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ひょっこり猫が我が道を行く!

カオスなオリジナル小説が増殖中。
雪ウサギが活躍しつつある、ファンタジー色は濃い目。亀スピードで更新中です。

036 クロウ家 ―3―

2010年03月22日 16時32分14秒 | 小説作業編集用カテゴリ


 ルビリアナさんから、冷たい視線を全身で受けた後。
 私達を、頭上の位置にある屋敷へ乗せてくれるだろうかと内心穏やかでは居られなかったが。
 湿気た森から突き刺さるような敵意を感じなくなったのは、逆立った白い毛が元に戻ったと気付いた後だった。

「ニャ!(フンッ)」

 ルビリアナさんからの許可も貰えたことだし、自分の右手を勇ましく上げてみた。
 前方にある木の枝がガウラの足元に近付き、柔軟な動きを見せつつ、絡みながらも一緒に浮上してくれた。
 私達三匹は屋敷の前部分に降ろされ、固い地面にそれぞれ足を下ろし、灰色の石を研磨した階段をポテポテよじ登り、木製の茶色い大きな扉を視界に入れた。でも・・・

「ニャアアア~(あ、あれ。と、扉しかない??)」

 遠くから眺めたルビリアナさんのお屋敷は、森の上にでっかく建てられていて、外からも確認出来ていた。その瞬間を捉えていないけど、私達が屋敷に近づいた途端、扉以外の壁を消したという事なのだろうか。
 空中に浮かんだ要塞・紫鉱城(ラドギール)にある謁見の間の扉は、透明だったけど中が見えない様に仕組まれていて、ルビリアナさんが住む屋敷の玄関扉は、表面は見えるけど前者と同じく中の様子が全く見えない。覗き見る事が出来ない様子から、どちらも同じ不明瞭な意図を感じさせられてしまった。
 
「チュウウウゥッ(クロウ家の屋敷には、招かざる客人が侵入出来ないように呪いを施してんだよ~。他者に反応して、即座に壁が消えるように仕掛けられてんだ。レット・クロウ家の屋敷内限定だけど、立ち入れない様に呪いを施すなんて、クロウ家当主でもあるお嬢にはお茶の子サイサイだよ!)」
「ニャアアァー(ふへえ、呪いって・・・まあ、それくらいしないと、強い魔物さん達に壁を壊される可能性ってあるかもしれないしね――)」
「リオ――、オレ達の愛の巣も、強固なモノにしような」
 
 KY<空気読めない>ガウラの言葉をスルーし、興味深々でそこかしらを調べてみた。
 扉の後ろ側に回ってみても、内部にはかすりもしないらしい。毛むくじゃらの手で猫パンチを繰り返しても、空ぶるだけだった。

 ボウ・・・

 左右に設置されている、水晶柱の上に乗せられたカボチャに似たランタンが、くり抜かれた両目の穴からオレンジ色を発光し始める。
 両脇に釣り下げられたすずらんに似た紫色の花は、微風(そよかぜ)が吹く度に甘い香りをそこかしらに漂わせていた。

「フニャ~~ン、ウニャァァ(あ、甘い香りがするぅ~~)」 

 花を手折(たお)って、口に含みたい衝動に駆られる。
 口からは既に涎が流れ、花にむしゃぶり付きそうになった時、ガウラに慌てて抱き上げられた。

「リオ、不用意にそこらにある物を食べるな。毒があったらどうするんだ」
「チュウウゥ!(この花、香りは良いけどすんごいマズいんだよ。毒は無いけど、止めといた方がイイなっ)」
「フフッ、綺麗な花にはトゲがあるってね。リオちゃん、ガウラ、ここが私の屋敷よ、さあ、中へ入りましょうか」

 扉の前で、一足先に私達を待っていてくれたルビリアナさん。
 先ほどの突き刺さすような眼差しが綺麗になくなっていると知り、内心ほっとする。
 重厚な扉に彼女が細腕を添えると、難なく扉は開く。中で迎えられたのは、ずらりと並んだ召使いの人達だった。

「お帰りなさいませ、ルビリアナお嬢様!」
  
 眼鏡を掛けた年配らしき男の人が頭を下げる。すると、メイドさんらしき人達も同じく頭を低くしてこちらへ挨拶をしてくれた。

「「「「「お帰りなさいませ、ルビリアナお嬢様!! 」」」」」
「ただいま、みんな」

 開口一番、喜びの出迎えをルビリアナさんは受けていた。それぞれ縦に二つ列になり、どの人も深く頭を下げて屋敷の主を迎えている。
 ルビリアナさんが労う合図をすると、召使の人達は頭を上げて喜びを露わにしていた。

「悪いけどこのボレロを預かってくれる? かわりに紫色のストールが欲しいわ」
「仰せのままに」

 天井から吊り下げられたオレンジ色のたわわに育った温かな実が、部屋の中とその場に居る人物を分かりやすく照らし出す。
 黒い髪、尖った耳と、紫色の瞳。さらに特徴的なのが・・・盛大に迎え入れられた人達の肌の色。濃い褐色だ。
 どの人も黒い上下の服を着て、凛々しく佇んでいる。

「お嬢様、この中からお気に召した物がありますか」
「ええ、これを。あら、ありがとね、キャンティス」 
「いいえ、勿体無いお言葉です、お嬢様」

 ルビリアナさんが今まで着ていた黒色のボレロを執事風の男の人に手渡して、代わりとなる掛け布を・・・キャンティスさんという眼鏡を掛けたメイドさんが広げて見せている。黒の上下服に、紺のフリフリエプロンを着こなしている、おさげの女の子。
 五色くらいある濃淡の違いのある紫色のストールの中から、二番目に濃い色の紫色のストールを選んで手にして、恭しくルビリアナさんの肩に掛けていた。

「ソルトス殿下は応接間に居られるのかしら?」

 腰まである髪の毛を両手でふわりとなびかせると、香水のような甘い香りが鼻孔をくすぐる。優雅な仕草に、男の給仕さんや女の人のメイドさんまでうっとりとしていた。

「いえ。御来訪されて、すぐに六階へと上がりました。その際、覇者を連れて “炎舞(えんぶ)の間”まで来いと、ルビリアナお嬢様へと言伝を承りました」
「そう、分かった。殿下のご命令なら行くしかないのね」

 溜息を吐いて、視線を私の方へ寄こすルビリアナさん。すると居並んだメイドさん達と、執事さんはこちらに視線を移してきた。複数の紫色の瞳が私達をじっくりと見つめる。

「白い猫・・・お嬢様、この方が?」

 執事風の男の人が訊ねる。メイドさん達も息を呑んで、私の全身をくまなく眺めて来た。

「覇者のリオちゃんよ。パンナロットと女神に唯一愛された、この世界では稀有(けう)な存在のね」
「ニャ、ニャアアッ(は、初めまして、猫のリオでっす! 出身地は日本で、特技は肩たたきでっす)」
「リオの守護獣ガウラ。リオは俺の女で、妻でもある。三度の飯より、リオが好きだ」
「チュウゥゥ(腹が減ったらどーするんだよ・・・猫の嬢ちゃんを食べるんじゃないだろーな)」

 ガウラからの台詞(せりふ)にどこかデジャブを感じながらも、執事さんとメイドさんにそれぞれ挨拶した。
 私の頭の上に乗っかった灰色ネズミのハンスが、おどけながら物騒な言葉の意味を答えた本人に問いかける。ガウラは邪(よこしま)な顔で「物の例えだ――」と、ガウラは答えていた。
 
「ニャッ、ニャッ、ニャオッ、ニャオオッ(三度のメシって、どっかで、聴いたコト、あるんだけど、なぁー?)」

 はて、どこでだったか思い出せない。猫になって脳みそまで小さくなったようだ。自分の将来が不安でならない。ガウラに頬ずりを延々されながら、悶々と一匹で思い悩んでるといつの間にか階段を上っていた。

「ニャニャッッ(あ、あれれ?)」

 間抜けな声を出してる間に、執事さん達といつの間にか別れていたらしい。紫色の階段を、ガウラに抱かれたまま皆で進んでいた。

「まず、ソルトス殿下が居られる“炎舞の間”まで行きましょうか」
「ニャ!(うん!)」


****


【六階・炎舞の間】

 通路の端にある階段を上り、最上階に着いた猫の私とガウラ、灰色ネズミのハンス、この屋敷の当主であるルビリアナさん。紫色の広い通路を歩く度に、両壁に取り付けられているオレンジ色の鉱物が勢いよく点灯し始める。
 通路を少し歩いた所で、ある部屋の前に一同は立った。茶色の扉の前には、不思議な文様が浮かび上がっている。

「この封印術(オルガセプト)は、上級魔族でも王族と一握りの者にしか開く事が出来ないのよ。ていうか、ここの封印術(オルガセプト)を普段解除してたら、この屋敷内が火の海になっちゃうけどね」
「ニャニャニャッ!(へ、へぇ~~)」
「おるがせぷと・・・確かファインシャートでは、ディッセントの国王は打ち破る事が出来ると聴いた事がある」
「力任せに破れば何とでもなると思ってるのかしら、あの野蛮王・・・忌々しい事に、本当の事だからしょうがないけどね。炎舞の間を封じせし紋扉(もんひ)よ、ルビリアナの名の許に封印術(オルガセプト)を解き放て・・・」

 精密な図柄の紋様が、ルビリアナさんの言葉によって少しずつ解きほどかれて行く。
 中央から上へ、中央から下へ、続いて左、右。卍形だった模様が四角形に変わっていく。

「――解除術(グエンセプト)!――」

 次の瞬間、眩い光が放出したかと思うと、浮かび上がっていた透明の文様は砕け散ってしまった。
 
「ニャ、ニャアアッ(ふへぇ~~、凄すぎる・・・)」
「っ?・・・ぐあっ・・・!」 
「チュウゥゥゥ~~!(あ、あっづ~~!!)」
「ニャ、ニャアァァ~(ガウラ、大丈夫なの?)」

 呆けてぼうっとしていると、自分の顔に雫がかかった。何だろうと思って見上げると、私を抱き上げてくれているガウラの顔から流れ出た汗だった。汗は噴き出て、呼吸がしづらそうに咳き込んでいる。
 何も無いと思っていただけに、苦しそうな二人の反応を見て驚いてしまった。
 ガウラは体中から汗を滴らせ息苦しそうに、私の頭に居る灰色ネズミのハンスは、跳び上がってぐったりしている。
 
「リオちゃんにはピリマウムがあるから大丈夫ね。さて、これから“炎舞の間”に入るから、ガウラとハンスはこの鉱石を肌身離さず持っててちょうだい」

 スカートのポケットから赤い鉱石を二つ、手で握ったルビリアナさんがガウラとハンスに差し出していた。息も絶えたえに、彼らは震える手で鉱石を受け取っていた。

「はぁ、はぁ・・・っ、はあ・・・」
「チュウウ・・・(死ぬかと思ったぁ・・・)」

 ガウラを心配して見上げるとやっと落ち着いたのか、呼吸が正常に戻っていた。
 ハンスは、私の頭からルビリアナさんの肩までよたつきながら移動して座り出す。準備の出来た私達は、彼女のあとに続いて炎がひしめく灼熱の部屋へと入った。

 ゴオオオッ

「ニャアアッ(溶岩部屋? ひ、火が舞ってるぅぅ~~!)」
「な、何なんだ」
「チュウゥ~(オイラも、中には初めて入ったよ。ルビお嬢ここは・・・)」
「ここはクロウ家秘蔵の場所なんだけど。はぁ、殿下ったら何故こんな時に?」

 ゴツゴツした岩の内壁の中を、ルビリアナさんを先頭にして中を進む。すると、強面(こわもて)の銅像が見えた。
 顔は魔人の様で、阿修羅像を思わす6本の豪腕な腕。その6本の手の平から流れ出す溶岩。下で受け止めるプールの様な受け皿に、トロトロと落ちていく様を塩王子は眺めていた。

「ニャ、ニャアァァ?(し、塩王子、何をしてるの?)」 
「まぁ見てろ」
「ソルトス殿下、それはまだリオちゃん達には・・・」
「王族命令だ」
「御意・・・」

 しぶしぶと了解するルビリアナさんを尻目に、自分の腕を自らの剣で傷つける塩王子。
 紅い血がポタポタと流れ出て、溶岩に合わさった刹那――ジュワッと音がすると、部屋いっぱいに一瞬の閃光が走った。

「ニャ!(これはっ!)」
「チュウゥゥ!(マッ、マジでぇ~~!)」
「一瞬にして固まった・・・一体これは?」
「精霊・ヴォムドフレイムによる恩恵像。さらに王族の血を混ぜることで、ある魔力を付与した最上級の炎核も作る事が出来る特殊精霊技巧だな」

 “お前達魔族にしか作り出す事が出来ない魔石だ――”

 ファインシャートの王様の言葉を思い出した。
 もしかして、この世界共通語・ハヌマ語を話せる様になる魔石の事だろうか。
 
「鉱石と魔石のおかげで、デルモントは太陽がなくても十分生活出来るようにはなった。しかし、これで終わりにはしない」
「ニャ?」

 炎核を握りしめ、こちらを見据える塩王子。迷いなどない、力強い瞳が私達を射抜いた。

「ふっ、ゼルとハーティスを迎えに行くぞ。今度は俺がファインシャートの奴らにひと泡吹かせる番だ――準備は良いか、ルビリアナ」
「御意に御座います――黒石に宿りし深淵(しんえん)、言霊に乗せて転移の力を開放せよ・・・――闇属性転移魔法(バレディス)――!」

 気付くと、私達は三頭の犬・ケルベロスの待つ門まで来ていた。
 そして、アビスロード(地底トンネル)を通る事になる。向かうは、ファインシャートの王宮へ――

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034 クロウ家 ―1―

2010年03月21日 23時25分07秒 | 小説作業編集用カテゴリ

 マルルさんが造った、砂上の楼閣(ろうかく)とやらで暫く話し込んでいた私達は、ペンギン三兄弟とその場で別れ、紫鉱城(ラドギール)に戻った。灰色の飛竜さんに内部まで連れて来て貰い、透明色の両扉を押し入り謁見の間まで一緒に移動する。 

「只今帰りました。父上」
「ギャァッ、ギャアアッ(我らの魔王ファランティクス様、御機嫌麗しゅう)」 
「ニャオォォン!(帰りました!)」
「帰った」

 塩王子は普通に、飛竜さんは長い首を下げ、私は毛むくじゃらの手を上げて慌てて挨拶を告げる。ガウラは何も告げる事がないとばかりに、私を抱きかかえた反対の腕を上げて私の真似をした。
 
「おう! ソルトスに飛竜(ロドス)、リオにガウラ、デルモントはどうだったかの。魔族の世界もそう捨てたもんじゃないだろう?」

 玉座に座っている熊魔王さんは、笑って迎えてくれた。
 塩王子と同じく、こんな魔王さんも太陽や星が恋しいのか・・・好奇心から訊いてみた。黒色の髭を触りながら、宙を見据える。

「太陽か・・・欲しいと言えば欲しいわな。太陽は作物を実らせ、生命を育む。病や病原菌を遠ざける活力ともなるのぉ。星は闇夜を瞬き、明日への希望を見出す力がある。どちらも我らが願ってもやまない自然の象徴だ」
「ニャ、ニャアア(熊魔王さん・・・)」
「ソルトスからパンナロットの話を聞いたのか。ま、話の内容はそのままんまだがの」

 ふう・・・と溜息を零し、熊魔王さんは苦笑い。

「リオもファインシャートへ戻るのか?」
「ニャ?(えっ!)」 

 ギクリ。そんな擬音が聴こえて、ガウラに強くしがみ付く。

「父上・・・」 
「良いか、ソルトス。我ら魔族には、統括精霊・パンナロットの恩恵が欲しい。だが事を急いてはいつか必ずボロが出る。リオには、デルモントを自らの目で見て貰ったのだ。後は彼女の判断に委ねるしかないだろう」
「しかし・・・それでは折角の好機が、」
「覇者のリオ抜きで、ハーティスとゼルを助け出せないとはわしは言わんよ。だが彼女に後ろめたさが残れば、もしかすればリオはファインシャートを選ぶ。わしの杞憂に終わればいいがのぉ」
「・・・っ、」

 目を見開き、頭をうつ伏せて必死に耐える塩王子。
 ルビリアナさんや塩王子からは、ファインシャートへ行く話を私とガウラにはしてこなかった。だから彼らの後を追い、こっそりと付いて行こうと思ってたのに・・・

「ニャア、ニャアアッ(熊魔王さんは、私の事なんかお見通しだったんだね)」
「グワッハッハッ! 好奇心の強い覇者なら、するんじゃないかと予測したまでの事! 対等に選び、こちらへと有利に運ぼうにも我らへの不信から選んで貰えなくては、本末転倒も良い所だしのぉ!!」

 グワッハッハ―――!! と、良く笑うから紫鉱城(ラドギール)が絶え間なく揺れる。灰色の飛竜さんに、ガウラと一緒に凭(もた)れかかった。

「ニャ、ニャアアアッ(熊魔王さん、ありがとっ!)」
「よい、ルビリアナにはわしから話を付けておく。出発は明朝だ。ゆっくり眠っておけ。なに、朝にはソルトスを迎えに寄越すから、さすがに置いてけぼりはないだろうて」
「世話になる。行こう、リオ――」

 ガウラに頬ずりされながら、昨日と同じピンク色の部屋へと通された。
 ファインシャートへとまた戻る為に、口の中と、丹念に体の隅々までガウラに洗って貰う。

「なあ、リオ」
「ニャ?(なに、ガウラ?)」

 濡れた白い毛が嫌で、プルプルッと体を震わせた。
 水滴は飛んだが、まだ毛が湿っていたので部屋の隅にあるオレンジ色の鉱物へと近付く。するとハロゲン並の温かさが、ポワーッと部屋一杯に広がった。

「フニャァァ・・・(あーー、あったかいぃ・・・)」

 体の芯まで、じんわり染み込む温かさ。
 現代世界での電気や灯油、ガスを消費しなくてもここまで温かくなるのなら、娯楽を抜けばデルモントの世界の方が絶対住みやすい。遠赤外線を付与したかの様な、お得な鉱物に不思議に感じながら毛むくじゃらの手でペチペチと叩く。

「もしもの話だ。リオがソルトスの言う、女神とやらだとしてもリオは、リオだよな?」
「ニャアアアッ(めっ、女神って・・・そんな大層な人物じゃ無いと思うけど)」

ゴニョゴニョと口を濁らす。 
何せ、自分には前科があるから確実な答えを返せない。以前ガウラと出会った時は、覇者じゃないと否定したもの。その後否定を覆されて、今に至るしね。

「ニャ、ニャアア(でも、女神ってガラじゃないんだよなぁ・・・)」
「オレにとっての女神はリオだ。何も不思議な事じゃない。ただ、他人までリオにたかるとなると、オレは嫉妬して当たり散らしてしまう。・・・以前のマットのようにな」(※12話参照)
「ニャオオォォ!(なっ、マットさんがたかるって・・・!)」

 中傷ともとれる言葉を聴き、思わずガウラを睨んでやった。
 一瞬彼は怯み、言葉を詰まらせる。

「・・・、あいつは不安な状態のリオの心につけ込んで、お前をモノにしようとした。お前が女神なら、さらに沢山のモノ達から慕われ、縋られる・・・リオは優しいし、理屈は分かるが、はっきり言ってオレはそんな所見たくない」
「ニャアア・・・(ガウラァ)」
「リオが見限る事なんかしないのは分かってる。でも、他の奴らに優しくしてる所を見たら、オレは余裕なんか無くなるんだろうな」

 女神って・・・頼むから、ファインシャートに戻っても王様やフリージアちゃん、ライさんイルさんには絶対言わないでよ! もし、黒犬ディルなんかにそんな話を聞かせてみ? 思いっきり笑われるんだから! そう文句を口にしようと、KY(空気読めない)ガウラに反論しようとした時―― 

「リオは、オレのだ。女神でも関係無い。お願いだ、オレを独りにしないでくれ」
「ニャ(ガウラ・・・)」

 暫く二人でオレンジ色の鉱物の前で居た所、毛が乾いたのでベッドへ一緒にイン。
 ガウラからの体中を撫で回す手と相変わらずの密着度に、爪を立てそうになったが踏み止まった。

(不安なのは私もだよ。でも、前に進むしかないじゃないか) 

 御神殿での、かつての女神さまとやらの声を少なからず聴いたのは、私と無関係なんかじゃないって思う・・・だったら私にも、彼女の事を知る権利がある筈だ。沢山の不満と押し潰されそうな不安に、ガウラの寝顔を眺めながら瞼を閉じた。





****


 一日の終わりを告げる鐘の音を聴き、数時間経った後――朝に弱い私とガウラの、今日も清々しい闇夜の世界が始まった。

 
 ゴギャアアーーッ

「チュウウッ(猫の嬢ちゃん! ガウラのおっさん、朝だぞー)」 
 
 アアアアーーッ

「ニャガガッ、ニャガア・・・(お父さーーん、まだ眠いよぉ。あーーん、ソフトクリームぅぅ)」
「リオーー・・・、そんなトコ、オレを誘うように美味しそうにねぶってしゃぶるなんて。試してるのか・・・もう我慢出来ない・・・ああ、好きだ、オレも未来永劫愛してる・・・」
 
 スパンッ、スパパンッ!
「ニャガァッ?」「グッ」

 ペッドで二人まどろんでいると、塩王子からの鋭い張り手による一撃が、私達の頭にそれぞれ炸裂した。
 頭上から冷ややかな視線が降り注ぐ。
 
「起きろ、寝ぼすけ共。リオはガウラの指を離せ。お前達、そろそろ身支度して謁見の間まで来い。行くぞ、ハンス――」

 ゴゲッ、ゴゲッ、ゴゲゴッゴーー♪

 コカトリスのBGMと、二人からの催促を耳にしてようやく瞼を開けた。
 ガウラの胸に抱き込まれた状態で目を覚ました私は、一日振りに会ったネズミのハンスと塩王子に朝の挨拶をしてから見送る。既にご飯の支度まで用意して貰っていたので、ガウラとそれなりに食べた後、最下層の謁見の間まで降りて行った。

「ニャアアッ(おはようございまっす!)」
「おはようございます・・・」

 眠気まなこのガウラに、ポスポスと毛むくじゃらの手で腹を叩いてやった。彼に挨拶や礼儀作法とは何ぞと、しつけを教え込まねば保護者である私の威信に響いてしまう。他の誰に見せても恥ずかしくない様な人間に、仕立て上げねば!

