目を覚ますと目の前に4人もの人の顔があった。
「ニャアアアッッ(エエエッ)」
「リオ、おはよう」
「ニャア、ニャアア(おはよう、ガウラ・・・って、この人達は・・・)」
どっかで見た事あると、全部言う前にガウラから真っ先にサッと胸に抱き寄せられる。私の両頬と鼻の頭にキスを一つづつ、挨拶のついでとばかりに頂戴した。ガウラは朝の光に照らされて、黄褐色の髪が心なしか輝いている。
半端無い程の輝きに不思議に思い上を見上げると、屋根が無くなった状態の大穴から澄み切った青空が見えた。鳥達のさえずりも聴こえる。どうやら熟睡して一日が経っていたみたい。ムムムッと唸りながら昨日の事を思い出すと、腹の虫がグゥゥっと部屋に鳴り響いた。
「リオ?」
――私のお腹ってば、なんて正直な奴っっ!!
心配気に訊ねてくるガウラに、顔を引き攣りながら何か話題は無いかと喋り出す。
「ニャアアッ(ガウラ、今日もカッコ良いね!!)」
時と場所を選ばない、尊大だろうと主張する己の腹の虫をごまかす。するとガウラはその意図を汲み取りやんわり答えてくれた。
「リオに褒められるのがオレの一番の励みだ。お前も可愛い」
私の顔が少し変形するくらい頬ずりされていると、後ろから声が聞こえた。
「あのっ、」
「いつまで自分達の世界に浸るつもりだ」
「おはよう。そして久し振り、覇者殿。元気にしてた?」
その様子を見守ってた人達の中に、何処かで見たような顔ぶれが揃っていた。寝起きの頭を必死に働かせていると、女の子が顔を赤くして近づいて来る。
「お、おはようございます。覇者様」
「ニャ、ニャアアッ(あっ、あの時のっ!)」
「リオ?何処で会ったんだ?」
ガウラに問われ、確か初日に此処へ来た時にあった女の子と、騎士さんだよと伝える。女の子はお姫様で、銀髪の人がイルさん、金髪の人がライさん。ちらりとお姫様を見ると、お人形さんみたいに綺麗で可愛い。
もっと喋りたかったんだ! とウキウキして身を乗り出し、毛むくじゃらの白い手をそっと近付けてみると・・・
「姫、お下がり下さい」
「イル、ホントに殺されちゃっても知らないよ」
いつぞやの二人の騎士がしゃしゃり出て、イルさんが私の手をペイッと軽くはたく。
――テメッ!!私とお姫様の触れ合いを邪魔する気か。
そうだった、前もコイツはこうやって私の事を苛めて来たんだ。デコピンの事を思い出し、眉間に皺を寄せてウウウ・・・っと唸る。
ガウラも私の不機嫌な心を読み取り、彼らに応戦しようと手を出そうとした矢先。
「ワン!」ッと一触即発の場を静めるかのようにディルが吠え、皆が王様に目線を合わせた。
先程の空気を振り払い、慌てて二人の騎士も跪き王様の発言を待つ。
ちなみに今日の王様の服は昨日の赤い服と違い、上下黒の服に白いマント。やっぱり所々に宝石が散りばめられてキラキラしてる。宝塚並みだ。元々の顔も美男子でカッコいいときた。本人には絶対言わないけどね。
「交流を図るのも良いが、今はそれ所じゃない。覇者殿のリオと守護獣のガウラには腹をこしらえてから町の被害地区へ向かって貰う」
「ニャ?(私?)」
「国王、今のリオが町に出て急には民を救う事が出来ないかもしれない。それでも良いか?」
「ああ、人命救助に町の復興、それは我が国の騎士や兵士が行っている。リオにやって貰いたいのは、前にも言った通り被害に遭った民の心を救って欲しい」
それって、多分向こうの世界で言うカウンセリングの事かな?
