そのに。
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唐突にそう思っただけだった。
別にそれを考えていたわけではない。
ただ単にたまたま道にそれがいただけ。たまたまその気になっただけ。
考えもしなかったのだ。
たまには人を喰ってみてもいいかと。
そう、思っただけだった。
森の中で目覚める。
今までと、そしてこれからも変わらないであろう目覚め。
生まれた時からここで育ってきた自分にとって、これは当たり前の日常なのだ。
あ、もう起きられましたか。
朝霧の中から、そんな声が響く。
ついこの前まで、ありえるはずの無かった声。自分がそうなる事は無いだろう。と、
考えていた幻のような声。
霜ですっかり濡れた体を振るい、声のほうに歩く。
そこには・・・要するに、人間の女、という者が立っている。
手には朝からどこかで採ってきたであろう果実やキノコなどの食物。
自分も食べることのできる範囲で精一杯努力しているのだろう。
毎日毎日。自分に比べると至極弱い生き物である人間がそこまでする意味とは何なのだろうか。
え・・あの・・やっぱりお魚とか・・肉とかもあった方がいいんですよね・・・?
それはお前にはできんだろう?必要とあれば自分で採りに行くから、
お前が気にすることではない。そうでなくともこの森にはお前を狙う
種族は沢山いるのだ。何故そうまでして私に何かをしようとする。
・・すみません・・
女はそれきり黙るが、それもここ数日同じなのでこちらも気にかけなくなってきている。
・・・・いい過ぎたかも知れんな、詫びておこう。わたしはもともとこういう種族なのでな。人間という者とあまり深く関わらないのだ。
だが知らないわけではない。感謝はしている。
そうしてわたしは狩に出かける。女の分も考えて今日も人間の食えるものを採りに行く。
食事の後、女は自分の汚れた服を湖で洗っている。
わたしはいつもそばまで付き合っているのだが、どうも人間とは何かで体を隠さないと生活できないようだ。
女にとっては幸いだろうか、この森には人間が近づくことはまず無い。
だからか女はこの際と、自分の身につけているものを全て洗っているようだ。
女が身につけているものは基本的に布というものだということは知っている。
布は水分が抜けるのに適度に時間がかかる。
洗い終わった布を適当な木の枝に掛け、女は身を隠すように水にしばらくつかっていた。
暫くして水から上がった女は手持ち無沙汰に辺りを見回していた。
そのしぐさが妙に気になるので声を掛ける。
体を拭けばどうだ?水がかかったままだと色々面倒なのだろう?
その声にこちらを向くとやがて困ったように笑い、
拭けそうな物はずべて洗ってしまいました。
・・・・・
相変わらずそわそわしている女にやや嫌気が差した私は、
俺はお前のことは気にせん。暫く寝るから、俺の毛皮で乾かせばいいだろう。
え・・・あの・・
増してそわそわしだす。
ふう・・・ため息をついて。
はっきり言ってお前が気に入らなくてそのままそわそわしているのはあまりいい気味ではない。
そのままどこかで倒れられては面倒でもあるしな。
・・・・じゃ、少しお邪魔します。
眠気が来た私の腹に女は寄りかかる。
尻尾が邪魔になるかとも思ったが、上に敷くように間に入ったので気にはなっていないようだ。
いつの間にか、そのまま女も寝てしまっていたようで、
気がつけば日は落ち、辺りは他種族も寝静まる頃合になっていた。
女はわたしが起きる前に目を覚ましていたらしく、乾かしていた布をかぶり、近くの岩に座って待っていたようだ。
わたしはとりあえずここ数日間のこうした行動について、最も根本にある疑問を口に出してみた。
お前は、何故わたしから逃げようとしない。
元々わたしは、お前を喰らうために倒れていた時に掛かっていた複合毒を解毒しただけなのだぞ。
・・・・・・・
女は、優しげな笑みをこぼして私を見ている。やがて、腰を下ろしていた岩の岩肌をなでながら答えた。
私は、元々人として生活していた頃から奴隷でした。ですから物としても命としても、どう失われようと
元の生活で関わった人たちが私を悲しむことすらありません。
ここに来てからは、それは違いました。空気のように私自身を見ないあの人たちより、たとえ捕食であっても
そうやって見られている、意味を成している今のほうが私にとって心地いいんです。
女の答えに、意外性は無かったわけではない。だがその答えは、十分納得できる物だった
ひとえに生き物とは生きることに意味を持って時を旅行しているものなので、この女が今という意味を離したくないというのは
至極当然、それだけでも十分なものだった。
・・・・女、聞き忘れていたな。名は何と言う?
女は、きょとんとして目で私の方を見る。
元々わたしの種も人間と交わって生きてきた種なのだ。わたし自身が人語を操れるのもそういうものがあってのこと。
お前がここに意味を持ち、それを持って生きたいというのならわたしはお前をここに認めよう。
気がつけば先人たちのように自分も伴侶というものを生きがいに求めていたのではないだろうか。
そしてこの偶然がその些細な願いをかなえた。それだけであって、今はそれがとても大事に思える。
女は、先程と同じ笑みで答える。
ただ小さな。そしてとても大事な何かが。
音も立てずに始まった。
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・・・・・・これはひどい。