「オウ! リオ、ガウラ。寝覚めは良いかのう?」
「ニャ!(お陰さまで、よく眠れました)」
「良い夢見れたが、もう少し後から来てくれても良かったのに・・・」

 ブツクサ言うガウラを尻目に、熊魔王さんの言葉を待つと少し言いづらそうに喋られる。

「実はのぅ・・・覇者のリオをファインシャートへ連れて行くと飛竜(ロドス)に伝言を頼んだら、それを耳にしたルビリアナが渋ってのぅ。悪いがお前達、ルビリアナの屋敷まで迎えに行ってくれんか?」
「チュウウウッ(オイラの主は、猫の嬢ちゃんを人間達に渡したくないんだよっ。このままじゃファインシャートに渡れないし、二人の魔族を迎えに行く事も出来ないんだ)」
「ファインシャートの元・王国最強騎士と、鉄壁を誇る宰相から無事やり過ごしたんだ。ハーティスやゼルは別として、リオを連れて戻るとなるとそっぽも向きたくなるだろう」

 熊魔王さん、灰色ネズミのハンスからルビリアナさんの反応を聞く。塩王子も彼女と同じ気持ちだと、少しムクれながら説明してくれた。
 
「・・・そういうわけで、二人ともルビリアナの機嫌を直してくれぃ!」

 ガウラと二人顔を見合わせ、飛竜(ロドス)さんの背に跳び乗り、紫鉱城(ラドギール)から飛び立った。


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035 クロウ家 ―2―

2010年03月21日 00時10分49秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 海から少し離れた森へと、飛竜(ロドス)さんに乗せて来られたガウラと私、塩王子とネズミのハンスで降り立つ。陰気な森の入口付近には泥沼があり、銅色に近い土は少しふにゃふにゃの感触がする。
 薄暗い森の中からは生き物の鳴き声が聴こえ、森と言うよりこれじゃあ熱帯地方のジャングルみたいだ。足元を這うグロテスクな蛇を見て、ガウラに慌ててよじ登った。

「ニャニャニャンッ!(こ、これはぁ・・・森にゃのか・・・)」  

 怖すぎて舌を噛んでしまった。
 涙目でガウラを見上げると、彼に抱き上げられる。口の中に舌を入れられ甘い雰囲気に入りそうだ。
 KY(空気読めない)ガウラの頭頂部を素早く叩いた塩王子が私達を睨み付けた後、牙を剥きだした蛇の頭に突き刺す。身動き取れない様に、いつの間にか全身を氷漬けされていた蛇は大剣の餌食となった。

「ニャ・・・(うぐ・・・)」 
「死霊(デス)の森(フォレスト)と言う。この森には沢山の罠と魔物が居るからな。心して掛からないと、リオ以外の者は無傷で済まない場所だ」

 軽々と剣を大きく一振りして、蛇の血を弾いて物騒な事を口にする。大して表情に出さない塩王子を眺めて、不思議に思って見ていると――

「俺は既にこの森を制覇したからな。先に進む事にする。お前達はハンスと共に来い」

 じゃあなと言って、普段は目にする事の無い背中の黒い翼を大きく広げ、森の奥へと進んだ塩王子。残された私達四人は、木枯らしに吹かれ途方に暮れた。

「ニャアァァ(ハ、ハンスゥゥ・・・)」 

 あんの塩王子め・・・! 私とガウラの頭を叩く(※34話参照)は、こんな危険そうな森で放置するは・・・ドSだ。絶対ドS!! ディッセント国の、傲慢な王様と良い勝負してる。
 灰色の飛竜(ロドス)さんに乗せてもらおうにも、森の中は狭いから一緒に入ってこれないみたいだ。私の頭に乗っかっている灰色ネズミに、なんとかしてと恨みがましい声を投げ掛けた。

「チュゥゥ(オイラは主のルビお嬢に、闇属性転移魔法(バレディス)で紫鉱城(ラドギール)まで転移して貰ったんだ。だから、屋敷に辿り着くにはこの森を通らないとオイラでも無理なんだよなーー・・・)」 
「ばれでぃす?」

 ガウラが、私の頭に乗っかってるハンスに問い掛けた。くるりと一回転して得意げに彼が喋る。
 
「チュウウウッ(魔族の世界で使える転移魔法(バレディス)は、闇属性の第二上級魔法だ。黒石があれば、魔族なら誰でも使えると思う。ファインシャートでは、光の精霊の恩恵が強すぎて黒石があっても転移魔法だけは使えないけどなっ)」
「ニャアアッ(そっかぁ・・・闇の精霊さんがいるんだねっ。じゃあ、光の精霊は・・・)」

「光源鳥・コンドルフォンよ♪」

 耳に心地良い、女の人特有の高くて甘い声が聴こえた。
 森の奥からゆっくりと姿を現した女の人は、良く見知ったあの人――

「ニャアアアッ(ルビリアナさんっ)」
「チュウウウッ(ルビお嬢――!)」
「ギャアアアッ(ルビリアナお嬢さま、お早う御座います)」
「おはよう、リオちゃん、ガウラ。ハンスとロドスも、案内御苦労サマッ」

 先日着ていた服とは一転、真っ黒のボレロを羽織り、ラインストーンを散りばめた黒のワンピース姿のルビリアナさん。背中から真っ黒い翼を広げて宙に浮いている姿からは、黒衣の堕天使を連想させた。

「ニャア?(コンドルフォンって・・・?)」

“コンドルフォン”という、光の精霊の存在が気になって彼女に訊いてみた。するとルビリアナさんは目を伏せて、垂れ流した黒髪のひと束を指に巻き付ける。口から溜息を零す様は、内にある苛立ちを抑えるしぐさに見えた。

「光鳥の姿として擬(なぞら)えた、光の精霊・コンドルフォンを直接使役する使い手がファインシャート・・・ディッセントの国王だけだから、この目で確かめた事もないし分かんない。私は闇の精霊・・・グレイマイアと契約してるけど、使役するのはまだ無理だしぃー?」

 頭がこんがらがってきた・・・。つまり、ルビリアナさんなら転移魔法は唱えられても、闇の精霊を使役する事は出来ないと言う事か。えっと、じゃあダークゲートは・・・? ファインシャートで使ってた・・・よ? 闇属性転移魔法(バレディス)とまた違うの? ややこしい話に目を回していると・・・

「フニャアアァァ(フワァァァ・・・もうだめ)」
「チュウゥゥゥ!!(ストップ! ルビお嬢、猫の嬢ちゃんが目を回してフラフラしてるぞっ)」
「ルビリアナッ、何とかしろ!」
「ん? あら大変。リオちゃんに何かあったら大変だものね♪」

 漆黒の翼をはためかせ、私達の方へ近づくルビリアナさん。目を閉じて意識を集中してている。手にしたロッドの頭部分にある黒色の鉱石が、彼女の声に妖しく呼応した。
 

「黒石に宿りし深淵(しんえん)、言霊に乗せて転移の力を開放せよ、・・・――闇属性転移魔法(バレディス)――!」
 
 ブンッ

 黒くて丸い魔法陣が地面に現れ、足元からは黒い靄が溢れ出る。
 目を開けたルビリアナさんの紫色の瞳はさらに力強く、長い黒髪が風により無造作にたなびいた。瞬間、何も見えなくなる―― 




****

「ニャアア――(ふへぇーー、な、なんだったのぉぉ・・・)」

 自分の視界が黒に染められた途端、そこから別の景色を目にした。
 ガウラから離れた場所に立ち竦み、生い茂った草を毛むくじゃらの前足で踏む感触に気づく。地面からフと視線を上げると、見た事の無い景色に絶句した。

 
「ニャ!」
「あれは・・・」

 私の目に飛び込んで来たのは、沢山の木の枝が絡み合い“屋敷”を支えている光景だった。
 一本の樹齢三千年位ありそうな大木と周りの木々や木の葉が支え、屋敷を空中で固定させている。
 こんな高い位置にあるのなら、地上を這う生き物は屋敷に辿り着くのは困難じゃないのか。空を飛べない、木も登れない魔物限定だけど。

「ニャアア(デルモントは何でもアリだね・・・)」
「チュウウウッ(オイラの主は、魔族の王族に次いでの階級を持ってるんだ。下手な魔族より力を持ってるし、何よりここいらの魔物や樹木達はこぞってルビお嬢に媚びるんだ。お嬢の愛を受けたくてね。この世界じゃもう当たり前だよ!)」
「ニャ、ニャア~(へえ~~)」

 そもそも自分の元居た世界と違うと知ってから、心構えは既に出来ていた。
 でも紫鉱城(ラドギール)やマルルさんが造った砂の楼閣(ろうかく)に黒水晶の御神殿、目の前にある木の枝で支えられた屋敷を見たら、今までの目にした光景が可愛く思えるほどだ。

「ニャアアア・・・(太陽や星は無い、けどデルモントの方が進んでるってことはないよねぇ・・・?)」
「リオちゃん、私達魔族はデルモントで生き残るために、必死な想いで鉱石を使いこなせるまでになったのよ。ファインシャートへの行き来をクロウ家で管理するのに、闇の精霊・グレイマイアの信頼を得てまでね☆ ・・・ソルトス殿下は既に寛いでいらっしゃるし、部屋の中へ案内するわ。話はそれからよ」

 普通に感じたままを喋ったら、ルビリアナさんが普通に反応してくれた。にこやかな表情だけど、目だけ笑ってない。彼女に感化されて、静かだった森が鬱蒼(うっそう)とざわめき出す。

 ザワザワ・・・

「フギャァァッ(ヒッ、)」
「グルルウ・・・!」
「チュウウウウッ(ルビお嬢~~! オイラの事忘れてない? ねぇ!?)」

 ルビリアナさんからの刺すような視線と、森からの敵意。
 一瞬だけ、隠しきれない底冷えのする冷気を獣の本能で察知してしまった。
 全身が総毛立つ。私を抱いてくれるガウラも感じ取ったのか、闘争心を体で示して唸りを上げていた。

 ガウラの唸り声に正気を戻したのか、ルビリアナさんは表情を見せない様に私達の前を歩き出す。
 屋敷の少し手前の所まで来ると、彼女は前方向に右手を上げて合図する。その仕草をした後、周りの木々が和らいだ雰囲気になり、木の枝がルビリアナさんの体をやんわりと包み込んだ。

「ニャニャニャッ(ほわぁ・・・!)」 
「なっ、これは・・・!」

 木々が意思を持つかの如く、ルビリアナさんの頬、肩や腕に甘えるように擦り寄っている。 
 
「大丈夫よ、リオちゃん、ガウラ。大人しくこの子達に身を委ねるといいわ。ハンス、頼んだわよ♪」
「チュウウウッ(任せとけ、お嬢!!)」

 ルビリアナさんの体に巻き付いた木の枝、足を支える枝と沢山の木々に持ち上げられた彼女は屋敷へと姿を消した。ハンスが見上げながらポツリと呟く。

「チュウウッ(ルビお嬢なら、黒翼で飛べば一瞬なのに・・・)」
「ニャア(はぁ・・・??)」
「チュウウウッ(猫の嬢ちゃんと、ガウラのおっさんが空を飛べないから、屋敷まで行けるようにやり方を教えたんだよっ。お嬢なりのサービスだ)」

 枝にも驚いたけど、私の心臓は激しく動悸したままだ。
 ・・・もしかして、私は知らずにルビリアナさんを怒らすような事を言ったのかもしれない。とりあえず、ハンスの言う通りにして私を入れた三匹は、枝に乗っけてもらって招待に応じることになる。


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033 デルモント観光 後編

2010年03月21日 00時06分21秒 | 小説作業編集用カテゴリ

「リオがデルモントの世界の女神だとして、証拠はあるのか? 肉体とか、見限ったなど・・・貴様、リオをこれ以上侮辱してみろ。オレが許さない!」
 
 私の体を力強く抱きしめ、感情を高ぶらせるガウラ。足元から冷気が漂い、今にも塩王子に向かって鋭いツララを出しそうだ。

「確かな証拠は、今は無い・・・しかし、それは祭りで証明されるんじゃないか? 肉体の事も・・・今の俺には何も言えないが、猫のリオには思う所があるはずだ」
「・・・」
「リオ?」

 土台となった黒水晶の少し高い位置に立ち、水晶の中に居る人物を寂しげに眺める塩王子。その後、無言の私を見て確信めいたものを掴んだらしい。

「貴様は憶測だけでリオを侮辱するのか。もし仮に彼女がお前の言う女神だったとしても、周りに居る者や慕う者を、リオは絶対見限る事なんかしない――!」
「ニャ、ニャア(ガウラ・・・)」

 ガウラは精一杯私を庇ってくれる。
 塩王子が言う、シャラ・ステアさんが私とはまだ特定出来ていない。それらはあくまで、単なる仮説を立てている状態に過ぎないと、ガウラが弁護してくれているからだ。

「・・・もうそろそろここを出る。次は先程海の上で会った、マルル三兄弟の家まで行く。誘いを受けているからな。お前達も来い」
「・・・」
「行こう、リオ」

 二人には言えなかった。
 ほんの少しだけど、昔の・・・水晶の中に居る彼女の言葉を思い出したなんて。
 彼女に触れたい衝動を抑えて、私を入れた三人は神殿を出る。





 ****

 黒水晶の神殿の外側で待ってくれていた、灰色の飛竜さんの背に乗って一同は元来た道を戻る。紫鉱城(ラドギール)へ訪れる前に、ルビリアナさんと途中に立ち寄った建物へと、三人はやって来た。
 円柱型のレンガの建物にツタや茎が螺旋状に巻かれ、所々に赤い蕾が付いている。もう少しで花開きそうだ。


「ソ、ソルトス殿下っ!」

 私とガウラ、塩王子が建物に近づくとローブを纏ったペンギンが走り寄って来た。外に取り付けてある階段から降りて来て、恭しく頭を下げる。

「マルルか。出迎えご苦労」
「勿体無いお言葉ですぅ! 遠い所、足をお運びお疲れ様でした。ささっ、中でコパパとモモチが待ちわびてます。狭い我が家ですが、どうぞお入りください~~」

 ソルトス・・・塩王子の背の半分にも満たないペンギン、マルルさんは私達の背を押しやって部屋の中へと招待してくれた。 

「ニャアアッ(お邪魔しますっ)」

 玄関らしき場所から、星模様で作られ、吊り下げられた暖簾(のれん)をくぐると、水晶で出来た透明の床が目につく。自分の顔やガウラの顔、塩王子の顔も映るほど透き通っていた。
 居間の中心には紫水晶を研磨した丸いテーブルと、淡く光る紫鉱石、オレンジ色の鉱物が部屋の隅に置かれ部屋の内部はとても明るい。ふかふかの大きいクッションが複数と用意され、ガウラと一緒に座り込んだ。 

「ソルトス殿下、今モモチが魚をさばいてます。暫くごゆるりとおくつろぎ下さい~」

 平たいヒレの様な手をうまく使って、マルルさんがお盆を使って飲み物を運んで来てくれた。グラスに入ったジュースは中身まで紫色で、匂いはブドウジュースみたいだ。ガウラと塩王子は遠慮無く飲んでグラスを空にし、私はというとお皿に入れてくれたミルクを飲ませて貰った。
 
「マルル、あまり気を使わなくて良いからな」
「そんな事無理ですぅ・・・」 

 塩王子に頭をペコリと下げて、空になったグラスとお皿をヒレで受け、奥の部屋へとマルルさんはぺたぺた歩いて行った。暫くすると、香ばしい匂いが部屋に漂ってくる。

「ニャ、ニャアアッ(いっ、良い匂いぃぃ~~♪)」
「リオ、今度はオレがあの海で魚を狩ってくるからな」 
「あの紺色の海は、殺人怪魚(パックンワーム)がわんさかいるからな。巨大ホタテや鋭鋏蟹(カッティーム)、海蛇(エルシャス)、凶暴ウツボもいるし、至高毒・ウニくらげもいる。獲物には困らないだろう」

 ・・・ねぇ、それ全部食べれるの?塩王子が言葉を並べた獲物ってば、全部凶暴そうだ。
 ガウラに仕留められるか心配になった。

 奥から出て来たマルル三兄弟の内一人が、大皿に大量の刺身を盛って居間に入る。
 焼き魚、焼きホタテ、ぷりぷりの焼き巨大エビ・・・更には蟹が入った大鍋を持って来た。入りきらないのか、鋏(ハサミ)と目玉が鍋の上部からはみ出して見える。
 もう一つの台に乗せると、居間に勢揃いしてそれぞれ簡単な自己紹介が始まった。私とガウラの名前を告げると、ペンギン三人は順番に喋り出す。 
 
「ようこそ我が家へいらっしゃって下さいました。私が長男のマルルです。特技は電光石火の如く動く事です! 好きな人はルビお嬢さま・・・あっ、言っちゃった! 趣味は砂の楼閣を造る事。耐久魔法掛けて貰って、ルビお嬢様との愛の巣は是非そこで・・・!」 

 ペコリと頭を下げるペンギン。つぶらな黒い瞳がキュートだ。平たいヒレを顔に当て、唸りを上げてくねくねと悶えている。それらを視界に入れた隣に居る二人のペンギンが、目付きを悪くして顔を不快気に歪ます。短い両足で力強く足を踏みつけると、「ピギャッ!」とマルルさんは悲鳴を上げた。

「どおも、二男のコパパです♪ 僕の特技は歌とダンスです! 優雅に踊るスローダンスから、情熱的に動くダンスまで踊りますよ! 好きなあの子は勿論ルビお嬢さま~~人生のパートナーにしたい~~ららら~~♪ お嬢様と僕の生まれてくる子供にも~~、ダンスをたくさん教え込みますぅぅ~~♪」

 くるりと一回転して、ウインクを一つ。
 すると、低い声が耳に届いた。

「紅石に宿りし熱炎、言霊(ことだま)にのせて炎を開放せよ、――炎核(エンカク)――!」

ボッ!!