心の治療をしろって事だろうか? 話を聞く事は出来るけど、専門知識を用いたアドバイスなんて出来ない・・・ガウラが居てくれるけど猫の自分に出来るだろうか。
少し不安になって王様を見つめた。焦げ茶色の瞳が優しげに見つめ返してくれる。
「純白の白い猫であり、且つ覇者殿とくれば周りの者の心はそれだけで心救われる。大丈夫だ。向こうには私の部下のエヴァディスも居るからな。サポートしてくれるだろう」
“エヴァディス”という言葉を聴いて、騎士二人とお姫様は体をビクッと動かし反応する。王様の腹心の部下だって言ってた人だよね。そんなに怖い人なのかな?
とりあえず王様に了承したと言う風に頷いた。
****
兎にも角にも先ずは腹ごしらえと言う事で、皆で食堂に赴く事になった。
流石にここに食べ物を持って来る事はしないようで、歩こうとポテポテ移動したら、ガウラに呼び止められごく自然に抱き上げられたまま廊下を移動する。
「ニャ??(ん??)」
後ろから視線を感じる。振り向くとお姫様だった。
さっきはイルさんに手をはたかれて、全然喋れなかったけど。その事を引きずってかおずおずと向こうから近づいて来て、翡翠の瞳を潤ませながらコッチを窺い、話しかけてくれたんだ。(この娘メッチャカワイイ!!!)
「あ、あの覇者様・・・」
「ニャア、ニャアア!(私、リオって言います。仲良くしてね、お姫様っ!!)」
「覇者様は何て言っておられるのですか?」
「名前はリオで、ぜひ仲良くして欲しいと言っている」
ガウラは腕の中で興奮気味に話すリオを見て、微笑ましくなりながら通訳する。その内容に安心してお姫様は自己紹介してくれた。
「私の名前はフリージアと申します。リオ様、こちらこそどうぞよろしくお願い申し上げます」
ニコッと微笑まれながら喋ってくれる。おおお女の子の友達ゲットした!!
小躍りしそうな衝動を抑えて機嫌良くニャンニャン♪ と歌っていると、二人して喉を優しく撫でてくれた。
半壊した東の離宮から出て中庭を通り、中央にある本殿と繋がった西の別棟へと移動する。
私やガウラ、王様とディル、フリージアちゃんとイルさん・ライさんは兵士や侍女が使う一般食堂に赴いて来たのだ。今の時間は丁度朝食を食べる頃合いだったらしく、10人くらい座れて、沢山ある縦長のテーブルにはチラホラと兵士がスープやパンを食べていた。
「邪魔するぞ」
「・・・!! ブベッ、ゴホゴホッッ、へっ陛下!!おはよう御座います!!!」
「「「「おはよう御座います!!」」」」
「おはよう」
黒い服を着て存在感をアップさせた国王に肩を叩かれ、パンを喉に詰まらせる。胸を叩きながら素早く席を立ち、涙を目に滲ませ敬礼した。
それに気づいた兵士達もガタンと一斉に椅子から立ち上がりそれに続く。眠気まなこが一気に覚めて仕事モードに切り替わり、是非座るよう促してきた。
「こ、こちらで良かったらどうぞお座りになって下さい」
丁度真ん中で陣取っていた五分刈りの彼は、猛烈の勢いで食器類を一番端の席に移動して、空いた隣の席を勧める。
「言葉に甘えるとしようか。さあ、お前達もここに座れ」
ハッ、ハイ!と部屋を見回しながら続いて入って来たのはこの城の主である国王の一人娘であるフリージア姫。広げた翼を畳んだディルも続いて入る。続いて近衛騎士のイールヴァとライウッドが入って来て一同騒然とした。
兵士の彼らからすれば騎士になるにも大変で、そればかりか王族と王族専属の騎士の二人が現れたのだ。知・武・精神、全てを備える高いステータスを持つ者達は、王族を近くで守る近衛騎士団に引き抜かれる事もあり、常に主を守らなければならない。兵士の訓練に出る事も無く、遠巻きながら雲の上にいる彼らを眺める事になる。
羨望の眼差しが向けられた後、一人の人間に抱き上げられた、純白の猫が食堂に入って来て騒然となった。
「し、し、白い猫・・・神の使いだ・・・」
「うわっ金色の瞳。それに毛が真っ白い」
「もしかして陛下の言ってた覇者殿があの猫・・・??」
辺りがざわつき出した頃、気をきかせた兵士の一人が国王らの為の朝食は何が良いかと厨房に訊きに行くと、奥の部屋から一人の男性が出て来た。
