはいつでもリオを助ける。安心しろ」

 優勝賞品は、猫がまっしぐらで突っ込む程の幻のキャットフード。
 モモチさんが私に選んでくれたのは、普通じゃ食べれないデルモントの名産品だった。デルモントでの猫・・・魔猫達がこぞって欲しがるらしく、栄養満点でヘルシーらしい。

 ガウラには至高毒ウニくらげ。
 海底に沈んだウニくらげを長い銛(もり)で突き刺し、息を止めてから陸に持ち帰る。勿論そのままでは食べれないらしく、浜辺で真っ二つに割って中身を抉(えぐ)る。
 お皿に盛って貰ったウニくらげ・・・イクラの様に淡く輝き、ガウラと一緒に頂いた。ゴチソウサマでっす!