 更に隣に居る、白いエプロンをしたペンギンが紅い鉱石をヒレで器用に持ち、火を出した。お尻部分にある、短いシッポらしき場所にヒレをかざして三秒後、赤い魔法陣が現れる。中から勢いの良い炎がお尻目掛けて火を噴き、煙が立ち昇った。コパパさんは沢山の脂汗を流して、「ピギャアァァァ~~!!」と叫び、床にゴロゴロ転げまくって放心状態。痙攣して、嘴(くちばし)から涎が流れ出ている。 

「え~~、ゴホン。お見苦しい所を失礼しました、三男のモモチですっ! 特技は料理。空を飛ぶ事も出来ますっ。好きな人はルビお嬢様・・・愛してますぅぅ。いつか空中デートにお誘いしたいでっす! 僕の手作り料理を食べさせたい・・・いやいや、僕も美味しく食べてほしっ・・・ゲフッ!!」

 二人の兄から激しいタックルを受け、最後まで言葉を発する事が出来なかったモモチさん。白いエプロンには自身の血が付き、暫くは床に倒れていたが驚異的な回復力で復活した。

「ニャオォォ・・・(デ、デンジャラス三兄弟だ・・・)」
「でんじゃらす?」
「ニャアアア(直訳すれば、“危険な三兄弟”だよ。ガウラはこんな真似しちゃダメだからねっ)」
「リオが関わっていなければ、きっと大丈夫だ」
「・・・(否定できないから不安だ・・・)」
 
 三兄弟の黒い瞳はうっとりと、既に遠い所を見つめている。
 それぞれ別世界へと思考が飛んで、ルビリアナさんとの都合の良い夢を見ている。半目で宙を見据え、ハァハァと興奮している。ルビリアナさんがバフォちゃん一筋だと言う事を、彼らの耳に入れていないとは思えない。横目で塩王子に目線を合わすと・・・

「・・・俺は何度もマルル達に言ったぞ。もうルビリアナを追いかけるのは止めろと。だがこいつらは、それでも聞かないんだ」

 大鍋からお玉で掬いあげたスープを皿に盛り、優雅に飲む塩王子。
 鋭鋏蟹(カッティーム)スープだと教えられ、鋏(ハサミ)の部分をねじり、身とスープを猫用のお皿に注いで貰った。まろやかな味と香りは絶品だ。舌鼓を打っておかわりした。 

「ニャアアァ(崇拝に近いかもねぇ)」
「よく分からないが、一途に誰かを愛するのは良い事だ。オレは、これからもリオ一筋だし・・・」

 塩王子が身をほぐすさまを見て、ガウラも挑戦。ほぐした身を私の口元まで持って来て、食べさせてくれた。  
 あっちからもこっちからもハートが飛び、ガウラも彼らに便乗して惚けだす。これでもかとキスの雨を降らされ、もう好きにしてと抗う事を止めた。





 ****

 三兄弟による、豪華なグルメツアー並みの食事を皆で平らげた後、長男のマルルさんが造った“砂の楼閣(ろうかく)”とやらを見せて貰いに移動する事にした。

「ニャ、ニャオオッ!(マルルさん達、凄(スゴ)ッッ!)」
 
 私とガウラ、塩王子は外で待機して貰っていた灰色の飛竜さんの背に乗って空へ飛び上がる。マルルさん達ペンギン三兄弟も、ヒレを使って空を自由に翔け出した。懸命にヒレを上下に動かして、飛竜さんについて行く様は見事としか言い様が無い。

「ニャオッ、ニャオォ!(ねぇガウラ、ファインシャートにもマルルさん達みたいなペンギンはいるの?)」
「オレは直接見た事無いが、カイナの仲間に噂を聞いた事がある。リオが言う“ペンギン”かどうか解からないが、空を飛ぶ短足の胴長動物の事を」
「ニャ・・・?(えっ、動物・・・?)」
「ファインシャートでは、魔に属す要素を持つ者の瞳の色が紫色なんだ。だからあいつ等マルル達三兄弟は魔物じゃ無い。空を飛べるのも単なる性質だと、カイナに居た時のオババに教えて貰った」

 彼等三兄弟は、魔物じゃないの??
 ガウラにキスされながら教えられる。
 
「ニャアア!!(お、お城・・・!!)」

 お城はお城でも、砂のお城。
 砂で出来てるから土台が脆い、だから砂上の楼閣(ろうかく)なのか。ガウラと二人でしげしげと眺めていると、
「マルルが作る砂の象や物体は、既に職人やコロボックルの技師の域に達している。まず土台から内部へと耐久魔法を掛けて、徐々に外側へと空間を増やすんだ。もうデルモントの名物だな」
「えへへっ、ソルトス殿下に褒めてもらえるなんてぇぇ・・・うう、職人冥利に尽きますぅ」
「紫鉱城(ラドギール)にもまた来い。父も喜ぶだろう」
「はっ、はいっ! 有難う御座いますぅぅ・・・!」

 マルル兄上、良かったね!と、二人の兄弟からも褒められている。実際、細かい装飾から垂直に伸びた壁まで、寸分の狂いも無く建てられている。ファインシャートの、王様が居る王宮も凄かったけど、コレはまた・・・

「ニャ、ニャアアッ(マルルさん、どうして砂でお城を造ろうと思ったの?)」
「ユキハルさんに勧められたんですよ。お前は才能あるって・・・あっ・・・、」

 自らのヒレを口に当て、途端に暗い顔になる。三兄弟や、塩王子まで暗い雰囲気だ。もしかして、デルモントではタブーなのだろうか?
 
「ニャアアアッ、ニャアア(答えられないなら言わなくていいよ。ところで、もうすぐお祭りがあるんでしょ? どんなお祭り??)」

“ユキハル”の事は、とりあえず置いておくことにした。だって、塩王子さえも教えてくれないのに、彼の前で喋るなんて無理がある。だから近々あるであろう“お祭り”の事を、先に訊こうかと思った。

「・・・僕らにとってはとても意義のある催しです。デルモントの世界が一転するかもしれないんですから。ああ、今から楽しみ・・・」
「六種の精霊を呼び出した後、統括精霊を喚び出すんです。“ユキハル”さんの時は無理でしたから「「兄上!!」」・・・ピギャッ!」
「ニャアア?(ホントに?)」

 コパパさんとモモチさんに窘められ、落ち込むマルルさん。  
“ユキハル”・・・私と同じく、ファインシャートでの覇者だった白い猫。
 港町ポネリーアに入る前、ライさんに言い伝えとやらを教えて貰ったんだった。統括精霊・・・“パンナロット”を使役出来るって、確かに聞いた筈だ。だからマルルさんの、さっき言った“無理”という言葉に矛盾を感じてしまう。

「ニャアア・・・(どうして? どうして“パンナロット”を喚(よ)び出せないのに、“ユキハル”さんがファインシャートを救った事になるの?)」

 段々イライラして来た。何でこうも話の内容が掴めないのか。
 皆が私に嘘をついてるのか疑問を持って見ても、彼らの反応を見ればそうでもないみたいだ。
 前を見据える塩王子と、無言になった私達は、砂の階段を上り広々とした玄関を目にする。
 三兄弟の家で見たオレンジ色の鉱物が、室内を温かい空間に作り出している。鉱石のお陰で、きっといつまでもほんわかと照らし出してくれてるんだろう。自分が元居た現実世界での、ハロゲンを思い出した。

 二階へとさらに階段で登り、眺めの良い窓から外へ繋がるテラスに出て一同、感慨に耽る。
  
「シャラ・ステア・・・いや、リオ。お前はデルモントを見て、どう思った?」

 紺色の海を眺めながら、塩王子がポソリと呟く。潮風が流れ、金髪はそよぎ、闇夜に映える。
 ガウラに抱き上げられたままの私は、今までの感想を正直に答えた。

「ニャアアアアッ(面白い所だよねっ。凶暴そうなサメの魔物から、優しい飛竜さん、ルビリアナさん、魔王さん、塩王子、マルルさん達三兄弟まで居るんだから。デルモントも、ファインシャートも私は好きだよ)」
「リオが好きなら、オレも好きだ。それ以外は何も無い」

 これが私とガウラの正直な感想だと、胸を張って告げた。
 塩王子は前を向いたまま、視線を動かさないで喋り出す。

「先程での会話だったな・・・ユキハルは確かに“パンナロット”を喚(よ)び出す事に成功はした。しかし、直ぐに姿を消したんだ」
「ニャ?(え)」
「あいつも、口ではデルモントを良い世界だと褒めてたが、ファインシャートを選んだ。結局、覇者は人間の味方をする」
「ニャアアッ(ちょっと・・・!)」
「デルモントでの“祭り”とは、パンナロットの恩恵を決める為の催しでもある。もし、リオがデルモントを選んでくれた場合――」

 紫色の瞳が私の姿を捉える。
 縋る様な眼差しなんて、今まで見せた事無かったくせに。


「太陽の主導権もデルモントに移る。闇夜の世界での星もまた拝めるだろうな」
   
 どちらかを選べだなんて、どうしてそんな酷な事言えるの?



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032 デルモント観光 前編

2010年03月21日 00時03分24秒 | 小説作業編集用カテゴリ
「ニャッ、ニャアアッ(アブッ、アブッ・・・!!)」 
「リオッ、落ち着け。オレが付いてる!」

 今の私達は、穏やかな紺色の海を泳いでいる。
 猫掻き中の私は短い足が地面に届かないため、裸のガウラに必死にしがみつく。ソルトス王子改め、塩王子は海の上で腕を組み、仁王立ちして私達を上から見下ろす。金髪の髪だけが空間に映え、王族の気品さを漂わせる雰囲気は、ファインシャートに居る傲慢な王様を思い出した。

「覇者の守護獣と云えど、自らの適性に合った属性じゃないと上手く発現する事も出来ない。しかも精霊と契約していない者が唱えられる魔法は、所詮は初級止まりだけと覚えておけ」 
「ニャボボボボッ!!(何一人だけ、ふんぞり返って喋ってんのぉぉ・・・!)」
「リオッ、頼むから暴れるな」

 ガウラから離れて波しぶきを激しく立てると、海の中へ危うく沈みそうになった。彼だって両手を使わないと泳げないから、片っぽの手にしがみ付くしかないんだ。

「ルビリアナを待つ間、このデルモントを案内しようと考えて、近場から見て行こうかと思ったんだが・・・いけなかったか?」
「ニャバッ、ニャバババッ(当~た~り~前~でしょ~~~っ!)」
「もうここはいい・・・っ。オレ達は陸へ上がるからな!」
「そうか、残念だ・・・あ、今動くと危ないぞ」
「「?」」

 悪気が全く感じられない塩王子に唐突に言われ、周りを見回す。するとサメと思しきヒレが一つ、私達の周りを旋回していた。

「ニャアアアアッ(ジョーズに食べられるゥゥ!)」
「貴様・・・っ、くそっ! リオだけは何があっても守らないと」

 手足をバタつかせ慌てる私に、一生懸命なだめようと背を撫でてくるガウラ。
 たゆたう周辺の波だけを凍らせ、幾多もの鋭い氷を海中で作り出し攻撃に転じる。サメからの頭突きや体当たり、噛み付きを防ぐ見事な防御ぶりは、彼が普段魔法が使えない様には到底見えない。

 ガウラからのツララ攻撃を掻い潜るサメ。大口開けた、幾重もの鋭い歯が間近に迫った時――

「その獲物イタダキ―――ッッ!」

 紺色の波の上を自らの腹で、凄い勢いで滑る生き物がサメ目掛けて突撃していく。
 近くまで来ると空高く跳び上がり、先手を掛けるかの如く手に持つ包丁でメッタ刺した。力尽きたサメの体が海に浮かび上がり、白い腹が丸見えになる。

「やった! 殺人怪魚(パックンワーム)一匹獲得!!」 
「兄上、ずるいーーっ!! そのパックンは、僕が見つけたのにっ!!」
「僕んだよっ。何言っちゃってんだか。うう、折角ルビお嬢様に褒めて貰おうと思った、のに・・・?」

 ハレ??と、ペンギンに似た三匹は、可愛く首を傾けこちらを振り向く。
 兄上と呼ばれたペンギンは、包丁片手に海の上に立ってサメらしき巨大魚を難なく背負い、二秒ほど塩王子を凝視した後、頭を低くして恐れおののいた。

「ひょ、ひょえっ、ソルトス殿下! あわわわっ。殿下がこちらに居られるとは露知らず、御挨拶も無しに御前を通り過ぎた事、お許しください~~!!」
「僕らからもお願いしますぅ・・・兄上を殺さないで下さい! お馬鹿でアホなマルル兄上だけど、こんな奴でも身内なんですぅ~~!!」
「ソルトス様、これでも兄貴は僕らの家族なんですっ! せめて、せめて殺されるなら僕、ルビお嬢様に甚振られながら殺して貰いたいです・・・」
「ルビお嬢様に殺されるのは俺だっ。モモチは関係ないだろ~~」

 赤くなった自らの顔を、ヒレの様な平たい手で押さえてもじもじする弟ペンギン。
 お前、何ぬけがけしようとしてんだっ!と、二人の兄からの体当たりに耐えられず、波の上で引っ繰り返った。すると、その黒い瞳と目が合う。 
 
「ん? 白い猫と・・・人間??」
「ニャ、ニャバババッ(海の中からこんにちは。リオでっす!)」
「リオの守護獣ガウラ。オレの女だ」

 ガウラの台詞をスルーして、彼らの反応を待つ。三人の黒い瞳が一斉に輝き、塩王子に尋ねた。

「ソ、ソルトス殿下はまだこちらで遊ばれますか?」
「いや、海の中は不評らしい。これからどこへ連れて行こうか、決めあぐねている所だ。お前達、デルモント観光にピッタリの場所は何処だと思う?」 
「そ、そうですねぇ~~、じゃあデルモントの世界の神様を祀ってる、“シャラ・ステア”様の御神殿など如何でしょう?」  
「ニャ、ニャバババッ?(え、しゃらすてあ??)」

 大きく目を見開いて言葉に詰まる。
 ファインシャートで言う女神さまとは、エリシュ・・・何とかって言う名前だと記憶に残っていたからだ。その人に呼ばれて、私は日本から別の世界へやって来たのに。隣で泳いでるガウラも、一体何の事か分かっていないみたいだし・・・
 口元に手を当てて、考え込んでいる塩王子は一度頷き、私達に促した。その顔はいつもの顔より嬉しそうで、口元は少し笑んで見えたのは気のせいじゃないだろう。






 ―― デルモント神殿 ――

 海から出た私達は灰色の飛竜さんの背に乗り、幾多の建物から遠く離れた神殿に降り立つ。森の中の少し小高い場所にあって、横には大きな滝があり、少しばかり虹が出来ていた。
 紫色に発光するホタルみたいな虫や蝶が葉っぱに止まり、下流へと流れる脇の土や岩には、何羽かの渡り鳥が止まって川魚を啄ばんだり水を飲んだりして羽を休ませている。黒水晶で出来た、台形の巨大な建物の中へ私とガウラ、塩王子が入ると部屋が一瞬で淡い紫色となった。

「ニャ、ニャアアッ(ホ、ホワアア! デルモントもすごいね。電気が無くても充分生活出来るんだからっ!)」

 ガウラより先に出て、よく磨かれた紫色の床の上をポテポテ歩く。彼が慌てて後ろから付いて来て、またいつもの定位置に抱き上げられた。 

「ニャアァ・・・(たまには歩かせてよ・・・太るじゃん)」

 スキンシップ過多の彼に、喉を優しく擦られ悦に入る。気持ちが良いから、それ以上文句が言えなくなってやり込められるんだ。既に私のツボを押さえてる彼は、御満悦な顔でキスして来る。

「リオ、“でんき”とは何だ?」
「ニャ、ニャアアアッ(簡単に言うと魔法が使えない国が発明した、便利な世界の力の事だよ! “電気”のお陰で四六時中部屋の中が明るいし、テレビや電話と言った、遠く離れた人物との情報伝達なんかもお手軽に出来たんだよっ・・・ ガ、ガウラ??)」

 自分の世界の事について懸命に喋っていると、眉を下げたガウラが落ち込んでいる。琥珀色の瞳が不安そうに揺れ、今にも泣き出しそうだ。
 
「リオの言う便利な“でんき”とやらは、このデルモントやファインシャートには無い。オレと過ごすのに不便を感じさせてしまったらと思うと、オスとして情けなく思う」
「ニャ、ニャア・・・(そんな事・・・)」
「だからと言って、リオを離す気など毛頭ないからな。他の分野で、お前を満足させる。狩りや食べ物、勿論オスとしてもだ。リオが欲しがるモノは、全部与えてあげたい――」

 スリスリと頬ずりするガウラ。
 KY<空気読めない>ガウラが、そんな事で悩むのか。彼の頭の中は一体どうなっているのか覗いてみたくなる。

 ガウラからの愛の告白を聞きながら、塩王子の後を続くと、大広間に出た。
 透き通った水晶の部屋が前後左右、天井も高く視界に大きく広がる。
 黒水晶が土台となり、巨大水晶を上に乗せている祭壇と思しき最奥への道を塩王子が進む。
 鉱物に手を這わし私達の方へ振り向いた顔は、海の上で見た時よりも嬉しそうな表情で微笑んだ。

「この神殿で祀られている、“シャラ・ステア”だ」
「ニャ、ニャアア・・・(はっ・・・?)」
「水晶の中にヒトが入って・・・? 何でこんな事を・・・」

 瞳は閉じられ、黒い髪が背まである女のヒト。
 白い布の服を纏い、頬や唇はうっすらと赤く色付き、しなやかな手足は、彼女を若く見せる。
 でも、待って。この吸い寄せられる感覚は・・・

「全ての精霊を統括する白精霊<パンナロット>に愛され、ファインシャートの女神<エリシュマイル>を作り出した我らの母神、シャラ・ステア――今は魂だけが抜けた状態で、永久保存している」

 日本の・・・故郷を恋う想いとは違う懐かしさ
 忘れなきゃと、全ての記憶に蓋をして
 自らの力を全て封じて、存在を消滅させた

「お前は・・・いや、貴女は猫に転生したのか? シャラ・ステア・・・リオ?」

 彼らに必要とされる女神は、一人でいい・・・
 エリーちゃん、ファインシャートを頼むよ

「女神の力は、残って無いんだな。やはり、パンナロットは祭りでしか呼び出せないか」
 
 どこに居たって、エリーちゃんを愛してる
 もちろん、パンナロットもね

「パンナロットを上回る力を、今のエリシュマイルは持っていない。だから召喚出来たのは、猫のリオ――貴女だけだ・・・」

 二人とも、私の愛する子供だよ
 だから協力して、二つの世界を平和にしてね

「シャラ・ステア・リオ・・・デルモントを見限り、自らの亡骸を今だに曝され、そこで猫となって眺める今の心境はどうですか? ・・・今度こそ、我ら魔族を見捨てないで下さい」


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031 リオが居なくなった後の彼ら

2010年03月21日 00時01分53秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 〜〜ライウッド視点〜〜

 異世界の覇者、リオちゃんとその守護獣ガウラ、ルビリアナという上級魔族とその使い魔、鼠のハンスは絶魔の牢獄から見事に逃げきる事が出来た。
 牢屋に耐久魔法を掛けられてはいても、空間転移を封じる魔法は牢獄全体に掛けられていた訳でも無く、牢屋の中だけと陛下から聞かされた時は驚いた。牢獄全体に掛けるとなると、不具合も出るらしい。

 エヴァディス宰相から先に牢獄から出る様にと言われた時は、真っ先に頭を下げて出口へと向かった。一刻もここから早く、逃げ出したかったのもあったと思う。
 光の魔法を唱え、暗い地下通路を足早に進み、階段を駆け上って謁見の間を出る。通路を半分歩いて意識が朦朧としかけた時、誰かに後ろから腕を強く引っ張られた。

「ライ! お前、今まで何処へ行ってた?」
「イ、イル・・・? 」

 幼馴染のイールヴァだった。銀髪の髪に目付きの悪い灰色の瞳は、遠縁のエヴァディス宰相を思い出し、思わず背筋が寒くなる。

「お前が来るまで、俺はずっと姫の居る自室前を警備してたんだぞ。朝方になってようやく他の騎士を捕まえて交代して貰ったんだ。見ろ、この目の下のクマ! 下手な言い訳してみろ、幾らお前でも容赦しないからな・・・!!」
 
 眉を吊り上げ、恨めし気に言い放つ僕の幼馴染イールヴァ。
 確かにいつものキリッとした表情からは疲れた色が見え、目の下にはクマもある。心なしか、イルが持つ宝剣カルナックから雷がバチバチとほとばしり、自分の出番を待っているかの様だ。

(エ、エヴァディス宰相を彷彿とさせる顔で、怒りながら笑ってる!! コワッッ!!)