「あ、お早う御座います、陛下。わざわざこちらで食べずとも、私達が部屋までお運び致しますが・・・」
「いや、あまり時間が無いのでな。それに私も久しぶりにここで食べたくなって来ただけなのだが、いけなかったか??」
首を横にブンブン振って答える。
「いいえ、どうぞ心ゆくまでご堪能下さい!! では、朝食のメニューをお運び致し・・・あっ」
「「「「「あ?」」」」」
王様、姫、近衛騎士二人、ガウラは同じく反応する。
「ニャアッ(平凡仲間のマットさんっ!!)」
ガウラの腕からピョンッと白い服によじ登る。
心の中にある、私の平凡レーダーの針が振り切れる。
彼にニャアニャアと甘えてたら、後ろから長い腕が伸びてきてベリッと剥がされた。
「さぁ、リオ朝食にしよう。マットさん、悪いけどこの子の分のご飯も用意してくれるか??」
「(どうしてオレの名前を??)は、はあ。スグに皆さんの分の朝食もお作りします」
微笑んではいるがガウラの琥珀色の目が早く逝け!! と告げてる様で、マットさんは口を引き攣らせ厨房の奥へ引っ込んでしまった。そのやり取りを見た私はガウラに反論する。
「ニャア、ニャアアア(ガ、ガウラァッ!マットさんともっと喋りたかったのに・・・)」
文句もそこそこに、強引に膝の上に乗せられて朝食を開始した。
朝食メニューは目玉焼きとサンドイッチに野菜のスープ。デザートはオレンジ色したメロンに似た果物だった。(コッチではパマロンって言うんだって!!)
ガウラはフォークとナイフを最初は上手く使いこなせなかったけど、皆が使う様を見てゆっくりだがスムーズに扱える様になってた。聞くと刃物類は早く使いこなさないとこれから支障が出るからだって・・・
当然私は食べれそうにないので我慢した。後でガウラにデザートを貰う事を期待して。
給仕してくれたマットさんと目が合うも、ガウラの鋭い眼力で話すこと叶わず。とりあえず彼の膝から降りて、床の上にミルクの入ったお皿を置いてくれたのでそれを舐める。
ディルと私は床の上で食事中。ディルはミンチと魚をミックスして丸めて煮詰めたカレー風味の団子みたいのを食べてる。カレー肉団子(リオ命名)、さっき味見させて貰ったらムチャクチャ美味しかった!! 見た目カレーにそっくりなルーがかかってるのに、味はやっぱり違ってたんだけど。コッテリしてるし一口でもう良いやってなって、多分猫の体に受け付けないんだと思う。もし人間に戻ったら今度はいっぱい食べさせて貰うんだ!! 王様に強請ってみよう!
ガウラの後ろでペロペロミルクを舐めていると、横から小さく千切った柔らかな干しブドウパン(見かけそっくり)を誰かが差し出してくれた。
「ニャ、ニャアアッ(マットさん!!)」
「お前が覇者殿だったんだな。オレ、知らなかったよ。さっき仲間に聞いたんだ。」
お前意外に凄いんだなって頭を撫でてくれた。ううう、平凡仲間のマットさん。
ハラペコだった私は、貴方のお陰で行き倒れにならなかったんだよぉ。
感謝の意を込めてマットさんの手をペロペロ舐める。
「お前、俺の手がそんなに美味いのか??そんなに美味しいならオレのとこの子になるか??」
人の良さそうな、それでいて深い愛情に自分のお父さんと重なる。
しゃがみ込んで頭を撫でられるから。
その時ガウラの存在をスッカリ忘れてしまった私は、寂しさと悲しさを忘れたくてついウンと返事をしそうになった。その次の瞬間――氷点に達する勢いでピシピシ空気が凍った。
な、何事?とキョロキョロ辺りを見回すと、ガウラが物凄く怖い顔で私達二人に近づく。テーブルの上には空になった皿の上に、ブリザードで山の様に作られたてんこ盛りのかき氷が見える。
「うわっ」と焦った声が聞こえたので視線をマットさんに移すと、足元から膝にかけてピキンと凍り――追い打ちをかける様に頭上から出現した鋭利なツララが、棒立ち同然のマットさんの鼻先を掠め「ドスッ!」と音を立てて足元の床を貫いた。
シュウウと音を立てて突き刺さっているツララから、互いに下げていた視線を上げると
不 動 明 王 だ。
ガウラの背後に剣を持った険しい顔のお不動様が降臨した!!