 僕は今までの事を、どう整理して答えれば良いのか非常に困った。何故かというとエヴァディス宰相から、“絶魔の牢獄の事は他の者には内密にしろ”と命令を下されたから。僕もそれには賛同なんだけど・・・ 

「〜〜イ、イルゥ、僕も寝てないんだよ。それに今からエヴァディス宰相に報告書を書かなくちゃいけないし、昼までには出さないとまた怒られるんだ。悪いけど、また今度!!」
「ライッ!」

 イルからの静止を振り切り、走ってその場を逃げ切った。
 王宮の近くにある兵士の宿舎室に戻り、ケネル隊長に事情があって訳を話せない事を話す。事情を察してもらい、今日一日は姫の身辺警備で僕の替わりを申し出てくれて、無事に睡眠時間を確保する事に成功した。

 騎士団員専用の広い部屋の中に入り、通路をさらに進むと自分とイル、二人専用の部屋へと辿り着く。
 それぞれの反対の壁に机とベッド、洋服ダンスが二つずつ。境界線の代わりに、娯楽で見る本やカード、私服やらが乱雑に散らかった所が僕の場所。物が一つも落ちてなく、綺麗に整頓されたスペースがイルの場所となっている。
 ・・・几帳面な所はホント、エヴァディス宰相にそっくりなんだよ。
 ちょっとイルの場所を汚したら、額に青筋付けて怒るんだ。こんな所、姫に見られたらきっと笑われるだろうね。「ライウッドは相変わらずだ」って。
 リア様の母君と一緒になって笑うもんだから、余計イルに追いかけられて揉みくちゃにされる。イルからの頭ゴリゴリ攻撃はとても痛いんだ・・・でも、これが僕達の昔からの日常でもあるかな? 

「よいしょ・・・プハッ! ああ、疲れたぁ・・・」

 革の鎧を脱いで床に放り、淡い山吹色の上下服だけとなった僕は、ガラクタが散らかる机に向かう。自分で作った張りぼての人形や、怪獣なんかの寄せ集めを眺めて人心地ついた。今までの記憶を掘り起こして、経緯なんかを隅から隅まで用紙に書き起こし、騒動に巻き込んだ獣達に文句を呟く。

「はぁ、僕が怒られるのはみんな、リオちゃんとガウラのせいだよね・・・」 

 もしまたディッセント国に帰って来たら、何か奢って貰おう。猫である彼女と、獣だったガウラにお金があるのかは期待できないが。お金の代わりに自ら捕まえた魚や、ガウラの食糧にもなる小動物を持って来られても困るけど。

「・・・あれ、欲しいのなんか無い?」

 考え抜いた末、彼らから差し出されるであろう生臭い物を予想した時、陛下やイルから怒られ損じゃないかと、大きな溜息を吐いてしまった。










 〜〜エヴァディス視点〜〜

 異世界の覇者、リオ殿とその守護獣、ガウラ殿はルビリアナ・レット・クロウとその仲間を従え、絶魔の牢獄から姿を消す事に成功した。黒い靄がリオ殿とガウラ殿を埋め尽くす瞬間、我々を見下し、勝ち誇った様に嘲笑う彼女の顔が忘れられない。
 覇者のリオ殿がファインシャートから姿を消したのはかなりの痛手だ。それは我が主、ハシュバット国王陛下も痛感しているに違いない。

「陛下・・・」 
「・・・」 

 彼女達が居なくなった方向を向いて、牢屋の中から睨み付ける様に佇んでいる。纏う雰囲気も更に変わって、睨んでいる方向に立ち竦むライウッドはかなり怯えていた。
 長年付き従って来たのだから、陛下の心情を察する事が出来る。激昂を抑え込み、内心ハラワタが煮えくり返る思いじゃないだろうか? この場に居れば、ライウッドは高い確率で陛下から怒りの矛先を向けられてしまう。最悪の予想をして、絶魔の牢獄から素早く退避する事を促した。

「エヴァディス、二人の上級魔族を殺してこちら側が不利になるか聞いても良いか?」 
「はっ、・・・紅い瞳の方の魔族は存じませんが、長髪の魔族は確かデルモントに渡る魔法を使います。彼を殺せば、こちらから向こうへ繋がる術が絶たれるという事でしょうか」
「そうか。長髪の魔族は利用価値あり・・・と」 
「てめぇら、さっきから何二人でブツブツ喋ってんだ!」
「はぁ、早く国王を倒して一休みしたいですね」

 ブロードソードを鞘に戻し、替わりに陛下愛用の鞭、“タナディノス”を手に取る。巨大竜の牙を先に括り付けた鋼の鞭は、大岩をも砕く。陛下は一通り全ての武器を自在に使いこなせるが、狭い場所で鞭を使うのは得策では無いはず。おそらく用途は――

「我、縦横無尽に風を制する――オート・クイック――!!」

 窓の無い牢屋の中で、微風(そよかぜ)がふわりと吹く。
 陛下の体に、特に足に風が集まり、いつもの倍は素早く動ける魔法を発動した。

「なっ!(速いっ)」
「ハーティスッ!!」
 
 長髪の魔族の方に素早く移動して、首に手刀を落として気絶させた。風の力を借りて繰り出す攻撃は、動きもさることながら普段よりも腕力が上がる。長髪の魔族が気絶で済んだのは、守護魔法のお陰だろう。利用価値があれど、そのまま殺しても気には病まないに違いない。現に、陛下は冷たい表情で気絶した彼を眺めているからだ。

 気絶した魔族の胴体に愛用のタナディノスを巻き付け、動けない様に頑丈に縛っている。床に落ちている、レプリカの鍵を拾い上げ指で捻り壊した。今の陛下の顔は嬉しそうだ。少し機嫌が良くなったのかもしれない。

「さてと、後はお前だな。どう料理して欲しい? 切り刻むか、目玉をくり抜くか、全身の骨を砕くか・・・好きなの選んで良いぞ」

 両手をはたき、埃(ほこり)を落とす。鞘からブロードソードを抜き出し、持ち手の頭の部分に人差し指をあて、剣を回して遊んでいる。

「よくもハーティスを! 人間のくせに・・・!!」
「先程長髪愚弟だと罵った姉が喋ってたろう? “魔族と人間の違いはあるのか?”とな。たいして双方の違いなんか無い・・・と私の中では結論付けるが。お前は違うと言い張るんだな」
「それ以上近づくな!・・・遮りの炎、我を守る為に作り上げん――ファイアウォール!!――」

 詠唱を終わらせた途端、灼熱の炎が舞い上がる。
 気を昂ぶらせた紅色の瞳の魔族は、陛下との間に轟々とした炎の壁を作り出した。鉄の棒のこちら側まで魔族が追い詰められた時、全身が震えているのを確認する。炎を物ともせず、近付いて来る陛下に徐々に恐怖を感じているのかもしれない。

「魔族が嫌いとも言わないな・・・だが一つだけ、言わせてもらおうか」
「・・・っ、?」

 左手で魔族の首元を締め上げる。炎の中に佇み、平気でいる陛下を見て驚いているようだ。

「国を治める者の立場から言わせれば、人間の命を脅かす魔族を野放しには出来ない。“縄張り”を侵されたら全力を以って排除しなくてはな? それはお前達、魔族も同じだろう」
「がはっ・・・!! は、なせ!」










 暫く陛下に首を絞め続けられ、紅い瞳の魔族は床に落ち、気絶したようだ。
 動かない魔族を尻目に、陛下から捕縛用の縄を渡すよう命じられたので、牢獄内に保存してある縄を渡し、動けない様に彼の両手、両足を縛っていた。

「陛下、体の方は大丈夫ですか!?」

 急いで牢屋の鍵を開け、国王陛下の元へ行く。
 肩から腕にかけての衣服はもう焼け焦げていて、服の意味を成さない状態だ。体を見ると切り傷は無く、軽度の火傷で済んでいるのにはさすがに私も驚いた。

「はぁ、風で炎による熱傷を直接逸らしたは良いが、やはり少し無理をした。もう体が動かん・・・」
「・・・当たり前です。守護獣のディルを呼び出していたのですから、魔力があまり残って無いのではないですか? 私の肩に寄り掛かって下さい」

 怒りたい気持ちを押しやって、陛下の腕を自らの肩に掛ける。
 私の怒りの気持ちが伝わったのか、陛下は気まずそうに口を開いた。

「悪い、エヴァディス。今日一日は体が使い物にならないみたいだ。私も少し休ませて貰う・・・政務の方、宜しくな?」
「はぁ、承りました。一日だけですから。明日になったら、通常通り国政を取り仕切って下さい」

 二人の魔族が居る牢屋の鍵を閉めて、陛下と絶魔の牢獄を出る。
 陛下の言う、パーティは終焉を迎えやっと静かな空間に戻ったようだ。暗い通路へ出て、光の魔法で照らされ陛下と二人、ゆっくり歩きだす。

「あの二人の魔族はどうしますか」
「今日、魔術師をプロテカの神殿に使いをやるのだろう? 水の精霊の眷属、ティアレストの発言次第だな」
「?」
「ティアレストが無償で水の増量をしてくれるとは思わない。幾ら温厚な眷属でも、何かを代償に引き渡せと言われたら困るしな」

 魔族と眷属、どう関係があるのか解らなく、陛下に尋ねた所――

「ティアレストに、もし異世界の覇者を引き合わせろと言われたら、向こうに渡る術(すべ)が無い。だったら二人の魔族は生かした方が得策だ」
「そうでしょうか・・・しかし、二人の魔族を生かしても向こう側に渡れるかどうか・・・」

 あの凶暴な二人の魔族を思い出し、一癖縄では行かないと思い悩む。だが、陛下は一縷(いちる)の望みに賭けている様だ。

「長髪魔族達を連れ戻しに、一度はルビリアナ・レット・クロウも戻ってくると思う。リオは・・・二日しか共に居なかったが、彼女は優しい部類に入る。必ずもう一度ファインシャートに戻ってくるだろう」

 淡々と喋る陛下の言葉に、違和感を感じる。どうしてここで異世界の覇者、リオ殿が出てくるのか一瞬解らなかったが・・・最後の結果に行き着いた時、私は目を見開いた。あの女の、上級魔族の真の狙いとは―――!!

「その時、私達の手にかけられ二人の魔族が死んだと、ルビリアナから聞かされたらどう思う? ある事無い事吹き込まれたリオは私達に怖じ気づき、ファインシャートから離れデルモントで永住するだろう。そうなるとパンナロット以下、全ての精霊は魔族の方へ移行する事になる。・・・エヴァディスなら、この意味が分かるな?」

 信じられない思いを抱き、その可能性を否定できない自分が恐ろしくなった。
 異世界の覇者、リオ殿が居なくてはファインシャートが安全でいられない事の問題を指摘され、思考が止まってしまった。
 もう、彼女はこの世界に無くてはならない存在になっている?
 この事実に気付いた者から、様々な者達からの接触が予想されるだろう。

「二人の魔族を囮(おとり)に使って、自らの命を危険に晒す事無くリオを手に入れる・・・その作戦は大成功みたいだ。おまけに、こちら側で捕まえた二人の魔族は五体満足の状態で牢屋に繋がれ、あわよくば自分達の世界に連れ帰る事も予想した上で、あの女は策してるだろう」

 リオ殿を手に入れた側の世界が生き残る・・・?
 このからくりに気付いた時、我々は、魔族は、これからどう動くのか。途方もない問題に突き当たる事になる――

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030 ルビリアナ・レット・クロウ

2010年03月20日 19時39分25秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 熊魔王さんに、ルビリアナさんを連れてファインシャートに行けない事を告げられたソルトス王子が、暇つぶしにガウラに剣の使い方を教えてくれる事になった。
 嫌がる私を寝室へ連れて行こうとしていたガウラの襟首を掴み、飛竜さんを謁見の間まで呼んで瞬きする暇も無く紫鉱城(ラドギール)を出る。

 動きの無い王子さまが、どうして飛竜さんを呼べたのか不思議に思って見上げる。
 ガウラの隣で背に乗っている王子さまに聞いてみると面白い答えが返って来た。

「自らが発する、闇の魔力を体から高ぶらせて飛竜に察知させた」と、特に難しいと言うわけでもなく、上級魔族なら誰でも出来ると教えてくれた。だから紫鉱城(ラドギール)に初めて来た時、特に動きの無かったルビリアナさんも飛竜さんを呼べたのかと、納得したんだ。

 闇夜から幾多の建物を見下ろし、ゆっくりした空中飛行は幕を閉じる。海岸でそれぞれ降ろされ、王子さまによるスパルタ教育が始まった。

(え・・・これ誰?)
 
「ガウラ、お前覇者の守護獣のくせに剣の使い方がまるでなってない! 大きな動作で切り掛かるから軌道を読まれ、ちょっと小突けば頭に来てすぐに反撃に打って出る、しかもその捌き方だと隙を付かれて逆に攻め込まれる、お前剣技を舐めてんのかっ!?」
「っ、はぁ、はぁ・・・じゃあ、どうしろと・・・?」 

 冷静さを装った表情は一転、顔つきが変わり鬼のような形相の王子さま。
 サラサラの砂の上で、足に砂が纏わり付き姿勢が崩れるガウラ。一瞬の隙を付かれ、首元に刃を当てられていた。

「・・・」

 地面に片膝を付き、身動き出来ないガウラは冷や汗を流している。冷酷な表情の王子さまは、お構い無しに淡々と喋り出す。 

「砂に気を取られて窮地に陥ったな。地形が命取りになる場合もある。ガウラの場合鍛え方が悪いのもあるが、周りを見て何が自分にとっては不利で、何を生かせるかも考えて動け。――よし、次は魔術で俺に攻撃してこい。お前の得意な魔法を使っても構わない」

 ガウラの首元から刃をどかした王子さま。右手には大剣を握り、だらんとした状態で立っている。その体勢は、ガウラの放つ魔法をいつでも受け入れられる状態だ。
 
「・・・」
「守護獣なら何か出せるだろう。まさか何も出せないなんて言わないだろうな?」

 無言を貫き動かないガウラ。
 どうしたんだろう・・・? 前に何度か、ツララや氷の矢を出現させていたのに。
 心配してガウラを眺めていると、王子さまは方向転換して私に向かってくる。好戦的な紫色の瞳をギラつかせて、大剣を上下に振り下ろし、衝撃波をこちらに放った。

「フ、フギャアアッ(うそぉぉっ!!)」
「・・・リオッ!!」

 カマイタチの様な弧を描いた月閃は地を這い、砂は抉(えぐ)れ、真っ直ぐこっちに向かってくる。

「ニャアアアッ(死んだら化け猫になって出てやるぅ!!)」

 体をちぢこませ目を固くつぶり、間近に迫った攻撃に備える。
 剣による衝撃波が何かによって相殺され、耳に爆音だけが残った。

「ニャ・・・(どうなったの・・・?)」

 恐る恐る目を開けて確認する。
 私の目の前に現れたのは、ピリマウムによる白い守護魔法陣と――

「ニャアア・・・(ガウラ・・・)」
「・・・」
「氷を出せないわけじゃないのか」

 キラキラ光る氷粒が周りを彩る、巨大な氷柱が砕けた無残な残骸だった。

 *****

「ニャアアアッ(こんの塩王子! 私が猫だから何しても良いと思ってんじゃないでしょーね!!)」

 一旦休憩を告げた王子様は、背に固定した鞘に大剣を戻して飛竜に体を預けて座っている。
 ガウラは疲れてるのに、急いで私の元へと戻って来てくれた。膝の上に私を乗せて好きにさせてくれている。口だけ元気な私は、無言の王子さまに喧嘩を吹っ掛けていた。

「ニャオッ、ニャオオッ(猫舐めんじゃねーぞ! 塩を傷口に擦り込むぞ!)」

 全身の白い毛を逆立てながら威嚇する。負け犬の遠吠えみたいな文句しか言えない自分が恨めしい。実際に王子さまは怪我一つしてないし・・・口を尖がらせ、ガウラに項垂れかかると彼はしきりに私に頬ずりして来て、体力を回復させていた。

「ガウラとリオ、お前達二人は実際に魔法を使った事が無かったのか」
「ニャアア(う・・・私がトイレに行けなくって腹が立った時に出たみたいだったし、出そうと思って出した訳じゃないもん。・・・勿論、自覚なんか無かったし)」
「オレは、リオに危機が迫った時にしか氷は出せない。リオに関する悪意のある攻撃や中傷を確認した時も、頭に血が昇って氷は自在に出せるみたいだが」

 ガウラに頬ずりされながら、お互いの欠点をさらけ出してまた落ち込む。私なんて、“パンナロット”という精霊が居なきゃ唯のオマケみたいなもんだもん。他の精霊を使役するなんて、沢山の獣達を従える事なんて私には出来ない。皆は私を買い被ってるだけだ。

「ニャアア(頼りない猫でゴメンね、ガウラ・・・)」
「頼りなくても良い。リオがオレの傍に居てくれればそれでいい」

 KY<空気読めない>ガウラ、そこは頼りなくなんかないって言う所でしょ・・・って、もう良いか。だって、ガウラは本当に私を必要としてくれてるんだから。
 頬や口元に沢山のキスの雨を降らされ、胸に抱き込まれる。いつもの定位置にやっと慣れて、暫く身動きしないでいると王子様は口を開いた。

「もうすぐデルモントで祭りがある。その時に“パンナロット”や、他の精霊に会う事が出来るだろう。その時契約したらどうだ」
「ニャアア(お祭り・・・? デルモントでもお祭りがあるんだ)」
「ああ、今回の祭りは大きな意味を持つ。“パンナロット”がいれば、俺達の目的は成就されるも同然だからな」
「ニャ?(目的?)」

「「疑似でも構わない、太陽や星をデルモントで眺める事が出来るなら――」」

 乱れたシーツに男と女、裸の二人が寄り添い静かな一時に身を任せる。
 暗い部屋の中は独特の匂いに包まれ、紫色の鉱物が程良い雰囲気を醸し出す。
 普段は息切れを起こさないルビリアナは、逞しい胸に引き寄せてくれるバフォメットの紫色の瞳を見つめて、自らの柔らかな体をすり寄せる。

「バフォちゃん、異世界の覇者がやっと来てくれたのよ。今度のお祭りは今までよりも盛大な物になるでしょうね」
「グウウ・・・」
「皆、この時を今か今かと待ってたのよ。ファインシャートの人間共だけ幸せになるなんて、不公平だと思わない?」

 バフォメットの胸板に手を這わせ、唇を寄せる。
 火照った体は疼きが治まらず、貪られる感覚にお互い眠りに落ちそうもない。 

「ハーティスやゼルが、あの国王から逃げ出せるとは思えない。だけどこっちにはリオちゃんが居るし、無体な事が出来ないわ。女神やパンナロットからの寵愛を得たリオちゃんの反感を買うなんて、ファインシャートの精霊全部を敵に回す事になるんだものね」
「グウウ」
「ただでさえ、水の精霊の力を借りたい時なのにね? あっ、今は精霊の眷属がなんとか清涼水を作り出してたんだっけ・・・今頃、大変だろうなぁ」

 クスクスと笑って喋っていると、バフォメットの体の下に反転させられ、長い舌で全身くまなく舐められ、体を求められる。
 ベッドは激しく軋み、背中が仰け反り、喉から甘い嬌声が絶え間なく出た。バフォメットからの激しい愛撫に心も体も蕩け、欲されるまま彼に体を委ねる。

「お祭り、楽しみだなぁ・・・でも、その前にファインシャートから帰ったら皆の家に遊びに行かないとね。お土産、何がいいかなぁ?」
「グオオオッ」
「今から考えなきゃね・・・バフォちゃん、聞いてる? はぁ、もうしょうがないんだから・・・」

 本能の赴くままにお互いを必要とし、睦み合いが終わったのは半日が過ぎた頃。
 森の中の木製の屋敷は静寂さに包まれ、闇が二人を祝福した。

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029 ソルトス・アルガ・デルモント

2010年03月20日 19時03分28秒 | 小説作業編集用カテゴリ

 一日の終わりを告げる鐘の音が鳴っても、霧は晴れたがデルモントには朝陽が昇らない。それでも朝露はしっかりと土に染み込み、植物や森に栄養をもたらす。
 紺色の海は、剥き出した水色の群晶(クラスター)によって浅瀬を浄化し、魔物達の喉を潤す。鳥のさえずりの代わりに、コカトリスの鳴き声がデルモントと、紫鉱城(ラドギール)に響き渡った。

「ゴギャアッ、ゴギャアアアアッ(デルモントの朝が来た〜〜、希望の闇だ♪)」
「おい」 

 目覚まし時計よりもタチの悪い、騒音並みの歌だ。
 聴覚が優れた獣なんかだと、鬱になるかもしれない。
 丸い体をさらに丸くして、毛むくじゃらの手で両耳をペタリと塞ぐ。

「ゴギャア、アァァァ〜〜!!(喜〜びに胸を広げ、魔族を崇め〜♪)」
「いい加減起きろ」

 ゴゲッ、ゴゲッ、ゴゲゴッゴ〜〜♪

「ウニャア・・・(眠いし、うるさいぃ・・・)」

 誰かに鼻をつつかれ、頬を引っ張られ、眉間のしわをグリグリ弄られる。
 根負けして眠い瞼を開けると、見た事のない男の人がベッドに腰掛けていた。
 金髪に、尖った耳と紫色の瞳。全身青色の服と紺色のマントを着ている、見た目二十代の男の人だ。

「飯だ。床にお前のご飯、テーブルの上に男が食べれる朝食を置いておく。食べると良い」
「ニャ、ニャアア?(あの、貴方は?)」
「ソ「リオッ」」

 私の声を聞き、目を覚ましたガウラが勢い良く起き上がり腕を伸ばしてくる。腕の中に閉じ込められ、匂い付けとキスを何度もしてきた。それから真剣な瞳で問い質してくる。

「リオ、ベッドの上に知らない男を連れ込んで、浮気をしてるんじゃないよな?」
「ニャ、ニャアアッ(そんな訳ないでしょ! 朝から何トンチンカンな事言ってんの!! ガウラのバカッ)」

 ベッドの上にある枕を口で咥え、ガウラの顔に力を込めて投げてやった。当たった本人は、あまり痛がっていないくせに眉間にしわを寄せて唸っている。もしや何か別の事を考えてる?

「リオ、とんちんかんとは何だ・・・? 」 
「ニャアアアッ!(見当違いな物言いの事! つじつまが合わない事だよっ!)」

 ガウラは昨日、私と一緒にベッドで休んでいたじゃないか!
 いつ他の男を連れ込む時間があった!? 腹が立って背を向けても、長い腕に抱き上げられていつもの定位置に納められる。

「凄い執着だな。お前達を見てると、ユキハル達を思い出す」
「ニャ?(ユキハル?)」
「リオ、誰の名前か知らないが別の男の名前を呼ぶな。そしてお前、リオに馴れ馴れしく触るな」

 男の人は私に近づき、頬を餅のように伸ばす。
 それを見たガウラは、彼の腕を振り払って威嚇した。
 今日も朝から絶好調の、ガウラからの激しい求愛を他人に見られながら“ユキハル”について聞いてみる。

「お前と同じ、異世界から来た異質の存在だ。純白の色を纏った猫で、守護獣の狼と大鷲と蛇を引き連れ、紫鉱城(ラドギール)にやって来た事がある」
「この城に? デルモントがファインシャートにあった時の話をしているのか」
「そうだ」
 
 それより先は沈黙を貫かれた。納得できなかったが、とりあえず彼の名前を教えて貰う事に。
 金髪に紫色の瞳の彼が魔王さんの息子、ソルトス王子だった。カッコイイ顔と、魔王さんとは間逆の髪の色は、きっとお母さん譲りなんだろう。上下青色の服と紺色のマントは、海を連想する。――おおっ、もしかして。

「ニャア!(塩にちなんだ名前が付いてるんだね。・・・塩王子かぁ)」

 塩ラーメン♪と歌ったらガウラはまた聞いてきた。王子さまもこれには即反応する。

「・・・本当に、ユキハルに似てる」

“ユキハル”についてあまり教えてくれない塩・・・ソルトス王子。
 私とガウラに用事があるみたいで、ご飯を食べるまで待ってもらった。
 籠の中を見ると、縦に割れたコッペパンの中に肉とコーン、魚の燻製を詰め込んである。取り外し可能なでかい貝柱の中には、トロリとしたクリームスープが注ぎ込まれ、木のスプーンで飲みやすい様になっている。私はというと・・・

「ニャアア(寝起きにコレを食べろと?)」

 マグロ並みの大きさの魚の活け造り。
 頭をぶつ切りにして、尻尾までの間に赤身を綺麗に並べてくれてある。せっかく用意してくれたので、少しだけ食べてミルクを飲ませて貰った。
 暫く窓の付近に立って、静かに外を眺めている王子さまは何を思い出しているんだろう。

 *****

 白い扉を出て、三人で二階から紫水晶の階段を下る。
 一番下の階層にある謁見の間に着くと、魔王さんが既に玉座に座って私達を待っていた。今日は黒を基調とした、銀色の肩当てとマントを付けている。その顔はニヤニヤして嫌な感じだ。

「おう! 二人とも良く寝てたの。お前達の部屋用に作ったピンク色の部屋の寝心地はどうだったかの?」
「最高だ。部屋に風呂場も付いてるし、共に背中の流しあいも出来たしな。二人で寝るベッドは広いし、激しく運動するには最適の広さと強度、弾力だった。後はリオがその気になってくれれば、言う事なしなんだが・・・」
「ニャ、ニャアアッ(ガ〜ウ〜ラ〜!!!)」

 下世話な話をする熊の魔王め!
 そういえば、昨日は柔らかいワタを使ったスポンジでガウラの背中を洗ってやった。いつも私ばっかり洗ってもらってばかりで、悪いと思ってたんだ。気合いを入れれば、私でも二本の足で立てるから洗えるもんね。

 私の健気な姿を見たガウラは、感動したとばかりに思ってたのに思い違いだった。何故なら、背中を洗い終わった後、前も洗って欲しいとお願いして来たからだ。・・・はっ、恥ずかしくてそのお願いは却下したんだけど。
 ベッドの上では、いつに無く密着してきて暑苦しいし。・・・おかしな夢まで見たしね。

 ―― ん、夢?

 ズキッ
(「エリ・・・エリしゅ・・・?」) 

 ズキッ
(「リオ、思い出したの?」)
 
 ―― 何の夢を見たっけ? 

 ズキンッ
(「エ、エリーちゃん・・・」)

(「帰りたくない・・・皆の事、忘れたくないよぉ・・・」)

(「リオちゃんの世界はここじゃない。大切な人が待ってる世界へ戻ってあて・・・?」) 

「・・・」
「リオ?」

 ガウラの腕の中で暴れていた私が、いきなり動きを止めたから心配になって背中を擦ってくれた。断片的にしか出てこない映像は、もう私の脳裏には浮かんではこなかった。落ち込み沈んだ私の姿を見て、熊魔王さんは話を切り出す。

「おっと、この話はまた後ほどにしようかの。ソルトスはリオとガウラを何処へ連れて行こうとしたのかの?」 
「ルビリアナの屋敷へ連れて行こうかと思った。ファインシャートにはいつ頃行けばいいのか、その打ち合わせも兼ねてだ」

 ソルトス王子の話を聞き終わった熊魔王さんは、眉を顰め、顎ひげを触りながら喋りにくそうに顔を渋める。少し唸って喋り出した。

「今日はルビリアナの屋敷へは行かない方が良い。ソルトス、お前は分からないかの?」
「何故だ。ルビリアナは怪我など負ってはいなかった。それに早くファインシャートに行かないと、ハーティスとゼルの命が危ない」

 苛立ちながら話すソルトス王子を見て、大きく溜息を吐いた熊魔王さん。納得のいかない様子で、今にも熊魔王さんに突っかかりそうだ。
 ルビリアナさんの所へ行けない理由が分からない、私達三人に言いだす。 

「ソルトスが急かすと思って、飛竜の奴に偵察に行かせて正解だったわい。今はルビリアナとバフォメットは情事の真っ最中だ。無粋な事はしちゃいかんだろう。あれでもクロウ家の当主だ。体力も他の中級魔族よりはあるが、回復と睡眠の時間を見積もれば後一日はかかるがの。・・・それともソルトス、お前それを承知であいつの屋敷へ赴くのか?」 
「!」

 顔を引き締めた熊魔王さんに、ソルトス王子は顔を赤くして行かない事を告げる。
 ・・・バフォちゃんはルビリアナさんが好きだと思ってたけど、ルビリアナさんも好きだったの!? 信じられないという私とガウラの顔を見て、熊魔王さんの口の端が上がった。

「ルビリアナは既にバフォメットを自分の伴侶と認めておるぞ。将来は奴の子供を産みたいとまで言っておったわい」
「バフォメットを? 女の基準は分からない・・・」 
「ニャ、ニャアアッ(ヒャアアッ、ルビリアナさん大胆!)」
「オレも。リオを沢山愛して満足させて、オレの子供を五十匹以上は産ませたい」
「!!」

 ・・・ライオンにそっくりな、ミニサイズのガウラが五十匹?

「グワーーッハッハッ!!! カ、カイナの状態でなら、純白の猫と交わる事は出来るかもな! ぶ・・・っ、リオ殿、相当体力を付けといた方がいいぞ! グワッハッハッハッ!」 

 紫色の瞳から涙を出してまで激しく笑う様子に、空中に浮かんだ紫鉱城(ラドギール)も激しく全体が震動する。
 ガウラに抱き上げられたままの私は、覚束ない両手でわたわたと魔王さんに向って上下に振りだした。

「フギャ、アア、ア―――(ガウラに、余計な事、言わない、で―――!!)」
「リオ・・・今から寝室にまた行こうか。毎日の積み重ねが体力の増量に繋がると思うんだ。勿論リオは初めてだと思うし、優しくする」

 熊魔王さんの言葉に、目を見開き放心状態のソルトス王子。 
 私はガウラからの愛の言葉と、産ませたいと思う子供の数に思いっきり目を剥いた。五十匹って、一つの村が出来そうだね。
 寝室に連れて行こうとするガウラのお腹に、猫パンチの連打を繰り出した。

(――あ、頭イタイ)

 女の子が人を好きになる基準・・・
 こればっかりは人それぞれ千差万別だし、一概には特にコレと胸を張って言えないし。
 女の子のハートを射止めるには、容姿はさることながら、中身も大切だ。現代の世界なら、お金や名声に目が眩む子もいるだろう。バフォちゃんを好きになるには、何か特別な理由があったハズ。今度ルビリアナさんに聞けたら良いなぁ。

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028 紫鉱城(ラドギール)と魔王ファランティクス

2010年03月19日 20時18分10秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 黒い翼を持つバフォちゃんに横抱きされたルビリアナさんと、飛竜さんの背に乗せて貰った私とガウラは、空に浮かぶ紫色の城の中へと近付く。
 飛竜さんにゆっくりと翼を動かしてもらい、上空から眺めると洞穴付近には紫水晶の群晶(クラスター)があって、根こそぎ取られた鉱山みたいだ。下からは確認する事が出来なかったけど、窓みたいな窪んだ穴を幾つか見つけた。

 城の中に入ると、複数設置された大きな柱が発光して、全ての暗闇を照らしだす。
 紫水晶のよく磨かれた床は濃い紫、壁は淡い紫、天井に向かうほど透明度が上がり、紫色の階段も明暗(コントラスト)が施され一種の芸術となっている。

「ニャアアア(ファ、ファンタジー!!)」 
「ふぁんたじー?」
「ニャアッ(“幻想的”って言う意味だよ!)」 

 私が使う言葉が分からなくて、首を捻るガウラに教える。
 ガウラは好奇心旺盛だ。私が使う物や言葉を、何でも知りたがる。正確に知ってる言葉の意味だけなら、彼に伝えられる。気分は子供に教える親ネコだ。

「リオちゃん、ガウラ、この奥の部屋がファインシャートの世界で言う“謁見の間”よ」
「ニャアッ(こっ、ここに魔族の王様が!?)」
「王は好かない」
「チュウウウッ(まぁ、そう言わずに)」

 一番奥の部屋にある大きな扉は、透明なのに向こう側が見えない。渋るガウラを促し、ルビリアナさんがバフォちゃんの腕から降りる。いつもの明るい声を少し低くし、厳かに言葉を発する。

「我らが一族の魔王、ファランティクス・アルガ・デルモント様に、ルビリアナ・レット・クロウが帰還致しました事、ご報告に上がりました」
「入れ」

 男性の低い声が聴こえた後、勢い良く扉が開く。
 驚いて絶句していると、ルビリアナさんが前を歩き、続いてバフォちゃん、ガウラに抱かれた私、ハンスが続く。
 青色の焔が絨毯の代わりを示しているのか、玉座へと導かれる様に一斉に灯される。
 四方に台で固定された、深い受け皿の中から青白い炎が出て勢い良く燃え盛る。
 後ろの垂れ幕や部屋の内部が明るく照らされ、中央に居る人物の存在を明らかにさせた。

(こ、怖い・・・)

 熊を連想させる巨体、尖った耳、紫の瞳が彼を魔族だと主張する。
 黒髪に混じった白髪は中年くらいの年を思わせ、黒色のマントと上下真っ黒の服は、魔族が好む色だからだろうか? 

「わしがこの紫鉱城(ラドギール)の主、ファランティクス・アルガ・デルモントだ。異世界の覇者とその守護獣、貴殿らの名を聞かせていただこうかの」

 ルビリアナさんとバフォちゃんが玉座の階段の下で片膝をつき、ガウラに抱かれたままの私を眺めてくる。全ての情報を読み取る様な眼差しは、ファインシャートに居た時の王様の比では無い。

「ニャ、ニャアッ(リ、リオです・・・)」
「リオの守護獣ガウラ。あまりオレのリオを見るな。減る」

 相変わらずのガウラのKY<空気読めない>発言に、一同沈黙する。所構わず頬ずりしてキスをする所を見て、髭を触りながら魔王さんが笑いだした。

「グアッハッハ! これはまた威勢の良い守護獣だ。いや、こんな口を聞く守護獣は久し振りだわい。前来た守護獣は蛇と大鷲、それと堅苦しい言葉遣いの狼だったからのぉ!!」

 ひぃひぃとお腹を押さえて笑いだす魔王さん。暫く笑っていると、今度は私に目を合わす。 
 
「異世界の覇者、リオとやら。心配しなくても貴殿を食べる事などしないからそう固くなるな。折角この紫鉱城(ラドギール)に来たのだ。守護獣ガウラ共々、ゆっくりして行くと良い」 
「ニャ、ニャア(はいっ)」
「ルビリアナ、お前もポネリーアへの単独潜入ご苦労だったの。しかし、わしの許可があるとはいえ変装までしてゼルや弟君のハーティスまで欺き、あちらの世界に残して良かったのか?」
「はっ。剣技、魔法共に最強を誇るディッセントの国王と、鉄壁を誇る宰相を分散させる事を目的とするのならば、あの策しか思いつきませんでした」
「そうか。まああまり心配しなくても良いぞ。あちらにはわしの息子、ソルトスが出向く予定でな! ハーティス達を取り戻す事は出来なくとも、良い待遇には格上げ・・・されるんじゃないかの?」

 自分の発言にイマイチ自信の無い魔王さんは、首を傾け疑問形で締め括る。ルビリアナさんは、顔を上げて苦笑いしていた。喋っていると、城の中から鐘の音が幾度も響き渡る。

「ニャ?(鐘の音・・・?)」

 お腹に響くような音だ。これだけ大きな音なら、聴覚の良い魔族達なら聴き取れるだろう。

「おう! ファインシャートに合わせて鐘を鳴らせておる。向こうで言えば、一日が終わった音だの!」
「太陽が昇らないから、時間の感覚も分からないのか・・・」

 ガウラと一緒に上を向いてみる。
 でもどこから響いてるのか分からない。

「一日を締め括る時を知るのは良いもんでの。聴いてるうちに病みつきになっちまったんだわい」

 グワッハッハッと、巨体が笑うと城も一緒に震える。バフォちゃんといい、魔王さんといい、声だけで建物を揺らすのは魔族の特性なのか。 
 一通り話終えたルビリアナさんが、この城で暫く滞在する旨を魔王さんに伝えると、喜んで部屋の一室を借してくれる事になった。 

「ルビリアナ、お前も疲れたろう。屋敷に戻りたっぷり休んでこい。特に急かしはしないから、ソルトスと共にもう一度ファインシャートに行ってくれんかの? あやつと一緒なら、どうにかなるだろうて」
「承りました。では、リオとガウラを客間に案内した後、一時休ませて頂きます」

 魔王さんの前でお辞儀をした後、一同は謁見の間を出る。広々としたエントランスに戻り、角ばった紫水晶の階段を昇る。二階に位置する廊下を歩くと、ここだけ白い豪華な扉が取り付けられていた。
 
「ニャ、ニャニャニャ!?(こ、これは・・・)」

 私達が入ると、床から壁へ、部屋の中が淡い青紫の部屋へと明るく変わる。大きな窓に、白いフリルの付いたピンクのカーテン、白い鏡台と洋服ダンス、白いテーブルと椅子のセット、クイーンサイズのベッドに毛皮の付いたピンク色の絨毯。ガウラに頼んでベッドに下ろして貰い、二人でふかふかの感触を楽しむ。