袋の中の鼠とはこの事か?平凡同士では足掻くこと叶わず。
お互い声にならない悲鳴を上げながらガタガタ怯え、ガウラが静かにマットさんに対峙して、一瞬で肌を凍らす様な氷の眼差しを向ける。皆が固唾を呑み見守る中、聴くのも恥ずかしい言葉が放たれた。
「リオはオレの(主)なんだ。将来を誓い合った(守護獣の)な。体の関係(血による契約)も持ってるんだ。――悪いけど他、当たってくれる?」
事情を知らない人が聞けば、誰だって勘違いしそうな台詞をガウラは口にした。
周りの人間にハッキリと聞き取れる声で発すると、ウオーーーッ!! と遠巻きに見聞きしていた兵士たちの、盛大な雄たけびが聞こえる。
そうだね。ガウラは私の守護獣だしね。将来・・・まぁその事で一応は誓い合ったよ?? でもコレってあの、婚約を誓い合った者同士がする文句じゃないの?!
“体の関係”って何なの。猫と人間が何か出来るとでも????
ガウラとは昨日会ったばかりだったジャン!! その時は友達だったでしょうーが!!
プロボーズ並の恥ずかしさに転げ悶えてたら、抱き上げられて口やら頬にキスの嵐。口の周りにミルクが付いた部分も、丹念に舐め上げられる。マットさんはポカンとして、王様とディル、騎士二人は呆れていた。
「ガウラ、お前少し独占欲が強すぎないか?」
三人でのやり取りを見た王様は、フォークとナイフを置いて注意をしてくれる。
KY<空気読めない>ガウラにもっと言ってやってっ!! もう頼れるのは王様しかいない!!
「さあ、これが普通じゃないのか??」
至極当然・余裕綽綽と答えるガウラ。はっ、はあーー??
えっ、これでフツーなのっ??!思わず卒倒しそうになり目を回す。
「気が昂るとお前の魔力が暴発するぞ――これはリオにも言える事だな。
しかしお前の属性は氷か。これは覇者殿に続いて貴重なモノを見れたな。氷は水の魔法の進化形じゃないのか?」
言うと王様は皿に盛ったかき氷をスプーンに乗せて口に含みながら、少し羨ましそうにガウラを見た。魔法の進化形・・・?なんじゃそりゃ??
不思議に思いつつ,ガウラの腕から何とか抜け出せないかなーって足掻いてみたけど強い力で抱きしめられて抜け出せないっ!! フンッフンッ!!
すると目が合ったフリージアちゃんは顔を真っ赤にして
「えっと、いつから二人・・・御二方は付き合ってたのですか」
「オレが守護獣になってからすぐかな」
「ニャアッ(なっ!!)」
サラリと嘘を付くガウラ。
ムォオオーー!!
ちょっ、ちょっとフリージアちゃんに何て嘘を付いてんのっっ!!
反抗するために腕に爪を立て、ガウラの服を軽くかじってやった。
「守護獣になる前は本当に親しい友達が出来たと思ったんだ。だけど今では・・・」
ホワァアアアッ、ま、待ってぇ、そ、それじゃあ私がした事は―――
「四六時中傍に居ないと落ち着かない。だから友達と言うより・・・」
そう、家族!家族愛!!ガウラの独占欲はきっとシスコンみたいなもの!! そう言ってくれっ
「愛しい女だ。世界で一番愛してる」
「ニャガッ(ふへっ)」
顔を赤く染めて告白してきたガウラ。何も皆が居る所で言わんでも良いのに。
ていうか、皆に凝視されてる。え?私がガウラを誑かしたの??
私、猫であり悪女決定??
何とも言い難い雰囲気の中、王様にかき氷を貰ったディルがガツガツとかき氷を食い漁り一言。
「ワフッワフッ!!(ノロマ猫、お前悪女の道へ一歩前進したな!!)」
い、異議あり!!
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