「リオちゃん、こっちの部屋に来て」

 手招きされてルビリアナさんに近づくと、脱衣所の隣にトイレがあり、くもりガラスの向こう側には、湯気の上がるお風呂場があった。お湯の中にある剥き出しの鉱物に不思議に思っていると、ルビリアナさんが説明してくれた。

「実は、この水鉱石(すいこうせき)で海の水を浄化して、清料水に変えたりしてるの。これに浸けると何でも強力に浄化するから、ネコ用のトイレにもさざれ石を敷き詰めてるのね」

 幾ら浄化されてるとは言っても、一度使った水は下水路に流され、海に戻される。その繰り返しだと教えて貰った。

 *****

 一通り使い方を教えて貰い、ルビリアナさんとバフォちゃん、ハンスと別れる。
 その日はガウラとお風呂に入り、体を洗って貰って毛を乾かしてからベッドへ入った。
 私の首に紐で括り付けたピリマウムは、外す事が出来なかったからそのままだ。水に濡れて、しなびれるかと思ったのに新品同様に生気を保っている。

 広々としたベッドで、密着度が高いとガウラに文句を言ったが素知らぬ顔で胸に抱き寄せられた。

(ガウラの匂いがする・・・)

 彼のいつもの匂いと、柔らかい石鹸の匂いに安心して、眠りに入る。
 その日見た夢は、テンションの高い女神さまと喋る夢だなんて、誰も予想だにしなかったろう。


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027 第二部 デルモント

2010年03月19日 19時53分06秒 | 小説作業編集用カテゴリ
第一部から居るメンバー 
主人公 リオ 
守護獣 ガウラ
灰色ネズミ ハンス(使い魔)
ハーティスの姉 ルビリアナ・レット・クロウ
黒山羊の悪魔 バフォメット(通称バフォちゃん、オス)



 闇夜の中に閉じ込められた

 紫色と群青色に染め上げられたこの世界が

 どうしてこんなに落ち着くのか

 誰か答えを私に下さい
  
 
 猫である私は守護獣ガウラに、魔族のルビリアナさんは黒山羊のバフォちゃんにそれぞれ抱き上げられ、灰色ネズミの使い魔ハンスは私の頭の上で寛ぎながら、整備された土の上を歩いていた。
 地面にしっかりと根着いた高い植物の茎の先には、ソラマメに似た常備灯が頭上高く設置されて、常にポッカリと照らし出している。
 地中に埋め込まれた巨大な紫水晶や、青金石のむき出した鉱石のおかげで、逆に見えない所は無い。闇に支配された世界とは言っても、周りが見える様には実に工夫されていた。

「“底の知れない深い穴、(アビスロード)”を通って来たでしょ? あの星々も私達魔族が星に似せて作ったモノなの」

 内部から常に光らせている紫水晶に近づき、ルビリアナさんは手で撫でた。それぞれの指の間から、紫色が溢れだす。

「ニャ、ニャアア(ホントの星じゃなかったんだ)」
「私達は太陽や星の実物を、ここで見る事は出来ないから・・・“偽り”の星を地底トンネルで真似る事にしたの。太陽の光は、地上からほんの少しだけ拝借して輝かせてるわね」
「・・・? お前達の魔力で、ここでも散りばめる事が出来るんじゃないのか」
「この世界の色を染め上げる事が出来るのは、王族の最上位に君臨するファランティクス様のみ。許可が下りないからデルモントでは出来ないし、鉱石を散りばめる事は出来ても光輝かないわ」

 バフォちゃんに横抱きされた状態で喋るルビリアナさん。
 彼らが作り出す“魔石”で、あの地底トンネルをプラネタリウム状態にしていたんだ。
 太陽と星について想いを馳せる・・・ファインシャートに住む人間を憎む気持ちは、ここから始まったんだろうか? その答えはまだ聞けそうにないみたいだ。

 空を突き抜けるお城へ目指す道中、石やレンガ造りの建物と呼ばれる窓と、外に取り付けられた階段から、隠れる様に私達を不審に覗き見ている複数の影を見かける。恐る恐る身を乗り出し、口から発せられた言葉は――
 
「!」
「あそこに居られるのは!!」

 最初は警戒して遠巻きながら眺めていた複数の生き物が、ルビリアナさんを確認すると喜びを表して入口から飛び出してきた。
 その物体は勢い余って地面にこけて、後に続くように出て来た者達を同様に、次々と自らの体で倒れさせる。下敷きになった彼らから、くぐもった一言。

「お帰りなさいませ、ルビお嬢様!」 
「お、お帰り、なさいませ・・・お嬢様!」 
「お・・・帰りなさいませ、ルビお譲さまぁ・・・ぐえぇ、二人とも早くどいてぇ」
「あらあら、大丈夫? 皆、良い子にしてた?」

 ローブを着こみ、顔だけをひょっこりとさらけ出しているペンギンに似た生物が上から順に慌てて立ち上がり、私達を囲み一同頭を下げる。ルビリアナさんは顔を破顔させて、物凄く嬉しそうだ。

 ズ・・・

「?」

 ズリズリ・・・

「何の音だ?」

 歓迎を受けていると、何処かから何かを引きずる音が聴こえてきた。
 私を抱き込む力を強め、警戒するガウラと一同は周りを見回す。近くにある四角い二階建の建物の入口から私達の声を聴き付け、巨大な唇の付いた植物が根を引きづって近付いてくる。

「彼は何でも食べれる子よ。人間共が使う名称は“人喰い植物”だったかしら。ちなみに名前はボビーちゃんよ。可愛いし、紳士なの」
「ニャ、ニャオ・・・(紳士・・・)」

 二メートル以上背のある大きさでバフォちゃん達を上から見下ろす。自らの腕に咲いているカトレアに似た赤い花を自らのツタで引き千切ると、ルビリアナさんに恭しく贈り付けた。

「ゴフ、ゴフ(お嬢には赤い花がよく似合う)」
「まぁ、どうもありがとう。大切にするわ」

 右耳の上辺りの髪の部分に赤い花を挿して、極上の笑みを浮かべる。ボビーちゃんは照れた様子でモジモジしていた。いや、正確にはツタや茎をうねうねとくねらせているだけだが。

「また今度ね。時間が取れた時に、皆の家へお邪魔するから」 
「ルビお嬢様が来て下さるのなら、包丁奮ってご馳走狩ります!」 
「私達の家へ来てくれるの、是非とも待ってます!」
「お嬢様、大好きです!!」 

 どさくさに紛れた告白に似た台詞を聞き、バフォちゃんの腕から降りたルビリアナさんはオデコの部分にキスをする。舞い上がり昇天した彼らをボビーちゃんに任せ、一同は目的地へと進みだす。

 *****

 彼等と別れ、頂上の見えない城にやっと着いた。
 デルモントの町の中央に位置する、紫色の巨大な城・・・

「ニャアアア(近くから見ても頂上は見えないんだね・・・ん?)」 

 てっぺんが見えないと思ったら、城が空中で浮かんでいた。
 しかもこの城、鉱山を利用したのか、入口と思しき空洞がかろうじて見えるだけで、城門が見当たらない。

「紫鉱城(ラドギール)と呼ぶ、移動する要塞でもあるのよ。浮遊してるし、常に動くから場所を特定するのは難しいわね。こんな風にゆっくり動いてくれれば、今日みたいに辿り着くのは簡単なのに・・・」
「チュウウウッ(有り余る魔力の無駄遣いってね。ファインシャートに居た時の遺物だし、しょうがないんじゃないかな?)」
「ニャアアッ(ファインシャートに居た時の・・・?)」

 デルモントは、最初はファインシャートにあった? 
 問い質そうと口を開きかけた時、ルビリアナさんの動きが止まる。すると、頭上から翼を羽ばたかせる音が近付いて来た。
 
「ギャア、ギャアアッ(お呼びですか、ルビリアナお嬢様)」
「異世界の覇者、リオとその守護獣ガウラをデルモントに連れて来たの。ファランティクス様と、ソルトス殿下に早速お目通りさせたくてね!」
「ギャアアアッ(彼らをですか?)」

 首が長く、尖った嘴(くちばし)と大きな翼を広げた灰色の飛竜が、砂埃(すなぼこり)を発生させる。獰猛なペリドット色の瞳をしきりに動かせ、ペロリと舌を覗かせた。 

「ギャアアアッ(黄褐色の髪をした男が異世界の覇者ですか? 今回も随分と若いですね)」
「違うのよ、彼は守護獣ガウラ。こっちの白い猫が異世界の覇者、リオちゃんよ」
「ギャ?(どこですか?)」
「この子よ」
「・・・ギャアッ! ギャアアッ(失礼しました! そういえば、純白の色を纏ってますもんね)」

 どうやら飛竜さんは私の姿が小さすぎて見えなかったみたいだ。
 色々文句を言ってやりたいが、ルビリアナさんが先を急かすのもあって、ガウラと一緒に背に乗せて貰う事に。

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026 旅は道連れ、世は情け―5―

2010年03月02日 16時19分06秒 | 小説作業編集用カテゴリ

 本当はポネリーアに住んでみたかった。でも魔族が住むデルモントにも興味が無いとは言い切れなくて、ルビリアナさんの執拗な誘いにより、ついうんと返事を返してしまった。その途端、彼女の紫色の瞳は狂喜の色を纏い、強いて言えば大輪の薔薇がほころぶ様な笑顔を表現してくれたんだ。・・・年相応の喜ぶ姿に、この人の本当の顔は一体どれなんだろうと疑問に思う。

「さっ、もうここには用が無いわっ♪」

 ヒョイッと片手で私の体を持ち上げられ、ガウラの近くに寄り意識を集中させる。異常な魔力の高ぶりに、二人の魔族は慌てだした。

「まさかと思うけどルビ姉、俺らを置いて帰るなんて事は――」
「モチのロンッ!可愛い弟とその友1を置いて行くのは、非常に心苦しいトコなんだけどもね〜〜」
「可愛い弟・・・初めて言われましたね」
「その友1・・・」

 私の触り心地を確かめながら、白い体に頬ずりしてくる。自然に伸びる手が、自らのキュロットのポケットに突っ込む。手に掴んだ物がチャリンと音を鳴らし、一瞬だけ王様とエヴァディスさんに見せたかと思うと、勢い良くハーティスさんに放り投げた。

「「「!!」」」

 パシッと右手に掴んだ鍵を暫く検分して、眉を顰めたハーティスさんがルビリアナさんに問い掛けた。

「これは、もしやこの牢獄の鍵? どうしてこの牢屋の鍵を姉上が?」

 王様とエヴァディスさんが驚愕する。何故ならハーティスさんに投げられた物体は、なんとこの絶魔の牢獄の鍵だったからだ。

「ふっふん♪内通者がいるからよん。さて、この牢獄を知っている人物で、尚且つ鍵の存在を知っている者とは誰でしょう!」

 金の瞳を見開く。
 知ってるヒト? 
 ルビリアナさんに通じてる人なんて・・・?

「チュウ(悪いな、猫の嬢ちゃん、ガウラのおっさん・・・)」
「ニャ、ニャアア(えっ、ハンス?)」

 灰色ネズミのハンスが、私の頭に乗っかりながら謝る。えっ、まさか内通者ってハンスが?! 

「ハンス、お前・・・!」

 ギリッと歯を食いしばるガウラ。友達だと思っていたのに、裏切ったと思ったのかもしれない。
 睨みつけられたハンスは、少しばかりしょげている。

「レプリカを作るのなんて造作も無い事よ。本物があればね・・・ハンスは私の使い魔だから、王宮の鍵を簡単に持ち運び出来たのよ? こんな感じにね」

 右手で自らの胸元に手を突っ込み、中から沢山の部屋の鍵をそれぞれの指の間に挟んで見せる。色んな形の鍵がある。もしかして、この王宮の全ての鍵をルビリアナさんは模したの?  

 沢山の鍵を見せつけられ、エヴァディスさんもライさんも驚きに声が出ないみたいだ。
 絶魔の牢獄の鍵を作れるんだ。だったら閉じ込められていた牢屋から脱獄するのもお手のものなんだろう。

「デルモントに帰還する。クロウ家の名の許に門よ開け・・・」
「エヴァディス!!」
「御意!」

 ガキィッと剣とメイスのぶつかる音がする。
 私を持つ手とは反対の左手で、エヴァディスさんの振り落としを難なく防ぐ辺り、彼女は凄く力持ちだと推定できた。

「お前達が牢獄に現れた時点で、誰がここから逃がすと思う? ライウッド、魔族とリオ、守護獣ガウラを捕縛しろ」
「は、はいっ!」

 ルビリアナさんが身動き出来ない内に、王様が下した捕縛命令で、ライさんが私達に近づいて縄で縛りつけようとした時、彼女の形の良い唇は最後まで言葉を発する事に成功した。

「――ダークゲート!!――」

 ゴウッ!!

「わぁっ!」
「クッ!」

 私達を取り囲む黒い靄(もや)が現れて、男性二人を思いきり壁側に弾き飛ばす。
 その黒い靄の中から姿を現したのは、私の世界のタロットカードでお馴染みの黒山羊の悪魔、バフォメットが現れた。

「グオオオオオッッ!!」 

「ニャ、ニャァアァアァッ((とんでもないの出て来たぁ!!))」 
「チュウウウウッ((バフォのおっさんが出たぁーー!!))」
「リオ!」

 咆哮一つに部屋の中が激しくビリビリ響く。
 その激しさに鉄の棒も振動し、落ちそうになった所をハンス共々、ガウラに咄嗟に助けて貰った。ハンスはおずおずと居た堪れない動作をしてたけど、どうやらガウラはハンスを許したみたいだ。

 黒山羊の頭からは二本の角と、額には五芒星の痣。血走る目に、口からは悪臭のする激しい息使い、体中の筋肉が隆々し、背中には黒い大きな翼。二メートルは越えるその姿に、一同息を呑む。

「邪魔しないでね? んじゃバフォちゃん、行こっか♪」

 返事する変わりに、涎を垂れ流す口から長い下を出し、ベロリとルビリアナさんの上半身を丹念に舐め上げる。そのギラつき欲望にたぎる目は、女であるルビリアナさんを欲する雄の目と化し、既にエヴァディスさんやライさんを視界に留めては居なかった。

 愛撫とも見える熱の籠った行為に別段特に気にもしないで、徐々に靄の中へ引き込まれて行く。

「じゃーね、ハーティス、ゼル。ちゃんと生きて帰ってくるのよーー」
「最後まで助けろよっ、ルビ姉のケチッ!!」
「あんな薄情な姉を持つ私が、一番の不幸者ですよね・・・」

 私達をデルモントへ移動させるのに邪魔されない様、腕力のあるバフォメットが立ち塞ぎつつ、ガウラとハンスと共に黒い靄の中へ取り込まれて行く。メイスを持つ左手で左右に振り、ルビリアナさんを含めた私達の姿は、完全に牢獄内から居なくなった。 

 *******

 見渡すは小宇宙の如く、星々が煌めく空間に私達は浮かんでいた。

「ニャ、ニャア?(ここは・・・)」 

 ・・・酔いそうだ。天地もクソもあったもんじゃ無い。吐き気がするぅぅ。

「フフッ、リオちゃんは初めてだよね、デルモントを繋ぐ地底トンネルは?」 
「地底トンネル?」

 ガウラに抱き込まれた状態で、この場を見渡す。赤色、黄色、水色に光る星は、満天の夜空の中に私達が入っているみたいだ。こういうの、私達の世界で言うプラネタリウムにそっくり。
 黒山羊の悪魔、バフォメットに横抱きされてるルビリアナさんは、クスリと笑って一緒に眺める。

「デルモントとファインシャートを繋ぐ地底トンネル、“底の知れない深い穴、(アビスロード)”と私達魔族はそう呼んでるわ」 
「ニャア(アビスロード?)」
「ここはまだデルモントじゃないから、暗闇をこうして星が照らしてくれてるの。でも太陽が無いと、星が輝く事は無い・・・デルモントには太陽が無いから、星を眺める事も出来ないのよ?」 

 不条理よね? と力無く訴えるルビリアナさんは、さっき迄のハツラツさが無い。
 太陽が無いと、私達人間は生きる事等無理に等しいのは良く分かる。彼女もきっとその事で悩んでいるのかもしれない。だからって、それが人を殺しても良いとは決して言えないが・・・

「リオちゃん、あの光を超えた先が私達の住む“デルモント”よ」 
「ニャニャッ!(おおっ、魔族の住む世界?)」

 ファインシャートの世界では、ディッセントの王宮とその首都であるポネリーアしか見れなかった。しかもポネリーアは焦げ跡と崩れた瓦礫が多かったせいか、よく分からなくて特徴も掴めなかった。ある意味残念だったんだけど・・・

「ニャ?(あ、あれは!!)」
「デルモントの入口を守る番人、ケルベロスよ。私やバフォちゃんが居れば、絶対に襲わないわ。勿論リオちゃんもね」

 そう言われて、ケルちゃんにガウラ共々匂いを嗅がれる。三匹それぞれ顔を近付かれて、ベロリと舐め上げられた。

 ・・・ファインシャートよりもファンタジー過ぎだろ。
 だって頭が三つもあるんだよ!尻尾をブンブン振り回すその仕草は可愛い犬と変わらないが、如何(いかん)せんどうにも巨大すぎる。三つも頭があるから、どの頭で舐めるか喧嘩してるし、そんなバフォちゃんとケルちゃんと共に、ルビリアナさんは全身を舐め倒されていた。

 暫く全身を涎で汚されたルビリアナさんが、改めて私達に向き直し丁寧にお辞儀する。 
 鉄で出来た巨大な門の隙間から紫色の光が溢れ出し、逆光によって彼女の顔がよく見えない。それでも気品溢れる声が私の耳に届き、ガウラと共に現実味の無い世界からの歓迎を受けた。

「太陽の無い、闇に支配された眠れぬ町不夜城、“デルモント”にようこそ。異世界の覇者リオ、その守護獣ガウラ。ルビリアナ・レット・クロウは貴方達を歓迎します」
「ニャ、ニャアアッ(わ、わあああっ)」
「凄い量の紫色だな――こっちの世界は常に魔力で灯しているのか?」

 アビスロード(底の知れない深い穴)とデルモントを繋ぐ、出入口らしき巨大な門をルビリアナさんの魔力で押し開き、小高い丘を下りながら全貌を眺める。
 
 一面の闇夜には、ドラゴンらしき飛竜が何匹も優雅に飛び交う。
 眼下に広がるばかりの紫色や群青色の光。
 紺色の、暗い夜の海には全身は魚だけど、手足が付いている半漁人。
 石で出来た四角い建物や三角の屋根には、鶏の代わりに複数のコカトリス。コケコケッと鳴いて、歌でも口ずさんでいるんだろうか?

「ニャアアアッ(何だか楽しそうだね)」 
「ああ、違う種類の魔物が仲違いする事無く住むなんて、ファインシャートでは見ない風景だ」

 ガウラにしがみ付き、優しく背を撫でられる。
 カイナの種族同士では、ガウラを取り戻しに襲撃する位だから仲は良いと思うんだけど。

「貴方達を魔族の王ファランティクス様と、その息子である第一王子ソルトス殿下に紹介したいわ。さあ、行きましょう」
「ニャ!(う、うん!)」
「リオ、城に着いたらオレと二人で愛の巣を早速作ろうな」
「チュウウウッ(頼むから、二人してオイラの事も忘れるなよっ)」

 ハンスを私の頭に乗っけて一同、魔力で照らされた鉱石が夜道を照らす、天まで届くお城へ向かいだす―――

 <第一部、ファインシャート編 完>
 
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025 旅は道連れ、世は情け―4―

2010年03月02日 16時12分33秒 | 小説作業編集用カテゴリ

 牢獄の中は、新たな人物の登場により戸惑いを隠せない状況に陥っていた。
 ガウラを閉じ込めた商人が単身“絶魔の牢獄”まで乗り込み、手土産という人の体の一部分を持ち込んで、挙句に自らの顔の皮を剥いで変身まで遂げたからだ。

 紫の瞳と長く尖った耳、血でベッタリと付着した手と顔を除けば、何処にでも居る女の人だと疑う事は無い。いや、誰も彼女の“変装”を見破る事なんか出来なかった。イルさんの変装を見破るエヴァディスさんや、この国の王様さえ、彼女の奇行に目を見開き絶句している顔がそれを裏付ける証拠だ。

 先程商人スタイルだった、ストライプの柄模様の服を雑に脱ぎ捨てて言い捲る。

「はああっ・・・肩凝るわ、蒸せるわで、ホント散々っ! 変装するにしても相手を選ばなきゃ駄目よねぇ。おっさんの服は臭いし汚いし、気が遠くなりそう・・・」

 次は可愛い女の子に変装したいと呟きながら、持参した布で両手の血液を拭いている。
 自らの凝り固まった肩を拳で軽く叩く当たり、どうしても凄惨な凶行を行った女の人には見えない。
 見掛けはフリージアちゃんより少し上くらいかな?と思うんだけど。
 牢獄内が静まった事により、魔族のお姉さんは姿勢を正して私達に微笑んだ。

「あっ、商人の時は確か自己紹介してなかったよね。では、改めて・・・」

 コホンと咳払いして次に口を開きかけた時、プラチナの切っ先が音も無く彼女を捉える。エヴァディスさんの威嚇を物ともしない態度で、真っ直ぐ前を見て一言。

「私の名前はルビリアナ・レット・クロウと申します。そこの牢屋に入っている、ハーティス・レット・クロウ、長髪愚弟の姉で御座います。以後、お見知り置きを――」
「うげぇっ、ルビ姉が何でここに・・・!!」
「全く。・・・愚弟だなどと、姉上はっ!」

 うろたえるゼルさんと、手を顔に当て押し黙るハーティスさんを見て、口元に手を当てながらオホホと淑やかに笑いだす魔族のお姉さん。私は二人を見比べて、また一癖二癖ある人物が出て来たなと思わずにはいられなかった。

***

 商人改め、ルビリアナさんの登場で私達獣と三人の人間、二人の魔族は一斉に彼女に質問攻めしていた。それを予想していた彼女は沢山の質問を鬱陶しがる事もなく、丁寧に対処していく。

「まず、お前が商人に成り変わった人物はどうした?」
「ポネリーアに入る前に殺しちゃった」

 二人の魔族の内の一人、ハーティスさんのお姉さんと言う事で、休戦を宣告した王様が尋問する事に。もちろん二人の魔族も同様に頷き、その休戦を受け入れたと見える。牢屋からは出ないままで、彼らも座って話を聞く事になった。
 ガウラとライさんは、恨みの籠った目で彼女を睨みつけ、渋々ながら大人しくする事をエヴァディスさんに約束させられた。それから彼女への質疑応答を始める。

「ファインシャートで“覇者の降臨”のお祭りがあるって聞いて、デルモントから遥々(はるばる)急いで異空間飛んで来たの! でもポネリーアには結界張ってあるでしょ? だから殺っても良さそうな人間に目星付けて、背後から襲っちゃった☆」

 てへへっ、と悪びれも無く王様の問いに答えるルビリアナさん。
 腰に括りつけた部分から、菱形の突起が特徴の重そうなメイスを取り出して、片手に持ち肩を軽快に叩いている。
 私が人間の時に重宝してたのは木製の孫の手だ。重量のある金属を軽々と扱う彼女はやっぱり人間じゃ無い。

「“魔石”を用いた催しもお前が企てた事なのか?」
「そうね。成り変ったのは港町に入る前だったしぃー、まぁ “カイナ”の彼には悪い事しちゃったわ。本当は催しなんてする必要も無かったんだものね。でも私が行わない事には、折角の変装も不審がられちゃうでしょ?」

 牢屋の中から王様が彼女に尋問して、一つ一つ答えを確かめている。冷たい床に座りながら、私達は彼女の話を聞いて行く。悪びれも無い彼女に対し、ガウラの地の底から這うような声が響いた。
 
「お前が“魔石”を作らなければ、オレは王宮に閉じ込められる事も無かったし、仲間をディッセント国に襲撃させる危険も無かったんだ」
「“魔石”の存在が在る無しに関わらず、遅かれ早かれ貴方は本物の商人によって王宮に閉じ込められてたわ。足を怪我したカイナを間近で見れるのは貴重だとね。――私はそれを利用しただけよ」

 ガウラの問いに素早く切り返した紫の瞳に、澱(よど)みが見える。
 腰まである黒い髪を耳の下で二つに括り、その色とは間逆の上下白い服を着た紫色の瞳のルビリアナさん。背にある黒い翼をはためかせ、太腿までのキュロットからスマートな脚を組み一言。

「私は元々人間は嫌いだし。貴方を連れ戻しにカイナ達がこの国を襲撃すれば、人間を無差別に殺戮出来るとも思ったわ。・・・尤(もっと)も、それは全て失敗に終わったけどね」

 チラリとコッチを見る魔族のお姉さんに、私は背筋が寒くなりガウラにしがみ付く。すると吐き気を抑えたライさんが口を開き、抑揚のない声で喋り出す。

「ウルド・・・牢番の兵士を殺さなくても良かったんじゃないか?あいつの体をバラしてお土産だなんて、あんたの神経を疑うね・・・」

 その言葉を聞き、ルビリアナさんの紫の瞳は一層澱みを深くして、ライさんを睨み返す。近付いて彼の顎を掴み上げ、間近で捲し立てた。

「そうかしら?戦死した敵国の兵士、王族の首や死体を曝し者にして、城壁に飾ったりする人間共の神経とは如何ほどかしら? 略奪や女を慰み物にする、人とも思わないその行為に私達魔族と人間の違いって奴を、ぜひ貴方の持論とやらで説明して欲しいのだけど?」
 
 ここでの世界でも、見せしめに曝す行為があると言う事を、お姉さんは淡々と喋る。反対に言葉で言い負かされたライさんは、それ以上何も云わずに黙り込む。話し終えたお姉さんは手を離して、満足気に壁にもたれた。

 心無い狂戦士によって国や領土を奪われた敗者の末路とは、彼女が言う通りなんだ。ぐうの音も出ないライさんは、悔しそうに床をただ見つめるだけだった・・・

 一通り話を終わらせ、タイミングを見計らったゼルさんが我慢出来ずに文句を垂れた。鉄の棒を握りしめ、今にも聞きたそうにうずうずしている。

「こっちに来るってのを、何で俺達にまで内緒にするんだよ? わざわざ変装までして、ルビ姉は何か目的でもあったのか?」
「ゼル、姉上を調子付けてはいけな「よくぞ聞いてくれたわねっ」・・・ブフッ!!」

 ルビリアナさんが持って来た、どす黒く変色した袋から片手で軽々掴み上げる。勢い良く投げられた斧の柄がハーティスさんの顔に直撃して、彼は会話を強制終了させられた。

「“パンナロット”を使役する事ができ、尚且つ獣達を屈服する事が出来る“異世界の覇者”を、是非デルモントへ連れて帰ろうと思ってね! うん、これが目的なのよ」
「ニャニャ!!(ええっ、ここで私かよ!!)」
「リオはオレのだ。リオが行くならオレも行く」

 それ迄、ガウラに優しく背を撫でられて少しウトウトしていた矢先、なんと矛先がこちらに向いて来た。
 ちょっと、何でこのお姉さんは無茶な事を言うのかな?

「さっきからもう我慢出来なかったのよっ。毛並みの良い白い毛、クリクリのつぶらな瞳、左右に動くシッポ、柔らかそうな体・・・おっと、言い出したら切りがないわね」

 ジュルリと涎を流すルビリアナさん。な、なんか獣の本能が逃げろと訴えてくるのはナゼ?ブルブル震えだすと、ガウラが一言。

「リオとの愛の巣を造る為の家を用意できるのか?それが第一条件だ」
「勿論あるわっ!こっちはデルモントのお城に住み込める許可を取ってあるもの!朝昼晩の三食付きに水浴び場でだってヤリタイ放題だし、それに“覇者限定、デルモント永久フリーパス”だって強奪したんだから、損はさせないわ!!」

“ヤリタイ放題”に過剰反応するガウラ。卑猥な意味は無い・・・と信じたい。強奪・・・一体誰が犠牲になったんだろう? お姉さんは凄いよ、ガウラと一緒になって打ち所のない会話で緻密に計算してるんだから。
 二人で暴走してどうすんの? フリーパスって・・・遊園地じゃないんだから! 突っ込み所満載だよ。

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024 旅は道連れ、世は情け―3―

2010年03月02日 16時02分02秒 | 小説作業編集用カテゴリ
残酷な表現があります。苦手な人は読まないで下さい。












 体は至って無傷、全身黒色で統一した服だけがボロボロの状態の王様。
 唐突に提案した“殺り合い”について、随分と自分達に分が悪いと解釈した二人の魔族は顔を歪めて憤る。
 エヴァディスさんを含めた私達は牢屋の外で、彼ら三人の攻防を身動き出来ずに眺める事しか出来なかった。

「俺達をこんな所に閉じ込めて、何企んでんだっ」
 
 王様が持つ長剣と、魔族が持つ二つのナイフが激しく衝突して火花が散る。

「企む? 考えた事など無いが、まず殺す前に聞かなくてはならない事があったな。私とした事が、すっかり失念していた」
 
 先手を取り、赤い瞳の魔族ゼルカナンダは手にした二本のナイフで斬り掛かる。
 軌道を視界に留めている王様は、やはり難なく剣で弾いている。手に持つブロードソードで大きく横に振り払い、後ろに引かせるとその隙を付いて、一気に壁際まで追い込んだ。 

ギンギンギンッ!!

「クッ!」 

ガキッ!!

「剣技に関しては私の方が一枚上手の様だな。もうお終いか?」
「確かにゼルは押されてますね、ですがここには私もいるのです。忘れて貰っては困りますね」
 
 壁に追い込み身動きできない状態まで追い込んだが、ゼルカナンダと対峙している王様の背後にハーティスが立ち、手に持つロッドを王様の肩越しに突き付けた。「バチッ」と音がするかと思うと、素早く二人の魔族から離れる。

「チッ、後少しだったのに・・・!」
「追い込まれていたのはどこのどなたです? ゼルはもうちょっと頭を使った攻撃を覚えてください。馬鹿の一つ覚えじゃあるまいし」
「ばっ、馬鹿じゃねーよっ!」

 ハーティスの嫌味にも取れる台詞(せりふ)を吐き出した後、王様は喋り出す。

「世界共通語の“ハヌマ語”を話す事が出来る翻訳機能、あれはお前達魔族の持つ魔力を凝縮して詰め込んだ“魔石”だ。最近ファインシャートに持ち込んだか聞きたいのだが?」
「“魔石”ぃ?そんなん知るわけ「“魔石”は私達が作る事は確かに出来ますが、貴方の言う石については私達の存外知らぬ事です」・・・ハーティスッ!」

 紅い瞳のゼルカナンダの話を遮り、変わりに答えた黒髪の長髪ハーティスは何も知らないと豪語する。紫の瞳に真実を語るかを判断した王様は眉を顰め、質問を続けた。

「では、港町ポネリーアを襲った、同格の上級魔族はお前達だけなのか。何らかの方法で町に侵入し、魔術師を殺め結界を解除した魔族はお前達二人の内のどちらだ?」 
「・・・」
「どうした、何故答えない」

 この質問に対して、二人の魔族は答えを渋った。ハーティスは何かを考え、逆にゼルカナンダはその答えに戸惑いを持つ。

「ハーティス、お前は何かを知っているんじゃないのか? 俺達の他にも魔族が居るって・・・」

 紅い瞳を見開きながら、隣に居る白い貴族風のシャツを中に着て、黒いロングコートを纏った魔族を見る。ゼルカナンダの疑問に、ハーティスは忌々しげに口を開いた。

「私達の他にも、この国に潜入した魔族が居ると言う事ですね。しかも、独自で暗躍しているみたいですが。・・・おかしいとは思ったんですよ。この国の結界をさあ壊そうと行動に移す時、既に魔術師は事切れ、結界は解除された後だったんですから」
「なっ、どこかオカシイとは思わなかったのかよ!」
「おかしいとは言いましたよ?でもゼルは微塵にも取らなかったじゃないですか。確か『ラッキーだったな!』で済ませましたよね?」
「ぐっ・・・!」

 気付いていたならもっと詳しく教えて欲しかったと、友でもあるハーティスに文句を述べて不貞腐れる。知らなかった事実を他人なんかに、しかも人間に教えられるなんて、自分の馬鹿さ加減に拍車を掛けたも同然だ。

「何であれ、国の結界を壊す手間が省け、楽に潜入出来たんです。この混乱に乗じて中に入ってしまえばいいかと思ったんですよ」
「・・・罠だったらどうすんだよっ」
 
 チッと舌打ちするゼルカナンダを宥(なだ)め、それにと続けるハーティスに、

「たとえ我らに歯向かう上級魔族だろうと、力でねじ伏せれば良いだけですからね」

「―――そんな事無理ですよ?」

 ハーティスの“ねじ伏せる”宣言を、思い気り否定する声が此処に居る全ての者の耳に届く。牢屋の外側、牢獄の入口方面から静かに、しかしハッキリと響き渡る声が聴こえる。 
 カツカツと、軽やかな足取りで近付いて来たのは・・・

「お前――!!」
「ニャ、ニャアアッ(あっ、貴方は!)」
「ガウラ殿、リオ殿、こ奴を知っておられるのか?」

 エヴァディスさん、ライさんが私達の前に来てそれぞれ剣を抜き、切っ先を人に向ける。剣を向けられた人物は、それでも足を進める事を止めない。

 ガウラの琥珀色の瞳が限界まで見開く。
 私を抱く力は何時もよりか力強い。
 手の平には汗が噴き出ていた。
 
「王族・貴族の皆様、ご機嫌麗しゅう御座います。今宵のパーティに私が参加できる事、大変に恐縮の思いです」

 笑顔を貼り付け、こちら側を視界に留めるその姿。
 道化を装い、媚びへつらう表情の人物に私とガウラ、ハンスは目を疑った。

「ニャ、ニャアア(あの時の、商人さん――?)」

 彼を、ガウラを傷付けるのはもう止めて。
  

 ****

 王様が居る牢屋の中では依然と緊迫した状態が続く中、鉄の棒で隔てたこちら側では、新たな直面に瀕していた。
 怪我したガウラを牢屋に閉じ込め、宴と言う場所で彼を笑い物にし、カイナの群れから離した事で、ディッセント国を危機に乏しめた張本人が今ここにいるからである。
 グルル・・・と唸るガウラは、琥珀の瞳に烈火を灯し、今にも跳びかからんばかりだ。

「ニャア、ニャアアッ(ガウラ、お願いだから心を静めて・・・)」
「!・・・リオ、済まない。お前が止めてくれなかったら、今頃奴に突っ掛かっていた」

 有難うと頬にキスされ、背を撫でられる。照れていると、エヴァディスさんとライさんがコホンと咳払い。もう少しでいつものガウラの愛の告白が始まる所だった。周りに居る二人もその事を知って、KY<空気読めない>ガウラに釘を刺してくれたんだろう。示し合わされた行動にガウラも舌打ちしていた。
 すると異様な事態を察知した王様が、剣を手に握ったまま商人風の男の人に尋ねた。

「お前を警備していた牢番の兵士は如何(どう)した?」
「ええ、皆様にお土産をと思いまして、こんなの御用意させて頂きました。気に入ってくれると嬉しいです!」

 どうぞと袋の中から取り出したのは、生暖かい鮮血がポタポタ流れ落ちる、人間の腕だった――

「ニャッ!(ヒャァッ!)」
「リオ、見るな!」
「お前、何て事を・・・!」
 
 ガウラの胸に抱き込まれるようにして視界を遮られる。
 ライさんは剣を持つ反対の手で吐き気を抑え、エヴァディスさんは更に警戒心を強める。金の瞳に映るヒトの腕。じゃあ、持ち主は――?

「アレ、気に入ってくれませんでした? じゃあコレなら如何(いかが)です?」
 
 白色の袋は完全にどす黒く変色し、入口から床に、紅い染みを点々と続かせている。
 気に入られなかったと判断した、“ヒトの腕”を悪ぶれも無く袋にポイッと戻す。 
 片手で持つには些(いささ)か不便だと思ったのか、床にドスッと落とし、今度は両手で“ある物”をヨイショと掬(すく)い上げた。

「どうぞ、お気に召して頂けました?」
「・・・!!」 
「!!グゥッッ」
「ウルド・・・?貴様が殺したのか・・・」

 漂う臭気と悲惨な状態に、遂に耐え切れなくなったライさんは、隅に移動して吐き出した。
 エヴァディスさんは、“ウルド”という兵士の名前を出して、剣を持つ手に力を入れる。
 首から上を鋭利な刃物で、戸惑いも無く切り落とされた人間の生首――。少し時間が経っているのか、顔色は青白く変色している。それを覗き見た二人の魔族は、感心していた。

「ヒュウ〜、やるね。俺もあれくらい頑張んなきゃな!!」
「ゼル、我らがアレの何処を真似る必要があるのです?あれ位朝飯前じゃないですか」

二人の会話を耳にした王様は、焦げ茶の瞳を険しくさせて黙らせる。この異様な事態に、牢屋の中では一時休戦したみたいだ。

「あれ・・・、コレもお気に召さない? でも大丈夫です。私の“とっておき”は、まだありますからね!」

 すくっと立ち上がり、大量の血液の付いた両手で自分の顔をベリベリ剥がし出す。
 グチャッと精巧な作りの顔の皮が全部剥がれ落ちた時、目の前には知らない人物。

「どうです、お気に召して頂けましたか?これが今日一番の“とっておき”なんですよ!」

 黒い髪を二つに括り、可愛く首を傾ける紫の瞳のお姉さんが立っていた――

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023 旅は道連れ、世は情け―2―

2010年03月02日 15時42分49秒 | 小説作業編集用カテゴリ

「ニャ?(ハンス、一体どうしたの?)」
「チュウウッ(見て驚くなよっ、コレが仕掛けとなって・・・っと!!)」

 灰色ネズミのハンスを近衛騎士ライさんに自己紹介した後、私達は謁見の間にある玉座を丸く囲んでうろついていた。
 玉座の後ろにハンスがチョロチョロと走り、イスの背中部分に隠された突起物目掛け、自分の手で押してみる。「ポチッ」と音がするかと思うと、下部に位置する人間が国王を敬い窺うであろう場所の、広い面積の床が反応して少しづつ横にずれ出した。

 ズズズ・・・ン・・・!

「・・・」 
「チュウ、チュウ!!(やりぃ!やっぱりコレが入口のスイッチだったんだ!!)」
「ニャア、ニャア(良かったね!)」
「驚いたな、こんな人の目に触れそうで触れられない場所に階段を設置してるとは」

 絶句しているライさんの背中を猫の手で押しやると、獣と人間を合わせた四人一同は、薄暗い階段を下りだす。

 階段に入った後、自動的に床が動いて出入り口を塞がれた。その近辺を探ると壁側にボタンがある。多分これが開閉するための仕掛けなんだろう。
 暗闇の中、光を灯す魔法「アースホール」を唱えて貰い、地下階段を下る獣と人間はやや疲れ気味のライさんに、聞きたがっている事を少しずつ説明しながら進みだす。
 人間が四人くらい並んでも余裕がある階段自体は、特に何の仕掛けも無く、壁に手をやり歩けば転げ落ちる事もない。石造りの頑強な壁が、ひび割れ等も無く何メートル先も続いていた。

「何から説明を求めたら良いのか、自分でも理解に苦しむよ・・・」 
「ハンスが言うには、これから“絶魔の牢獄”という場所で魔族を見る事が出来ると言って来たんだ。だからオレとリオも、聞いた事しか知らない」 
「謁見の間に、しかも玉座の後ろなんて誰も触れないボタンなんか、陛下にしか触る事しか出来ない! ・・・誰の目にも触れさせない様に造られた階段なんて、かなり極秘とされている物か、情報を最深部に隠しているに決まってる!!」

 いつもの能天気さは無く声を荒げるライさんに、私達は仰天した。
 ライさんの肩に乗っかってるハンスは、今にもずれ落ちそうだ。先頭を歩くいつもと様子が違うライさんに、恐る恐る声を掛ける。

「ニャ、ニャア(ラ、ライさん・・・?)」
「僕が探っている事を、もし陛下に知られたら降格どころじゃ済まない。殺されるかもしれないよ・・・」
「幾らなんでも悪い方に考えすぎじゃないか? あの国王がそんな事でお前を罰する事など考え付かないが・・・」
「陛下は優しいよ、“普段”はね。でも怒らせるとエヴァディス宰相より怖いんだ」

 下を俯き、ポツリポツリと呟くライさん。
 王様の“怖い”様子・・・出来れば私だって見たくない。いかにもその形相を見た事があると、疑わせるような物の言い用に過去に何かがあったのだろうか。

「・・・乗り掛かった船だ。その“牢獄”とやらに、最後迄付き合うよ」 

 顔を上げ、覚悟を決めたライさんは真っ直ぐに前を睨み付ける。大丈夫だライさん、私達獣三匹が味方するよ!!うん、善処する・・・と思う。

 階段を全て降り、そんなに長く無い距離を歩くと最深部らしき場所に辿り着いた。
 閉ざされた扉は少し錆びついてるが、頑強に出来た分厚い造りに一同固唾を飲む。この中に何があるのか、やっぱり皆気になるようだ。

「・・・引き返すなら今の内だけど、皆良いかい?」
「ニャ、ニャアアッ(も、勿論でゴザイまする!!)」
「チュウ、チュウウ(オ、オイラもっ!男に異論は無い!!)」
「オレ達皆この先の“牢獄”とやらに興味があるんだ。今更引き返す事なんか出来ない。危険な事があったとしても、リオだけは命を懸けて守り通す」

 喉を優しく撫でられて、頬ずりしてくるガウラ。嬉しいけど、出来れば自分の命も大切にして欲しい。心配して見上げると大丈夫だと諭された。
 それを聞いたハンスは「オイラはっ?」と慌てて聞き返し、余裕があればお前も守ると答えを返すガウラだった。


 ****

 ライさんが取っ手を握り、鈍い音を立てて扉は中へと開き出す。
 開けた先は、縦に細長く道が伸びており左右に三つ、計六部屋の鉄の棒を取り付けられた牢屋が造られていた。区切られた壁にそれぞれランプが灯され、中の様子がよく分かる。私達は一歩一歩確かめる様に進みだした。

 一番奥の部屋の牢屋に辿り着くと、左側の牢屋によく見知った人物二人が牢屋の中に佇んでいた。
 王様と宰相エヴァディスさんだ。
 エヴァディスさんは昼間見た時と同じ上下白い服装で、逆に王様は煌びやかさを一切失くした、上下真っ黒い、動きやすさを重視した服を着込んでいた。昨日、今日と傍に居た王様の守護獣ディルは、今は何処にも居ない。もう帰っちゃったのだろうか?

「ニャ、ニャアアアッ(王様!!)」
「ん? リオか、どうやって此処まで来た?・・・守護獣ガウラ、近衛騎士ライウッド、肩の上に鼠まで乗っけて、こんな夜更けにどこかに遊びにでも行くのか」

 私達の方を振り向く王様の顔は、いつもと変わらぬ飄々(ひょうひょう)とした顔だ。
 だけど、何時もは鞭しか持って無いのに、今日は腰に剣まで所持している。言うなれば、何処か違和感を拭えない。

「・・・っすみません陛下!僕、隠し階段を見て、どうしてもその先を見たくてここまで来てしまったんです」
「その事についてはオレ達が悪いんだ。嫌がるライウッドに無理矢理ついて来て貰った。
責任は「だから何だ?」・・・!」

 牢を隔てた内側に居る王様に跪き頭を下げ、許しを乞うライさんは物凄く震えている。
 ライさんをフォローし、ガウラの発言を遮る王様は見掛けはいつも通り。なのに目もとや迫力が今迄と全然違うんだ・・・この感じは、私と初めて会った時と少し似ている? 

「陛下、ご無礼を承知の上で私からもお願い申し上げます。
“フリージア姫”の専属近衛騎士に免じて、どうかライウッドの処罰を不問にして頂きたい!」

 それまで動きが無かったエヴァディスさんが、ライさんに倣(なら)って片膝をつく。
 フリージアちゃんの名前が出ると、王様の眉がピクリと動き溜息を吐いた。

「・・・分かった、今迄の功績に免じ“処罰”は不問とする。フリージアに文句を延々と言われるのは嫌だからな。近衛騎士ライウッド、今まで通りフリージアの専属騎士として職務に励め」
「はっ、はい、陛下の温情、有り難く思います!!」
「有難う御座います、陛下」
「ライウッドは私よりもエヴァディスに感謝しろ。職務怠慢、王族の私有室に許可なく侵入した二つの重罰を不問にするのだからな」

 王様は未だ跪くエヴァディスさんを立たせて、ライさんを見やる。
 力無くライさんは、エヴァディスさんを見た。宰相さんも答える様にそれに頷く。やっぱり宰相さんは心底怖い人じゃ無かったんだ・・・

「ところでリオ達は何でこの“牢獄”の存在を知っている?」

 こちらを向き直した王様は、腕を組んで喋り出す。
 ガウラに強くしがみ付くと、優しく背を撫でられた。

「オレ達はこの場所で魔族が現れると聞き、ここまでやって来ただけだ。他意は無い」
「・・・まぁ、こんな地下まで来て帰れなんか言えないしな。しょうがないからお前達も見て行け」
「・・・っ陛下、よろしいんですか」
「構わん。リオも“魔族”は初めて見るんだろう? 見ていっていいぞ」

「ニャ、」
「但し、その場面を見て気分を害しても責任は取れんからな」

 私の固まった顔を見て王様はクッと笑い、鉄の棒の間から腕を伸ばし、私の鼻をピンッと弾く。フギャッと声を出して痛みに悶絶していると、ガウラが鋭く睨みつけた。

「さて、エヴァディス。もう二時間(リコク)は経ったろう?そろそろ例の魔族とやらを解き放ってくれないか?」
「御意!では、部屋の中央へ行かせて頂きます」 
広々とした牢屋の中でゆっくりと歩くエヴァディスさんは、柄の真ん中に朱い宝石の付いたプラチナの剣を抜き言い放つ。

「縛朱壁―アンチウォール―、解除!」

 *****

 朱い牢獄が部屋一杯現れ、カッと光が溢れ出した後、気だるい様子の二人の魔族が現れた。その髪は黒く、尖った長い耳と紫の瞳と、紅い瞳に一同釘付けになる。

「・・・よくも俺達を長い事閉じ込めてくれたな。舐めた真似しやがって」

 床にだらしなく寝そべり、背に黒い翼を生やした魔族が起き上がり紅い瞳でこちらを睨み付ける。
助骨あたりを手で押さえ、喋る口元からは血の色らしき色が付着している。唸りながら恨み事を発する所為(せい)で、鋭い牙が覗いて見えた。

「・・・デルモントへ帰還する隙を突くなんて、人間は姑息な手を使うんですね。プライドは無いんですか?」
 
 皮肉を込め、紫の瞳を横目にチラリとこちらに向けた長い黒髪の魔族は逆にあっさりとした態度。緊迫感を感じないのは、彼らがこの状況を危機的に捉えていないからだ。

「エヴァディス、ポネリーアの被害総額は幾らか憶測で計算できるか?」 
「金の硬貨が50万個は下ります」
「ってめぇ、俺達を無視すんじゃねえ!!」

 頭を沸騰させた少しばかり背の低く紅い瞳の彼は、太腿に巻き付けたベルトから固定されていた二つのナイフを両手に持ち、国王の方へ斬りかかる。

 ギイィィン・・・!

「はした金だが、お前達に損害した費用の一部を払って貰おうか」
「ハッ、払う金なんか何も無いね!」

 跳躍し、ザッと間合いに詰め込んだゼルカナンダのナイフの衝撃を造作なく受け止める。腰に括り付けたブロードソードを見事に片手で使いこなし、ナイフによる目にも留まらぬ斬撃を軽くいなす。

「・・・っ、避けてんじゃねーよ、このヤロッ!!」
「こっちの魔族は口が悪いな」
 
 ギリギリギリ・・・

 二人対峙した状態から、ゼルカナンダがパッと素早く横へ移動させると、後ろから黒髪の長いハーティスが闇の魔法を素早く詠唱して連携攻撃を狙って来た。弾丸の如く、烈風を纏った黒い残撃が国王目掛けて降り注ぐ。

「!!」
「闇属性による五月雨(さみだれ)攻撃、避けれますか?―ダークネスショット―!!」

 ガガガガガッ!!

「どうだっ、二人のコンビネーションはっ!!」
「まぁまぁですかね。しかし、彼は全然モノともしてないようです」

 ザザッと同じ位置へ跳び戻り、打ち込んだ手応えを確かめる。
 黒髪の長髪・ハーティスの傍へ素早く跳躍して近寄る紅い瞳のゼルカナンダは、体勢を素早く整え次の攻撃に移行できるよう準備を整える。
 遠くから見る国王は、確かに攻撃は受け、黒い質素な服はボロボロになったが静かに立つ姿は威厳を損なわない。

「提案をしようか。もし私と殺り合い、お前達が勝てばこの牢獄から出るなり何なり好きにしたらいい。世界を滅ぼすも良し、人間を皆殺しにするも良し」
「へえ、じゃあ俺達が負けたらどうするんだ? さっきも言った通り、俺達は人間共が使う金やらは持ってないからな。あったとしても渡さねーけど?」

 ナイフを交差させた状態で馬鹿笑いするゼルカナンダに、国王ハシュバットは口角を上げて口を開いた。
 
「金が無いのなら体で返して貰おうか。そうだな、魔族の紫の瞳や魔力が沢山詰まった血液、内臓、頭蓋骨・・・ポネリーアの被害総額には遠く及ばんが、収集家にはそれなりに売れるだろう」

「なっ!」
「品性の欠片も無い・・・貴方の方こそ私達魔族や悪魔(デーモン)に近いじゃないですか」
 
 二人の魔族は憤る。何せ、自分達の瞳や血液が結構な値段になると国王は言い張るのだから。
 上級魔族の意地により、ますます負ける事など出来ない。

「言い忘れてたが、この牢屋はお前達魔族の為の牢獄で、どんなに力を開放してもこの牢獄の中だけは崩壊出来ないように、耐久魔法を幾重にも掛けている。だから私やお前達が思い切り魔法を使おうが、どちらかが死ぬ迄この牢屋から出る事は敵わんぞ?」
「俺達が勝ったらここから出れるのかよ・・・」 

「ここの牢屋の鍵は私が持っている――」

 バッとその声の主の方を向くと、なんと先程まで牢屋の中に居たエヴァディスさんだった。今、私達と同じ牢屋の外側に立っている。

「アイツ、この前の俺達を閉じ込めた銀髪の奴だ・・・!!!」

 憎悪を込めた紅い瞳が爛々と輝き、助骨あたりを手で押さえ、ギリギリと歯ぎしりする。

「やられましたね。目の前の人物を倒そうが、牢屋の鍵は向こう側に居る人物が

 持っているじゃないですか・・・この場所から出す気なんか、最初から無かったんですね」

鋭く鈍い光を放つ二人の魔族に、国王ハシュバットが一言、 

「“絶魔の牢獄”へようこそ、パーティーの開演だ―――」

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022 旅は道連れ、世は情け―1―

2010年03月02日 15時36分50秒 | 小説作業編集用カテゴリ

 ガウラ、灰色ネズミのハンス、そして猫の私は食料保存庫でもある彼のネグラを、音を立てずに出る事にした。
 昨日の魔族襲来で、家を失った者達の為の貴重な食糧でもあるから、兵士が目を光らせているらしい。ここで大きな音を立てると見つかりかねないからと、私達に教えてくれた。

 暗闇の中を、静かに動いて階段を駆け上がるなんて目が鮮明に見えないと出来ない動作だ。
 ハンスは自分のネグラだけあって慣れた動作で駆け上がり、私はと言うと、いつも通りガウラに抱き上げられて厨房の裏口を目指す。

「ニャアア、ニャア?(ねぇハンス、貴方が言う“絶魔の牢獄”は地下にあるって言ってたけど、そっちの地下にはどう行けばいいの?)」
「チュウ、チュウウ!!(フフンッ、よくぞ聞いてくれた!このとっておきの情報は、オイラしか知らないんだぞっ!!)」
「ハンス、お前しか知らないって、普段は目に見えない場所にでもあるのか?」
「チュウウウッ!(意表を突く場所にあるんだ。普通の人間には絶対分からないさ!)」

 裏口を抜け、王宮の中へ入る為に正面の建物に沿って歩き出す。ある程度歩くと、ハンスはガウラのズボンのポケットに隠れ出した。
 正面玄関にあたる重厚な扉に槍を持った二人の兵士が立っていたが、勿論普通に通して貰った。彼等は私が居る事を認めると、間を開けて道を譲ってくれたのである。

「ニャア、ニャア!(見張り御苦労さまでっす!)」

 口を引き締め毛むくじゃらの右手を頭の上に、ビシッと勇ましく敬礼のポーズを取る。兵士の彼らにも敬わなければっ。

「「?」」
「見張り御苦労だと言っている」
「いえっ、それが私達の仕事ですから。あっ、そうだ、今から何処へ向かわれるのですか?」
「・・・謁見の間にでも行って、国王に会おうかと思っているが」

 ガウラは咄嗟に思い付いたらしい。
“絶魔の牢獄”へ行くと言えば、きっと怪しまれると思ったのだろう。

「今は国王陛下は居られません。この王宮からは出られてないですし、自室でお休みかと思うのですが・・・それと、エヴァディス宰相から言伝を伺っています。お休みになるのでしたら、客間を使ってくれて構わないと言っておられました」
「・・・そうか、わかった。有り難く使わせて貰う」

 客間の場所を聞き、一旦その場所を離れる。
 ランプで照らされた廊下を通り、兵士の彼らから見えない突き当たりの廊下に来るとハンスがポケットから顔を上げ出した。 

「・・・チュ、チュウ(うーーん・・・どうしよう。“絶魔の牢獄”へ行くには、謁見の間に行かなくちゃ駄目なんだよな)」
 あーでもこーでもナイと唸りながら喋り出すハンスに、私とガウラは眉間に皺を寄せて聞き返した。

「ニャ、ニャアア?(ハンス、如何して謁見の間なんかに牢獄があるの?)」
「チュ、チュウッ(言ったろ、誰の目にも触れられず、且つ意表を付く場所にあるって)」
「“牢獄”と名の付く場所にあるのだから、オレが元居た場所の近くに在るのかと思ったのだが」 

 小声で喋る私達は、一見すると怪しい人物に違いない。
 これ以上騒ぐと後で王様に何言われるか分かったもんじゃ無いと、諦めていたその時。

「アレ?こんな所でガウラは何をやってるの?」
「「「!!」」」

 そんな怪しい獣三匹に、声を掛ける能天気な声が聞こえる。
 近衛騎士のライウッドさんだ!腰に剣を括り付けたまま、欠伸をしながら近付いて来た。閃いた私達は後ろを向き、素早く顔を見合わせ頷いてから作戦を立てる。

「別に・・・あっと、そうだ。リオが“謁見の間”を見た事が無いと言っているので、今見たいと言っている。ぜひお前に案内して欲しいのだが?」
「ええっ、こんな夜更けにかい? 駄目だよ。もう陛下との謁見時間は過ぎちゃってるし、案内すると僕が怒られるじゃないか」
「ニャ、ニャアアッ(そこを何とか!!お願いライさん)」

 ガウラは手に持った私をライさんの顔にズイッと近付ける。

 猫である私の魅力溢れる姿をトクと見よ! 
 渋りまくるガウラからも了承を得た事だし、“悪女”のスキルをいかんなく発動!
 私は潤んだ瞳でお強請りし、頬ずりして最後の仕上げとばかりにペロリと鼻を舐め上げた。
 いつもよりかは二割増可愛く見える筈なんだけど、やっぱり効果があるのは守護獣ガウラだけかな? と、固唾を呑んで待っていると・・・

「〜〜〜っ、分かったよ!その代わり、中を覗いたら絶対直ぐに出るんだよ。良いね?」
「ニャアアアッ(ありがとう、ライさん!)」 

“ザ・ライさん牢獄道連れ獣旅”スタート!!

 *****

 四人で来た道を戻り、玄関から見た正面通路の突き当りにある謁見の間まで辿り着く。
 閉じられた華美な両開きの扉の前に、屈強な兵士が二人立っていた。

「ちょっと謁見の間に入らせて貰っていいかな?」

 入ろうとするライさんに、槍を持った二人の兵士は咄嗟に交差させて道を塞ぐ。
 警備は万全みたいだ。何の計画も立てず、真っ直ぐこっちへ来なくて良かった。

「ライウッド殿の頼みでも、今この時間に通らせるのは如何なものかと・・・」
「ちょっと確認するだけで良いんだ。・・・エヴァディス宰相の許しも得てるし」
「うっ、」
「エヴァディス宰相の・・・?」

 それを聞いた兵士の二人は宰相さんの名前を聞き、たじろいでいた。
 案の定二人顔を見合わせ、それなら問題無いと私達を含めた4人を奥へ通らせてくれたのだ。彼からの了承を得たと言う証拠も無いのに信用するなんて、エヴァディスさんは部下にとって、きっと怖い存在なんだろう。

 ゴゴゴゴ・・・

 両開きの扉を開くと、少し照明を押さえたオレンジ色の光が百畳はある部屋の中を照らし出している。天井からシャラリとした綺麗な飾り具が左右垂らされ、床には赤い絨毯が玉座まで敷かれていて崇高さが表れている。

「で、ここで何があるんだい?」

 流石にライさんも疑い深くなって来た。
 謁見の間で何か事が起きれば、間違い無く自分に責が起こると解釈しだしたんだろう。
 能天気はそのままでいれば良いのに!!

「ハンス、いい加減出てきて説明しろ」
「チュ、チュウウッ(本当は入口に入った後出てくる予定だったんだけど、しょうがないか)」

 プハッと深く息を吐いて、ガウラのズボンのポケットから出て来た灰色ネズミのハンスに、ギョッっと驚き目を見開くライさん。

「な、な、何でネズミがいるんだ?」
「チュウウッ(まぁまぁ、固い事言いっこ無しで、これから道中宜しくっ♪)」
「名前はハンスだ。これから道中宜しく頼むと言っている。因みにオレとリオの友達だ」
「ニャアアアッ(そう言う事なんです。ライさん、猫共々宜しくね!)」

 ポケットに居るハンスと顔を見合わせ、「ネーッ♪」 とそれぞれ一鳴き。
 気が遠くなりそうな顔をしたライさんは 「エヴァディス宰相の名を使ってしまったし、これがバレたら減給か降格される・・・」 とブツブツ呟いていた。ゴメンネ、ライさん!!

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